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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二十章 大陸統一編 二十三歳~
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731 二十六歳 キーファーベルクの戦い 後編

「後方で煙!?」


 ウォリック公爵とファーネス元帥。

 二人が西側で立ちのぼる煙を見て反応した。


「援軍が間に合わなかったか……」


 ウォリック公爵は顔をしかめる。

 東から接近してきていたのは、バーラム将軍の動きを察知したハーミス伯爵が送ってくれた援軍だった。

 正面のアルビオン帝国軍のところから騎兵を割けなかったため、彼らに援護を任せた。

 だが残念な事に、それは間に合わなかったらしい。


「閣下……」


 側近達が不安そうな表情を見せる。

 だからこそ、ウォリック公爵は堂々とした態度を見せる。


「補給を失ったとしても、各員に配給した食料が二日分は残っているはずだ。まだうろたえるような状況ではない。周辺から食料をかき集める手段を考えろ」


 食料が二日分あるという事は、食事量を減らせば四日は戦える。

 水はエルフに頼めばいいのでなんとかなるが、それ以上は兵士も体力を消耗して戦えなくなる。

 今すぐというわけではないものの、正直なところ厳しい状況だった。


 リード王国軍に対して、アルビオン帝国軍は浮かれていた。

 ファーネス元帥も、まだ決着が着いたわけではないのに少し笑みを浮かべている。


「バーラム将軍は仕事を果たしてくれたようだ。これでリード王国軍は厳しくなる。数万の兵の食料をすぐに集める事など無理だからな」


 彼はクククッと笑う。


「これまで潤沢な補給を受けながら戦ってきた兵士達が明日の食事にも事欠くようになるのだ。士気の低下は免れまい。兵に甘くしすぎた報いだな」


 アルビオン帝国軍が兵士に厳しすぎるだけなのだが、それはある意味で強みとなっていた。

 輸送部隊を襲撃されれば士気は下がるだろうが、リード王国軍ほどではない。

 味方の補給に全幅の信頼を置いていないからだ。

 現地住民の感情を気にして現地調達を行わないリード王国軍とは違うのだ。


「一気に攻勢を仕掛ける。だが騎兵の一部は周囲の偵察に回したままでかまわん。万が一を考えねばならんからな」


 ファーネス元帥は士気の低下した今を狙い、勝負を決めようと考えていた。

 食料が尽きてから戦ってもいいが、その場合はリード王国軍を倒すまでに時間がかかる。

 万が一にも、ウィルメンテ公爵達が戻ってきて支援されては困る。

 だから、彼らを警戒するために偵察を派遣していた。

 今のところ、敵軍の姿は十キロ以内にはいない。

 彼は最も気をつけねばならない奇襲を警戒するのを忘れてはいなかった。



 ----------



 その日の夕方までに、リード王国軍は一万の死傷者を出していた。

 だが彼らもやられるばかりではなく、アルビオン帝国軍には七千の被害を与えていた。

 しかし、リード王国軍は援軍を合わせて四万五千、アルビオン帝国軍は五万三千で会戦した。

 残る兵士は三万五千と四万六千である。

 元々数の違いがあったのに、さらに開いてしまった。

 このままでは単純計算で三日もすれば崩壊してしまう。


 だが悪い事ばかりでもなかった。

 輸送部隊を狙っていた伏兵を砲兵隊が撃退。

 補給物資は無事だったという報告があったからだ。

 食料がなくなったと意気消沈していた兵士達の士気もいくらか回復したはずなので、明日は今日ほどひどい戦いにはならないはずである。

 物資を焼き払ったと思いこんでいるアルビオン帝国軍よりも、情報面では有利になる。


 残る問題は――


「ウィルメンテ公はどこにいる?」


 ――援軍にくるはずのウィルメンテ公爵軍の所在だった。


 戦場の南にいる事は確認している。

 だが、今日は姿を現さなかった。

 彼の事を信頼していないウォリック公爵は、裏切られた気分になっていた。


「二日前の連絡では、ここから一日の距離にいたはずですが……」


 昨日は連絡を取っていなかった。

 先にアルビオン帝国軍がキーファーベルクに到着していたため、飛行兵で連絡を取っていると知られないためだ。

 しかし、連絡を取っていない事がリード王国軍にとって不安の種となっていた。

 

