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いいご身分だな。俺にくれよ。 作者:nama

第三章 継承権争い -決着編- 六歳~九歳

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(今年も貴族が王都に集まる季節が来た……)

 バーナード・キンケイド。
 彼はウェルロッド侯爵家の王都の屋敷の警備を任されている。
 今までは”忙しくなるな”と思うだけだったが、去年から憂鬱な気分になる季節となっていた。
 元凶は一人の子供だった。

 見た目は両親に似て優しい顔立ちの男の子。
 花を愛し、菓子作りに興味を持つという心優しい子……、という評価をされている。
 だが、それは表の顔。
 本性は糞便よりも薄汚く、今にも自分の首を切り落とそうとするギロチンの刃よりも恐ろしい。

 自分からすれば、その才覚を使って勢力を拡大すれば良いと考えるところ。 
 しかし、彼は自分の勢力の拡大をする事は無かった。

”相手を油断させる”

 ただ、それだけのために。

 彼が振るう刃はただ一度。
 そのたった一度の機会のために、息を潜めて待ち構えている。
 熟練の猟師のように、獲物を仕留められる機会が来るまでずっと潜み続けている。
 とても子供のやる事とは思えない。
 もしかすると、今よりも幼い頃から狙っていたのではないか?
 そう思うと、背筋が凍る思いだった。

「ご一行到着ー」

 門のところで待機していた兵が叫ぶ。
 領地から訪れた一行の到着を知らせ、門を開く。
 行列の先頭を歩いていた兵士達が左右に分かれる。
 領主一族の乗る馬車を屋敷の前に通りやすくするためだ。
 やがて、立派な装飾の施された馬車が見え、門へ向かってくる。

「お久しぶりです。母上」
「お帰りなさい」

 ランドルフがマーガレットと挨拶を交わし、メリンダやルシア、ネイサンとアイザックも挨拶を交わしていく。
 モーガンは王宮で仕事をしているので、今この場にはいない。

「バーナード、今年もよろしくね」
「ハッ、お任せください」

 アイザックがバーナードに声をかける。
 他者から見れば、警護隊長に声をかけただけだ。
 だが、当人達にしかわからない意味が言葉に含まれている。
 バーナードは、屋敷に入っていくアイザックを見て吐き気を覚えた。
 決して、彼の事が嫌いだというわけではない。
 体が勝手に反応するのだ。

「本当に気さくな方だよな。しかも、気前がいいって最高じゃないか。アイザック様に後を継いで欲しいもんだ」
「いいや、俺はネイサン様の方がいいな。やっぱり、侯爵家の後を継ぐなら、あれくらい強気な方が良い」

 出迎えが終わって気が緩んだのだろう。
 バーナードのすぐ後ろで、騎士達が雑談を始める。

「何を喋っている! 出迎えが終わったのだ。持ち場へ戻れ」
「ハッ、申し訳ありません」

 何とも言えないもどかしい思いを部下に八つ当たり気味にぶつける。
 自分でもどうかと思うが、ついやってしまった。

 もう一度言うが、バーナードはアイザックの事を嫌いだというわけではない。
 むしろ、高く評価している。

 アイザックは、オルグレン男爵やティリーヒルへ向かう途中の護衛をした者達にボーナスを支払った。
 誰にでも金をバラまくのではない。
 自分のために働いた者達だけ気前よく報酬を支払うなど、ちゃんと誰に渡すべきかを理解している。
 真面目に働く者にとっては、仕え甲斐のある上司と言えるだろう。

 だが、彼の顔を見ると吐き気がこみ上げて来る。
 生理的に受け付けなくなってしまったのだ。
 まだ幼いのに極端な二面性を持っている事を知っているせいかもしれない。
 こればかりは、これから先も慣れる気がしなかった。




 王都でしばらく日が経って疲れが取れた頃。
 メリンダとアイザックの排除を話した後、共謀者によってアイザック本人のもとへ連れて行かれるというドッキリを食らった哀れな犠牲者がまた出た。

「バーナード、お疲れ様」

 最初はアイザックも緊張していたが、ある程度慣れて来ると流れ作業のように気楽にこなせるようになっていた。
 アイザックはお話しを済ませると、にこやかに部屋を出て行く。
 今日は用事があるので、次の獲物を待っていられない。
 目的地である食堂へと向かう。



 ----------


「アイザック、おそーい」
「ごめんごめん、ちょっとお手洗いに行っててさ」

 大体約束通りの時間なのだが、客を待たせるなどホスト側の人間としては失格だ。
 素直にティファニーに謝る。
 彼女は今年から三つ編みになっていた。
 将来の文学系少女の姿を連想させる。
 やはり、ゲームの世界と同じになるべく時が動いているのだろう。

「ちゃんと手を洗った?」
「洗ってるよ。昔からちゃんと洗ってるよ」

 トイレの後の手洗いは欠かした事が無い。
 リサのあまりにも失礼な物言いにアイザックは顔をしかめて答えた。
 特に今日は売り出すチョコレート菓子の試食会だ。
 清潔にしているに決まっている。
 もっとも、トイレに行ったと言った時点で間違えているのだが……。

