432 十八歳 盛大な拍手からの反論
「ジェイソン殿下、ご成婚おめでとうございます!」
アイザックは喜んだ勢いのまま、盛大な拍手をジェイソンとニコルに贈る。
「ありがとう、アイザック。フフフッ、それにしても気が早い。結婚はまだだよ」
ジェイソンが、いつものように笑う。
――影で応援してくれていたアイザックが祝ってくれた事の喜び。
――気の早い友人への苦笑。
その両方が含まれていた。
だが、笑えたのはジェイソンだけ。
99%の人間が笑える状況ではなかった。
ランドルフが「なにをやってるんだ!」と、アイザックを止めようとする。
だが、マーガレットが「アイザックを信じなさい」と、ランドルフを制止した。
ランドルフは渋るが、それも仕方ないとマーガレットは思った。
彼女自身、今のアイザックが最も信用に値しない男だと知っていたからだ。
アイザックの行動は、アマンダにすら大きな衝撃を与えた。
「なにを言っているの? この人は?」と、彼女ですらアイザックの行動に引いていた。
「リアルな反応がほしいから」と言われて、何も教えてもらっていなかったパメラの驚きは一際大きなものだった。
――やっぱりアイザックはニコルに攻略されていて、対抗手段を考えさせないために騙されていたのでは?
そんな事を真っ先に思い浮かんだくらいだ。
それほどまでに衝撃的だった。
とりわけエリアスの悲しみは大きかった。
彼はこの状況を打破してくれるのは、アイザックだと信じていた。
なのに、アイザックはジェイソンを祝っている。
自分ではなく、ジェイソンの味方をする事を、アイザックは選んだのだ。
確かにジェイソンを支えてくれる事を願っていたが、実際に息子の方を選ばれると、言い知れぬ悲しみがこみあげてくる。
今にも泣きそうになってしまっていた。
「さぁ、皆さんも殿下の新たな門出を祝って拍手をお贈りしましょう!」
アイザックは大きな声で皆に呼びかけ、自身も大きな拍手をする。
しかし、反応したのはフレッド達のみ。
他の者達は誰も拍手しなかった。
いくらアイザックが呼びかけようが、ジェイソンの行動は単独のもの。
エリアスの許可を得ていない。
――王であるエリアスに許されておらず、政治の実権を握るウィンザー侯爵を激昂させている。
いくら王太子とはいえ、そんなジェイソンの行動に拍手を贈れる者などいなかった。
ニコルとの結婚を誰にも祝福されていない事を確認すると、アイザックの拍手が止まる。
「……残念だけど、誰も祝福してくれていないようだね」
ジェイソンは拍手をしなかった者達を見回す。
誰もが「余計な事を言うな」と、アイザックを呪った。
「でも仕方ないよ。卒業式が台無しになってしまったからね」
「なにっ!」
ジェイソンが「お前も応援してくれていただろう」と不満そうな反応を見せる。
彼が何かを言う前に、アイザックは行動する。
「来週にはパメラさんとの結婚式があるから、それまでに別れたかったのかもしれない。みんなが集まっているから、宣言もやりやすいというのもわかる。だけど、さすがに二年連続で卒業式で死刑宣告されて、余韻を台無しにされると素直に祝い難いんだよね」
アイザックは皆の気持ちを代弁した。
――アイザック=正義。
――ジェイソン=悪。
この構図を作るために。
正義になるには、まず主人公になる必要がある。
だから、アイザックは喜びの声をあげたのだ。
――すべては皆の目を自分に集めるために。
先ほどの叫びに含まれた喜びは八割程度に過ぎない。
一応、アイザックの本命はこちらのつもりだった。
「ジェイソン。君がニコルさんに心惹かれていた事は知っていた。だけど、こんな事をするなんてね……。ニコルさんを側室に迎えるものだと思っていたんだけど……」
アイザックは、フレンドリーな態度で語りかける。