「奴を信じたのが間違いだったか……」

「なにか誤算があったのであれば、我々も手伝う事にやぶさかでないですが」


 エルフが協力を申し出る。

 今がまずい状況だというのは、野戦病院に運び込まれる負傷者の数で察していた。

 このまま放置していては、さらに危うい状況へ発展してしまうだろう。

 だから動くなら今しかないと思っていた。

 だが、ウォリック公爵の表情は渋いものだった。


「最悪の場合は協力を頼みたい。しかし、今はまだエルフはリード王国の一員ではない。正式に加わるのはエンフィールド帝国になってからだ。今の段階で参戦すると休戦協定違反になる可能性が高い。まずはできる事をやってからだ」

「かしこまりました。ですが手遅れになる前に要請してください。我々だけの力では押し返すのは難しいでしょうから」

「申し出に感謝する」


 リード王国軍が全滅してからでは、エルフの支援も焼け石に水。

 だからウォリック公爵は、兵の半数を失う前に要請するべきだという事を理解していた。

 エルフが協力してくれるのならまだ絶望的ではない。

 とはいえ、彼の胸中には不安が渦巻く。


(ウィルメンテ公は裏切ったのか?)


 その疑問の答えは、日が暮れてから彼の元へ届く事になる。



 ----------



 ウィルメンテ公爵軍は、キーファーベルクから南に二十キロの地点にいた。


「そろそろ動くとしようか」


 彼らはこれまで休息を取っていた。

 それもすべて夜に動くためである。


「街道の様子はどうだ?」

「予定通り、明かりが灯されています」

「ならいけるな」


 彼は道中の街や村に少しずつ兵を残しており、アルビオン帝国軍に略奪されて反感を持っている村人の協力を得て、夜の行軍がしやすいように街道を明かりで照らすようにしていた。

