705 二十六歳 ブリジットとの結婚
ブリジットとの結婚式は十二月二十四日となった。
エルフだからといって、なんでもかんでも協定記念日に合わせる必要はないからだ。
だが協定記念日に近い日がいいという要望もあり、日取りを前日に設定した。
結婚記念日はわかりやすいほうがいいからだ。
結婚式の準備は、いつも通り宮内庁に任せているので余裕がある。
だから結婚式前にアイザックはウェルロッド公爵家と、ブリジットの家族で集まって親交を深める事となった。
「まさかブリジットが以前、村へやって来た人間の子供と結婚するとはな」
「まだ結婚に興味がなさそうだと思っていたのに。子供の成長って早いわねー」
ブリジットの親族が今回の結婚での感想を話し合っている。
ブリジット当人は「もう、やめてよー」と言っていたが、ワイワイと活気のある雰囲気なので笑いながら受け流していた。
「娘が嫁入りするのは寂しいですが、王家やウェルロッド公爵家の皆様とは以前からの付き合いがあるのが救いです。相手が国王陛下とはいえ、見知らぬ男相手だったら不安でしたから」
ブリジットの父、ユーグがランドルフに話しかける。
アイザックが結婚相手で安心しているというのは事実である。
まず娘の結婚相手に求める生活力の心配がないのが一番高評価だ。
家庭内暴力などの噂も聞かないので、酷い目に遭うという心配もない。
その上、社会的地位もあるので周囲も良くしてくれるだろう。
種族の違いによる寿命の違いが難点だが、同族とはいえ下手な男に貰われるよりはずっといい。
彼は本気でそう考えていた。
「そう言っていただけると父親として嬉しいですね。ブリジットさんには、アイザックが辛い時に友人として支えていただきました。私も見知らぬエルフではなく、ブリジットさんとの婚姻で安心しています」
ランドルフも、アイザックと結婚するエルフがブリジットである事を歓迎していた。
自分がメリンダとネイサンの死にショックを受けてなにもできないでいた時、ブリジットやリサがアイザックを慰めてくれていた。
その感謝を彼は忘れていない。
アイザックはすでにリード王家と独り立ちした状態だが、ウェルロッド公爵家としてもブリジットをサポートしていくつもりだった。
「私も陛下との結婚で安心しています」
誰よりも輝いた笑顔を見せているのは、ブリジットの母のコレットだった。
「私達も孫の顔が見たいなぁと思っていたんです。その点、陛下には期待できますね。たくさんのお孫さんに囲まれて羨ましいです」
「まぁ……、ハハハ」
彼女の言葉に、ランドルフは曖昧な笑いで返す事しかできなかった。
数人ならばともかく、すでに十三人の孫が生まれている。
しかもさらに増えそうな状態だ。
子供を作る能力が高いのは良い事ではあるが、孫を楽しみにしていた彼でも「さすがに多すぎでは?」と引いてしまっていた。
素直に喜ぶ事ができない。
「親としては我が子が子宝に恵まれるか気になりますものね」
ランドルフの代わりに、ルシアがコレットの話に乗る。
「そうなのよ! 私達はブリジットしか子供がいないから、孫は何人か欲しいなと思っていたのよ。だからまぁ……、十年以内に孫の顔を見られると嬉しいわ」
「十年以内?」
「ええ、エルフは人間より子供ができにくいから」
「えっ!?」
聞き捨てならない言葉を聞いてしまったので、アイザックが反応する。
「長命種だから子供ができにくいとかですかね?」
もしエルフが人間と同じペースで子供を生めるのなら、今頃はエルフが世界を支配していただろう。
寿命が長い分だけ人間よりも生き残る数も多いからだが、実際はエルフやドワーフのほうが数が少ない。
それは寿命が長い分だけ出産数が少ないからだろう。
――だが今はそれはどうでもいい。
アイザックにとって重要な問題があったからだ。
「おそらくね」
「……騙しましたね?」
「……まぁお見合いとかで家族や仲人が耳あたりの良い話だけをするのは普通の事よね?」
コレットの言葉で、かつてアイザックが「もう体が持たない」と話した時に同席していた者達は「あっ!」という表情を見せた。
――これから十年は、ブリジットとの夜の営みを休む事ができない。
これはアイザックにとって極めて重要な問題だった。
確認しなかったアイザックの落ち度でもあるが、騙し討ちのようなものである。
それを彼女はしれっと「嘘は言っていない。話していないだけ」としらばっくれた。
アイザックもよく使う手法だけに、抗議するのも難しかった。
「もうお母さんったら、結婚もまだなのに気が早いよ!」
ブリジットが隣に座る母の肩をバンバンと叩く。
照れ隠しもあって力が入っており、コレットが痛そうな表情を見せた。
(いいぞ! もっとやれ!)
