408 十八歳 セオドアの意地
文化祭が終わり、生徒の意識は期末試験へと向けられた。
ほとんどの者達が試験勉強にいそしむ中、数少ない側の者――フレッドは呑気な態度でアイザックに話しかけてきた。
「親父に勝手な事をしてって怒られたけどさ、凄い剣幕で怒ってくるから説明できなかったんだ。お前が説明してくれて助かったよ。持つべきは親友だ。ありがとな」
フレッドが肩を抱いてくるが、アイザックは迷惑で仕方がなかった。
彼がニコル側に付いている以上は敵になる可能性が高い。
あまり馴れ馴れしくされても、いつかは倒さなくてはならない相手なので、アイザックとしてもやり辛い。
しかし、お礼を言っている相手に酷い扱いをするのも外聞が悪い。
ここは大人の対応が求められる場面だった。
「フレッドのためじゃないさ。お前の突然の行動で困る人がいるから、その人を助けるためにやっただけだ。気にするな」
ジェイソンやニコルのためにやったと言って、気にさせないようにする。
実際、この二人のためにやった事で、フレッドのためではない。
だが、フレッドはそう受け取らなかった。
彼がフフフッと笑う。
「知ってるぜ。そういうのってツンデレって言うんだろ? まったく……、もっと素直になった方がいいぞ」
「いや、違――」
「でもいいさ。素直じゃないのは今に始まったわけじゃない。お前の良いところは違うところにあるってわかってるからな。お前は今のままでいい」
「…………」
フレッドの「俺はわかっている」という一方的な態度に、アイザックは呆れてものが言えなかった。
話し始めたばかりなのに、どっと一気に疲れる。
話を切り上げたいところだが、気になる事があったので、そちらに話題を変える。
「そういえばさ、なんであそこで騎士の誓いなんかやったんだ? 人のいないところでもよかっただろう?」
「それは……、俺もよくわからないんだ。あそこでやらないといけないような気がして、気が付いたら行動してしまっていたんだ」
「衝動的な行動はよくないよ。よく考えて行動しないとね」
「わかっている。わかっているけど……、体が動いたんだよ。やらないといけないような気がしてさ」
フレッドも大胆な行動を取った事が恥ずかしいのか、少し頬を赤らめる。
「ニコルさんってさ、俺ほどじゃないにしても結構強かっただろ? あんなに可憐な女性がなんで必死に強くなろうとするのか、今までわからなかった。でも、マークの一件を思い出したら納得できたんだ。あれほどまでに美しい人なんだから、今までにも身の危険を感じた事があったはずだ。自分の身を守るために戦技部に入ったんだと思うと……」
彼はまるでニコルの事を自分の事のように悲しむ。
それを見てアイザックは「いや、お前とかダミアン狙いじゃないかな」と冷めた考えをしていた。
「だから、彼女の手を取った時『こんなにか細い腕で剣を振るっていたんだな』って思ったら、つい行動してしまっていた。気が付いたら、ひざまずいて手に口付けをしてたよ。拒絶されなかったからいいけど……。改めて自分の行動を振り返ると、やっぱり恥ずかしいな」
フレッドが恥ずかしさを吹き飛ばそうとして明るい声で笑う。
彼に恥じらいはあっても後悔はなかった。
「誰か守る人がいた方が力も入るだろう。最強の騎士を目指して頑張れよ」
「あぁ、もちろんだ。ありがとうな!」
アイザックは力強くうなずき、彼に応援の言葉をかける。
フレッドは素直に喜び、アイザックの手を取って握手をしたあと、自分の教室へ帰っていった。
そう、ここはアイザックの教室。
――他の者達も当然いた。
「最強を目指すのは良い事……だよね?」
「うん、まぁ騎士なら……」
ルーカスとカイが、何やら物言いたげな表情でフレッドの背中を見送っていた。
騎士を目指しているのだから、フレッドの言葉は何ら問題のあるものではない。
しかし、生まれによる立場というものを考えれば、彼の言葉はあり得ないものだった。
「女の子としては、あそこまで言われたら嬉しいだろうけど……。一時的にだよね。よかった、フレッドと婚約してなくて」
――侯爵家の跡継ぎとしては、到底考えられない浅はかな言動。
アマンダの言葉に、他の者達も心の中で強く同意していた。
フレッドの事を好意的に考えれば――
「ジェイソンを守る剣となり盾となる意思を持つ忠臣」
――と言えなくもない。
しかし、それは言葉の上でのもの。
侯爵家の嫡男なのだから、王家のために人を用いて守る術を磨くべきだ。
本当に騎士としてジェイソンを守る必要などない。
人としては好意を持てても、上役には持ちたくないタイプである。
せめて騎士ではなく、将軍であればよかったのにと思わざるを得ないものだった。
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前世で学んだ知識のおかげで、期末試験を危なげなく乗り越えたアイザックだったが、すぐに問題に直面する。
――協定記念日だ。
特に今年はジェイソンが学院を卒業する節目の年という事もあり、エルフやドワーフから多くの祝いの使者が訪れている。
公式行事に参加しなくてもいいという許しを得ているアイザックも、さすがに彼らを無視するわけにはいかない。
パーティーに出席するとなると、当然多くの貴族と顔を合わせる事になるし、挨拶もしなければならない。
普段会わない相手の顔を思い出さなければいけないのだ。
年寄りなら「最近物忘れが多くて」で誤魔化せるだろうが、若いアイザックには使えない。
ノーマンのサポートを受けられるが、やはり顔を覚えておいてもらった方が相手も嬉しいだろう。
自力でどこまでできるかが人気取りには重要だった。
――しかしアイザックは、もっと困難な問題に直面する。
パーティーには婚約者のリサも連れていく。
その彼女が問題だった。
婚約者なので、エスコートで腕を組む。
その時、当然ながら彼女の胸がアイザックの腕に触れてしまうのだ!
