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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二十章 大陸統一編 二十三歳~
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768 二十九歳 誤算

「お前はどちらに付くつもりだ? 当然、私に従ってくれるのだろう?」

「もちろん陛下に従います!」


 まずヴィンセントは近隣の領主達を説得(威圧)する。

 六万の軍が接近しているのだから、個別には反抗しようもない。

 そのため彼らは説得を素直に聞き入れた。

 そうして軍と物資を補充しながら、ヴィンセントは帝都へ進軍する。


 カニンガム伯爵は彼らと同行はしていなかった。

 フレイバーグ大臣と共に帝都へ向けて先行している。

 その道中、カニンガム伯爵の表情は暗かった。


「アルフレッド殿下は癇癪を起こすタイプですか?」

「普段は冷静なお方ですが、帝位簒奪を実行するくらいですから……。今となってはわかりません」

「この状況、たまりませんなぁ……」

「いやはやまったく。重要な仕事でなければお断りしたいくらいです」


 ――敵国へ向かう使者は、戦争への決意表明として処刑される事もある。


 アルフレッドは、ヴィンセントに歯向かうために勢い込んでいるところだろう。

 二人の首を送りつけて宣戦布告とするかもしれない。

 大国の外務大臣は各国から贈り物が届くので旨味はあるが、こういう時は貧乏くじだと思ってしまう。

 道中の軍や領主が襲いかかってくる事はないが、アルフレッドと面会する事を考えると気が重くなる。


 ――だが彼らの予想は良い意味で裏切られた。


 帝都スタリオンに到着すると、彼らは休む間もなく、そのまま宮殿へ招かれた。

 彼らをアルフレッドが待っており、表情は険しいものの殺意を覚えるほどではなかった。


「前触れで用件を聞いている。エンフィールド帝国との休戦を受けようではないか」


 意外な事に、アルフレッドはあっさりと受け入れた。

 彼はエンフィールド帝国に降伏するのに反対だったので、帝位を奪おうと考えたはずだ。

 ヴィンセント諸共、エンフィールド帝国との戦争を継続する可能性は十分にあった。

 それがあっさり受け入れたので、カニンガム伯爵達は拍子抜けする。


「本当によろしいのですか? 殿下に付き従った貴族達に弱腰だと思われませんか?」


 フレイバーグ大臣が、つい聞き返してしまうほどである。

 だが、アルフレッドの考えは変わらなかった。


「私は陛下の考えに賛同できないだけだ。陛下を好んで殺してやりたいと思っているわけではない。殺してはいけないが、捕虜にする分には問題ないのだろう?」

「はい、暗殺など卑劣な方法を使わなければかまわないとの事です。もしヴィンセント陛下が負けるような事があれば、その時は改めて雌雄を決しようというのがアイザック陛下のお考えです」

「そうか。アイザック陛下は案外フェアなお人なのかな? 国内の問題を解決してから、一度会ってみてもいいかもしれん」

「皇太子殿下のお言葉、アイザック陛下にしかとお伝えいたします。では休戦条約について同意されるという事で、調印も進めてよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわんとも」


 アルフレッドが同意したので、会って一時間もせずに休戦条約の調印が終わった。

 フレイバーグ大臣ではヴィンセントの代わりに調印したと思われるので、カニンガム伯爵とアルフレッドの二人の署名がされる。

 殺されずに済んだ事を喜んでいたが、あまりにもあっさりし過ぎているので、カニンガム伯爵はどこかモヤモヤとしたものを覚えていた。


(アルビオン帝国にとって何一つ損のない条件だったから、感情で動かずに調印したのだろうが……。なぜか不安だが、きっと気のせいだろう)


 そう思う事で彼は自分を納得させようとした。

 フレイバーグ大臣はアルフレッドの説得のためにそのまま宮殿に残り、カニンガム伯爵は大使館へ向かった。

 そこで血相を変えた大使が出迎える。


「閣下、休戦条約の調印はお待ちください」

「なにっ!?」


 大使が止めるくらい状況が変わったのだろう。

 アルフレッドがあまりにもあっさり調印しようとした事に、もっと疑問を覚えるべきだったのだ。

 しかし、後悔してももう遅い。

 調印は済ませてきてしまったのだから。


「すでに宮殿で休戦条約を結んできたが……。なにがあった?」

「ブランドン殿下が北部の貴族をまとめて反旗を翻しました。南西部の貴族も、そちらに参加しているようです。アルビオン帝国の半分はブランドン派になったと見ていいそうです」

「そんなバカな……」


 ――嫌な予感が的中した。


(どうりであれほどあっさり休戦条約に調印したわけだ。窮地に追い込まれた彼にとっては渡りに船。これは結ぶ必要のなかった条約だった……。やられた!)


