782 二十九歳 更なる混乱
『いいご身分だな、俺にくれよ。~下剋上揺籃編~』が2025年10月14日(火)に発売します!
活動報告にて書影と店舗特典を掲載しておりますので、そちらをご確認ください。
本日発売前という事で、第一金曜日ですが特別に下剋上揺籃編の5話が更新されております。
また「次ラノ大賞」への投票もよろしくお願いいたします!
元ブランドン派の貴族に装甲車の力を見せつけたものの、その実情は酷いものだった。
――十二両の装甲車の内、十一両が動けなくなっていたからだ。
報告を受けて気になったウィルメンテ公爵は確認に向かう。
この時、ヴィンセントも同行を申し出た。
「見せても大丈夫そうか?」
「アイザック陛下からは装甲車が実戦で壊れる事を想定されており、アルビオン帝国に知られても問題ないとの事でした。それに、すでに戦場で起きる問題の改善策もお考えになられておられます」
「ならかまわないか」
ヴィンセントにすべてを見せるのは気が引けるが、すでに改善策ができているのならいいだろうとウィルメンテ公爵は考える。
(詳しく調べられたところで真似をして作る事ができるはずがないし、壊れているところを見てガッカリするくらいだろう。それも今更降伏するという考えを翻す事もないだろうから問題ないか)
部隊長のシーン男爵がアイザックから「アルビオン帝国人に見られても問題ない」という言質を取っているのだ。
ウィルメンテ公爵が否定する理由もない。
ヴィンセントの同行を認め、装甲騎兵が戦っていた戦場へと向かう。
そこには驚きの光景があった。
装甲車の周囲に多くの死体が横たわっていたからだ。
「装甲騎兵は敵軍の攻撃を引き受けるという役割を無事に果たしました。敵軍騎兵や戦車の攻撃を集める事ができたので支援の竜騎兵は被害なし。装甲騎兵も人員の被害はありませんでした。被害は……、見ての通りの有様です」
「うむ」
装甲車の車輪に何本もの槍が刺さっている。
自転車の車輪に異物が挟まると動きが止まってしまうのと同じ事をして装甲車を止めようとしていたのだろう。
「戦車を止めるのと同じ方法を使ったか。動きは止まっても機銃というもので攻撃はできるが……。車輪を壊されてから距離を取られたらどうするのだ?」
ヴィンセントがわかりやすい弱点について質問してくる。
本来なら困る質問だが、シーン男爵はすでに答えを持っていた。
「これは装甲板を使った自動車が戦場でどこまでやれるのかを試すための試験運用でした。アイザック陛下はこの問題点を認識されておられます。すでに車輪の代わりとなるものを考案されたそうです。最大の弱点である足回りの強化となるだけではなく、装甲車単独で塹壕を突破できるようになるとおっしゃっていました」
「装甲車単独で塹壕を突破!? そんな事ができるのか? あそこには窪みにハマって車軸が折れているものもあるではないか!」
「アイザック陛下はできるとお考えのようです。私のような凡人にはわからない方法が何かあるのでしょう。私は次に繋げるため、装甲車の故障個所や理由などを余すところなく報告するつもりです」
「あの鉄の塊が塹壕を乗り越えられるようになるだと……。騎兵ですら近づくのをためらうというのに」
ヴィンセントだけではなく、ウィルメンテ公爵もにわかには信じがたい内容だった。
小さな段差による衝撃でも車軸が折れる装甲車が塹壕を乗り越えられるはずがない。
だが、装甲車などという常識外れの物を作り出したのだ。
アイザックなら本当にやってしまうのかもしれない。
塹壕は魔法攻撃から身を隠すためだけのものではない。
柵を作れば騎兵から身を守る簡易的な砦にもなる。
柵がなくとも、馬の脚が折れるのを恐れて容易には突撃して来られなくなる防衛拠点だ。
穴を掘るだけで作れるにも関わらず、その効果は高い。
それをあっさり突破できる兵器を考えたという。
装甲車らしき何かが塹壕の兵士を踏み潰す光景を想像して、ヴィンセントは身震いをした。
彼の反応を見てウィルメンテ公爵は「この光景を見せてもよかったんだ」と安心した。
すでに装甲車を越える新しい兵器を考えており、装甲車の弱点を見せても問題ない。
むしろ、その情報がヴィンセントを恐れさせている。
アルビオン帝国を傘下に加えるにあたり、ヴィンセントの反抗心を徹底的に折るべきだ。
アイザックは戦場から遠く離れたところにいても、ヴィンセントを恐れさせる事に成功している。
彼はその深謀遠慮に改めて驚かされた。
