793 三十歳 ケンドラの結婚式
(とうとうこの日が来てしまったか……)
帝国歴三年三月三十一日。
ケンドラとローランドの結婚式が行われる。
これは彼女の「今年度の内に結婚式を挙げたい」という希望に沿ったものだった。
戦争の影響で当主が戻るまでは待つという家は他にもあったが、多くの同級生が結婚式を済ませている。
彼女もみんなと同じ年に結婚をしたかったのだ。
両家の家族は「それだけローランドと結婚したい気持ちがあるんだな」と微笑ましく受け取っていた。
――アイザック以外は。
「ケンドラ、結婚してもお前は私の妹だからな」
「それは当たり前の事でしょう」
結婚式の前夜の家族の集まり。
ここまで来ると、アイザックも「嫌になったら離婚して帰ってきてもいいんだよ」とは言わなかった。
そうしたセリフがケンドラに嫌われる原因だと学んだからだ。
だが、その気持ちは目や表情に色濃く出ている。
ケンドラは、それに気づいていた。
そして兄が歩み寄ろうと努力してくれている事にも気づいている。
「お兄様が私の事を大切に思ってくれている事はわかっています。私の事で感情的になるのは、それだけ大事に思っている証拠でしょう?」
「わかってくれるか……」
彼女も鬼ではない。
兄の努力を認めて態度を軟化させ始めていた。
「だから結婚式で神父様が『異議のある者は名乗り出よ』とおっしゃった時は黙っておいてくださいね。私のために」
だが無条件で気を許したわけではない。
抑えておかねばならないところは、しっかりと抑えておく。
以前の彼女ならば、偉大な兄を相手にこんな事は言えなかっただろう。
しかし、ローランドを殴った一件で彼女も意見を主張しないといけないと思って以来、ハッキリと伝えるようにしていた。
例えアイザックが泣きそうになっていたとしても、彼女にとって譲れないところは釘を刺すようになっていた。
「そんな事はしないよ……」
「それはよかったです。家族の前で言質を取ったので、あとで言った言わないの水掛け論にはしないでくださいね」
「ケンドラ、そこまでにしなさい」
ランドルフが止めに入る。
「そうよ。これまでの行動から心配する気持ちはわかるけど、そこまで非常識な真似をするはずがないじゃない」
ルシアもケンドラを止めようとする。
(するんだよなぁ……)
(やってきたものね)
だがモーガンとマーガレットは、アイザックがパメラを手に入れるために色々と画策していた事を知っている。
アイザックならケンドラ可愛さにやりかねないと内心思っていた。
だから彼らはケンドラを止めたりせず、本人の口からアイザックに自重を促すのを見守っていたのだった。
「私もお兄様を信頼しているから、これだけに留めているんです。私の結婚式を台無しにしたりしないと信じていいですよね、お兄様?」
「……もちろんだとも」
アイザックの視線が泳ぐ。
しかし、ここまで言われては下手な行動はできない。
ただうなずく事しかできなかった。
「ありがとうございます、お兄様」
笑顔を見せるケンドラ。
その笑顔を見れた事で、アイザックの悲しみは少し癒される。
(ローランドの一件以来、他人行儀な態度になって、なかなか笑顔を見せてくれなかったからな。まだまだ手厳しいけど、これでもまだマシだ)
一応は「結婚式に来ないで」と言われるほど嫌われてはいない。
以前なら、それくらいの事は言ってきそうなほどの壁を感じていた。
アイザックも口を聞いてくれないくらいなら現状を受け入れ、昔のような笑顔を見られるように努力していた。
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アイザックが美女七人と結婚した事に、ケンドラは「だらしない人」と軽蔑していた。
だが今回ばかりは、多くの義姉の存在に感謝する事になる。
結婚式において、ウィルメンテ公爵家は親族を大勢呼び集めていた。
なにしろウィルメンテ公爵家の跡継ぎが皇妹と結婚するのだ。
親族も気合が入っている。
一方、ウェルロッド公爵家の親族は寂しいものだった。
ジュード以来、親族と呼べる相手との関係が希薄になっていたせいである。
――だが今は違う。
アイザックの妻と子供だけでも平均的な家系の三家族分はいる。
そこにウィンザー公爵家やランカスター侯爵家など義姉達の家族も出席してくれているのだ。
皇族の結婚式に匹敵する豪華な顔ぶれである。
ウィルメンテ公爵家側よりも圧倒的に少ない出席者数で肩身の狭い思いをせずに済んだ。
このことに関しては彼女も素直に感謝していた。
結婚式自体は、アイザックに関して以外はスムーズに進んだ。
ランドルフやルシアが感動で目に薄っすらと涙を浮かべる中、アイザックはガチ泣きしていた。
隣にいたパメラに「そんな風に泣いていると、子供達が結婚する時は耐えられなくなるわよ?」と追い打ちをかけられたせいである。
しかし、それ以外は大きな問題は起きなかった。
式は粛々と進み、やがて終わる。
披露宴では、なぜかアイザックに祝いの言葉をかける者が続出する。
そんな気分ではなかったアイザックは軽くお礼を言って「主役はケンドラとウェルロッド公爵家だから」と、両親や祖父母のところへ挨拶へ行かせる。
この時、彼はしっかりと「ケンドラに祝いの言葉を言う前に俺のところへ来た奴リスト」を脳内で作っていた。
