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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二十章 大陸統一編 二十三歳~
771/806

書籍2巻発売記念外伝 ~もしもケンドラが転生者だったら~

以前「ケンドラまで転生者だったりして」という感想をいただいた事があったので、それもいいなと思い形にしてみました。

本日『いいご身分だな、俺にくれよ』の書籍2巻が発売されます!

ウェブ版とは違った流れの書籍版をこれからも書いていきたいので、最寄りの書店、通信販売、電子書籍などで是非ともお買い求めください!

 生まれた時に母を亡くし、母を誰よりも愛していた父に疎まれる人生を送っていた少女は齢十歳にして飢えで亡くなった。

 空気中から窒素を取り出すパメラ・ウィンザー法が普及した事により、ホームレスですら飢えないとまで言われる飽食の時代にである。

 彼女が最後に望んだ事は、特別な事ではない。

 世間のどこにでもある普通の家庭に生まれる事だった。


「子供が生まれたって?」


 力のない男の声が聞こえる。


「ランドルフ、もう少し喜んであげて。赤ちゃんが悲しむじゃない」

「すまない。けど……、また子供を持っていいものかと考えてしまって……」

「生まれたのだから、この子を歓迎してあげて」

「ああ、そうだな。君の言う通りだ。お疲れさま、本当に嬉しいよ」


(どういう事なの!? 私、どうなってるの? 漫画みたいに生まれ変われたの?)


 彼女は混乱しているが、なんとなく自分が新たな人生を送る機会を得られたのではないかという事を薄々と感じ取っていた。


(今度は、今度こそは普通の家庭に生まれたい! お願い、神様。普通の家庭であってください!)


 父親らしき男の声に力がないのが気になるが、今度こそは子育てを放棄するような家であってほしくない。

 普通に生きていける家に生まれていてほしいと、彼女は心から願っていた。


 ――しかし、その願いはあっさりと打ち砕かれる。


 寝て過ごしているだけでも、周囲の話が耳に入ってくる。

 その内容は彼女にとって信じられない話だったからだ。


(私はウェルロッド侯爵家の娘でケンドラで、両親はランドルフとルシア。そして兄がアイザック……。嘘っ、私って聖帝アイザックの妹に生まれ変わっちゃったの!? あの稀代の悪女に!?)


 ――聖帝アイザック。


・リーベル大陸を史上初、一代で統一したので、時代によっては征帝とも呼ばれている。

・断交状態だったエルフやドワーフと交流を再開し、種族間の差別を撤廃した。

・科学の皇帝、化学の皇后と、夫婦揃って社会を百年以上は早く発展させた。

・二十人を超える子供を持つ性豪。


 この世界に生きる者なら、誰もがその名を知っている偉人である。

 そして、彼の妹ケンドラもその名を広く知られていた。


 ――ウィルメンテ公爵家を破滅に導いたリード王国三大悪女の一人ケンドラ・ウェルロッドとして。


 アイザックを始め、家族に溺愛されて育ったケンドラはワガママな大人に育った。

 望むものはすべて手に入る環境で、彼女の行動はアイザックが無条件で認めていた事が原因だと言われている。

 ウィルメンテ公爵家がウェルロッド公爵家に対して負い目があったという事もあり、婚約者のローランドも強く注意できなかったので、彼女はどんどん増長していった。

 その結果、彼女は自分の息子を皇帝にしたいとローランドに頼み込み、反乱の計画を立てる事になったウィルメンテ公爵家は反逆者としてお取り潰しとなってしまう。

 溺愛していた妹であろうとも、さすがに反旗を翻した事まではアイザックも許せなかったようだ。

 そんな悪女に生まれ変わってしまった事に、彼女は神を恨む。


(普通の家庭がいいってお願いしたのに……)


 ケンドラは普通とは真逆の存在である。

 そもそも生まれの時点で普通の生き方などできない立場だった。

 アイザックの妹という時点で、周囲が普通には扱ってくれないだろう。

 すでに人生が詰んでいるようなものである。

 しかし、彼女にはか細いながらも希望があった。


(でも私がわがままを言う大人にならなければいいだけだよね!)


 そう、彼女はケンドラの末路を知っている。

 だから同じ道を歩まなければ大丈夫なはずだった。

 それだけに気をつければいい。

 あとはアイザックが、どこまで恐ろしい男なのか次第だろう。

 寝て食べるだけの生活を過ごしていると、ついに兄と面会する時がやってきた。

 どうやら祖父のモーガンがサプライズ演出をしようとして、失敗したようなやり取りがされている。


「こんにちは、ケンドラ。私は従姉妹のティファニーお姉ちゃんだよ」


 女の子が話しかけてくる。

 周囲の話の内容から、彼女がティファニーだという事がわかった。


(えっ、あの統一帝が最も愛していた女性という説があったティファニー・ハリファックス!?)