そして、ある事に気づいた。
「……装甲車は修理可能なのか?」
――壊れる事が前提の運用なら、どこまで修理できそうかどうか。
それを聞いておかねばならなかった。
「車軸が折れただけのものは時間がかかりますが修理可能です。ですが初めての実戦後なので、整備士達が分解して実戦の影響を調べる事になっています。そこから整備するとなるとしばらくは戦力としては期待できません」
「どの程度で整備が終わる?」
「整備士次第なので私からはなんとも……。一両でも無事なものがあったのが不思議なくらいですので」
「まぁ他の兵器も十分強いから仕方ないか」
仕方ないと言いつつも、ウィルメンテ公爵は未練がましい目で装甲車を見ていた。
こうして近くで見ると、分厚い装甲を持つ装甲車は存在するだけで頼もしい。
それが使えなくなると兵士達の士気にも影響するだろう。
士気を高める方法も考えておかねばならなかった。
「必要なものはあるか?」
「念のために護衛の兵士を数百名送っていただけると助かります。ここには最低限の装備を持った私達と非戦闘員の整備兵しかいませんので」
シーン男爵は腰を軽くポンと叩く。
そこに見慣れない物がぶら下がっているのをヴィンセントは目ざとく見つけた。
「それは武器か? ボウガンの引き金のようなものが付いているが」
「はい。これはリボルバー式拳銃というものです。装甲車内という狭い場所に乗り込む装甲騎兵のために作られた護身用の銃です」
「やはりか! 拳銃という事は銃の一種なのだろう? それを小型化するとは。是非見せてくれ」
いつも通り、ヴィンセントは見せて欲しいと言ってきた。
だが、今回ばかりはシーン男爵も渋る。
「申し訳ありませんが、拳銃はお見せする事ができません。武器である以上、操作を誤れば命に関わるからです。手を滑らして落としただけでも暴発の危険があります。機銃の時とは違って、安全の保障がないため陛下にはお見せできません」
「それでもかまわないと言ったら?」
「お断りいたします。それと拳銃は我ら装甲騎兵への配備を優先されたため、アイザック陛下ですらまだ護身用のものをお持ちではありません。どうしてもとおっしゃるのなら、アイザック陛下と交渉していただきたい」
――アイザックですら、まだ所有していない武器。
そう聞くとヴィンセントの興味がさらに掻き立てられる。
だが彼にも理性はあった。
(アイザックすら持っていない武器という事は、それだけ装甲騎兵に気を遣っているという事だろう。いや、装甲騎兵ではなくこいつか? それほどアイザックが気に入る人材なら印象を悪くするのは避けておいたほうがよさそうだな)
今は皇帝ではあるが、そう遠くない内にエンフィールド帝国の一員となる。
その時の事を考えれば、アイザックのお気に入りと揉めるのは避けておくべきだ。
拳銃に興味を惹かれるが、アルビオン家の立場を悪くする可能性は取り除いておく段階だと彼は自制する。
「そこまで言われては仕方ない。ではアイザック陛下に会った時にねだるとしよう。邪魔をしたな」
ヴィンセントはあっさりと引き下がった。
シーン男爵を恐れたのではない。
彼を通じてアイザックに目を付けられるのが嫌だったからだ。
政治だけでなく「新兵器の開発」などという場外乱闘までされると、ヴィンセントもアイザックとの格付け勝負は完全に決まったと受け入れるしかない。
孫ほどの年齢の者相手に負けるのは悔しいが、ここまでされたら不快感はなく、呆れて笑いそうになるほどだ。
プライドの高い彼でも比較的容易に受け入れられた。
装甲車の状況を確認できたので、ウィルメンテ公爵と共にヴィンセントは本陣に戻っていった。
彼らがいなくなって、シーン男爵は安堵する。
やっとアイザックからの秘密の命令を遂行できるからだ。
「よし、例の作業を始めるとするか」
彼は一番損傷が酷く、修理不可能と思われる装甲車に向かう。
その車両からはエンジンと魔力タンクが木製のクレーンで釣り上げられ、荷馬車に積み込まれている。
機銃も取り外され、重要な部分が抜き取られた空っぽの車両だった。
その中にブランドン軍兵士の死体を入れる。
「では最初は正面からお願いします」
「わかった」
作業の手伝いをしていたエルフが、装甲車の正面へ向かう。
そこから平均的な人間の魔法よりも少しばかり強い火炎魔法を装甲車に撃ち込んだ。
爆音と共に火が舞い上がるが、それだけである。
次は側面の垂直な部分に撃ち込む。
すると今度は、車内から激しい金属音が聞こえた。