今まで「ニコルとの事を応援するよ」とは言っていたが「パメラを殺してでも」とは一度も言っていない。
その事を思い出してもらい、今回の件はジェイソン個人の暴走だとわかっておいてもらいたい。
でなければ「お前に言われたから」と、責任を押し付けられる可能性がある。
ジェイソンが余計な事を言う前に、自分の立場を明確にしておく。
「実はパメラさんが犯したという罪の内、監視の件だけど……。あれは僕がシャロンさんに命じた事なんだ」
「なんだと、お前が!」
ジェイソンだけでなく、会場中がどよめく。
――アイザックがジェイソンを監視していた。
この事実は衝撃的なものだった。
忠臣だと思われていたアイザックが、王族を監視していたのだ。
その意外性は、かなりのものである。
特にシャロンに命じたというところが引っ掛かる。
なぜ彼女を選んだのか。
「実は、パメラさんから相談を受けていたんだ。君がニコルさんに惚れてしまったようだと。でも、パメラさんは妨害を頼んだりはしてこなかった。『殿下がネトルホールズ女男爵を側室に迎えたいと考えているのなら、私は受け入れます』とまで言ったんだよ」
もちろん、そんな事は言っていない。
ジェイソンに悪を押し付けるために、パメラを正義にする必要があっただけだ。
「だから、ニコルさんを側室に迎え入れやすくするために見張らせたんだ。ニコルさんは美人だからね。ジェイソンでも、つい手を出してしまうかもしれない。王族であっても、不純異性交遊は非難される行為だ。誰かが二人のそばにいれば、間違いを犯しそうになっても止められるだろう? ジェイソンのため、ニコルさんのために誰かを付かせておくように頼んだんだ」
「ならば、なぜ黙っていた。一言くらいあってもよかっただろう?」
「あくまでも恐れがあるというだけだったからね。いくら友達相手でも『本能に従った行動を取るかもしれないから心配だ』なんて言えないよ。誰かに見張られているなんてわかったら、気分のいいものでもないだろうしね」
話を聞いている者達は「アイザックの心配が当たっていた」と感じていた。
すでにジェイソンはニコルに篭絡され、パメラを突き放している。
ジェイソンは「下半身の本能に従って行動した」と思われ始めていた。
「ニコルさんのためというのは……。チャールズの事があったからだ。婚約者に別れを切り出すほど、彼女の事を愛してしまった男がいる。ならば、既成事実を作るためにマークのような行動に出る可能性だってあるだろう?」
「そのような事はしない! 彼女への愛は、そこまで軽いものじゃないぞ!」
すぐさまチャールズが否定する。
だが、彼の意見は必要なものではなかった。
「この問題は君がどう思っているかじゃない。周囲がどう思っているかが重要なんだ。ニコルさんには熱烈な愛を表明している者達がいる。ジェイソンと結婚しても『生まれてきた子供が本当に殿下の子供なのか?』と不安に持たれるようでは、みんなが不幸になる。だから、間違いのないように見張っておく必要があったんだ。間違いはなかったという証人がね」
アイザックは見張らせていた理由を、それっぽく語る。
その内容に、ニコル側に付いた女子生徒の顔が青褪める。
今の話が事実なら自分達に正義はなく、事を荒立たせてウィンザー侯爵家を無駄に敵に回しただけだからだ。
次にアイザックは、エリアスに視線を向ける。
「エリアス陛下。ジェイソン殿下のためを思って行動した事でございましたが、結果的に裏目に出てしまいました。この責任はパメラさんやシャロンさんではなく、命じた私のみにあります。何卒――」
「かまわん、許す!」
アイザックがパメラやシャロンを庇おうとすると、エリアスが食い気味に許しを与えた。
その声は少しばかり涙声であった。
――アイザックは変わらず自分の忠臣だった。
それがわかり、涙腺が緩んでしまったのだ。
この状況を作る一因は、アイザックにあったかもしれない。
