534 十九歳 新王アイザックの所信表明
謁見の間に貴族が集まり、準備が整ったという報告を受ける。
アイザック達は、ドアの前に集まる。
「新王陛下、ご入来」
ドアの向こう側で典礼官の声が聞こえると、ドアが開かれる。
アイザックが謁見の間に入ると、頭を下げて待っている貴族達の姿が見えた。
玉座に向かおうとすると、背後で誰かが動く気配を感じた。
振り向くと、まだ呼ばれていないパメラも入室しようとして、それを典礼官に止められていたようだ。
恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
(パメラでも緊張するんだな)
パメラはアイザックと違い、混じり気のない生粋の侯爵令嬢である。
そんな彼女でも、こんな場面ではミスをする。
だから自分も失敗してもいいと、少し気が楽になった。
アイザックは玉座の前に立ち、貴族達を見回す。
(これが本当の王の光景か……。前に見た時より、くすんで見えるな)
以前は、もっと未来輝く愉快な光景に見えた。
だが、今は違う。
あれほど渇望した王位は無価値なものに思え「昌美を犠牲にしてまで、こんなものがほしかったのか」と落ち込んでしまう。
(ニコルが昌美だとわかっていれば、俺はパメラを引き取って、ウィンザー侯爵家を黙らせるだけで終わらせていたのに。協力体制だって取れたんだ……)
アイザックが権力を欲した大部分は、パメラとの結婚をしたあとから文句を付けられないようにするためである。
もしも昌美が王妃になっていれば、彼女がジェイソンをコントロールしてくれていただろう。
それならば、殺す必要まではなかった。
考えれば考えるほど、もっとやりようがあったのではないかと思ってしまう。
(いや、ダメだ。今は考えるな。ここでミスれば、俺や家族もやばいんだ。目の前の事に集中しろ)
アイザックは、なんとかしてニコルの事を忘れようとする。
悔やむ事はいつでもできるが、王になって初めての謁見は今しかない。
愛する妻のため、生まれてくる子供のためにも、今は耐える時である。
アイザックは歯を食いしばって、今だけは悲しみを乗り越えようとする。
背後を通る気配がある。
当初の予定通りなら、アイザックの右斜め後ろにパメラ、左斜め後ろにリサが立っているはずである。
すぐ後ろにいる彼女達の気配で、アイザックは自分を奮い立たせた。
「面を上げよ」
アイザックは、できる限り威厳のある声を意識して出す。
その言葉で貴族達が一斉に顔を上げ、アイザックを見る。
彼らの目が「妹を殺した」と責めているように、アイザックには感じられた。
そんなはずがないというのに。
だが、アイザックはひるまなかった。
ここが一世一代の大博打である。
自分達が生き残るため、前に進むしかない。
「私が王位に就いたのは喜ばしい事ではない。エリアス陛下をお助けする事ができなかったという事だからだ」
アイザックの所信表明演説は、まず否定から入った。
この言葉は、ある程度予想されていたので、貴族達に動揺はなかった。
「とはいえ、王位に就いた以上はやれる事はやると約束する。諸君らも、この三十八代目国王となる私を支えてほしい」
だが、続く言葉には不思議そうな顔をした。
――三十八代目国王。
それは、ジェイソンの代だからだ。
それをアイザックは継ぐという。
しかし貴族達の中には、すぐさまアイザックの意図に気付く者達もいた。
「なぜ三十八代目なのかと疑問に思う者もいるだろうから説明しよう。我らも一時的に認めたとはいえ、ジェイソンは簒奪者であり、正統な後継者ではない。そして、その根拠はジェイソンの妻であるネトルホールズ女男爵が戴冠の儀を終えなかった事が証明している。王妃となる立場の者が聖油による洗礼を拒んだ。それはジェイソンの洗礼も終わってはいないという解釈も可能だ」
――ジェイソンが国王になったという事実の抹消。
それはリード王国にとって、悪い話ではない。
あの悪辣な簒奪者は、あくまでも仮初めの王であるという事にしておけば、歴代国王に名を連ねずに済む。
そして何よりも、アイザックがエリアスの後継者だと名乗れるのも大きい。
ジェイソンの後継者というのと比べるまでもなく、聞こえがいいはずだ。
貴族達のすべてが「ジェイソンを推した事実を塗り替えつつ、自分の立場を補強しようというのだな」と、アイザックの考えに気付いた。
そういう事ならば否定する必要もない。
黙って話を聞き入れていた。
「私がエリアス陛下の正統な後継者であり、三十八代目国王となる。その事に異論はあるか?」
誰も「ジェイソンも正統な王である」などと認めたくなどない。
各国から集まった王族も同じである。
――ジェイソンの存在は、リード王国史における汚点。
それは共通の認識だった。
そのため、アイザックの意見に異論を述べる者などいなかった。
反論が出なかったため、アイザックは次の話題へと移る。
「エリアス陛下の後継者というのは、ただ王位を継ぐだけではない。平民を気遣うという政治方針も踏襲したいと考えている。だが、それは私なりのものとなるだろう」
この言葉に反応したのは、アイザックの信奉者であるビュイック侯爵だった。
一言も漏らさず記憶に刻み込もうと集中する。
「エリアス陛下は優し過ぎた。時には平民を気遣うのではなく、甘やかしているのではないかとしか思えない施策を取る時もあった。皆もウォリック侯爵領で起きた事は記憶に新しいはずだ。寛大な心を持つのは人として素晴らしい事だ。しかし、王としては厳しさも必要である。私は理由もなく、平民を甘やかすような事はしない」
ウォリック侯爵が強くうなずく。
あのような思いつきで行動されては領主が困る。
アイザックが同じ失敗を繰り返さないと宣言してくれて安心していた。