これは耳の良いエルフでなくとも聞こえるものだった。
車内から死体を取り出すと、死体はズタボロになっていた。
シーン男爵はナイフで傷口の中にある物を取り出す。
「これは鋲の頭か? 他にもあるな」
他にもナットやネジなどが出てくる。
「アイザック陛下のおっしゃる通りだ……」
装甲車の装甲板はリベット工法で取り付けられており、内部の装置はボルトなどで固定されている。
アイザックは「この装甲車は実験台だから、魔法攻撃を受けると危険かもしれない」とシーン男爵に伝えていた。
今回の実験も「故障車が出たら試して欲しい」という要望によるものだった。
アイザックの言う通り、製鉄技術が設計に求められる水準に追いついていないという結果が出た。
リベットやナットなどが衝撃で破損し、装甲車内を銃弾のように高速で跳ね回った。
それどころか外部のリベットまで周囲に飛び散っているので、近くにいる者も危険だろう。
『こういう事が起きるかもしれない』
アイザックの言葉を思い出し、シーン男爵はフッと鼻で笑う。
(なにがかもしれないだ。陛下の事だ。こうなる事をわかっていたに違いない。わかった上で実戦のデータを取るために出陣させた。やはり恐ろしい方だ)
何も知らない者が見れば動く鉄の城。
しかし、その実情を知れば知るほど鉄の棺桶にしか思えなくなってくる。
アイザックは、すべて包み隠さず正直な声を求めている。
その報告から次の新兵器の改善に役立ててくれるはずだ。
そう信じて、彼は「まるで鉄の棺桶だ」という言葉も報告書に書き記した。
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決戦から一週間が経った。
元ブランドン派の貴族達は北東部侵攻の先兵を任されていた。
自分達の領地と連絡を取り、そのついでにモズリー侯爵領などを攻略すればいいので彼らが適任だったからだ。
エンフィールド帝国軍は補給に負担をかけぬよう、後方へ下がってウォリック公爵率いる本隊の到着を待っていた。
「今回の補給と合わせて、前回の会戦と同じ規模の戦闘をもう一度可能です」
「それはよかった」
ウィルメンテ公爵は喜ぶ。
数で負けていたので、敵の心を折るため惜しみなく弾を使ったので次はどうなるか心配していたところだ。
もう一度、同じ規模で戦えるというのは心強い報告だった。
「ところで、あの会戦で使った弾薬を作るのにどの程度の予算を必要とするのだ?」
今後は王国軍だけではなく、地方領主も火薬兵器を装備するようになるだろう。
そうなった時に備えて、予算について尋ねる。
「私も詳しくはありませんが、九十億リードから百億リードといったところではないでしょうか」
「百億! たった半刻も経たぬ短時間の戦闘でか!?」
「まだ作り始めたばかりですので……。工員が作業に慣れて早く作れるようになれば安くなるとは思いますが、それでも五十億リード以上にはなると思います」
「五十億……。いや、この場合は安い……のか?」
これなら農民を徴兵して戦わせたほうが安い。
だが勝利を確定させられる事。
徴兵した雑兵が戦死する事による収入の減少などを考えれば、悪くはないのかもしれない。
しかし弾薬だけではなく、装備も買い与えるとなると膨大な軍事費が必要となるだろう。
兵の被害を減らすためとはいえ、簡単に決断できる金額ではない。
「アルビオン帝国を屈服させるという目的があったから採算度外視でやれたというわけか。全軍に装備が行き届くまでどれだけの時間がかかるのかわからんな。以前と違って本国でも弾の生産を増産してくれているので助かったな。陛下にはさらなる増産を求めておこう」
自分の財布では無理なので、国庫を頼りにする事にした。
ウィルメンテ公爵軍にも装備を与えようと考えたが、今はまだ予算面で無理だ。
割り切って諦める事には慣れているので、この件も彼はスッパリ諦める。
「他にも報告は――」
「報告です!」
会議室に伝令が飛び込んでくる。
「中部方面に展開していたバーラム将軍の部隊が、アルフレッド軍の奇襲によって壊滅した模様! バーラム将軍とエジンコート将軍の生死は不明!」
「なんという事だ……。すぐにヴィンセント陛下と連絡を取って防衛態勢を整えねば」
せっかく一息ついたと思ったら、また新しい問題が発生した。
まだ一会戦分の弾薬が残っているから落ち着いていられるが、そうでなければウィルメンテ公爵は頭を抱えていたような状況になっていた。