462 十八歳 ダッジへの宿題
クリストファーに連れられて、ニコラス以外の留学生達が帰国の途に就く。
ウェルロッド侯爵家からも、彼らの護衛に五百名の兵を付けた。
指揮官は、ファーティル王国の人々に受けのいいマットである。
彼に補佐としてアーヴィンを付けた。
彼らは見送りが終わったあと、ランカスター伯爵領で待機し、本隊と合流する事になっている。
――この時、一つの問題が浮かび上がった。
マット達が部下を引き付れていなくなると、エンフィールド公爵騎士団は半数の二十名となる。
そうなると一時的にとはいえ、騎士団に編入されたフェリクス率いるロックウェル王国軍の方が数が多くなってしまうのだ。
だが、それをウェルロッド侯爵家の者達がよしとしなかった。
――アイザック様は、我らの未来の主だ。
その思いが強く「あとから来た者達にばかり護衛を任せさせるのはいかがなものか?」という意見が出てきた。
他国からきた新参者。
しかも、ほとんどの貴族が初めて顔を合わせたような者達ばかりである。
表立っての非難こそなくとも、水面下では反発が強かったのだ。
彼らの不満を抑えるためとはいえ、いきなり実戦部隊から兵士を引き抜けば影響が大きい。
そこで急遽、新人を中心として五十名ほど補充する事となった。
配属された新米騎士の中にはポールもいた。
隊長格が不足していたので、彼は子爵家の子息なので小隊長に抜擢される。
まず戦う事はないとはいえ、この事態にアイザックとポールの二人は苦笑いをしていた。
問題は他にもあった。
戦争の準備は、モーガンやランドルフ達がやってくれていた。
アイザックも今後のために見て覚えていたが、やはりダッジ達が手持ち無沙汰となってしまっていた。
新参者が遊び惚けているわけにもいかないので、彼らに仕事を与えねばならない状況になってしまう。
そこでアイザックは一計を案じた。
「皆さんには勝利するための作戦を考えてもらいたい」
アイザックは、テーブルの上に戦場に選定されたエメラルドレイク南岸の地図を指差す。
「机上演習というわけですか。ですが、すでに計画があると伺っておりますが?」
「ええ。ですから、王国軍側の立場で考えてもらう」
「王国軍側……」
ダッジ達は地図を確認する。
王国軍の軍はおよそ三万。
東に、ウィンザー・ランカスター・ブリストル連合軍の二万五千。
南は、ウェルロッド侯爵家の三万。
西は、ウィルメンテ・ウォリック・ブランダー・ウリッジ連合軍の四万。
北には湖があるので、逃げ場はない。
どう考えても詰みの状態だった。
「西に軍が偏っているのは、王都への道を塞ぐためですね」
「簒奪者とはいえ、王は王。王家直轄領の平民を徴兵されて、泥沼の内戦にはしたくないからね」
戦争の話になると、ダッジの目に生気が戻った。
もしかしたら、マチアスと話が合うタイプなのかもしれない。
「三万対九万五千。三倍の数がいるとはいえ、この状況はかえって危ういな」
「誰もが勝利を確信する形です。兵が命を惜しむかもしれません」
「兵数差通りの戦況にはならないでしょう」
ダッジの危惧する言葉に、参謀達が追従する。
「背水の陣を敷いているので、死に物狂いで襲ってくるかもしれないという事かな?」
「その通りです。退路を断たれ、完全包囲されている。そのような状況では、あとは死中に活を求めるしかないでしょう。一方、反ジェイソン派の軍は余裕がある。あり過ぎます。戦後の事を考えて、命を惜しむ者が少なくない数、現れるものと思われます」
これはアイザックにもわかるものだった。
前世で読んだ歴史漫画では、圧倒的な大軍でも少数に負ける場面がよく描かれていた。
圧倒的に有利な状況だからといって油断する事はできない。
そう思ったから、彼らに穴がないか検討を頼んだのだ。
「新兵器は実際に使ってみないと、戦場で役に立つかは未知数だ。戦術で巻き返されないかを検討してほしい」
「そういう事でしたらお任せを。逆転の目がないかを考えさせていただきます。他に条件はございますか?」
「そうだな……。唯一、裏切る可能性が残っている家がある。ブランダー伯だ」
アイザックは、西側に陣取るブランダー伯爵家の陣を指差す。
「彼は裏切らないと約束してくれた。その言葉はある程度信じてもいい。だけど、息子が外務大臣になってしまった。息子可愛さに、土壇場になって気が変わるかもしれない。彼が裏切ったケースと、その対処を検討しておいてほしい」
ウィルメンテ侯爵は、フレッドを見限っている様子が窺えた。
しかし、ブランダー伯爵は違う。
彼は息子が一人しかいない。
「跡継ぎは親族から養子を取る」と割り切れない可能性もあった。
裏切りを無視できる数ではないので「自分達が裏切れば王国軍が勝てる」と迷っているかもしれない。
小早川秀秋のような存在になる可能性も考え、対処法を考えておく必要があった。
「ブランダー伯ですか。……西側のどこに陣取るか次第ですが、厄介ですね。ウィルメンテ・ウォリックの両侯爵家が前面に出て、伯爵家の軍で街道を封鎖するという事になっていれば、王国軍にあっさりと包囲網を抜け出されるかもしれません」
