393 十八歳 飛び交う火花
切りのいいところまで書けたので投稿です。
ジェイソンとパメラの噂は、三日もしないうちに王都に住む貴族の間で広まった。
学院内だけではなく、社交界でも噂になっているので動揺は大きい。
アイザックが「このままではニコルが危ないのではないか?」と感じるほどだった。
ジュディスの時も危険だったが、今度はランカスター伯爵以上に強い力を持つウィンザー侯爵が相手だ。
男爵家の当主など、簡単に叩き潰されるだろう。
――ニコルを守らねばならない。
そのために、まずは情報収集が重要となる。
昼休み、食事中の会話でさりげなくティファニーから隣のクラスの様子を聞き出そうとした。
「そういえばさ、一組の様子ってどんな感じになってるの?」
「殿下とパメラさんが話している姿を見なくなったし、ニコルさんが『パメラさんに蹴り落とされた』って言い触らしてるし……。良くはないよね……」
ティファニーの感想は、聞くまでもなくわかる内容だった。
チャールズやマイケルの時の事を思い返せば、どのような雰囲気なのかはわかっていた。
パメラの様子は、ルーカスやシャロン経由で聞いているので、ティファニーから聞く必要はなかった。
アイザックは今必要な事を聞こうとする。
「そんな事をしてたら、ニコルさんは孤立するんじゃない? ジェイソンが味方したとしても、さすがに厳しいんじゃないかと思うんだけど」
「ううん、大丈夫よ。……実は今朝、殿下に『パメラさんが蹴った』って証言した子達が現れたの。でも、その子達はニコル派の子だから、証言の信憑性が薄いってパメラさんが主張して退けたみたいだけど……」
「ニコル派?」
これは初耳である。
アイザックは、情報収集を頼んでおいたシャロンの事を思い出す。
だが、すぐに「そこまで求めてはいなかった」という事も思い出した。
(俺が頼んでいたのはジェイソンを見張る事。ニコルの監視までは範囲に入っていなかったもんな。仕方ない)
頼んでいない事を責めるのは酷である。
彼女からニコルに関する情報が入ってこなかったのは仕方ないと諦める。
「そんなのいるの?」
アイザックは、ティファニーに聞き返す。
「いるよ。チャールズの時は女子の間で反感の方が勝っていたみたいだけど、マイケルくんの時に取り入ろうとする者が現れたみたい。領地持ちの伯爵家の令息に求婚されたんだから当然かもしれないね」
「好きか嫌いかじゃなくて、必要に駆られてか」
「たぶんそう」
ティファニーがうなずく。
子爵家や男爵家でも、代官かどうかで収入に歴然とした差が生まれる。
伯爵家においてもそうだ。
領地持ちと持たない者とでは、明らかに収入や待遇が違う。
領地持ちの貴族は、ある程度の年齢になれば、よほど無能でもない限り大臣職や軍の要職に就けてもらえる。
モーガンが外交の経験がないにもかかわらず、ランカスター伯爵の後釜を任されたのも侯爵家の当主だからだ。
大臣には有力貴族が選ばれやすい分、官僚は実力重視で選ばれる。
チャールズの父であるアダムス伯爵は、伯爵家の当主とはいえ実力で事務次官にまで成り上がった。
だが、事務次官という要職に就いているのは彼の力によるところが大きい。
チャールズが政府の要職に就けるかは、彼の実力次第である。
とはいえ、ウェルロッド侯爵家を敵に回した以上、実力が有っても出世は絶望的だ。
将来性のない者に媚びへつらう理由などない。
それに対して、ブランダー伯爵家は領地を持っている。
それだけで圧倒的なアドバンテージがあるのだ。
「マイケルと結婚するかも?」と思えば、ニコルに擦り寄るものがいてもおかしくないだろう。
パメラやアマンダのような高位貴族の娘に、今更媚びを売っても大きなリターンは期待できない。
誰もが彼女達の顔色を窺っているからだ。
それに比べ、ニコルには味方がいない。
その分、コネのない者達にとっては取り入りやすくて、大きなリターンを期待できる有望株になっているのだろう。
(積極的にってわけじゃないけど、あいつも味方を作っていたってわけか……)
――男子生徒だけではなく、女子生徒にも味方がいる。
さすがにパメラと戦えるほどではないだろうが、孤立無援というわけではなさそうだ。
頼もしい反面、どこか恐ろしい予感がする。
「それだけじゃないよ。ニコルさんが戦技部に入ったのは、フレッドくんを狙っているからだっていう噂だよ。フレッドくんも満更ではないようだし、侯爵夫人の座を狙えそうなら……。今回の一件で殿下もニコルさんの味方だってわかったから、これからもニコルさんの味方は増えるだろうね」
ティファニーは苦々しい表情を見せていた。
彼女は婚約者を奪われた犠牲者である。
ニコルのような女にも味方がいるという現実に思うところがあるのだろう。
チャールズの責任が重いので彼女を表立って非難する事はなくとも、婚約者を奪い取った女である事は事実。
心を繋ぎ留められなかったので自分にも責任はあると思っていても、やはり敵意のようなものを抱いてしまっていた。
「あまりよろしくない状況だな……」
アイザックがボソリと呟く。
(せっかく俺が金を配って多数派工作を頑張ってるのに、ニコルの味方があっさり増えるのは面白くない。ニコルの味方って事は、そのままジェイソンの味方になる可能性が高いって事だからな)
せっかく王家を丸裸にしようと頑張っていたのに、ニコルが邪魔をする。
おそらく意識しての行動ではないだろうが、とことん厄介な存在である。
「アイザックくんには困った状況だよね」
「うん、そうだ――えっ、なんで?」
アマンダに返事をしようと思って、アイザックは言葉に詰まる。
(なんで知ってるんだ?)