「では、アレクシス。持って来てもらおうか」
「かしこまりました」

 クロードがアレクシスに催促する。
 最近はマチアスのお守りをしているので、チョコレート菓子で鬱憤を晴らそうというのだろう。
 マーガレット、ルシア、カレン、アデラ、ブリジット。
 女子会でも開いているかのように、女性の出席者ばかりの中、マチアスが接待攻勢で酔いつぶれているのを良い事に、さりげなく試食会に参加していた。
 アイザックはマーガレットとルシアの間の椅子に座る。

「試食会と言っても、商品のアイデアが欲しいというわけではありません。ほとんどが販売する事が決まっている商品ですので、美味しくない場合だけ教えてください」

 アイザック達から少し離れたところにいるノーマンと五人の男女にも聞こえるよう、少し大きな声で話す。
 女性ばかりの意見ではなく、年齢が別々の男性の意見も聞くためだ。
 モーガンとランドルフがいればいいのだが、仕事や付き合いで出掛けているからだ。
 それと、あとで文句を言われても嫌なので、あとでメリンダとネイサンにも持って行かせる予定だった。

 アレクシスが厨房から用意しておいたチョコレート菓子を食堂へ運び入れる。
 大量のチョコレートが運び込まれたので、甘い匂いが食堂に立ち込める。

「まずはチョコレートの味をお楽しみください」

 エルフの魔法により冷やされて固形になった一口サイズのチョコレートが出される。

 甘味を抑えた物。
 ほどほどに甘い物。
 砂糖を多めにした物。

 それぞれが二つずつ出される。
 量が少ないのは、他にも食べてもらうからだ。

 大人達は一つ食べるごとに水を飲む。
 ちゃんと一つ一つを味わって食べてくれているようだ。
 ティファニーはバクバクと食べていたが、甘味を抑えたチョコレートが苦手だったようだ。
 一つ食べると、もう一つはカレンに「お母さん、食べて」と差し出していた。

 彼女らの意見を、見習いの菓子職人達が書き留めていく。
”不味い”という問題があるようであれば味を変えるが、そうでなければ売り出す際の売り文句で”若い女性に人気””年配の方向け”などPOP広告に使うためだ。
 主な販売相手は貴族なので、この場にいる者達は最適な試食員だった。

 ケーキ、クッキーと次々に運び込まれる。
 ケーキなどは小さく切り分けられており、リサやティファニーは”もうちょっと欲しい”という感じだった。
 だが、様々な種類の菓子が出てくるので不満も無くなったようだ。
 満足そうにしてくれている。
 ここで少し変化を加えたものを出させる。

「イチゴとリンゴ?」

 ルシアが不思議そうな顔をして、目の前にある物の名前を口にした。

「お好みのチョコレートを付けてお食べください」

 最初に食べた三種類のチョコレートと同じように甘さに変化を加えたチョコレートソースを並べられている。
 大人達はチョコレートに果物が合うのか不安そうで手が止まる。
 興味深そうにしているリサやティファニーよりも、クロードが先に手を出した。

「不味くはない……。いや、美味い……。だが……。うーん、複雑な味わいだ」

 きっと、アイザックが前世でイチゴ大福を初めて食べた時のような感覚になっているのだろう。
 アイザックが”チョコバナナっていうのあったよな”と思い出した事から、果物にチョコレートを付けて食べてみようと提案した。
 だが、これは商品として確定しているわけではない。
 アレクシス達は「新鮮な感覚だ」と絶賛したが、彼らは菓子職人だ。
 ターゲットとなる一般人とは異なる感覚を持っている。
 職人が美味いと思うからといって、誰にでも売れるわけではない。
 まずは試食会で様子見となった。

「決して美味しくないわけではないけれど……。まずは他のお菓子を売り出して、チョコレートの味に飽きられてから売り出した方がいいんじゃないかしら。ちょっと斬新過ぎる味な気がするわ」
「確かにその通りだと思います。チョコレートだけでも新しい味。そこにさらに新しい味わいが加わって戸惑ってしまいます」

 マーガレットの意見にアデラも同調する。
 他の者も同じような意見だった。
 ただ、ブリジット、リサ、ティファニーは「あり」という評価だったので、将来的には売り出す事も視野に入れておく。

「リンゴのように汁気が多くて優しい味わいの果物には向いていないかもしれないな。イチゴくらい自分の味が主張する物なら、他の果物でも合いそうだ。そうだ。オレンジの皮をおろし金で軽く削って、チョコレートに香りづけとかも良さそうだな」

