504 十八歳 王族の葬儀
エリアスのみならず、王族全員の葬儀とあっては、大司教であるセスであっても落ち着いてはいられなかったようだ。
慣れているはずの聖書の朗読や説教にて、時々噛んでしまう場面があった。
大切な葬儀なので不満に思う者もいたが、多くの者は「無理もない」と思っていた。
突然、王族が全滅したと伝えられて冷静でいられるはずがない。
特に彼はアイザックの協力者でもあった。
エリアス救出が失敗に終わり、責任を感じているのかもしれない。
しかし、それはセスに限ったものではない。
誰もが「あの時ああしていれば」と後悔していた。
この葬儀の間、未来に不安を持っていたのはリード王国の者だけではない。
フェリクスやダッジ達も、リード王国の者ほどではないが不安を覚えていた。
アイザックが国王になれば、自分達の立場がどうなるかわからないからだ。
今まではウェルロッド侯爵家に雇われているだけであったが、リード国王に仕えるとなると話は変わる。
――国王に仕えるという事は、リード王国に忠誠を捧げるのとほぼ同じ。
国を出たのと、国を裏切ったのとでは大違いだ。
国元には家族がいる。
裏切り者の家族として、厳しい扱いを受けるかもしれない。
このまま仕え続けるか、暇を請うかを考えないといけない状況になっている。
この一年、彼らもリード王国の者達に負けぬほど時代の流れに翻弄されていた。
教会での葬儀が終わると、王族の遺体を載せた馬車を先頭にして墓地へと向かう。
貴族達が葬列につく。
その光景は、かつてない規模であった。
これまでにも王族が亡くなった時には、貴族が総出で参列していた。
だが、それは王都にいた貴族である。
今回のように、ほぼすべての貴族がたまたま王都に集まっている事など、まずありえないものだった。
もちろん本葬であれば、これ以上の人数が集まる。
本葬は著名人の告別式などのようなものだからだ。
身近な者だけで行われる密葬側に分類される葬儀で集まる人数としては、異例の規模だったというだけだ。
道沿いには、数え切れぬほど多くの民衆が集まっていた。
誰もが嘆き悲しみ、エリアスの名を叫んでいた。
そばで接する貴族と違い、平民はエリアスの良いところしか知らない。
ウォリック侯爵領の混乱すら「ウォリック侯爵に、どこか悪いところがあったのだろう」と思っているくらいである。
今の彼らの中には、名君を失った悲しみと将来がどうなるかという不安でいっぱいだったのだ。
彼らの慟哭は、まさに魂の叫びだった。
(これは慎重な立ち回りが要求されるな。難しいがやるしかない)
民衆の様子を見て、アイザックは「焦りは禁物だ」と自分を戒める。
このあといきなり「俺が次の王になる」と発表すれば、民衆は拒否反応を起こすかもしれない。
やはり、彼らが落ち着く時間が必要となるだろう。
ワンクッションが必要かもしれないとわかっていたので、これに関しては問題なかった。
準備期間は十分にあったのだ。
対処できる自信はあった。
今のアイザックにとって自信がないのは、悲しむ顔ができているかどうかだ。
もちろん、悲しい顔くらいはできる。
問題は、公爵としての威厳を損なわない程度の悲しみを演じられているかどうかである。
嘆き悲しむにしても「あぁ、しょせんは十八の小僧か」と思われるほど、みっともない姿は見せるわけにはいかない。
だが、まったく悲しんでいない姿も見せられない。
演技の塩梅が難しかった。
幸い、周囲には参考になる者達がいた。
モーガンとウィンザー侯爵は、悲しみながらも威厳を保っている。
年長者として、頼り甲斐のある姿だった。
ウォリック侯爵は悲しんでいないものの、その堂々とした姿はまるで「陛下亡きあとも、この国は守り通す」と語っているかのように見えるものだった。
王族の死を悲しまぬ不忠者というように見えない。
ウィルメンテ侯爵とランドルフは、隠す事なく大粒の涙を流していた。
だが、情けないだとか、みっともないという印象を受けない。
むしろ、情に厚い男だと信頼を寄せたくなる姿だった。
アイザックとしては、祖父達の姿を真似したいところである。
しかし、あれは長年生きてきた者だからこそできる姿であろう。
容易には真似できない。
ウォリック侯爵寄りの演技を心掛ける事にした。
王都の郊外にある王族の墓地は、古い教会と墓石が並ぶだけのものだった。
古墳やピラミッドのようなものは作られていない。
初代国王が、そういった建造物を望んでいなかったため、先例に倣って一般的な墓となっていた。
ただし、多少は立派な墓石を使われてはいる。
墓地の周囲には、多くの民衆が集まっていた。
葬列に付いてきたからだ。
自然と彼らの足が向くという事は、それだけエリアスの信望が高かったという事である。
この光景を見せられてしまっては、アイザックもエリアスの後継者となる難しさを実感する。
