387 十七歳 フレッドの視線
「アイザックは酷い奴だよ。フェリクスさんと会わせてくれないまま、ロックウェル王国に送り返すなんて」
フレッドが、ぶつくさとアイザックに不満をぶちまける。
その理由は、フェリクスと会わせなかった事にあった。
「仕方ないじゃないか。陛下の許可を取ったんだから、仕事を優先しないとね」
アイザックも「フレッドに会わせるって約束は……。まぁいいか」と、わかってスルーしていたので、きつい言葉で言い返せなかった。
「それは聞いた。でも、少し話すくらいの時間はあっただろうにって考えるとさ……」
「あんたは考えるだけ無駄でしょ。もうすぐお昼休みが終わるから自分の教室に戻りなよ」
「おいおい、酷いじゃないか。俺だってちゃんと考えてるよ」
「どうだか」
近くで会話を聞いていたアマンダが、冷たい言葉でフレッドを突き放す。
彼はさほど気にしていないようだが、アイザックは背筋が冷える思いだった。
アイザックもかつては――
「あぁ、フレッドが相手にしてくれないから、ツンツンした態度で気を引こうとしているんだな」
――と思っていた。
だが、彼女の気持ちが自分に向いている事が判明した今では違う。
本気でフレッドを嫌っている態度なのだとわかるようになった。
そうなると、彼女の態度の豹変が恐ろしく感じられた。
普段は明るいアマンダが、フレッドにだけ冷たくなる。
敵意と言っても過言ではないほどの感情を見せるのだ。
――もし、この敵意を自分に向けられたら?
そう思うと、アイザックは気が気ではない。
ウォリック侯爵家の力が欲しい事もあり、アマンダに「諦めて」と言い出せなくなってしまっていた。
そこでアイザックは、一計を案じた。
「まぁまぁ、二人とも。元とはいえ婚約者だったんじゃないか。それも本人同士に問題があって別れたわけじゃない。家の都合によるものだよね? そんな険悪な態度を取る理由なんてないじゃないか。仲良くやろうよ」
――二人のよりを戻させる。
上手くいけば、アイザックはアマンダに断りを入れなくても済む。
フレッドもニコルにたぶらかされずに済む。
アマンダも叶わぬ恋にすがりつかずに済む。
上手くいかずとも問題はない。
アマンダが「フレッドという選択肢もあるんだ」と思ってくれるだけでもありがたい。
やるだけやっておいて損はない一石三鳥の妙案だった。
「フレッドもさ、アマンダさんとちゃんと話をしたの? 家の都合で別れちゃったけど、彼女の事を嫌いじゃなかったんだろ? だったら、本人にちゃんと伝えておかないとダメじゃないか。悪い方向に誤解されちゃうよ」
「いや、そんな事言われても……。弟みたいな存在だったし、婚約者だなんて意識してなかったんだから無茶言うなよ」
「フレッド! お前、何を言っているんだ!」
アイザックは咄嗟にフレッドの胸倉を掴んで黙らせようとする。
これにはフレッドも、ギョッとした表情を見せた。
「いくらなんでも弟はないだろう。せめて妹と言え。可憐な女性に対して、そのような事を言うのが騎士を目指す男のやる事か?」
(お願いだから、反省してアマンダとやり直してくれ!)
アイザックは本気でフレッドの言動を咎めてはいない。
自分にとって都合が悪い事を言ったから、怒ったフリをして咎めているだけだった。
そのために、フレッドの弱点である騎士を持ち出して反省させようとする。
「そう……だな」
狙いは正解だった。
フレッドが悪い事をしてしまったと神妙な表情を浮かべた。
(よし、いいぞ! 反省しろ!)