まるで彼女がアイザックの考えを読んでいたかのような事を言ったからだ。
驚くアイザックを見て、アマンダは笑顔を見せる。
「だって、アイザックくんだもん。殿下とパメラさんの仲裁に入るんだよね?」
「仲裁のために中立の立場を維持する。そのためにお二人との接触を控えておられるのでしょう?」
アマンダが「アイザックの事をわかっていますよ」とアピールしようとしたが、ロレッタが「私もわかっています」とアマンダだけにアピールさせないよう割って入る。
相手は隣国の王女であるが、これにはアマンダもムッとした表情を一瞬見せた。
「仲裁はしたいけど……。今のところは口を挟めない状況かな」
パメラは「学校を休めば逃げたと思われる。それではニコルの主張を認めるようなもの」と言って、気丈にも登校していた。
今のところジェイソンとパメラは、教室内で冷戦状態となっている。
クラスメイトは気まずい雰囲気の中――
「早く誰かなんとかしてくれ」
――と願うばかりだった。
しかし、アイザックは動いていない。
というよりも、動けなかった。
話を聞いたモーガンに「今は絶対に動くな」と厳命されているからだ。
絶好の機会を待つためだろう。
「これはジェイソンとパメラさんの仲裁では済まない。王家とウィンザー侯爵家の仲裁という形になる。そうなると、王家側からの要請なしで動くのは……。どちらかに恩を売りたいとかじゃなくて、動くに動けないんだ」
それに王家が絡む問題なので、下手に動くわけにはいかない。
アイザックを妬んだり、恨みを持ったりしている者に「王家への叛意あり」と利用されかねないからだ。
エリアスなら大丈夫だろうが、ニコルに魅了されて暴走しているジェイソンは何をするかわからない。
安全のためにも、今は動くに動けなかった。
だが、アイザックも指を咥えて見ているわけではない。
行動するために、この昼食の時間を利用するつもりだった。
「ロレッタさんは、よく王宮に出入りされていますよね? 陛下のお考えを伺われたりはされていませんか?」
彼女は王宮によく出入りしている。
当然、遊びに行っているのではなく、大使と共に友好関係の強化に励んでいるのだろう。
ならば、エリアスとも話しているはず。
詳しい反応を聞いておきたかった。
問われたロレッタの顔色は優れない。
これはエリアスの事を話せないというよりも、あまりいい内容ではなかったせいだった。
「陛下は……。事件当日、報告を聞いてめまいで倒れそうになられたそうです。あり得ない行為だと厳しく叱りつけたそうですが、殿下はパメラ先輩に非があると主張されて、話は平行線に終わったと仰っていました」
「そうなりますよね」
エリアスの反応は想定の範囲内だった。
そして、ジェイソンの行動も予想していたものである。
ニコル第一になっているジェイソンの行動はエリアスには理解できず、話がまとまる事はないだろうとわかっていた。
――しかし「他人の行動を読んでいるのは自分だけではない」という事にまでは気付けなかった。
「アイザックくんは……。パメラさんを助けるんだよね?」
アマンダの質問に、アイザックはビクリとする。
(なんでその事を……。どこから漏れた!? まさか、ニコル。あいつ!?)
パメラ以外で知っているのは自分と祖父母。
そして、ニコルの四人だけである。
パメラや祖父母が情報を漏らすメリットがないので、犯人として真っ先にニコルが思い浮かんだ。
「何の事でしょうか? 僕は中立ですよ」
アイザックはとぼけた。
他に答えが思い浮かばなかったので、これしか手段が思い浮かばなかったのだ。
アマンダが寂しそうな顔をする。
「だって、ティファニーの時も、ジュディスさんの時もそうだった。男の子の方が酷い事をして、女の子を守る。いつもアイザックくんは弱い方の味方をしてるから、パメラさんの味方をするんじゃないかなって思ったの」
(あぁ、そういう事か)
アイザックはホッと溜息を吐こうとして我慢する。
ここで本音をバラせば、なぜホッとしたのか怪しまれる。
――パメラに関する事は、ひたすら我慢をするしかない。
そう自分に言い聞かせていたので、態度を変えるところを見られずに済んだ。
それに彼女は、アイザックと王家の関係が悪化するのを心配してくれているだけだと思われる。
彼女を安心させるためにも、アイザックは努めて冷静に返事をする事を心がけた。
「かもしれません。ですが、殿下はチャールズやマイケルと違って王太子という立場ですからね。パメラさんにばかり味方するような事はありませんよ。王家への配慮は忘れませんから安心してください」
心配するなと笑顔を見せる。
だが、アイザックの笑顔を見て、なぜかアマンダの表情はより曇っていった。
「そうじゃないよ。もし殿下がニコルさんのために、パメラさんと別れるような事になったら……。事件が一段落した時、パメラさんもアイザックくんの事を好きになってそうだなって思ってさ。パメラさん綺麗だし、強力なライバルになりそうだもん」
(そっちの心配!?)
