423 十八歳 バレンタインデーの結末は・・・
(こいつ、俺の行動を先読みしていたのか?)
ニコルが最悪のタイミングで現れたので、アイザックはそのように考えてしまう。
あまり頭は良さそうではないが、彼女も学年トップの実力者である。
特に恋愛関係では不思議な力を発揮するので、先回りされていてもおかしくない。
(いや、違うか?)
なぜかわからないが、ニコルはアイザックを警戒しているようなそぶりを見せる。
予期せぬ登場であったのならば、その反応は自然なもの。
彼女と話さねば正確にはわからないが、まだアイザックは逃げ道を防がれたわけではないようだ。
(えぇっ、なんでここがわかったの! ずっと私を追ってきていたとか?)
ニコルはニコルで、アイザックが自分を狙ってきたと考えていた。
ハァハァと荒い息をつかせているのが、ストーカーとしての恐怖感を大幅に増大させていた。
(もしかして、また襲われちゃうの!?)
彼女は去年の事を思い出した。
マークに襲われそうになったのはトラウマになっている。
今回はフレッドが助けにきてくれそうにないので、本格的に身の危険を感じていた。
「えっ、なに? どうしたの?」
お互いに警戒する中、先にニコルが質問する。
これはアイザックを牽制するためだった。
話をしているうちに冷静になってくれるかもしれない。
もっとも「私の魅力の前じゃあ無理だろうな」という思いもあった。
「そうだ、チョコ食べる? ハンカチはあげられないけど、チョコならあげられるよ」
ニコルは恐る恐るカバンから小さな箱を取り出した。
彼女の言葉から、中にはチョコレートが入っているのだろうと思われる。
前世であれば、お情けの義理チョコだったとしても受け取っていただろう。
だが今のアイザックには、なぜか「猛獣を餌付けするような行為」にしか見えず、まったく嬉しくなかった。
「そんなものはいらない。僕が欲しいものは他にある」
「ひっ……」
アイザックは身の安全が欲しかったのだが、恐怖を感じたニコルが距離を取る。
「やらなければいけない事もあるからね」
「やる……、やられる……」
ニコルの警戒を解こうとするが効果はなかった。
それどころか、なぜか彼女は警戒したまま、ブツブツと呟いている。
「……僕はアマンダさん達を避けているところなんだけど、ニコルさんはなんでここにいるの?」
「アマンダ……。あぁ、そう! そういう事ね!」
ニコルは何度も「そうかそうか」と呟き、一人で納得する。
アイザックは彼女が何か誤解していると理解できたが、それがどういったものかまではわからなかった。
しかし、話が進みそうなので詳しく尋ねたりはしない。
ゆっくり話している暇など、アイザックにはないのだから。
「私も似たようなものかな。みんなが私からハンカチを貰おうとして必死過ぎて嫌になっちゃう。あっ、ハンカチはジェイソンくんにあげるつもりだから期待しないでね」
アイザックは「いらない!」と否定しようとした。
だが、否定すればしたで「なんでいらないのよ!」と、ムキになって渡そうとしてくるかもしれない。
ニコル相手には、他の女の子以上に慎重な対応を取るしかなかった。
「欲しがるっていうのはマイケル達の事かな?」
「ううん、みんなはもう欲しがらないよ。ジェイソンくんが説得してくれたんだって。欲しがるのは一般生徒だね。バレンタインデーなのに、男子から迫ってどうするのって感じだよねー。……アイザックくんは欲しがらないよね?」
ニコルはアイザックを窺うような目で見ていた。
「もちろん」と答えたいところ自分を抑えるため、とりあえずフフフッと笑って間を取る。
(最近、ニコルと二人で話すチャンスがなかなか見つけられなかった。これはいい機会なんじゃないか?)