このままフレッドが誠実な謝罪をし、アマンダが受け入れれば関係修復の第一歩となる。
アイザックにとって、最高の展開だった。
彼から手を放して、アマンダの方に向き直させる。
「アマンダ、弟みたいだなんて言って悪かった。でもさ、子供の頃って男だとか女だとか気にしてなかっただろ? 一緒に遊ぶ友達感覚だったんだ。今のお前だったら弟みたいになんて思わなかったよ。今のお前は可愛い女の子になっている。自信を持っていい」
(よっしゃぁぁぁーーー)
フレッドの謝罪は以前聞いたような内容だったが「可愛い女の子だ」の一言を引き出せた。
これはアイザックの勝利といっても過言ではない。
ガッツポーズをしそうになるが、この流れを邪魔したくはない。
心の中でポーズを取るにとどめて、黙って様子を見る事にした。
「だからさ、今のお前はアイザックとお似合いだと思うんだよ。アイザックなら大切にしてくれるだろうし仲良くしろよな」
(やっぱり止めておけばよかったぁぁぁーーー!)
アイザックは心の中で、先ほどあげた喜びの叫びとは真逆の悲痛な叫びをあげる。
「余計な事を言うな!」と殴ってやりたいところだが、そんな事をすればアマンダに「お似合いって言われるのが、そんなに嫌なんだ……」と思われてしまう。
アイザックの計画は一瞬で破綻してしまった。
(この野郎、アマンダを俺に押し付けようと企んでやがったな! 人畜無害のフリをしやがって!)
そのため、ついフレッドに騙されたのだと考えてしまう。
自分が人を騙す事ばかり考えているため、人の事も疑ってしまっていた。
フレッドは何も考えておらず、その場のノリで話しているだけだというのに。
「うん、まぁ……。昔の僕はあんまり女の子らしくなかったしね。女の子扱いされてないなっていうのはわかってたし、今更どうこう言うつもりはないよ」
先ほどとは違い、アマンダの言葉には少し温かさがあった。
どうやら「アイザックとお似合い」と言われて満更でもないらしい。
それに、アイザック自身にも「可憐な女性」と言われた事も影響しているようだ。
フレッドに「弟みたいな存在だった」と言われて気にしている様子はない。
むしろ、機嫌は良いようにすら見えた。
(……二人の仲を取り持とうとして、なんでこっちに流れ弾が飛んでくるんだ?)
この状況に「なんとかしなければ」とアイザックは焦る。
到底、黙って見過ごしておける状況ではなかった。
「フレッド。これまでの関係を変えるいい機会なんじゃないか? 家同士の関係は大切だぞ。一度アマンダさんと真剣に話し合って、今まで冷たくしていた事を謝ったりした方がいいよ」
アイザックは意地でも、フレッドとアマンダの仲を修復させようとする。
ここで気を付けるべき点は――
「アマンダさんと婚約しなおせばいいんじゃないかな」
――という内容の言葉を絶対に口にしないという事だった。
それを言ってしまえば、アマンダを傷つけてしまうだろう。
そんな事を言ってしまうくらいならば、直接「結婚する気はない」と言ってしまった方がマシなはずだ。
だが、アイザックはウォリック侯爵家とは良好な関係のままでいたい。
できるだけ自然な流れで、フレッドとよりを戻してくれるのが一番だった。
あとはフレッドの気持ち次第である。
「確かにアイザックの言う通りかもしれないな……」
(よしっ!)