アイザックの意識が腕に集中し、周囲への注意が散漫になってしまう。
嬉しさと困るという気持ちが9:1の割合でアイザックの中で発生していた。
家族と一緒に行動していようが、胸に意識が集中するのはやめられなかった。
だが、さすがに挨拶をする時は腕をほどくので問題は起きなかった。
アイザックは少し物足りなさを感じながら、エリアスに挨拶をする。
エリアスに挨拶したあとは、アイザックが挨拶される側になる。
ウォリック侯爵やウィルメンテ侯爵との挨拶は問題なく行われた。
本当の問題は、ウィンザー侯爵との挨拶で起きた。
ウィンザー侯爵夫妻との挨拶が終わり、セオドアとも挨拶しようとしたところで彼の異変に気付いた。
鼻息が荒く、目が血走っている。
正常な状態ではない。
何が起きるか不安を感じていると、彼は手袋を外そうとした。
(えっ?)
誰もがアイザックと同じように思っただろう。
しかし、彼が何をしようとしているのか直感的に感じていても動けない。
そんな中、すぐに反応したのがランドルフだった。
彼はセオドアの手を取り、握手する。
当然、握手をすれば手袋は外せない。
セオドアの動きが止まる。
「この間は大変でしたね。ですが、アイザックは意味のない事をしません。今すぐにでも色々と聞きたい事もあるでしょうが、後日改めて話す日をお待ちください。私も大まかな話は聞いていても詳しくは聞いていないんですよ。当主間では、事情をわかりあっているというのにね。詳しく話を聞ける日が待ち遠しいです」
「あ、あぁ……、そうですね」
ランドルフと握手をし終わると、セオドアは大人しく腕をひっこめた。
ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家の面々から、弛緩した空気が流れる。
この時、セオドアは――
「さすがは武神ランドルフ。敵わないな」
――と観念していた。
「年末年始で忙しいだろうと後回しにするべきではなかったですね。それは私のミスです。申し訳ありません。私の話を聞いていただければ誤解は解けると思いますが、簡単に話せる内容ではないので、また後日ゆっくりお話ししましょう」
勇気を出した行動が止められたので、心が折れてしまったのだろう。
セオドアは素直にアイザックの言葉にうなずいた。
これで一件落着かと思われたが、ランドルフがアイザックの肩に手を置く。
「話すタイミングを考えるのもいいが、人の心は駆け引きだけで動かす事ができない。ちゃんと相手がどう思っているのかを考えて説明してあげないとな」
「ええ、そうですね。忙しそうでも、時間を作って早めに話すべきでした」
アイザックも父の注意を素直に聞く。
間違いを認める事でセオドアの溜飲を下げる狙いもあったし、父の言う事ももっともだからだ。
セオドアにとりあえずの和解として、アイザックは握手を求める。
――未来のお義父さんとは仲直りしておきたい。
その思いが通じたのか、セオドアはアイザックの手を取った。
ひとまずの和解が済み、また貴族達から挨拶を受けるという流れに戻った。
一通りの挨拶が終わり、ジュースでのどの渇きを癒していると、ウィンザー侯爵から個室への誘いがあった。
リサを母に任せ、アイザックはウィンザー侯爵と共にパーティー会場から離れる。
密室政治が当たり前の世界なので、誰も見咎めたりはしなかった。
部屋の外で見張りとして秘書官を待たせ、二人は部屋に入る。
先に口を開いたのはウィンザー侯爵だった。
「申し訳ない。セオドアの行動は予想外だった」
「でしょうね。僕も予想外でした」
セオドアの行動は「ウィンザー侯爵は年端もいかぬ娘を暗殺しかねない男だ」と言ったアイザックに対する報復だろう。
手袋を投げて決闘を申し込むつもりだったのだと思われる。
これはアイザックにとっても、まったく予想できないものだった。
かつてグレンヴィル伯爵の裏切りを見破った時――
「私はパメラの父親だぞ」
「私は味方だ」
――などといってアイザックを恐れていた男が取る行動とは思えない。
それはウィンザー侯爵も同じだったようで、そそのかしたというわけではなさそうだ。
「正直なところ、もっと気弱な人だと思っていました。未来のお義父さんだというのに、見くびってしまっていたようです」
「お義父さんというのはともかくとして、セオドアの行動は間違ったものではない。お前は陛下の前で私を暗殺者扱いしたのだからな」
ウィンザー侯爵は、セオドアの事を「お義父さん」と呼ぶのは認めなかったものの、彼の行動自体は認めているようだ。
