427 十八歳 ダッジを雇うのを避ける理由
ダッジ一行を客室へと案内させる。
部屋に残ったのが身内だけになったところで、フェリクスが話を切り出す。
「確かにダッジ殿を誘ったのは早計だったかもしれません。ですが、閣下ならば問題を解決できるのではありませんか?」
「そうだ。ウェルロッド侯爵家の軍は、お世辞にも強いとは言えない。ダッジ殿は、普通では手助けを望めないような凄い人じゃないか。外交的な問題以外に断る理由があるのか? だったら教えてほしい」
彼の言葉に、ランドルフが同調する。
やはり、アイザック達がダッジを敬遠するのは不思議に映っていたようだ。
しかし、簡単には話せない。
――反乱の邪魔になるからだ。
そんな事を言えば大問題になる。
だが話さなければ、それはそれできっと問題になる。
非常に難しい状況になってしまった。
「そうですね……」
アイザックは、モーガンを見る。
祖父もまた話す必要を感じているようだった。
「話す事にしましょう」
「いいのか?」
――ランドルフやルシアの前で話していいのか?
――フェリクスという新参者の前で話してもいいのか?
モーガンの質問には二つの意味が含まれていた。
アイザックは力強くうなずく。
「話さねば父上も納得できないでしょう。そして、フェリクスも。ただ内容が内容なので、聞いていいのは家族とフェリクス。あとは各々の側近のみという事にしましょう」
アイザックも覚悟を決めた。
しかし、すべてを話すつもりはない。
差し障りのないところだけ話すつもりだった。
モーガンも悩んだが、アイザックに任せる事にした。
領地に戻り、軍の準備をするのはランドルフである。
いつかはランドルフも知らねばならない事だ。
これがいい機会かもしれないと思っていた。
アイザックの提案により、それぞれの側近が集められた。
文官のみならず、武官もだ。
休めと言ったアーヴィン達も呼び出していた。
他の者達は「なんだろう?」といった様子だったが、彼らだけは「やっぱり呼び出されたか」という態度を見せていた。
「実はロックウェル王国のダッジ元帥が当家に仕官するためにお越しになられた」
アーヴィン達と彼らから「ダッジが同行していた」と聞いていた者以外が騒然とする。
理解できる範囲を越えた内容だったからだ。
アイザックは彼らを鎮める。
それから、ダッジが仕官を求めてきた理由を話す。
「では、なぜダッジ殿を雇わないのですか? 私としても、一流の指揮官から学べる機会があると嬉しいのですが」
アイザックの話を聞いたあと、誰もが疑問に思ったであろう事をマットが代表して質問をする。
「今まで話さなかったのは、まだ不確定で国を揺るがすかもしれない事だからだ。だから、話したのはお爺様とウィンザー侯の二人だけ。国家の重鎮である人達でも、すべてに話しているわけではない。それほど重要かつ、不確実な理由がある」
アイザックは、あえてマーガレットの名を外した。
これは次期当主であるランドルフが知らされていない理由を作るためだ。
マーガレットは、アイザックの意図を察して何も言わなかった。
「しかし、そのような重要な話を、この場で話されてもよろしいのでしょうか?」
ベンジャミンも疑問を投げかけてきた。
彼の言葉だけなら「我々に」という意味で受け取れる。
だが、その中には「フェリクスがいるこの場で」という意味が含まれているのは想像に難くない。
「大丈夫だ。新たに仕えたフェリクスも、ロックウェル王国への裏切りとも受け取れる行動を取ってまで、僕の任務を達成してくれた。少なくとも、今この場にいる者達を僕は信じている」
アイザックは、ハッキリと皆を信じていると言い切った。
そうする事で、彼らからの信頼も勝ち取れるからだ。
もちろん、彼らの中にも「いつか裏切ってやろう」と腹の内で考えている不届き者がいるかもしれない。
そういった場合にも対応できるようには、アイザックも考えていた。
「なぜお爺様やウィンザー侯にしか話していないのか? それはまだ確実に起きる問題ではないからだ。これはあくまでも予感や予想といったものに近い不確定なもの。だから今まで限られた相手にしか話さなかった。だけど、ダッジ前元帥ほどの方を何故受け入れないのかという大きな疑問を残したままにはできない。あくまでも仮定の話として聞いてほしい」
皆がゴクリと喉を鳴らす。
モーガンは「本当にあんな話をしても大丈夫か?」と心配し、マーガレットは他の者達同様に緊張した表情を見せていた。
「そう遠くない時期に、リード王国内で混乱が起きる。いや、それは混乱という言葉の範疇で収まる騒動になるかどうか……。怒り狂ったロックウェル王国が、やけになってファーティル王国に攻め込めば、僕達は援軍に向かわねばならない。そうなると、リード王国内ががら空きになってしまうだろう? だから、ロックウェル王国に不満を持たれるような形でダッジ前元帥を雇うのは避けたいんだ」
リード王国とロックウェル王国が国境を接していれば、おそらく直接攻めてきただろう。
その方がマシだった――とは言い切れない。
リード王国に攻め込まれるような事があれば、ジェイソンが混乱を起こしたといえど、国内は目前の敵を前にして一致団結するだろう。
それよりかは、他国が戦場になった方がマシかもしれない。
だが、それはそれで困る。
ジェイソンに混乱を抑える時間を与えてしまうからだ。
いずれにせよ、戦争は起きない方がいい。