フレッドも一定の理解を示してくれた。
アイザックは、本日二度目のガッツポーズを心の中で取った。
「でも、今は無理かな。実は俺さ……、ニコルさんの事が好きなんだ。まだ告白もしてないのに、他の女と仲良くしているところなんて見せられないよ。また今度な」
「そうか……」
彼は意外なほどあっさり「ニコルの事が好きだ」と打ち明けてきた。
――好きな相手と、仲良くできない理由。
この二つをはっきりと言われてしまっては、アイザックもこれ以上アマンダとの関係改善を強要できない。
やり過ぎてしまっては、アマンダを押し付けているように思われるかもしれない。
ここは慎重な対応が求められる場面だった。
「ニコルさん? それはダメだ」
だが、会話に加わってきた者がいた。
――チャールズだ。
フレッドが「ニコルの事が好き」と言ったせいで、彼は机二つ分離れた場所から首を突っ込んできてしまった。
(邪魔するな、空気読めよ……)
そう思っても、もう遅い。
ニコルの事というのもあって、チャールズが黙っているはずがなかった。
「フレッド君。君にはニコルさんを手に入れようとする覚悟があるのかい? 僕には――僕達にはあったよ。婚約者を捨ててまで、彼女に誠意を示した。ニコルさんも覚悟を高く評価してくれていたよ」
チャールズがフフフッと笑う。
フレッドは侯爵家の嫡男で、婚約者のいないフリーという立場。
他の者達よりも圧倒的に有利なのだが、何か勝算でもあるのだろう。
「まさか『危ないところを助けてあげたんだから俺と結婚しろ』なんて言わないだろうね。そんな無理強いをするならマーク先輩と同じだよ」
「当然だ。そんな恩に着せるような真似はしない」
「では、ニコルさんにどのようなアピールをするつもりなんだい? 僕達ほど、彼女の事を愛しているとアピールできるのかい?」
「それは……」
フレッドがアマンダの事をチラリと見た。
アマンダも彼の視線に気付いた。
そして、アイザックも気付いていた。
(マズイ、このタイミングでその視線はマズイぞ!)
どう解釈しようとも、好意的には取られないタイミングだ。
二人の関係の修復が望めないどころか、両家の争いにまで発展しそうな最低最悪の視線である。
両家が揉めるのも困るが、同じくらい困る事がある。
(ニコル関係の問題は、もう勘弁してくれよ。とっくの昔に別れているから婚約を解消するかどうかで揉める事ないんだしさぁ……)
ニコルが食い散らかした後片付けは、もううんざりだ。
仲良くできないのなら、せめて余計なちょっかいを出すのをやめてほしいところである。
婚約者だった事を思い出させたのはアイザックであるため「フレッドが馬鹿な行動をしないように注意する必要がある」という使命感もある事から、動く決意をする。
「フレッド。今の視線はなんだ? 失礼にもほどがあるぞ」
「いや、別に何かを考えたわけじゃないんだ。つい――」
「ついだと? お前は、ついで人を傷つける事を考えるのか? そんなんじゃあ最強にはなれたとしても、最強の騎士にはなれないだろうな」
アイザックは面倒事を起こそうとしているフレッドをきつく睨む。
その視線にフレッドがたじろいだ。
「そんな風に睨むなよ……。本当に何かをしようと考えたわけじゃないんだ。信じてくれよ。俺達は友達じゃないか」
「友達……ね。僕達って友達だったかな?」
「何を言ってるんだ! ちゃんと友達になっただろ? お前だって昔から俺の事をフレディって呼んでたじゃないか。俺と仲良くなりたかったんじゃないのか?」
「あれは君をからかうためだよ。それにマーク先輩の一件のあと、君が一方的に友達だと思いこんでいただけだろう?」
アイザックは、フレッドに反省させるためにも徹底的に突き放す。
一部、本音も混ざっているが、それはそれである。
「今、何を考えたのかはどうでもいい。問題は、君がこれから何を考えるかだ。もし、元婚約者のアマンダさんに何らかの被害を与える方法で、ニコルさんに覚悟を見せようとした場合……。ウォリック侯爵家だけじゃない。ウェルロッド侯爵家も敵に回す覚悟をするんだな。僕はアマンダさんを守るよ。それだけじゃない。騎士としての名誉を得られなくする。汚名を返上するチャンスすらも与えない。絶対にだ」
――つい先ほどまでは仲良く話していたのに、今では敵を見るかのような目で見られている。