「だが、貴族を甘やかすような事もしない。今後五十年は現状維持、場合によっては多少は苦しい生活をしてもらう事になるだろう」
しかし、続く言葉はウォリック侯爵のみならず、すべての貴族を不安にさせた。
「交易を活発にするため、交通網の整備、特に鉄道の敷設を優先する。また王国全土で段階的に減税を行う事にする」
その不安は的中した。
アイザックの方針は、領主の意向を無視したものである。
いくらアイザックの命令とはいえ、容易に受けられるものではなかった。
「減税は平民に媚びを売るためではないという事はわかっておいてほしい。これも五十年後のためだ」
だが、アイザックも一方的に命じるだけではない。
相応の理由をもって、彼らを説き伏せようとしていた。
「税を厳しく取り立てれば、今は豊かな暮らしができるだろう。だが、税を払うのに苦しく、平民が子供を一人しか育てられないとしたら? 二十年後から労働人口は減っていく。では税が軽くなり、平民が子供を三人、四人と育てる事ができるようになればどうだろうか? もちろん、子供の数が二倍になれば税収も二倍になるという簡単なものではない。だが、その子供達が働くようになれば税収は増えていくだろう」
時々軽視されがちな「人も財産」という考え。
アイザックは、その考えを改めて強調する。
「無論、無秩序に増やせばいいというものでもない。あくまでも自然な形での人口増加が望ましい。リード王国は豊かな土地を持つ国だ。耕作地を増やせば、国民が倍増しようとも養えるだろう。我らの孫が当主になる頃には、強国としてのリード王国を残してやれるはずだ。五十年後、百年後の事を考えた施策を行いたいと、私は考えている」
ビュイック侯爵は、アイザックの考えが幼い頃から変わっていない事に気付いた。
――平民が豊かになれば、貴族も豊かになる。
それも当然の事である。
平民の収入が増えれば増えるほど、税金の徴収額も増える。
それだけではない。
人口が増えるという事は、徴兵できる兵の数も増えるという事である。
経済面だけではなく、軍事面でも他国に対して優位に立てる。
しかも、税を軽くされて怒る平民などいない。
一揆などが起こる可能性も減るだろう。
だが問題も残る。
税収を減らすという事は、貴族の支持を失いかねない。
力で抑えるだけでは、いつか不満が爆発する。
その問題をどう解決するかだった。
「一時的にとはいえ、税収が減ると困ると考えている者もいるだろう。その点は心配する必要はない。ウェルロッド侯爵家が得ている交易の利益の一部を王家への税として納めてもらい不足分を補填する。またブリストル伯爵領にもノイアイゼンとの交易路を開拓し、さらに交易を活発にする。上手く進めば、そちらからも税を納めてもらう事になるだろう。ノイアイゼンと接する国という立地を最大限に利用し、交易によって減税分の税収を取り戻す」
ビュイック侯爵の口から、感嘆の溜息が漏れる。
アイザックの考えは、周辺国に食い物にされているロックウェル王国では実現不可能なものだ。
リード王国の者だからこそ考え、実行できる施策である。
羨望の眼差しをリード王国の貴族に向ける。
――彼らは王にも、国にも恵まれていると。
「もちろん、先ほど言ったように段階的に行う。現在、交易に得られている利益の範囲での減税から始めるだろう。そのためには各領の経済状況を報告してもらい、どこから始めるかを考える事になる。思いついたからといって、すぐに実行はしないので安心してほしい」
この言葉に反応したのは、アダムス伯爵など財務官僚である。
各領地の帳簿の全貌は、王国政府も詳しくわかっていない。
――さりげなく帳簿の提出を求める事で、王国政府への税を誤魔化していないか調べる事ができる。
本来ならば反対されそうだが、ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家は身内。
ウォリック侯爵家とウィルメンテ侯爵家は王党派で、中央集権にすべきと考えている派閥である。
4Wのすべてが賛同するのならば、他家も断りにくい。
アイザックが国王の権限を超え、王国の全権を一気に握る姿が彼らの目に浮かんでいた。
「これが私なりの後継者としての考えである。ただし、上手くいかないと判断した時は別途柔軟な対応をしていくので、この限りではない」
アイザックは大まかな方針は提示したが、それがすべてではないと告げる。
重要なのは結果であって過程ではない。
施策にこだわったあげく失敗するよりも、失敗だと認めて軌道修正する重要性をアイザックはわかっていた。
「外交であるが、周辺国との関係はこれまで通り継続する。私が王になったからといって、理由もなく他国を攻めるような事はしないと誓約する。争いにならぬのが一番ではあるが、他国との戦争の際には援軍も送る。守るべき者は血を流す覚悟で守る。こちらも従来の方針を踏襲するつもりだ。異論はあるか?」
こちらも異論を述べる者はいなかった。
従来通りであるならば、取り立てて異論を述べる必要がなかったからだ。
皆の反応を確認し、アイザックは体を反転させ、玉座に向かって歩く。
そして、また振り返った。
――アイザックが玉座に座ろうとしている。
そう判断した貴族達は、一斉に片膝をついた。
アイザックは、その光景を見ながら最後に一言を告げる。
「エリアス陛下の崩御。そのような未曾有の事態をよく乗り越えてきてくれた。勇者達よ、そして賢者達よ。これからも忠勤を期待している」
そう言うと、アイザックは玉座に座る。
今回はお試しではない。
本物の王としてである。
アイザックの隣には、パメラとリサが立っていた。
ジュディスが占った時に映った光景は、アイザックが即位して初めて座った時のもの。
彼女の占いとは違う光景であった。






