708 二十六歳 リードする者
子供達が親交を深めている時、会議室では真剣な面持ちの大人達が集まっていた。
出席者はリード王国、コロッサス王国、トライアンフ王国の参加国の首脳陣である。
アーク王国からの出席者がいないのは呼ばれていないからだ。
もう彼らは同盟国ではないので当然である。
そして同盟国の者だけを集めたのには相応の理由があった。
「今回お集まりいただいたのは重要なお知らせがあるからです。その一つは言うまでもないでしょうが……。まだ十歳に満たない皆様のご子息、ご息女もお呼びしたのは、私の子供達の婚約者候補になってもらうためです。もっとも、どうしても反りが合わない場合は候補から外れる場合もありますが、それはお互いのためだと了承していただきたい」
その一つが、子供の婚約者を探していると伝える事だ。
今のところ最有力候補がザック達と会っている。
だが、それでもダメな場合に備えて、他の候補を考えてもらうためである。
アイザックとしては不本意ではあるが、嫌でもやっておかねばならない事でもあった。
「そして子供の婚約者候補を探すにあたり、伝えておかねばならない重要な事があります。第三王子のレオンですが、今の段階ではファーティル公爵家を継ぐと思われているでしょう。ですが近々あの子をリード王国の王太子に指名するつもりです」
「なんと!? それは本当なのですか?」
「ええ、事実です」
ファーティル大公が驚き、同じくらい他国の出席者も驚いていた。
すぐに彼らはウィンザー公爵の反応を窺う。
(反応が……ない? これほど重大な案件なら事前に相談しているだろうが……。どういう事だ?)
アイザックの宣言と同じくらい、誰もがウィンザー公爵の反応に驚いていた。
普通ならば自分の曾孫が王太子の地位を剥奪されれば、怒り狂うなりの反応を見せるはずだ。
それがまったくない。
あまりにも不可解な状況だった。
ウィンザー公爵の手前、喜びを押し隠していたファーティル大公も徐々に不安になる。
「年明けに発表しますが、リード王国はエンフィールド帝国と改称します。そのため現王太子のザックは、エンフィールド帝国の後継者として皇太子に指名する事になるでしょう」
「エンフィールド、帝国……」
大半の者が、レオンを王太子にすると言った理由を理解した。
王国が帝国になるのなら、リード王国は帝国の一構成国に成り下がる。
レオンの立ち位置としては「リード王国のファーティル公爵」というのとさほど変わりないものとなるのだ。
(やられた! これは警告か? ……いや、助け舟を出してくれたのかもしれんな)
ファーティル大公は、ロレッタから「レオンをリード王国の王太子にしてくれると言質を取った」と聞かされていた。
その事を喜びもしたが、同時にウィンザー公爵との摩擦も心配していた。
二人が愛し合っての結婚ではないとわかっているとはいえ、すでにザックが王太子に決まっていたのを覆されては怒るのも当然だろう。
だがアイザックは、ロレッタのわがままを思わぬ形で解決した。
それが今回の帝国化である。
ウィンザー公爵に驚いた様子がないという事は、事前にこの話を知っていたという事だ。
――同じ公爵である自分は聞かされていないというのに。
それはアイザックが、ファーティル公爵家よりもウィンザー公爵家を尊重するという意思表示でしかない。
もしかしたらロレッタ個人のわがままを、ファーティル公爵家の要望だと思われて警戒されてしまった可能性もある。
だとすれば、ファーティル公爵家は過度の野心を持ったとして爵位を取り上げられていたかもしれない。
そうならないよう、双方の面子を保てるやり方でアイザックが状況を収めてくれたのかもしれない。
だがそれでも少しは「惜しかったな」という気持ちは持っていた。
「法令は基本的にリード王国のものを踏襲しますが、帝室に関するものを中心に変わっているものもあります。それら施行するまでには時間があるので、帝国への移行期間に覚えていただければと思います。婚約者候補のいる家は特に」
帝国化するとはいえ、基本的な法律は同じである。
変わっているのは帝位と王位の違いや、その権限の違い。
あとは貴族との関係くらいだった。
そのため、ザック達と結婚する者も変更点を比較的覚えやすいはずだ。
「それと来年の春、アーク王国へ向けて軍を動かします」
アイザックの話は、どれも聞いている者を驚かせるものばかりだった。
しかも、最も重要な事をサラッと話している。
(アーク王国を助けに軍を動かす。それを事もなげに話すとは……)
(アルビオン帝国との戦争すら、この方には大した事ではないのか?)