アイザックに擦り寄ろうとする者は、普段会わない貴族達ばかりではなかった。
ティファニーの弟マイクも、その一人だった。
「陛下……。いえ今は義兄上と呼びましょうか。私の結婚式の時に義兄上は泣いたりはしてくれませんでしたね」
「当然だろう。お前はハリファックス伯爵家を継ぐんだから、結婚してもそのままマイク・ハリファックスだ。けどケンドラは違う。ケンドラ・ウィルメンテになるんだ。ウェルロッドでもハリファックスでもない。血の繋がりのないウィルメンテの女になる。会おうと思えば会えるだろうけど、やっぱり寂しいよ」
「そういうものでしょうか。姉上が結婚した時は、おめでたいとしか思いませんでしたが」
アイザックはケンドラを可愛がっていたが、妹というよりも娘を可愛がるような感情に近いものだった。
両親なら「子供が巣立った寂しさ」はわかってくれるかもしれないが、マイクにはさっぱりわからなかった。
「ところで義兄上。そろそろ私も戦場に出たいのですがよろしいでしょうか?」
今回、マイクが話しかけてきたのはこの本題に入るためだった。
戦争がまだ続いている間に結果を残したいという気持ちがあったからだ。
これは彼に限らず、多くの若者達が持っている感情だった。
「ダメだ」
しかし、アイザックは一顧だにせず却下する。
「なぜですか? 私もすでに成人済み。卒業後すぐの間は祖父から学べる事を学べという教えに従いました。そろそろよろしいのではありませんか?」
「血気盛んなのは元気があって結構。でもこれはマイクだけじゃない。他の人にも同じ事を言っている。まずは後継者を作る事だ。それまでは戦場へ出せない」
「後継者……、子供ですか?」
「そうだ。例えば私の友人のポールやレイモンド、カイ。彼らも後継者が生まれているから戦場へ出している。他の家も当主から後継者まで全員出陣はさせていない。ちゃんと家を継げる者を残して出陣させるようにしているんだ。マイクが戦場へ向かい、アンディ伯父さんと一緒に何かあったら? ハリファックス伯爵家は後継者で困る事になるだろう? だから今はダメだ」
アイザックは後継者問題を理由にマイクの出陣を却下していた。
これはアルバインをハリファックス伯爵家に養子に出せばいいという問題ではない。
やはり直系の後継者を失うという精神的ダメージは大きい。
貴族にとって重要なのは家の存続である。
多くの家で当主や次期当主などが出陣しているため、若者に危険を冒させるわけにはいかなかった。
それはマイクも例外ではない。
「ですが義兄上は十四歳の時に叔父上と……」
そういった配慮をマイクはわかってはいなかった。
「安全なところで遊び惚けるほうがいい」という者よりも、やる気があるマイクのほうが評価できる。
しかし、それを受け入れるわけにはいかなかった。
「ファーティル王国の危機を見逃せば、リード王国にも危険が迫る。だから仕方なく出陣しただけだ。今はそこまで危機的な状況ではないから若者の命を無駄に危険に晒す事はしたくない。……だけど戦場に出てみたいと思う気持ちはわからなくはない。アルビオン帝国の戦いはそう遠くないうちに終わるだろう。けど、また新たな戦場が生まれるだろう。こちらもそう遠くないうちにだ。出番は作ってやる。だから今はハリファックス伯から学べる事を学び、夫婦の時間をゆったりと過ごす事だ」
「義兄上! ありがとうございます!」
「いいんだ。だけど今はケンドラの披露宴だ。こんな時にそんな話を持ち込んできた事は反省してもらわないとな。踊るなり歌うなりして披露宴を盛り上げてこい」
「げっ! これだけの出席者の前でですか?」
マイクは目を丸くして驚く。
冗談かと思ったが、アイザックは真顔だったので冗談ではなさそうだった。
「そうだ。従姉妹のめでたい日にそんな話を持ち込んできた罰だ。なぁ、ティファニー?」
話を振られたティファニーは困った表情を浮かべた。
「そうだね。お願いするにしても時と場所は考えないとダメだよ。演奏に合わせて歌うとかしてみるといいんじゃない」
だが、すぐに彼女もマイクに罰を与える事に賛同した。
無謀は若者の特権ではあるが、TPOはわきまえねばならないのだ。
ティファニーもマイクに反省させるため助け舟は出さなかった。
「従姉妹の披露宴なんだから、祝おうと頑張っていると思われるだけさ。じゃあ、頑張って」
マイクはアイザックの従兄弟ではあるが、接点が少なかったため非情にも突き放される。
「今なら気楽に義兄上と話せると思って近づいたのが間違いだった……」
マイクは頭を抱えた。
逃げたいところだが義兄と姉の二人に言われては逃げようがない。
渋々と楽団のいる方向へと歩いていく。
(勇気はあるようだな。じゃあ子供が生まれたら、望み通り危険な部隊を任せてやるか)
アイザックも無茶振りだったかなと思ってはいたが、そんな状況から逃げずに挑戦する姿を評価する。
だが、ケンドラの結婚式で自分の願望をさらけ出してきた事に関しては根に持っていた。
しかし、彼が曲に合わせて巷で流行っているラブソングを歌ってケンドラが大喜びしているのを見て、アイザックは「安全で手柄を立てられそうな強力な部隊を任せてやろう」と考えを変えていた。