 彼女も歴史上の人物である。

 皇妃の中で、彼女だけが「なぜ結婚したのだろうか?」と言われていたからだ。

 政略結婚をするには弱い家であり、そもそも母の実家なのでそこまでしなくてもいい。

 だから彼女を愛していたからだという説が有力視されていた。

 そんな彼女と自分は従姉妹なのだと思うと、どこか現実味のないもののように感じていた。

 やがて誰かが近づいてくる気配を感じた。


「確かに赤ちゃんって可愛いけど可愛くないね」

「だよね。なんだか不思議だね」


 男の子の声が聞こえる。

 おそらく、彼がアイザックだろう。

 ケンドラとアイザックの邂逅は「なんてデリカシーのない人なんだろう」という第一印象で始まった。



 ----------



 時が過ぎると共にケンドラはすくすくと成長していった。

 そして、アイザックはさらに早いペースで成長していく。

 まだ前世では幼く、知識も初歩的なものしか身に着けていなかったとはいえ、前世の記憶を持つケンドラ以上の速度でである。


(これが英雄になる人との違いなんだ……。お兄ちゃんって凄い!)


 彼女はアイザックに感心していた。

 本物の英雄だと知っていただけに、無駄にアイザック相手に張り合おうなどとはしなかった。

 もし張り合おうとしていれば、彼女の心はくじけていただろう。

 素直にアイザックの事を受け入れたのが彼女にはよかった。

 もっとも、彼女にそんな気概があったとしても、すぐにほだされていたはずだ。


「ケンドラ、手を放しちゃダメだぞ。ほら、パカパカー」


 妹とお馬さんごっこするくらい、アイザックの面倒見はよかった。

 家族との触れ合いに飢えていたケンドラが、それを邪険にするはずがない。


(まさか、未来の聖帝がお馬さんになってくれるなんて――嬉しい!)


 ケンドラがキャッキャと笑うと、アイザックも嬉しそうに笑ってくれた。

 アイザックを馬代わりにする事ができる者などいない。

 おそらく、史上最も稀有な経験になるだろう。


「おにいちゃん、すき」

「お兄ちゃんも好きだよ」

「わたしのほうがだいすきなの」

「なにを言っているんだ。お兄ちゃんのほうが大好きに決まっているだろう」


 昌美ならば「うわぁ……」と引くくらいのマジトーンでアイザックは答える。

 だがケンドラにとって、あれほど欲していた家族の愛である。

 気持ち悪がる事なく、惜しみなく愛を注いでくれる兄に、彼女も愛情を持って接するようになっていた。

 だが、そんな彼女の心を奪う者が現れた。


 ――パトリックである。


 まだ子供なのにアイザックは忙しなく動いている。

 それに彼の偉業の邪魔をしてはいけないと、ケンドラにも遠慮する気持ちがあった。

 そんな時にパトリックとの出会いが訪れたのだ。

 前世ではペットを飼う事など考えられなかった。

 ぬいぐるみのようにフカフカで、自分を見守ってくれているかのようにそばにいてくれる存在はかけがえのないものだった。

 すぐにパトリックに心を奪われ、同世代の友達ができてからも、彼女にとって大切な友であり続けた。

 ただし、その代償としてアイザック達が肩を落とす事になるのだが、彼女はその事に気づく事はなかった。



 ----------



 リサがケンドラの乳母を補佐するようになると、それはそれで彼女も気を遣う事になってくる。


(これまでにも遊んでくれた事があるけれど、義理のお姉ちゃんになる人だもんね。妹として仲良くしておかないと)


 ――リサ・バートン。


 アイザックには兄殺しでティファニーにすら距離を置かれた時期があった。

 そんな時にでも常にアイザックを支えてきた乳姉弟である。

 しかも内務大臣就任後に警察を率いて帝国初期の安定を築き上げたクリス、嫁入りしたロックウェル公爵家を実質的に支配していたクレアの母親でもある。

 この二人が特に有名であるが、他の子達も活躍しているので、賢母と呼ばれる事もあった。

 いつかはウィルメンテ公爵家に嫁入りし、ローランドを支えたいと思っているケンドラにとって、最も参考にしたい人物だ。

 だが、そんな彼女のイメージが崩れ去る事件が起きた。

 それは家族で過ごしていた時の事。


「ただいま帰りました。お久しぶりです、ランドルフ様。……アイザック」


 学校から帰ってきたリサの様子がおかしかった。


(どうしたんだろう?)