埋葬が終わると、セスが話しかけてきた。
「エリアス陛下をお救いできなかったのは誠に残念であります。ジェイソン陛下もお亡くなりになったそうで……。これからこの国はどうなるのですか?」
「今までと変わりません。エリアス陛下の政策を受け継ぎ、これまでと同じ方向性で政治は動いていくでしょうから」
「ですが、王が変われば側近も変わります。政策も変わるはずです。同じとはいかないのではありませぬか?」
「それは……、いずれおわかりいただけるでしょう」
アイザックが悲しそうな笑顔を見せて視線を逸らす。
その反応を見て、セスはだいたいの予想をつけた。
(そうか。ウィルメンテ侯が即位し、エンフィールド公を中心とした政治となるという事か)
ケンドラとローランドの婚約は広く知られている。
そして、アイザックとウィルメンテ侯爵の格付けが終わっている事も知られていた。
ウィルメンテ侯爵が即位すれば、両家が政治の中心になるという事は想像に難くない。
そうなれば、アイザックが実質的に政治の実権を握るだろう。
アイザックは、エリアスを敬愛している。
エリアスの政策を継承するというのは、すでに決まっているのだろうと思われた。
セスは、それでいいと考えた。
外部に敵を作って国民の意思を統一するという安易な方法を取られるよりは、平和な方がいい。
「では、民衆にも一言あってもよろしいのではありませんか? 悔しいですが……。今、彼らの不安を取り除く事ができるのは、神の教えではありません。明日の心配を払拭する言葉です。今晩、彼らが安心して眠れるように言葉をかけてやるのも、為政者としての義務でしょう」
「大司教猊下のおっしゃる通りです。実は、このあと平民の代表者を集めて話すつもりでしたが、まずはこの場で不安を除くべきでしょう。ご教示いただきありがとうございます」
アイザックは、セスの勧めに従った。
クロードに頼み、魔法で声が遠くまで届くようにしてもらう。
叫ぶ事もできるが、それでは言葉に感情を乗せるのが難しい。
印象を良くするためにも、感情を籠めたい場面だった。
「私は、アイザック・ウェルロッド・エンフィールド公爵だ。これは魔法で声を遠くまで届くようにしているだけなので、落ち着いて聞いてほしい」
できるだけ穏やかな声を意識して、民衆に語りかける。
だが、どこか悲しみを帯びた声にするというのも忘れない。
「発表にあったように、エリアス陛下を始めとする王族の皆様方がお隠れになった」
改めてアイザックの口から発表され、民衆は落胆する。
心のどこかで「王族は残っている」という言葉を待っていたからだ。
「だが、リード王国が滅びるような事はない。私達が絶対にさせない! その事は約束しよう。宰相にはウィンザー侯が再任し、ウェルロッド侯やクーパー伯も大臣に戻った。エリアス陛下が、ご健在の時と同じ政治体制である。そう簡単には政治が乱れるような事はない」
まずは「今までと同じ政治」という事を主張し、エリアス以外はこれまで通りだと言って安心させようとする。
「また、新たな王が正式に決まるまでは、この私、エンフィールド公爵が国王代理となる。国を乱そうとする者は、公爵の名に懸けて許しはしない。だから、諸君らは今まで通りの暮らしをしてほしい。エリアス陛下も、きっと諸君らが安心して日々を過ごせる事を望んでおられるはずだ。諸君らがいつも通りの日常を過ごせるよう、精一杯の努力をする」
そして、民衆には多くを求めない。
ただ、いつも通りの暮らしをしてほしいと頼むだけだ。
「リード王国から逃げ出さなければ危ない」と思われては、混乱が助長されるだけである。
それだけでも、落ち着いた暮らしをしてもらえるだけでも十分な利益があった。
「まだ若い私個人を信じろとは言わない。だが、エリアス陛下が信じたエンフィールド公爵を信じてついてこい! 必ずや、リード王国に平穏を取り戻してみせる!」
アイザックは「次期国王は私だ」とは言わなかった。
これは自分の評判を考えてである。
今の自分が「次期国王は私だ」と言った場合「本当はあいつが王になるために仕組んだじゃないか?」と思われる恐れがある。
それが事実であるだけに、否定は難しかった。
だから、ワンクッション置くというのは、事前に決まっていた事だった。
まずは国王代理という形で政治に関わり、本葬の際に正式に発表するという流れになる。
どうせ即位は本葬が終わってからになるのだ。
慌てる必要はない。
アイザックの統治で問題ないとわかれば、民衆も諸手を挙げて歓迎するだろう。
それだけに、ウィンザー侯爵らの働きが重要になってくる。
だが、きっとウィンザー侯爵は必死になって頑張ってくれるだろう。
孫娘が王妃となり、自身も外戚として権力の中枢に座るチャンスなのだから。