やはり面子を重視しているのだろう。
「でも、考えていましたよね?」
「あぁ、考えていたとも」
アイザックの問いかけに、ウィンザー侯爵は悪びれる事なく答えた。
その態度には、アイザックも呆れるしかない。
「女男爵一人の命で諸々の問題が丸く収まるのだ。暗殺という手段を取らんわけがなかろう」
「そう思われるんでしょうけどね。僕が収まらないんですよ」
「反乱を起こせば多くの命が失われる。それに、ウィルメンテ侯のあの態度。本当にネトルホールズ女男爵を殺してしまいそうだったではないか? 協力関係はあっても、どこまで協力するのかわかったものではないな。奴にどこまで話した? どのような対価を与えた? それを聞かねば、私も協力するとは断言できんな」
ウィンザー侯爵は、疑惑に満ちた目でアイザックを見る。
アイザックの隙を見つければ、そこに付けこんでやろうと考えているのだろう。
それはアイザックにもよくわかった。
だからこそ、あえてウィンザー侯爵を混乱させようとする。
「それは今のところ話す事はできませんね。ネトルホールズ女男爵を利用した企みを話していない。見返りは何を用意した。そういった事を話せば、ウィンザー侯はそれ以上の見返りを用意してウィルメンテ侯の考えを翻させようとするでしょう? 宰相としての立場としては正しいとは思いますが、もう見限ってしまった方が楽ですよ」
そう、アイザックはあえて答えなかった。
――アイザックの助けがなければ、ウィンザー侯爵家は危ないかもしれない。
ジェイソンの危険性については、彼もわかっているはずだ。
取れる手段を取って、危機的状況を回避しようとしている。
ニコルの暗殺も選択肢の一つに過ぎない。
だから、あえてウィルメンテ侯爵との条件も話さなかったのだ。
話せるようなものではないというのもあるが、ウィンザー侯爵には情報を与えたくない。
情報がなければ、手探りで濃い霧の中を歩くようなもの。
ウィンザー侯爵の不安を増幅させ、アイザックに頼るしかないと思わせるのが狙いだった。
「もちろん、ウィルメンテ侯に直接尋ねてみるのを止める事はできません。気になるのなら尋ねてみてはいかがですか? もっとも、今は本当の事を教えてくれるかわかりませんけど」
「くっ……」
ウィルメンテ侯爵は「ウィンザー侯爵に、ニコル暗殺の罪を被せられるかもしれなかった」と思っている。
アイザックとの協力関係を探ろうとしても、正直には話さない確率は非常に高い。
――何から何までアイザックに先回りされている。
例え一瞬だったとしても「希望を見出した」と表情に出してしまったのがまずかったと、ウィンザー侯爵は後悔する。
「先ほども言ったように、宰相としての立場があるので、行動を止めようとしたりするのを咎めたりはしません。僕はお義祖父さんの味方ですよ」
「……それはどうかな」
(本当に味方ならば、殿下とパメラの仲を上手く取りなしてくれてもいいではないか?)
ウィンザー侯爵は、どうしてもそう考えてしまう。
幼い頃のあの出会いが、まさかここまで大きな影響を与える事になるとは考えもしなかった。
宰相に就任して以来、かつてない難題に出くわしてしまった。
これからの事を考えれば考えるほど気分が沈んでいく。
「まぁまぁ、そうすねないでください。これはウィンザー侯が悪いわけではありません。女の色香に迷った殿下が悪いのですよ。王族の過失は王家が取る。それだけです。さて、あまり長居しても周囲に怪しまれます。今回はセオドアさんの行動を話し合ったという事にして、そろそろ会場に戻りませんか」
「そうだな」
ウィンザー侯爵としても、このような場所で考え込むわけにはいかないとわかっている。
今はパーティーに集中し、自宅に戻ってから考えようと気分を切り替えた。
二人が外に出ようとすると、マチアスが待っていた。
ノーマンがドアのところで立っていたので、アイザックが中にいるとわかったのだろう。
アイザックの顔を確認すると、彼は笑顔を見せる。
「主役がおらぬから、どこにいったのかと思って探したぞ。大事な話があるからパーティー会場にきてくれんか?」
「ええ、話は終わりましたからいいですけど……。用件はなんです?」
「まぁいいからいいから。ウィンザー侯も是非きてほしい」
「かまいませんよ」
何やらマチアスの態度に不安を感じるものの、アイザック達は彼に誘われるがままにパーティー会場へと向かっていった。