その事でアイザックの器の大きさを改めて思い知らせる事になっていた。
だがしかし、アイザックは「子供の婚約者を探すのに比べたら戦争くらい」と物事の比重が狂っているだけに過ぎなかった。
「アーク王国の大使から個人的に救援要請を受けました」
今度はモーガンが状況を説明し始める。
その一言で「ああ、そういえば一平民の救援要請であろうとも引き受けると公言していたな」と、この場にいた者達が思い出す。
「ですがそれ以前からアーク王国の民から救援要請を受けていたので、そちらからの救援要請を優先します。皆様には驚かせる事になるかと思いますが、静観していただけますと幸いです」
「静観? 我が国もか?」
トライアンフ国王イライアスが質問する。
大使以外からの救援要請も気になったが、それ以上に参戦しやすい位置にあるトライアンフ王国の参戦を望んでいないという事が気になった。
「もちろん貴国もです。アイザック陛下はトライアンフ王国が中立である事を望まれておられます。アルビオン帝国はアーク王国北部にも攻め込んでいるという情報が入ってきています。北部にいる者達が我が国に逃げ込めればいいのですが、最悪の場合はトライアンフ王国に逃げ込む事になるでしょう。その場合、トライアンフ王国が参戦していればアルビオン帝国からの攻撃を受けてしまいます。逃げ込んだ者は形式上の捕虜とし、戦争が終わるまで預かるという形を取っていただきたいのです」
「参戦していればアルビオン帝国も攻撃しやすいが、中立を保っていれば新たな敵国を作りたくない前線指揮官の矛先が鈍るというわけか」
「その通りでございます」
「こちらも国境警備を強化しているものの、春までにアルビオン帝国との戦端を開く用意をするのは難しい。当面の間は中立を保ってほしいというのならば、こちらとしても都合がいい。そうさせてもらおう」
「ありがとうございます」
アルビオン帝国との戦争に参戦するには覚悟を必要とする。
イライアスとしても静観していて欲しいという要望は願ってもない申し出だった。
「一つよろしいかな?」
エクセルシオール侯爵が口を開く。
「答えられるものであれば」
「北部にいる者達がどの程度の範囲なのかを教えていただきたい。普通に考えればウォリック公爵軍やセントクレア復興部隊だと考えるところですが、そこをぼかしているのが気になります」
彼は「以前から救援要請を受けていた」という部分に引っかかっていた。
そこに「北部にいる者達」と、派遣中のリード王国関係者に限定しない言い方をされた。
ここをはっきりとさせておかねば予期せぬ事態に巻き込まれる可能性もあった。
「それは私が答えましょう」
モーガンに代わり、アイザックが動く。
「対象を明言しなかったのには理由があります。それは先に救援要請を出してきたのがアーク人民解放戦線だからです」
「なんと!? 奴らは反貴族主義者の集まりではありませんか?」
「いえ、違います。共和主義者の多くは北東部の戦いで戦死か処刑されました。今のところ残っているのは貴族と共にアーク王家の横暴に立ち向かおうとしている者達です。反貴族主義者を心配する必要はなくなりました」
「確かに貴族も協力しているという話は耳に入っていますが……」
「人民解放戦線の首謀者ジャック・マクドナルド自身が、アーク王家に恨みを持つ貴族です。彼は親族に類が及ばないよう、名を変えて活動しています」
「では……、その正体もご存じなので?」
「知っています。だからトライアンフ王国に逃げ込んでも、共和主義を広めたりはしないという確信を持っています。今はまだその名を明かせませんが」
「陛下がそこまでおっしゃるのなら……」
エクセルシオール侯爵は素直に引き下がった。
彼の孫娘が婚約者候補という事もあり、アイザックがトライアンフ王国に大きな不利益を与えるような事はないだろうと考えたからだ。
「皆さんに望むのは第一に自国の防衛、第二に食料や医薬品の販売、第三に武具の輸出。この三つです。アーク王国とアルビオン帝国に関しては独力でなんとかできる算段はついています」
「義勇軍などの派遣も必要ないとお考えで?」
「派遣していただくとすれば、情勢がある程度落ち着いてからでしょう。現段階では味方で同士討ちという混乱が起きるかもしれませんので」
「では準備だけしておきましょう。……アーク王家は完全に見捨てられるので?」
コロッサス国王ヴァージル三世が、アーク王家の行く末を尋ねる。
アイザックは残念そうに首を振った。
「同盟国ではありませんので。せめてハーミス伯爵達への仕打ちがなければまだ……」
さすがにアイザックも「クレアとの婚約を渋ったからアーク王国を潰す!」と公言してはいけない事を理解していた。
そのためそれっぽい理由を並べる。
「あれはやりすぎでしたから……」
適当な理由でも周囲を納得させられるアーチボルドの所業に感謝である。
「もちろん、アーク王家との付き合いがあるので、どうしても彼らに肩入れしたいと思われるのであれば止めません」
「まさか、我が国はリード王国との同盟を優先します」
「私もヴァージル三世陛下と同感です。一応我が国もアーク王国との同盟関係は続いておりますが、それは元々リード王国を通じてのもの。貴国との関係を重視しております」
「ありがとうございます」
コロッサス王国とトライアンフ王国。
両国共にリード王国――アイザックに付いた。
内戦だけならばアーク王国に肩入れしてやってもよかったが、アルビオン帝国に攻められ、春にはリード王国に攻め込まれる。
そんな国に肩入れするのは義理人情に厚いのではなく、ただの愚か者だ。
家や国の存続を考えるのならば、彼らが選べる選択肢は一つしかなかった。
(アーク王国を切り捨てるか。帝国化の話も大きなもののはずなのに、一気に吹き飛んでしまったな)
――レオンの王太子指名や帝国化。
そのどれもが周辺国に大きな影響を与えるものだったが、アーク王国侵攻の話題で些末な問題に思えてしまう。
そこにエルフの貴族化なども加わるので、選択を間違わないように周辺国はリード王国の動きを見てから動くしかない。
アイザックによってリード王国は、その名の通り動きで他所よりも早く動く事で先行し、同盟国の中心として政治的にも引っ張っていく国へとなっていた。
そしてアイザックは、更にその先へと進んでいく。
今年は喪中ですが、並行世界の恋人が慰めにきてくれるかもしれないので、クリスマスはそれに備えるため金曜日はお休みです。