 不思議そうにケンドラは様子を見守っていた。


「久し振り。どうしたの? リサお姉ちゃん」

「アイザック、あんたのせいで婚約者が決まらないじゃない!」

「えぇっ! 僕のせいで!?」


(えぇっ! なんでそうなるの!?)


「それでね、私は思い出したのよ。昔『婚約者が決まらなかったらリサお姉ちゃんと結婚してもいい』って言っていたわよね。ねっ」


 リサはアイザックの肩をガッシリと掴み、顔を近づけていく。

「もしかしてキスシーンが始まるの!?」とケンドラの視線は二人に釘付けになる。


「リサ、おやめなさい」


 しかし、祖母のマーガレットによって止められる。


「お婆様。僕のせいでリサお姉ちゃんに婚約者ができないのなら、責任を感じるんですが……」

「アイザックは責任を感じる事ないのよ。この子が婚約話を断っただけなんですから」

「本当ですかっ!」


(……そうだったの!?)


 歴史に刻まれる事のなかった事実を知って、ケンドラはただただ驚くばかりだった。


「ですがお婆様。僕の評判を聞いて、まともな婚約者候補が見つからなかったんじゃ……」

「人格や能力に問題がある者は、面接や事前調査で切り捨てました。リサの好みもあるので家柄は不問にして、選択肢の幅を残す事も考慮してね。それで十人の候補が残っていたのよ。その中から選ばなかったのはリサの責任です」

「十人も……」

「だ、だって……。みんな、なんだか頼りないんだもん。アイザックなんて五歳も下なのに、もう色々と実績を残しているのに」

「普通の若者はそんなものです」

「えっと、それじゃあ僕のせいっていうのは……」

「アイザックが近くにいるせいで、他の男の子を見る目が厳しくなっちゃったからよ」

「そ、そう……」


(それってお兄ちゃんが悪いのかな?)


 恋愛に関する知識のないケンドラだったが、それでもリサの言い分は半ば八つ当たりのようなものに思えた。


「だからね、アイザックのお嫁さんになれば問題は解決すると思ったの。もちろん、第二夫人、第三夫人でも――」

「あなた達、リサを部屋に連れていきなさい。リサ、少し頭を冷やしなさい」

「あぁっ、ちょっと待って。待って。わかった、友達でいいから誰か紹介して。友達みんなが結婚するのに、私だけ独身なんていやぁぁぁ」


 リサが使用人に連れていかれる。

 その姿をアイザックは呆れながら見ているようにケンドラには見えた。


「リサお姉ちゃんのあんな姿、見たくなかったなぁ……」


(私も)


 だが、ケンドラはそれを言葉にするような事はしなかった。

 リサも姉と慕う大事な人だからだ。

 しかし、賢母と呼ばれるようになるとは思えぬ姿を見て、少し拍子抜けしていた。


「リサも大変ねぇ」

「そういうブリジットさんも、そろそろ婚約者を見つけた方がいい年齢なんじゃないですか?」

「私は大丈夫よ。パーティーに出たら男の人に囲まれるくらいなのよ」

「でもそれって人間ですよね? エルフの男の子はどうなんですか?」

「う、うっさいわね。別に私の事はいいでしょ!」


 リサを心配するブリジットに、アイザックが冷やかすような言葉を投げかけている。


(お兄ちゃんはお兄ちゃんでデリカシーないよね。……でもブリジットさんとも結婚するし、今の言葉は照れ隠しだったりするのかな?)