少し落ち着くと、アイザックは彼女にある提案をするチャンスだと思った。
「僕が欲しいものは他にある。それが何かは君もわかっているんじゃないかな?」
「パメラ……さんだよね」
「あぁ、そうだ」
ニコルには「パメラの事が好きだ」という事が知られている。
それを利用して、後々のために布石を打っておくべきだろう。
危険もあるが、パメラのためにも必要な事だった。
「薄々気付いているだろうけど、ジェイソンはパメラさんと別れて君とだけ結婚するつもりだ。だけど、簡単に別れられるわけじゃない。別れたあとの事も問題になる。例えば、僕の母上とメリンダ夫人の間にあった女同士の争いのようなものが起きるかもしれない。今のジェイソンなら、ニコルさんを守るために強硬手段を取りかねない」
アイザックの言葉に思い当たるところがあるのだろう。
ニコルはうなずいて、ジェイソンが暴走する可能性を認める。
「だから、もしジェイソンが暴走した時はパメラさんを助けてほしい。庇ってくれとまでは言わない。ただ危害を加えない方向で済ませるようにしてほしいんだ」
「うーん、でも……。仕返しとか怖いし……。ジェイソンくんに任せておいた方がいいかなーって思うんだよね」
「そこは心配する必要はない。僕がなんとかする」
ニコルがパメラやウィンザー侯爵家の報復を恐れるのはわかっていた事だ。
彼女の心配を解消する方法は、すでに考えている。
「僕がパメラさんを妻に迎える。王族よりは落ちるものの、公爵になった僕と結婚するのなら、ウィンザー侯爵家の怒りもいくらか収まるだろう。そして僕がウィンザー侯爵達に仕返しを考えないように説得する。せっかくパメラさんと結婚できたのに、揉め事でゆっくりできなくなるなんて真っ平だからね」
アイザックは仕返しなどをするつもりなどなかった。
アイザックがやろうとしているのは、ジェイソンへの報復ではなく、自主的な行動だったからだ。
恨みつらみが絡まないので仕返しではない。
ただの裏切りである。
その言葉に噓偽りはなかった。
「それに僕はニコルさんやジェイソンの味方をしているんだよ。僕がジェイソンに、ニコルさんを諦めるようフレッド達を説得するべきだと話したんだ。そうでなければ、今頃ジェイソン達が君の奪い合いをしていたところだ。彼らは本気だからね。他の男子生徒と違って、逃げて隠れるどころでは済んでいなかったよ」
「そうだったんだ。それには感謝しているかな」
ニコルが一度身を震わせる。
彼女から見ても、ゴメンズの本気は身の危険を感じるレベルだったのかもしれない。
チヤホヤされるのを楽しんでいるようだったが、それだけではなかったようだ。
「僕はニコルさんの味方だよ。ジェイソンとの恋を応援している。ただ、少しばかり見返りが欲しいっていうだけさ。それも何かをよこせと言っているわけじゃない。パメラさんと別れる以上の事をしないでほしいっていう、ちょっとした頼みだ。あとの事は僕に任せてくれればいい。きっと上手くやってみせる。どうだろう?」
「うーん……」
アイザックの提案を、ニコルは必死に考える。
悪い内容ではない。
しかし、パメラが自由になるというのは復讐の機会を与えるというのと同じ。
やはり恐ろしい。
(怖いって言えば……)
ニコルはアイザックを見る。
彼も彼女にとっては恐ろしい男だった。
「パメラと結婚できたら……、他の人には興味を持たない?」
「一人を除いて興味を持たないと約束できます」
「それって……、私?」
「何を言っているんですか。リサですよ、リサ。パメラさんとリサの二人だけを愛しますよ」
アイザックはニコルの言葉を笑い飛ばす。
ニコルも自分の勘違いを笑って誤魔化した。
「だったらいいよ。別にパメラにこだわるつもりはないし。でもさ、パメラは私を階段から蹴り落とすような女だから、そんなにいい人じゃないって事は覚えておいた方がいいよ」
「あぁ、覚えておくよ」
(まだパメラを犯人扱いしたいのか!)
アイザックはニコルの言葉に怒りを覚えたが、今すぐに咎める必要はないと我慢する。
せっかく提案を受け入れてくれたのだ。
この事は、よく覚えておくだけにとどめる。
「ジェ――」
話そうとしたところで、廊下をパタパタと走る音が聞こえた。
アイザックは口をつぐむ。
ニコルも空気を読んで静かにしていた。
足音が教室の前を走り去ると、アイザックは軽く息を吐く。
「ジェイソンと上手くいく事を願っているよ」
「私のためじゃなく、アイザックくんのためにもなるもんね」
利害が一致しているという事もあり、ニコルは「共犯者だね」と言わんばかりに悪い笑みを浮かべる。
アイザックも、ニヤリと笑みを返した。
「じゃあ、僕は行くよ」
「うん。……どこへ?」
アイザックが教室のドアではなく窓に向かうので、ニコルは怪訝そうに尋ねた。
「昇降口付近は見張られているからね。窓から校門に向かうんだ」
「そ、そうなんだ……。頑張って」
ニコルの「何を言ってるんだ、こいつは?」という表情に見送られながら、アイザックは校舎の外へ出た。