 カニンガム伯爵は目の前が真っ暗になった。 

 敗走したブランドンが大規模な反乱を起こすとわかっていれば、この条約は引き延ばしていた。

 もっといい条件を引き出してもいいし、申し出を破棄して攻め込んでもいい。

 休戦条約を結ばなければ、もっと多くの選択肢があっただろう。

 問答無用で殺されずに済んだので気が抜けてしまっていた。

 これではアイザックに叱られてしまう。


「昨日の内に伝令を送ったのですが、そのご様子では届いていないようですね……」

「おそらく妨害されたのだろう。こちらに知られるわけにはいかないからな。ああ、陛下にどう申し開きをするべきか」


 休戦してこいと命じたのはアイザックである。

 だが、これだけ状況が変われば臨機応変に対応しなければならない。

 言われたままに行動するだけならば、大臣など派遣する必要がないからだ。

 カニンガム伯爵が派遣されたのは、複雑な情勢のアルビオン帝国をよく見て、判断してこいという意味のはずだ。

 この状況は非常にマズイ。


「……我々は今、その情報を知った。だから休戦条約を結んだのは仕方のない事だった。そうだな?」


 カニンガム伯爵は、我々(・・)の部分に力を籠めた。

 この状況は大使も責任を追及されかねない。

 だから、情報を知るのが遅かったという事にしようとしているカニンガム伯爵の意図を読み取れた。


「アルビオン帝国も情報統制に力を入れているようですし、仕方のない事だったかもしれません。ですがアイザック陛下への説明はどうなさるおつもりですか?」

「それは問題ない。あのアイザック陛下が、ブランドンの動きを読んでいないはずがない。だからこの休戦条約は結んで問題のないものだったはずだ。その点を強調しながら報告すればどうにかなるだろう。問題はこれからだ」

「これから?」


 大使はゴクリと唾を飲み込む。


「帝都の状況を探るんだ。ジェイソン動乱の時の王都の状態を知っているか? 主な貴族は家族と共に、近衛騎士に人質として利用されないように王都を離れたんだ。それと似たような事がここでも起こっているはずだ。その名簿を作ろう」