 彼女は歴史の教科書に書かれていなかったアイザック達の実像に驚かされるばかりだった。



 ----------



 その後、アイザックがファーティル王国の救援に向かうなどがあった。

 ケンドラはアイザックが勝ったという結果を知っているので、心配する事なく兄を送り出す。

 それからもケンドラにとって歴史を追体験するような事件が色々と起きたが、すべてアイザックに任せて余計な口出しをするような事はしなかった。

 そして月日は流れ――


「とうとうこの日が来たか……」


 アイザックが感慨深げに呟く。


 ――翌年、ケンドラが王立学院に入学するという日がきた。


 ケンドラとローランドがまもなく入学するため、王家、ウェルロッド公爵家、ウィルメンテ公爵家が集まっている。

 和気あいあいとした雰囲気の中、パメラがある言葉を言い放つ。


「魅力的な相手と出会ったからといって、お互いに裏切るような事はしないようにね」


 その言葉はローランドに向けられたものだった。

 アイザック世代では、ニコルという悪女に騙された男達が婚約者を捨てるという事件があった。

 彼女も被害者の一人である。

 だからだろうか。

 自分のような経験をしないようにと、ケンドラを守ろうとしてくれていた。


「もちろんですとも。ケンドラの事は大切にしています」

「ローランドはとても優しい人ですから、きっと大丈夫です」


 それはケンドラの経験から出た本心だった。

 これまでに何度もデートを重ねてきたが、ローランドは彼女を裏切るような男ではないという事をよくわかっていた。

 顔、知能、人格に優れた若者で、アイザックのようにデリカシーに欠けるという事もない。

 多くの女性にとって理想的な相手だろう。

 ジェイソン達のような裏切りはしないだろうという信頼感があった。


「ケンドラと同年代に、ニコルのような娘がいるという噂は聞いていない。むしろケンドラが男達を魅了しないか心配しないといけないんじゃないかな。こんなに輝いている美少女はそうそういないぞ」


 しかし、愛し合った間柄でも恋人を裏切らせるのがニコルという女だったらしい。

 アイザックは、おかしな方向で心配そうにしていた。


「もう、お兄様ったら。相変わらずですね」


(私も昔ほど子供じゃないんだから、そこまで心配してくれなくてもいいのに)


 もちろん大切にしてくれるのは嬉しいが、さすがに王立学院に入学する年頃にもなると、兄のシスコンぶりは恥ずかしいと思うようになってきた。

 

「そのペンダントも似合ってるよ。それが似合う年になったんだね」


 しかし、アイザックはケンドラの変化にいち早く気づいて褒めてくれる。

 その早さだけは、ローランドもまだまだ勝てなかった。


「今日はお祝いをしてくれると聞いたから、初めて付けてみたの」


 そのペンダントはアイザックが贈ったドワーフ製のものである。

 さすがに派手だったので付けるのには勇気が必要だったが、こういう場を逃してしまえば付ける機会などなくなるだろう。


「いつかお姉様達のように、宝石に負けない美しい女性になりたいです」


 パメラ達よりも目立つペンダントだったので、彼女は義姉達のフォローを行う。


(でも奥さんには、妹より立派なプレゼントをもっとしておくべきじゃない?)


 やはりアイザックの妹愛の強さは凄まじい。

 しかし、兄の愛にばかり気を取られてはいけない。

 そこで彼女は、これから愛情を注いでもらうべき相手に話しかける。


「お兄様のプレゼントも嬉しいけれど、婚約者からのプレゼントだったらもっと嬉しいだろうなぁ」


 兄のプレゼントでも嬉しいのだ。

 婚約者からのプレゼントだと、どれだけ嬉しいだろうか。

 ケンドラはローランドの返事に期待に胸を膨らませる。


「それは無理だよ」

「えっ……」


 普段は即座に了承してくれるローランドだったが、今回は違った。

 彼が断ってきたのだ。

 いつもと違う彼に、ケンドラは戸惑いを覚える。


「アーク王国では内乱が起きている。もしかしたらリード王国にも飛び火があるかもしれないんだ。そんなに立派なペンダントを買うお金があるのなら、その分を兵士の装備や食料の備蓄に回すべきだと思う」

「ローランド……」


 彼の言葉にケンドラは自然と涙が溢れ出る。


(私、なんて馬鹿な事を言っちゃったんだろう。いつの間にか、みんなの優しさに甘えてわがままを言うのに慣れちゃってたんだ。それを気づかせてくれるなんて……やっぱりローランドって凄く良い人! 本当にケンドラって恵まれていたのね)