 クロードはインスピレーションを刺激されたのか、味の感想だけではなく意見まで出してきた。
 見習いがすかさずその意見を書き留めている。

 最後にホットチョコレートが出されて体を温める。

「ケーキなどの従来のお菓子はそのまま売れそうですね」

 アイザックの言葉に皆が賛同する。
 ただ一人、リサが疑問を口にした。

「美味しかったけどさ、これっていくらくらいで売るの?」
「今飲んでいるホットチョコレート一杯で3,000リードくらいかな」

 ホットチョコレートを飲んでいたリサの手が止まる。
 彼女は年を取ると共に、お金の価値という物を理解し始めているからだ。

「ちょ、ちょっと高くないかな」

 本当は「高すぎよ、バカ!」と声を荒げそうになったが、そこは貴族の娘。
 なんとか我慢した。

「チョコレートの原料が少なくてね。安くしたらすぐに商品が売り切れちゃうんだ。今、エルフの人達に原料の木を増やしてもらっているから、それが上手くいかないと値段は下げられないよ」

 値段が高いのはブランド戦略という面もある。
 人というものは”値段が高いから、きっと良い物だ”と思う生き物だ。
 特に貴族はその傾向が強い。
 チョコレートという新製品を高級品として最初に位置付ける事で、継続的に貴族に売りつける事ができる。
 品自体は実際に良い物だ。
 贈答品などで「お中元、お歳暮にどうぞ」と店の前にのぼりを立てたいくらいだった。
 ちなみに、この世界にお中元、お歳暮の風習はない。

 この強気の価格は、チョコレートをメインに扱う店を王宮へと続く大通りに構えるからというのもある。
 高級品店が並ぶ中、格安の店を作るわけにはいかない。
 それに、本当ならもっと高い価格にしたかったが、従来の菓子を売る他の店よりも”ちょっと高いかな?”という価格に抑えている。

 これは、他の菓子店が「砂糖を減らしてお安くなってお買い得になったお菓子」を売り始めた事が大きい。
 ほどほどの甘さのお菓子が売れる事は一号店でわかった事だ。
 他の店も砂糖まみれのお菓子から、砂糖を抑えたお菓子を売り出す事は十分に予想されていた。
 だが、その売り出し方が下手過ぎた。

 ――砂糖を減らしてお安くなってお買い得になったお菓子。

 そんな売り文句で売られて、見栄っ張りな貴族が買うだろうか?
 買うはずがない。
 アイザックの店の真似をする事に抵抗があり、強がりで”砂糖を減らした貧しいお菓子”という印象を与えようとしたのだろうが、それは逆効果だ。
 最初から”食べやすい味に調整した”事を売りにしているアイザックの店とは違う。

 ――老舗のお菓子店がブランドイメージを損なうやり方をした。

 それだけだ。
 高級品が売り物の店が、粗悪品を売り出せば店のブランドイメージが下がるだけ。
 今までその店が”高級品を扱っている”という理由で常連になっていた者も、そう遠くない内に離れて行ってしまうはずだ。

 だからこそ、アイザックはチョコレート菓子を扱う店を高級品路線として大通りに出す事にした。
”高級品”というイメージを前に押し出して、贈答用の品を求めている客をかっさらうつもりだ。
 チョコレート菓子という新商品だというのも目新しさがあってちょうど良い。
 原料が十分なだけないので、品薄商法で客の購買意欲を掻き立てられる。
 チョコレート菓子が売り切れていても、店を訪れた客は手ぶらで帰るのを嫌がって通常のお菓子を買って帰ってくれるだろう。
 ある程度口コミで広がれば、客が殺到する店になると信じている。

 だが、本来の対象である子供には手が出ない価格だというのも事実。
 これに関しては、カカオの増産が上手くいくことを祈るしかない。

「リサお姉ちゃんやティファニーのところにはチョコレートの入った瓶を何本か送るから、お家で何か作って貰ってよ。パンに塗って食べたりしても美味しいよ」
「ありがとう、アイザック」
「ありがとう」

 ティファニーは普通の嬉しそうな笑顔だが、リサの笑顔は感情が籠っていた。
 大きくなるにつれて、実家の男爵家と侯爵家の財力の違いというものを理解してきたのだろう。
 瓶の大きさはわからないが、お金の価値という物を理解したリサにとって、チョコレートは立派なプレゼントである。

「美味しかったけれど、つい食べ過ぎてしまうわね。太ったらどうしよう」
「あっ」

 カレンがボソッとこぼした言葉にアイザックは反応してしまった。
 カロリーの事を忘れていたからだ。
 女達の少し厳しい視線がアイザックに集まる。

「いや、まぁ、ほら。普通のお菓子も食べすぎは良くないでしょう。何事もほどほどが大事っていう事で……」
「つまり、チョコレートは太りやすいのね?」

 歯切れの悪いアイザックの態度を見て、ルシアが問い詰める。
 伊達に長年母親をやっていない。
 アイザックの隠そうとしている部分を見抜いた。

「……はい。ですが、今日食べた分でいきなり太るという事はないと思います」
「そういう事は先に言いなさい。たくさん食べちゃったじゃない」

 年を取ると共に、プロポーションの維持に苦しむ大人の女性陣から非難の声を浴びせられる。
 残念ながら、それを「ご褒美ありがとうございます!」と喜べる性癖ではないアイザックは、大人しく謝罪するばかりだった。
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