アイザックは、そう思った。
だが、彼女には切実な問題だった。
――アイザックの本命、ティファニー。
――同盟国の王女、ロレッタ。
――ウェルロッド侯爵家と懇意にしているジュディス。
今ですら手強いライバルが多いのだ。
ここにパメラが加わるような事になれば、花嫁レースは混迷を極めるだろう。
アマンダとしては、そのような事態は避けたいところだった。
「アマンダ先輩、心配する必要はありませんわ」
(どういう意味だ?)
彼女に心配する必要はないと、ロレッタが語りかける。
「どんな狙いがあるんだろう?」と、アイザックの方が心配になってしまう。
「もし、殿下がパメラ先輩と別れるような事になれば、次の王太子妃候補はアマンダ先輩ですもの。アイザック先輩の事はお任せ下さい」
(そうきたか! いや、これはいい考えかも)
アマンダには――
「あなたのような可憐な人を、いつまでも一人でいさせるわけにはいかない。他の誰かを見つけてほしい」
――という方向で説得できるかもしれない。
リサの時も有力者の婚約者が決まらず、社交界での価値が低い家の者達が婚約者を見つけるのに苦労したという。
ならば、アマンダがいつまでも一人身でいる影響は、もっと大きいはず。
そこを突けば、他の誰かと婚約してくれるかもしれない。
この方法を使おうと考えていたが、それはアマンダ本人に阻止される。
「何を言っておられるんですかー? ロレッタ殿下の方がお似合いじゃないですかー。両国の友好のためには王族同士での婚姻の方がふさわしいですよ。アイザックくんは、リード王国の貴族と結婚する方がいいと思いますね」
アマンダとロレッタが、バチバチと視線で火花を散らす。
アイザックは、二人の迫力に押されて何も言い出せなくなってしまった。
(まぁ、元々人前で言う事でもないし……)
今は言える状況ではないと思う事で、アイザックは自分を落ち着かせる。
しかし、この状況下で落ち着けるほどの度胸はない。
友人達に助けを求める視線を送る。
だが、彼らは目を泳がせるばかり。
この争いに口を挟もうとはしなかった。
(ダメだ、こいつら……)
――王女殿下と侯爵令嬢のバトルに割り込める者の方が少ない。
それがわかっていても、やはりアイザックは不満を感じてしまう。
パメラを救う事は重要であったが、まずは自分を救わねばならないとも感じていた。
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夕食後、アイザックはモーガンに呼び出された。
祖父の部屋で二人切りとなると、用件を切り出してきた。
「陛下からお前に、二人の仲裁に入ってほしいという要請があった」
エリアスからの頼みをアイザックに告げると、彼は不機嫌にしていた。
「ようやくですか」
これで堂々とパメラと二人切りで会えるようになった。
エリアスのお墨付きだ。
誰にも文句は言わせない。
「どちらから話をする?」
「ウィンザー侯からの方がいいでしょう。陛下と話して何かを頼まれる前に、ウィンザー侯と約束事を決めた方がいいですから」
「そうだろうな」
今はエリアスからの内々の要請だが、正式な勅命となれば動きが制限される。
自由に動けるうちに、ウィンザー侯爵と詳しい話をしておいた方がアイザック達にとって都合がいい。
先にウィンザー侯爵家を訪ねる理由は「パメラから事情を聞くため」とでも言っておけばいいだろう。
「こうしてみると、お爺様が怒るのもよくわかりますね」
モーガンは、ウィンザー侯爵と良好な関係にある。
それに外務大臣という国家間の折衝役を任されている。
仲裁役に、真っ先に選ばれてもおかしくない立場だった。
――なのに、エリアスが頼んだのはアイザックである。
不満を持たないわけがない。
しかも、選ばれた相手は自分の孫だ。
プライドがズタズタに傷つけられているだろう事は想像に難くない。
「ウィンザー侯との会談には私も同席する。成功させるぞ」
「はい」
どういう意味で成功させるかは言うまでもない。
こちらの問題に関しては、頼もしい仲間に期待ができそうだった。
次回の月曜日はお休みです。