 彼女の涙は嬉し泣きによるものだった。


 ――ケンドラはわがまま放題に育った悪女。


 それがわかっていたはずなのに、彼女は周囲に甘やかされるのに慣れてしまっていた。

 むしろわがままに育ってはダメだとわかっていたのに、甘やかされるのが当たり前と受け入れてしまうようになっていた環境が恐ろしい。


 ローランドもそうだ。

 ウィルメンテ公爵家がウェルロッド公爵家に気を遣っているのか、ずっとケンドラのお願いを嫌な顔もしないで聞いてくれていた。

 だが本当に大事な時は、それを正そうとする判断力を持っていた。

 彼のおかげでケンドラは、ギリギリのところで道を踏み外さずに済んだのだ。

 自分の愚かさと、婚約者の素晴らしさを気づかせてくれた感謝の涙でもあった。

 だが彼女が感動する一方で、道を踏み外そうとする者がいた。


 ――アイザックである。


 彼は立ち上がると、ローランドのもとへ一直線に向かって胸倉を掴んだ。


「お前も家族だ」


 そう言ってから、ローランドの顔面に拳をお見舞いする。


「だから今回はこれで許してやる」


 これまでの兄の行動から、悲しんでいるケンドラのために怒っているのがわかった。


(いくらお兄ちゃんでもそれはダメ! ローランドが正しい道を教えてくれたから、私達はこれからも家族でいられるようになったんだよ!)


 さすがに今回はケンドラも怒る。

 彼女を可愛がってくれているのであれば、兄妹仲を引き裂かれないように動いてくれたローランドに感謝するべきである。

 だから彼女はアイザックを恐れずに動いた。


「やめて!」


 彼女はアイザックの手をローランドから引き離し、ローランドの顔をギュッと抱きしめた。

 その時、胸が彼の顔に当たっており、ローランドは離れるべきか、このままでいるべきか葛藤させられて動きが止まった。


「なんでこんなひどい事をするんですか!?」

「なんでって、お前を悲しませたから……」

「私は嬉しかったの!」

「なぜだ?」


 当然、アイザックは理由を聞き返す。

 周囲も理由を聞きたかったので、この状況を見守っていた。


「だって私がわがままを言っても、ローランドはいつも笑顔で受け入れるばっかりだったもの。彼は私の言う事になんでも従う召使いじゃないの。私の婚約者なのよ? 意見がぶつかる事があってもいいじゃない。だから否定してくれて嬉しかったの! なのに、なんでローランドの事を殴るの? お兄様なんて大っ嫌い!」


 相手があの聖帝アイザックという事もあって、彼女はこれまで兄に歯向かうような事は言わなかった。

 だが今回は違う。

 知らぬうちに好き放題振る舞うようになっていた自分の行動を否定してくれたローランドを守るため、自然と語気が強いものになっていた。

 今まで少しずつ蓄積されていたアイザックへの不満もあり、彼の事を「大っ嫌い!」と強く否定する言葉まで出てしまうほどに。


「ちょっと言い過ぎたかな?」と思って兄の顔を見てみると、これまで見た事のない絶望に染まった表情を見せていた。

 今の一言はかなり効果があったようだ。

 これまで彼女はアイザックの事を妄信していた。

 しかし、彼もただの人間なんだと気づいた時、ケンドラの中で大きな変化が起きた。

 

(歴史上の偉人でもやっぱり人間なんだよね。そっかぁ……。じゃあ、これからはちゃんと自分の気持ちを伝えるようにしよう。意見をぶつけ合ったほうがきっとお互いのためになるよね!)


 彼女はこれまでアイザックに遠慮をしていたが、それではお互いにとっていけない事になると考えるようになった。

 もう少し早く「私を甘やかさないで」と伝える事ができていれば、こんな事にはなっていないはずだったからだ。

 アイザックと距離を取るのもいい。

 自然と甘やかされる事が減っていくだろう。

 きっとその行動は、ローランドを含めたウィルメンテ公爵家の面々を救う事になるはずだ。

 そしてそれはケンドラを殺さずに済むアイザックのためにもなる。

 アイザックの心を代償にして、ケンドラは人生の転機を乗り越えるきっかけに気づく事ができたのかもしれない。

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マグコミにてコミカライズが連載中!
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『いいご身分だな、俺にくれよ 〜下剋上貴族の異世界ハーレム戦記〜』(三章終了時までの予定)
表紙絵
『いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~』(四章以降はこちら~)
表紙絵

書籍「いいご身分だな、俺にくれよ(2) 継承権争い編」のご購入は↓こちらの画像を参考にしてください。
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表紙絵
― 新着の感想 ―
家の台所事情が厳しくて婚約者に贈るプレゼントを買う余分なお金が無いなんて 貴族として大恥じですし王妹に対して不敬ですから 当然叱られるところですけど アイザックが幼少期にランドルフからされたように 頬…
これはこれで、正史で良いと思いますよ。 すごく自然ですから。
ケンドラが転生者だとパトリックが元気ないの…のところとかは多少変わりそうですね しかし漫画があった時代からの転生者は一体どれくらい先の生まれなのか…案外アイザックの宮廷費で漫画推進とかやったんですかね
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