アイザックは心の中でブリジットを応援しながら、なんとなく結婚前から前途多難な未来になりそうだと思い知らされていた。
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結婚式自体は、アイザックも慣れたものだった。
七度目の結婚ともなれば緊張感も薄れる。
だが、ブリジットのほうはガチガチに緊張していた。
彼女は初婚なので、アイザックのような余裕はない。
しかも村にいた頃では考えられないほど大勢の人々が結婚式に招待されている。
ただの視線でも、それだけ多くのものが集まれば力が宿っているかのように錯覚してしまう。
(みんなの前で誓いの口づけをしちゃうんだよね……)
そう考えると、今からでも「やっぱり延期にしよう」と逃げてしまいそうになる。
だが、彼女は逃げなかった。
もう一つの視線があったからだ。
「人間だけど、なかなか格好いいじゃない」
「しかも王様だよ、王様」
「凄い実績も残しているそうじゃない」
「ブリジットの奴、上手い事やったわね」
――それは友人達から向けられる羨望の視線である。
アイザックはエルフから見ても、かなりのイケメンである。
そこに権力、財力、名声などが加われば、誰もが爪を噛んで悔しがるほどの有望株となる。
ここで逃げては最高の相手を逃がしてしまう事になってしまう。
だから彼女は逃げたいと思っても逃げ出したりはしなかった。
なによりも自分が望んだ事だからだ。
「では誓いの口づけを」
気が付けば式が最終段階にまで進んでいた。
(あわわわ……)
ブリジットは慌てふためく。
かつてドラゴン相手に怯えすくんでいたアイザックを元気づけるために頬にキスをしてやった事がある。
だが今回は違う。
軽いキスではなく、愛を誓う口づけである。
その重大さに身がすくむ。
しかし、ブリジットが緊張していても、アイザックは違った。
彼も慣れたものである。
ブリジットを優しく抱き寄せ、彼女に口づけをする。
これまでブリジットは年上のお姉さんとして振る舞っていたが、今ではアイザックがリードする側になった。
アイザックの成長を実感すると共に、彼がキスに慣れている事に少し嫉妬を覚える。
「これからよろしく」
「う、うん……」
キスが終わっても、彼女は恥ずかしくてアイザックの顔を見る事ができなかった。
参列者の間を通って教会に出るまでの間、アイザックの腕に掴まるのが精いっぱいで周囲を確認する余裕がなかったくらいだ。
「ブリジット、そろそろじゃないか?」
「えっ、ああ、ブーケトスね」
アイザックに言われて、ブリジットはブーケトスのタイミングがきたと気付く。
後ろを振り返ると、未婚女性達が集まっていた。
「うおっ!?」
彼女達を見て、アイザックは小さく驚きの声を漏らす。
――エルフの女の子達が最前列で両手を広げ、背中を上手く使って他の女の子を締めだしていたからだ。
(あれはスクリーンアウト!? ブーケトスにそこまで本気なのか!?)
これまではみんな適当に並んでいるだけだった。
だが今回は違う。
バスケットボールのゴール下でシュートが外れたボールを狙う選手のように、ブーケを狙う子が本気でライバルを締めだしている。
エルフの女の子の合間を縫って前に出る事ができたのは、武官の家系で体力に自信がある者や、状況を的確に判断して前に出る事ができた者のみ。
ブーケトスにかける意気込みの違いが浮き彫りとなっていた。
「いくよー!」
ブリジットがブーケを背面で投げる。
高目に投げられたブーケの滞空時間は長かった。
着地点に女の子達が殺到する姿は「まるでエサが投げられた時の鯉みたいだ」という印象をアイザックに与える。
ブーケが落ちてくると、タイミングを合わせてみんなが飛びつく。
キャッチした女の子は他の子に取られないよう、両手でしっかりと掴みながら着地する。
「っしゃあ! 次は私達よ!」
そう叫ぶエルフの女の子に、周囲から拍手が贈られる。
さすがにバスケとは違って、ボールのようにブーケを奪い取ろうとしたりはしないようだ。
(おいおい、あの子の恋人らしき相手、引いてるよ……)
あまりにも必死過ぎたのだろう。
彼女の恋人らしきエルフの男の子が、うわぁ……という顔を見せている。
しかし、それは一時的なもの。
それだけ幸せな結婚にしたいという気持ちによる行動だという事をわかったのか、戸惑う様子を見せながらも彼女を抱きしめる。
(そう、理解できない事があっても、お互いに理解し合っていくのが重要だ。俺も気を付けないとな)
種族の差、文化の違いは甘く見る事はできない。
だから、アイザックは彼らの姿を見て、夫である自分が率先して周囲にも理解されるように動いてやらねばならないと心に決めた。