ダッジは素早く、ブランダー伯爵家が裏切った場合の危険性を考えた。
その姿はアイザックに「まだ介護は必要じゃないな」と安心させる。
「他にもある。フィッツジェラルド元帥が王国軍内部の離間工作を行っている。彼も十年ほど元帥の地位に就いているから、しっかりと軍を掌握しているはずだ。それでもジェイソン派の将校には声をかけられないから、全部とはいかないだろう。一万から一万五千程度は離反すると考えてほしい」
「半数が! そうですか……」
しかし、最後の条件を付け加えると、ダッジは意気消沈する。
ただでさえ数的不利な状況である。
そこから半数も失われれば、太刀打ちなどできない。
ランチェスターの法則など知らない彼でも、九万の敵に対して三万で挑むのと一万五千で挑むのとでは大きな差があるとわかっていた。
逆転の目があるとすれば、一万五千全員がマットやトムといった一騎当千の強者揃いだったらというところだろう。
失意に襲われるダッジを見かねた参謀の一人が、アイザックに質問する。
「近衛騎士団は、どの程度の数が同行するのでしょうか?」
その言葉で、ダッジの目は光を取り戻した。
「総数はおよそ八百。王宮の守りに百か二百は残すだろうから、六百前後になるかもしれない」
「六百の近衛騎士ですか。それはいい」
ダッジは満足そうに、うんうんとうなずく。
「だが、彼ら全員が敵に回るわけではない。私にエリアス陛下の危機を知らせにきたのは近衛騎士だった。指揮官がジェイソン派になったため、その部下たちが団結して反旗を翻すというのも難しく、やむなく従っているだけだ。反ジェイソン派が集まったと知れば、彼らも戦線を離脱するだろう」
アイザックの言葉で、またしてもダッジは肩を落とす。
これは嫌がらせをしているわけではない。
机上演習に必要な情報を教えているだけである。
「ウェルロッド侯爵家の騎士達も、出陣の準備が終わった者達から随時机上演習に参加する。それまでにある程度、検討できる形を作っておいてほしい。もちろん、戦局を打開する方法を見出す事ができたのなら、それでもいい。ありとあらゆる状況を考えておいてくれ」
「かしこまりました。……閣下がフォード元帥に勝てたのがわかった気がします」
答えるダッジの声には力がない。
アイザックは戦術家の力を必要としない戦い方をしている。
戦略的に勝利できる状況を作っていた。
戦術で対応するかしないかという段階を、とうに過ぎ去っていた。
スケールの大きさは、フォード元帥に匹敵するものだった。
その上、裏工作が加わるのだ。
フォード元帥を凌駕する戦略家だと言っても過言ではないだろう。
アイザックは勝てる男だ。
しかし、自分のような者が彼の下に付く意味があるのかとも思う。
「ですが、この状況を切り抜けるのは無理でしょう」
これはアイザックが作り出した状況である。
勝てるはずがないと、ダッジは諦めてしまっていた。
その態度をアイザックが見咎めた。
「無理? 無理って言うのは嘘吐きの言葉だよ。やる前から諦めてしまうからできなくなるんだ。仕事から逃げるための言葉に過ぎない。私はエルフやドワーフのみならず、ドラゴン相手でも交渉で解決してきた。周囲が無理だと思うものをだ。無理だと思う事でも、やってみればできる事なんだよ。やらない理由を考える前に、与えられた目的の解決方法を考えてみるべきだと思わないのか?」
「っ!? 閣下のおっしゃる通りです! 全力で対処致します!」
ダッジにも「最近の若い者は根気がない」と嘆く事があった。
今の自分は、その根気のない若者そのものだと、アイザックの言葉で気付かされた。
(無理だと自分の限界を勝手に決めてしまっていたか……。若い頃は、自分にはなんでもできると思っていたのにな。それにしても、こうして叱られるのはいつ以来だろうか)
今思えば、アイザックは戦術家を必要としていたとわかる。
部隊指揮官を引き抜いたのも、ウェルロッド侯爵家の軍を補強するため。
アイザックには才能があるものの、絶対の自信まではないのだろう。
ならば、そういうところを支えるのが、経験豊富な大人の役割である。
その役割を忘れてしまっていた。
自信を失っている場合ではないと、ダッジは心を入れ替えて前向きになった。
(まったく、やる前から『難しい仕事は無理です。できません』とか言ってたら、試用期間中に『はい、さよなら』だぞ。そもそも、バイトの面接すら通らないだろうな)
アイザックは前世の感覚で、ダッジの言葉を考えていた。
考える前から「無理だ」と答える姿にはイラ立ちを覚えていた。
本当にジェイソンの逆転が無理なら無理でいい。
だが、それは検討してからの話である。
一瞬ですべてを見抜ける人間などいない以上、考えてから答えてほしかったのだ。
「本当に任せて大丈夫ですね?」
「お任せください。必ずや、閣下の望む結果を出してみせます」
「ならば任せる。作戦の穴を見つけるのも重要な事だからな」
遅まきながら、やる気を出したのなら任せるよりほかはない。
「いつまでもやる気を見せないよりマシ」だと思い、アイザックはダッジ達に机上演習を任せる事にした。