「……そうなると帝都から逃げ出した貴族は、ブランドン派の可能性が高い。その総数も目星がつくわけですね」

「そうだ」


 大使に任命されるくらいなので、彼の察しはよかった。

 カニンガム伯爵は、我が意を得たりと大使に笑みを見せる。


「アルフレッド派とブランドン派。その数を探れば、きっと今後の役に立つはずだ。私も手伝うので、今の我々にできる事をしようではないか」

「はい、そうしましょう!」


 ――逃げ道ができた。


 しかもカニンガム伯爵には挽回の秘策もある。

 大使はこの手に乗る選択しかなかった。



 ----------



 肝心のブランドンはというと、窮地に追い込まれてから能力を発揮していた。


「一度牙を剥いた以上、陛下がお前達を許すと思うか? ジワジワと(くび)り殺されるくらいなら戦って活路を見出すべきだ!」


 彼は貴族の恐怖心を煽って味方を増やしていた。

 皇帝としての能力はヴィンセントが明らかに上。

 しかし、その能力差以上のマイナスも抱えていた。

 ブランドンはそこに付け込む。

 一度裏切った以上、ヴィンセントが貴族達を許すはずがない。

 この時はまだアルフレッドがヴィンセントにNOを突き付けた事を知らないため、彼らはアルフレッドに寝返る事もできなかった。

 エンフィールド帝国に引き渡される予定の領主達は、自然とブランドンの傘下に加わっていく。


 ――すると、ブランドン派の総兵力は二十万近いものにまで膨れ上がっていた。


 これはヴィンセントとアルフレッドの軍を合わせた数よりも多い。

 それだけヴィンセントへの恐怖と不満が高まっていたのだろう。

 恐怖で押さえ込んでいられる間はいいが、一度タガが外れると止められない。

 ブランドンを旗印に反ヴィンセントの勢力が急速に集まっていった。

 彼らにブランドン自身の能力や人望は、もう関係なかった。

 ただヴィンセントに対抗する拠り所があれば、それでよかったのだ。

 信賞必罰を厳しくやり過ぎたため、ヴィンセントは多くの貴族を敵に回す事になってしまったのだ。


「帝国は我らの手で栄光を取り戻す! 我に続け!」


 威勢のいいブランドンではあるが、彼自身は半ばヤケクソになっていた。

 この方法以外に道がない以上、内心父の事を恐れていても突き進むしかない。

 彼にとっては幸いな事に、付いてきてくれる者達がいる。

 一人ではない事が救いだった。



 ----------



 カニンガム伯爵達が頭を抱えている頃、アイザックも頭を悩ませていた。


「子犬はどうですか?」

「凄く可愛いがダメだ。子犬に長旅はさせられない」


 ――子供達のお土産である。


 前回は手ぶらで帰ったので悲しませてしまった。

 だから今回はお土産を買って帰ろうとするが、アーク王国の特産品は食べ物や鉱物資源である。

 子供のお土産には弱い。

 海があれば綺麗な貝殻でも持って帰ったところだが、そういったものもない。

 アーク王国のお菓子などを持ち帰ろうにも、食べ物を持ち帰るのは腐ってしまうかもしれないので無理だ。

 こういう時「とりあえず地元の銘菓にしておこう」という軽いノリで土産を選べる前世がどれだけ便利だったかを実感する。


 マットが子犬をお土産にしてはどうかと勧めてくるが、一カ月近い旅程は大きな負担になるだろう。

 成犬のパトリックですら疲れているのを見ていたので、アイザックもよくわかっていた。


「犬や猫を飼っているから小鳥とかもダメだな。食べてしまったら悲しむだろうし」

「ではアーク王家の子供を奴隷として連れ帰ってはいかがですか? 仮にも王族ならば陛下のご子息の奴隷にふさわしいでしょう」


 マットの発言に、アイザックは目を丸くして驚いた。


「マットも貴族に染まったなぁ。そりゃあ農奴とかもいるし、いつかは奴隷の扱いに慣れたほうがいいだろうけど、子供の内から人を奴隷として扱う事に慣れて欲しくはないかな。特にザックは皇太子だ。いずれは帝国の頂点となる。奴隷も平民も変わらないと軽んじるようになったりすると悲しいし、帝国の安定にも悪影響を及ぼしかねない。だから子供達に奴隷を与えるような事はしたくないかな」


 アイザックの言葉を聞いて、マットは小さく溜息を吐いた。


「皇太子殿下を始めとするご子息は、今更奴隷の扱いで性格が変わるほどヤワではないと思いますが」

「甘いな、人とは移ろいやすいものだ。それが子供ならなおさらだ。マットも子供がいるんだからわかるだろ?」

「そこまでヤワに鍛えておりませんので」

「子供を大切にしないと……」

「私の息子は皇子ではありません。皇室を支える立場の者が軟弱では支えになりませんので」

「そう考えてくれている事には感謝するけど……」


 マットにこう言われてはアイザックも厳しく否定できない。

 将来、我が子に仕えるために鍛えてくれているのだ。

 見栄えだけの者より、どうせなら強い騎士に守ってもらいたいという気持ちはある。


「教育方針はそれぞれだろうけど、ほどほどにね」

「甘やかしては子供が大きくなった時に困りますので。陛下も適度に厳しくするべきでは?」

「それは……、妻達がやってくれている」

「だからいつも不満を言われているのではありませんか?」

「くっ!?」


 ――アイザックに忌憚ない意見を述べる事ができる貴重な人物。


 今回は軽い話題とはいえ、側近以外でアイザックに意見できる者は少ない。

 二人の会話は、周囲に信頼の証だと受け取られていた。 


(さすがは陛下に『万の兵の命を任せるより、私の命を任せたい』と言わせただけはあるな。あそこまでの発言を許されているとは)


 もしアイザックが死ねば、その影響は計り知れない。

 彼の命は数万の兵の命よりも重いのだ。


 ――そのアイザックの命を託されたマット。


 どれほどの信頼を持たれているのだろうか。

 その信頼に嫉妬する者がいた。


「お土産の事なら私にお任せください」


 ――ウォリック公爵である。


 彼はマットやノーマンといった側近に負けぬよう、アイザックの信頼を勝ち取ろうとしていた。


「宮廷料理人を確保しております。彼らを連れ帰ってアーク王国の菓子などを作らせればよろしいかと」

「宮廷料理人を連れ帰る……。おおっ、その手がありましたか!」


 菓子をそのまま持ちかえれば腐ってしまう。

 だが作る人間を連れていけば新鮮なお菓子を食べさせてあげる事ができる。

 人間を戦利品のように扱う発想のなかったアイザックに、ウォリック公爵のアドバイスが刺さる。


「過酷な籠城戦だったのによく生き残っていましたね」

「指揮官の食事を作るために生かされていたようです。家族も確保しているので、連れ帰るのは問題ないでしょう」

「では菓子作りが得意な者を何人か連れて帰りましょう。さすが義父上、メアリーやドウェインも喜ぶはずです」

「孫の喜ぶ姿を私も見たいですからな」

「アマンダもウォリック公の顔を見たがっていましたよ。戦争などさっさと終わらせて帰国したいところですね」


 ウォリック公爵は、アイザックの子煩悩なところに付け込んで評価を上げる。

 しかも孫からの評価も上げる事ができる方法だった。


 アルビオン帝国内では様々な思惑が渦巻いているが、アーク王国内では穏やかなものだった。

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― 新着の感想 ―
前線の苦労を後方を知らないと言いますが、さすがにお土産悩むってのは予想外でしたw
実際陶工とかの歴史を考えるとありえる話かな。 荒れた王都よりいいかもしれない
アルビオン帝国側とアイザックたちの温度差が酷いなw 宮廷料理人を連れて帰るのはいいけれど、子供たちの好みに合う物を作れるかどうかは問題ですね。昔何かで読んだ話ですが、織田信長が料理人を雇い入れるにあ…
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