 明かりに沿って歩けばいいので、キーファーベルクまでの移動で迷う者も限りなく少なくなるはずだ。

 アルビオン帝国軍に再占領された村の付近は暗いままだが、潜んでいた兵士が夜襲を仕掛ける手筈となっている。


「さて、ウォリック元帥に『遅い』と叱責される前に向かうとするか。兵も十分に休んだはずだ。休んだ分は頑張ってもらおう。全軍前進!」


 ウィルメンテ公爵の号令により、ウィルメンテ公爵軍やウリッジ侯爵軍、ブリストル侯爵軍が動く。

 日が暮れていたとはいえ、この動きはアルビオン帝国軍の偵察部隊に察知された。

 彼らはすぐさま報告に戻ろうとする。


「うわっ!」

「なんだ!?」


 街道を走っていると、馬が突然倒れて騎兵が地面に放り出される。

 そこへ矢が降り注いだ。

 襲いかかったのは大小様々な道に潜ませていたウィルメンテ公爵家の兵士である。

 彼らは偵察部隊を襲撃するために待っていたのだ。

 先に襲わなかったのは、偵察部隊を襲えば伏兵がいると知られてしまう。

「近くに敵軍はいない」という報告をさせてから彼らの報告を封じたのは、それによって判断を狂わせるためだった。

 先にこの地へ到着した者の強みを活かし、ウィルメンテ公爵は徹底的に策を張り巡らせていた。


 その目論見は成功する。 

 彼らの存在が気づかれたのは、アルビオン帝国軍本隊まで二キロの地点に到着した時である。

 深夜ではあったが、大軍の移動は月明りだけでも目立つものだった。


「限界がきた者は早めに申し出ろ! エルフが治療してくれる!」


 そこで一度、歩みを緩める。

 重装備をしたままで二十キロも歩いたのだ。

 訓練した兵士とはいえ、このまま戦うのは難しい。

 そのため、以前にも一度試した「エルフの魔法で疲れを取る」という荒業を使って、脱落しそうな者を優先的に回復する。


 彼らが休んでいる間、アルビオン帝国軍では大きな混乱が起きていた。

 周辺に存在しなかった軍が突然現れたのだ。

 日中に戦って疲れて眠っている兵士も多い。

 二万を超える軍の夜襲は青天の霹靂だった。


「なぜ気づかなかった!」

「偵察部隊が奇襲を受けたのかもしれません」

「敵を見つけるべき部隊が奇襲を受けるとは何事か! そもそも、夜になってから大規模な軍を遠方から道に迷わずに移動させるなど地元住民でも難しいだろう。どうやったのだ?」

「今はなにもわかりません」

「まずは兵を起こして――」


 報告を受けていると、天幕の外が明るくなった。

 ファーネス元帥達が外へ出ると、空には無数の小さな太陽のようなものが輝いていた。

 それは北と南から、次々に撃ち出されていく。


「夜なのに、まるで昼のようだ……」


 ファーネス元帥の近くで誰かがつぶやく。

 それはこの場にいる者達の気持ちを代弁していた。

 誰もがこの光景を見て呆けているなか、ファーネス元帥の意識がいち早く現実に戻る。


「全員起こせ! 大規模な攻勢が来るぞ!」


 彼が叫ぶが早いか、ほぼ同時に南北にいたリード王国軍が動きだしていた。



 ----------



 ウィルメンテ公爵軍がキーファーベルクに到着してから二週間。

 包囲下に置かれたアルビオン帝国軍であったが、まだ奮闘を続けていた。

 この二週間の間にアルビオン帝国軍は二万の兵を失い、リード王国軍は一万の死者、怪我人は延べ五万人を出していた。

 リード王国軍の死傷者が圧倒的に多いのは「負傷してもエルフの魔法ですぐに治療し、また戦場へ戻す」という、俗に言うゾンビアタックを行っていたせいである。

 そのおかげか、アルビオン帝国軍は満足に休む余裕もなく、日に日に被害が増えていった。

 ファーネス元帥は陣中を激励して回る。


「閣下、俺達はまだやれますよ!」

「飯はあるんでしょう? だったらなくなるまで戦えます」

「諸君らの敢闘精神には驚かされる。私はいい兵士を持って心強い限りだ」


 兵士にそのように答えはしたが、この時ファーネス元帥は降伏を決意した。

 彼らが折れた槍の先をナイフで削り、木の棒に大きな石を括り付けて石斧を作っていたからだ。


(まだ食料はある。だが武器がない。彼らのような精鋭に武器を持たせる事なく死なせるのは忍びない……。どうして奴らの数が減らんのだ?)