だが、責任をすべて負わせるのは無理な理由だった。
それに勘違いして先走ったのはジェイソンだ。
ウィンザー侯爵の怒りを抑えてくれるのなら、アイザックを許してもいい。
むしろ褒美を与えてもいいから、なんとかしてほしいところだった。
「寛大なご配慮を賜りました事、深く感謝いたします」
――現王のエリアスが許した。
ジェイソンの言葉よりも、当然エリアスの言葉の方が重い。
これでシャロンも罪に問われる事はない。
裏切り者二人が肩身の狭い思いをするだけだ。
裏切るかどうか迷っていた者達は、今頃胸を撫で下ろしている事だろう。
残るは、ニコルを殺そうとしたという容疑によるパメラの死刑を防ぐだけだ。
「ジェイソン。パメラさんがニコルさんを階段から蹴り落とそうとした事だけど……。それはやってはいけないよ」
「なぜだ? 罪は裁かれねばなるまい」
「もう罪とは言えないからだよ。話し合って、一度は許すと決まったじゃないか。それを蒸し返して、もう一度裁くとなると、ウィンザー侯爵家との約定を破る事になる。これは本当によくないよ」
アイザックは「ジェイソンの事が心配だ」という表情で話し続ける。
「約束を守る。これは基本的な事だけど、王家がする約束は特に重要だよ。約束事――特に法律なんかがわかりやすいね。法律が守っているのは平民じゃない。権力者だ。秩序が保たれているからこそ、王家や貴族は権力を保持していられるんだ。誰もが決まり事を守っているからこそ、王家を裏切ろうと思わないし、自分が成り代わってやろうと反乱を起こしたりもしない。だからこそ、王家の人間は率先して約束事を守らないといけないんだよ」
まずは理を解く事で、自分の言い分の正しさを教える。
「仮にパメラさんがやっていたとしても、それは仕方ない事だったんだよ。二人の婚姻は、貴族派筆頭のウィンザー侯爵家と婚姻関係を結んで王家の力を強めるためのもの。その妨げになりそうだったニコルさんをどうにかしようとしたのなら、それは王家のためを思っての行動だ。大目に見てあげるべきじゃないかと思うんだ」
そして、情に訴えた。
――ジェイソンのために動いたのなら、それは許してやるべきだと。
仕上げとして、アイザックはニコルに語りかける。
「ニコルさん。ジェイソンに結婚すると言われてどう思った?」
「えっ……。もちろん、嬉しいと思ったよ」
突然話しかけられて戸惑ってはいたものの、ニコルは正直に答えた。
アイザックは何度もうなずく。
「だよね。だったら、ジェイソンの愛を失ったというだけでも、パメラさんにとっては大きな罰になる事とわかってくれるよね? 二人が結婚するなら、恩赦を出してパメラさんの死刑を取り下げてあげてもいいんじゃないか? 被害者である君はどう思う?」
「……許してあげてもいいかも」
アイザックは心の中でガッツポーズを取る。
ニコルは、バレンタインデーに話した事を忘れていなかった。
彼女が「パメラを許す」と言った影響は、ジェイソンにとって大きいはずだ。
「ニコル……、君は優しい子だね」
ジェイソンがウットリとした顔を見せる。
――これならば、パメラを許すと言ってくれそうだ。
そう思った時、ウィンザー侯爵が動いた。
「恩赦だと!? 認められるか、そんなもの!」
彼にとっては許し難い流れだった。
――恩赦。
それを与えられるという事は、パメラが罪を犯したと間接的に認める事になる。
全責任はアイザックとジェイソンにあると思っているウィンザー侯爵には、到底認められない事だった。
だが、これはアイザックと打ち合わせた内容である。
場を荒らすために最適なタイミングで口を挟んできてくれた。
しかし、打ち合わせた行動であってもその怒りは本物である。
長年、政治の中枢にいる男だけあって、その怒号の迫力にアイザックは膝が震えそうになってしまう。