普段は取らない行動に、アイザックは背徳感と高揚を覚える。
生け垣に隠れながら移動していると、木陰から女のすすり泣く声が聞こえた。
(思い叶わず、恋に破れた女の子か……)
彼女も誰にも見つからない場所で泣いているのだろう。
できれば触れずにいてあげたいが、アイザックも隠れて移動しなければならない。
とりあえず、誰が泣いているのかをチラリと確認する。
――泣いているのはティファニーだった。
思わず「あっ」と声が出る。
その声に気付いたティファニーがアイザックの方を振り向き、すぐにハンカチで顔を隠した。
「なんで?」
彼女の「なんで?」は「なんでここにいるの?」と「なんで私に声をかけたの?」という二つの意味があった。
アイザックは前者の意味で捉えた。
「ティファニーの泣き声が聞こえたからさ」
(アマンダ達から、こそこそ隠れていたなんて言えるわけがないじゃないか)
アイザックにもプライドがある。
逃げている途中とは言えなかった。
だが、その返答はティファニーに大きな誤解をさせる事になる。
(私を心配してきてくれたんだ……)
そうでなければ、校舎の影になっている場所にアイザックが来るはずがない。
アマンダ達を振り切ってまで、様子を見にきてくれたとしか思えなかった。
しかし「ありがとう」も「アマンダさんは?」といった言葉を発せられなかった。
今はアイザックに聞かせたくない、情けない声しか出ないだろうから。
この状況に、アイザックは困っていた。
――このままティファニーを置いて帰るわけにはいかない。
――だが、長居すればアマンダ達に見つかるかもしれない。
非常に悩ましい状況だった。
だが、アイザックは残る事を選んだ。
悲しい時、誰かがいてくれると嬉しいのは、リサやパトリックのおかげでわかっている。
幼馴染の従姉妹のために、アイザックは少しだけ危険を冒す事にした。
しばらくして、ティファニーが泣き止んだ。
「アイザック、ありがとう」
「気にしなくていいよ。……一緒に帰ろうか」
「アマンダさんはどうするの?」
「バレンタインデーに告白されると断りにくそうだし……。このまま帰る。戦略的撤退ってやつさ」
「そう……。チャールズは――」
「そこまで」
ティファニーがチャールズの事を話そうとしたところで、アイザックが待ったをかける。
「チャールズの話は、リサにしてみたらどうだろう? 同じ女同士話しやすいかもしれないよ」
「……そうだね」
アイザックは「チャールズの話を聞いて深入りしたら、さらにティファニーを勘違いさせてしまう」と思って聞かなかった。
しかし、ティファニーは違う。
「悲しんでいるところに付け入る気はないよ」と言われている気分だった。
「その泣き腫らした顔を誰かに見られるのは嫌だよね? 校門まで隠れながら行こう」
さらに細やかな気遣いまでしてくれる紳士的な対応に、ティファニーの中でアイザックへの評価が上がっていった。
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「アイザックくんが……、いた!」
アマンダは校門付近まで探しにきており、その時帰宅するアイザックの後ろ姿を発見した。
本当なら駆け寄りたいところだが、この時ばかりはアマンダの足が止まる。
「アマンダさんなら、きっとアイザックくんを見つけられる」と信じて、ついてきていたジュディスもアイザックの姿を見つけた。
彼女は駆け寄ろうとするが、アマンダに止められる。
「……なぜ?」
「見ればわかるでしょ」
アイザックの隣には、寄り添うようにティファニーが歩いていた。
彼女は従姉妹に過ぎない。
ジュディスには、アマンダが止める理由がわからなかった。
「それがなに?」
「あの二人の邪魔をしちゃダメだよ」
アマンダは勝負が決してしまった事を悟り、涙を流していた。
しかし、ジュディスには理解ができない。
「だから?」
「理由は言えないけど……、ダメなんだよ」
アマンダは多くを語らなかった。
だが、彼女の視線からジュディスは何を考えているのかを読み取った。
「まさか!」
ジュディスの驚きに、アマンダは何も答えなかった。
ただ一言だけボソリと呟く。
「ボクも幼馴染なら……、チャンスはあったのかな?」
ジュディスはその場に崩れ落ちる。
――バレンタインデーの勝者は、ティファニーに決まった。
彼女はレイモンドに邪魔をされて、チャレンジすらできなかった。
やり切った末の敗北ではないので悔いが残る。
「これ、大丈夫かな?」
「さぁ?」
二人を追いかけてきていたレイモンドとポールが、心配そうにアイザックの後ろ姿を見守る。
――アマンダ達が今後どうするのか?
――ティファニーをさらに誤解させてもよかったのか?
彼らは二つの意味でアイザックを心配していた。
だが「アイザックなら今後の事を考えているだろう」と信じ――ようとはしたが、ティファニー関連のやらかしがあるので、イマイチ信用しきれなかった。
金曜日はお休みです。