「リード王国の安寧を守り、発展させていくのが僕達の役目だ。極めて重要な時期に、他国に付け入る隙は作りたくない。ダッジ前元帥を問題なく迎えられるのならともかく、戦争の火種とわかって迎え入れるわけにはいかない。それが僕とお爺様がダッジ前元帥の仕官に頭を悩ませる理由だ」
ウェルロッド侯爵家の軍を強化するには人材が必要だが、必要とした人材は集まっている。
ダッジまでは求めていない。
その考えを、アイザックは計画をぼかしながら皆に伝えた。
――近くにいる者と顔を見合わせる者。
――「混乱とはなにか?」と考えに浸る者。
――「何だと思う?」と隣に尋ねる者。
話を聞いた者達は、様々な反応を見せる。
だが「嘘だ」と騒ぎ立てる者だけはいなかった。
「アイザックが言うのなら事実だろう」と、その言葉を信じていたからだ。
「……ウォリック侯爵家かい?」
ランドルフがポツリと呟く。
(やっぱり、最初はそこに行きつくか……)
ランドルフは取り乱したりせず、自分なりに答えを導き出してくれたようだ。
ウォリック侯爵家が王家を恨んでいるというのは周知の事実。
社交界に顔を出している者なら、誰もが知っている事だった。
リード王国に混乱をもたらすというのであれば、ジェイソンよりもウォリック侯爵の方を疑うのが自然である。
ウォリック侯爵が反乱を起こすのであれば、混乱という範疇に収まらないのも当然。
誰もが思いつくであろう元凶だった。
「ランカスター伯爵家かもしれないわ」
「そうだね。リード王国内という事は、ロレッタ殿下は関係ないだろうし……」
しかし、ルシアの発言から雲行きが怪しくなった。
なぜかアイザックに縁がある相手の名があげられる。
「えっ……、なぜランカスター伯爵家の名があがるのですか?」
聞かない方がいいと感じてはいたが、アイザックはつい聞き返してしまう。
「だって、バレンタインデーに告白を断るどころか、告白をするチャンスすら与えず袖にしたんだろう? 想いが通じないのは仕方ないにしても、機会すら与えられないのでは恨みを持って当然だ。私もウォリック侯から不満を聞かされているんだぞ」
「バレンタインデーの告白を断るにしても作法があるのよ。あなたは一方的に好意を持たれただけだと思っているのかもしれないけれど、あれはよくなかったわね」
ランドルフとルシアは、アイザックを責める。
その理由は――
「告白すらさせない振り方は恨まれても仕方ない」
――というものだった。
「そういえば気丈なアマンダ様も、あの日ばかりは泣き崩れていたとジャネットが話していました」
マットが、ランドルフ達の言葉を肯定するような事を言い出した。
腹心の手によって後ろから撃たれるとは思っていなかったアイザックは戸惑う。
「いや、違う。僕のせいで始まるんじゃないですよ」
そのため、慌てているのを隠せないまま否定してしまった。
アイザックは「しまった」と悔やむ。
これでは自分のせいだと言っているようなもの。
周囲の目が「お前のせいか!」と語っているようにアイザックには見えた。
だが、それは半々といったところだった。
この場にいるおよそ半数は、この流れで名を出すのがはばかられる相手の事だと気付いていた。
「そうだ、アマンダ達は関係ない。そもそも、そういう問題ならばウィンザー侯に相談する必要などないではないか」
モーガンがアイザックを庇う。
この発言により、残りの者達の大半がウィンザー侯爵家に縁のある人物が原因だと気付いた。
「そうなのですか。ブリジットさんの事だってあるし、アイザックが騒動の中心になるのかと考えてしまいましたよ」
彼の言う通りなのではあるが、それは女性問題ではない。
ランドルフがホッとした表情を見せるが、それはまだ早いものだった。
「現段階で誰がどのような問題を起こすかは断定できない。もちろん問題が起きないように努力するが、混乱に対する備えをする事も大切だ。ダッジ殿を採用するかどうかも、その事を考慮しながらでないと答えを出せない。彼の採用を渋るのには、それ相応のわけがあるのだ」
「そういう事であれば納得できます」
ランドルフは、モーガンの言葉に同意を示した。
ウェルロッド侯爵家の軍を強化するために、リード王国全体に混乱を招くのであれば本末転倒である。
ダッジは惜しいが、諦めるのに十分な理由があると認めざるを得なかった。
「答えを出せるのはロックウェル王国からの使者と正式に話してからだ。とはいえ、かなり怒っておったから簡単にはいかんだろう。使者の対応に関しては私とランドルフ、それとアイザックでおこなう。皆にはいざという時の心構えをしておいてほしい。何があっても、我らに従うという心構えをだ。リード王国のため、悪いようにはせん」
モーガンが最後を締めくくる。
その言葉に、出席者は気を引き締める。
それと同時に「リード王国を襲う危機に対処を託された」という高揚感を覚えていた。
(なるほど、悪くない。ランドルフにもいつかは話さねばならなかったが、こういう形でならば、まだ受け入れやすいだろう)
ランドルフ達への説明は難しいものだった。
それをアイザックは、ジェイソンの暴走を匂わせつつ皆に知らせた。
――危機感を覚えさせつつ、動揺は小さいもので終わる。
現在、望み得る限りのいい結果で終わった。
あとはロックウェル王国の使者をどう対処するかである。
こちらは身内に説明するのとは違い、大いなる困難が予想された。