 それは基本的にゾンビアタックのせいである。

 兵士に致命傷を負わせて折れた武器は使い物にならず、その役目を終える。

 だがリード王国軍兵士は治療によってまた戦線復帰してくるのだ。

 十分な武器があったはずなのに、それよりも多くの兵士が湧き出てくるかのような錯覚をファーネス元帥は覚えていた。


 このような状況でも士気は落ちていない。

 間違いなく兵士の質では圧倒的に勝っている。

 しかし、戦況は好転する様子がない。

 そして援軍もおそらく来ない。

 兵士達が生きてさえいれば、軍を再建する事は可能だ。

 自分の名誉のために降伏を嫌がる事こそ利敵行為である。

 ファーネス元帥は、そのように考え始めていた。

 アルビオン帝国は厳しい法があるものの、それにも増して国のためなら処罰を恐れない帝室への忠誠を誰もが持っていた。


「ウォリック元帥に使者を出せ。降伏するとな」


 十月十四日。

 ファーネス元帥は、ウォリック元帥に降伏すると使者を送った。

 ウォリック公爵は降伏を受理。

 詳しい条件は後日話し合う事となった。



 ----------



「やった!」

「ファーネス元帥が降伏したぞ!」


 リード王国軍は勝利に湧く。

 初戦はともかくとして、アルビオン帝国相手に初めてまともな勝利を収める事ができたからだ。

 ウォリック公爵は喜ぶというよりも、肩の荷が下りたと安堵の表情を見せる。


「では南北から挟み込むという作戦を立てた、この勝利の立役者に会いに行くとしようか」


 ウォリック公爵は元帥である。

 ウィルメンテ公爵を呼びつける事もできるのだが、今回は礼儀として彼から足を運ぶ事にした。

 調印式を済ませたあと、彼はウィルメンテ公爵の陣へと向かう。

 知らせを受けたウィルメンテ公爵が出迎えに出てきていた。


「元帥閣下、おめでとうございます」

「今回の勝利はウィルメンテ公の提案のおかげだ。そういえばウィルメンテ公、貴公はウォリック公爵家を見捨てたな」


 突然の話題に、ウィルメンテ公爵は会話についていけなかった。

 目を丸くして驚きを見せる。


「先代のウィルメンテ公に見捨てられたのは仕方ない。だが代替わりしても、ウィルメンテ公はアマンダとの婚約を結び直そうとはしていなかった」

「いや、それは……。すぐに申し込むのも面目ないと思っていたので――」


 ウィルメンテ公爵の弁明を、ウォリック公爵は仕草で止める。


「結果的にはフレッドと婚約せずに済んでよかった。ただウィルメンテ公爵家の対応には恨みに近い不満を持ち続けていた。だがその恨みは今日、この時から忘れよう」


 ウォリック公爵はいつになく真剣な面持ちを見せていた。


「私はずっとアイザック陛下に対する申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだった。元帥に任命してくださったというのに、正面切っての戦いでは、まともな戦果を挙げる事ができなかった。それが貴公のおかげでアルビオン帝国軍本隊を降伏させ、しかもファーネス元帥やバーラム将軍まで捕虜にできたのだ。ようやく元帥としての面目が立つ。ウォリック公爵家はウィルメンテ公爵家に対しての恨みを忘れる事で恩義に報いようと思う」


 彼はウィルメンテ公爵に右手を差し出した。


「受け取ってくれるか?」

「もちろん、喜んで」


 ウィルメンテ公爵は、ウォリック公爵の手を固く握った。

 周囲から降伏を聞いた時と同じくらい大きな歓声があがる。


「それにしても、よく我らの不仲を利用しようと考えたな」

「ウォリック公爵領があれだけ混乱していたのです。周辺国にまで諸事情が伝わっていてもおかしくないでしょう。リード王国ではそうそうありませんが、他国では戦場で恨みを持つ相手を背中から刺す事もあるそうですよ」

「確かにリード王国ではあまり聞かん話だな」

「そんな事をすれば、当たり年(・・・・)の粛正対象になりますからな」


 不良貴族はウェルロッド公爵家の当たり年によって定期的に一掃されるというリード王国の特徴が、味方相手の謀殺を防ぐのに役立っていた。

 ウィルメンテ公爵も「ウォリック公爵が戦死すれば、自分が元帥になれるかも?」と考えなかったわけではない。

 だが同時に「そんな事をすれば、まず疑われて処刑される」という考えが浮かび、愚かな行為に至らなかったのだ。

 アイザックは戦場にはいない。

 しかし、その影響力は戦場にも及んでいた。

 それが今回、修復不可能だと思われていた両家の関係を修復するきっかけの一つとなっていた。

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― 新着の感想 ―
婚約解消は間違ってはいなかったんですよね。 義理人情にかけた行為ですが。 両家が和解して良かったと思います。
小早返は発生しなかった模様。 というか当たり年がどこぞの某スターリンみたいに恐れられてて草生える。
あー、なるほど……国の面子を賭けた戦で、私怨で味方を見捨てるような真似したら、当たり年のウェルロッド公爵家当主に粛清されるわな(冷汗) しかも今代の当たり年は王になったわけだし。まあ、これで両家の和…
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