アイザックの変貌に、フレッドは混乱していた。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ直感的な反応を見せただけで、アイザックとの友情が崩れ去ってしまった。
二人の関係がそれだけ脆く、儚いものだったなど彼は知らなかった。
自然と呼吸が荒くなる。
そんな彼の様子を見て、アイザックはフフッと笑う。
「馬鹿な事を考えず、実行しなければいいだけさ。それに君なら覚悟を見せる必要なんてないと思うよ。騎士らしく堂々と正面から愛を証明していけばいいと思うよ。姑息な手段は騎士にはいらない。違うかい? フレディ」
アイザックは、フレディの胸に拳を当てる。
殴ったわけではない。
ポンと軽く当てただけだった。
まるで友人に「自信を持て」というかのように。
またしても豹変するアイザックの態度に、フレッドは戸惑う。
だが、今回はホッとする事ができた。
今までの態度が、すべて演技だとわかったからだ。
現にアイザックは「フレディ」と呼んでくれた。
「あぁ、そうだ。俺はアマンダに何かしたりはしない。好きなんだから好きだと伝えるだけだ。……それにしても、お前の言葉はきついな。注意するにしても、もう少し軽くしてくれ」
「軽いと注意にならないじゃないか」
「そうだけどな……」
フレッドは大きな溜息を吐く。
思わぬところで緊張させられてしまい、その緊張から解放された安堵感によるものだ。
落ち着いたら、次にしないといけない事に気付く。
「アマンダ、俺は本当にお前をどうこうしようとは考えていない。婚約者の話になって、つい見てしまっただけだ。けど、嫌な思いをさせたんなら謝る。すまなかった」
「気にしてないからいいよ。フレッドがどういう人かはわかってるから」
「悪ぃな」
フレッドは「アマンダに許された」と思って笑顔を見せるが、実際は許されていない。
アマンダには彼に今まで婚約者と思って対応された覚えなどない。
「悪意はないものの、失礼極まりない男だとわかっている」という意味で、彼女は答えていた。
「そろそろ教室に戻るよ。アイザック、フェリクスさんが戻ってきたら会わせてくれよ。あとカービー男爵ともまた会わせてくれよな」
「検討だけしておくよ」
アイザック達は、フレッドが教室を出ていくのを見送る。
これで一件落着――とはいかなかった。
まだ残っている問題がある。
アイザックはその問題の前に立った。
「チャールズ、君はティファニーに酷い事をした。なのに、君が無事なのは何故だと思う? 僕が君を普通のクラスメイトとして対応しているのは何故だと思う? 他のクラスメイトが僕に気を遣って、君を無視したりしないのは何故だと思う? 学生生活に支障がないのは何故だと思う?」
「何故だと思う?」と言う度に、チャールズに顔を近づけていく。
彼は圧迫感を感じてのけ反るが、アイザックはその分だけ近付ける。
「全部ティファニーのためだ。ティファニーが君の事を忘れられないというから、よりを戻した時に元通りになるようにするためなんだよ。彼女自身も君への苛烈な報復を望んでいないからね。だけど、彼女と別れた事を誇らしく公言する事までは僕が許さない。もう二度と言わないでくれ」
「言ったらどうするというんだ? また殴るのか?」
「違う、そんな事はしない」
アイザックはかぶりを振り、暴力的な手段を取ったりはしないと意思表示をする。
だが、もっと残酷な事をするつもりだった。
「アダムス伯に頼むさ。半年ほど自宅で謹慎させてくれとね。ニコルさんがバレンタインデーにプレゼントを渡したのは誰か? その知らせを家で聞く事になるだろうね」
「くぅ……」
チャールズの顔が大きく歪む。
彼にとって、それは絶対に避けたい最悪の状況だった。
ニコルの心が自分にあるとわかっていれば、動揺などしなかっただろう。
だが、彼女の心が誰にあるのかわからない。
ライバルが大勢いる状況で、彼女と会えなくなるのは危険だ。
そして何よりも、ニコルと会えない時間が辛い。
アイザックの脅迫は、チャールズの弱点を突いていた。
もっとも、アイザック本人には難しいものではなかった。
チャールズがニコルに執着している事はわかりきったもの。
「引き離すと言えば嫌がるだろう」というのは、深く考えるまでもないものだった。
「チャールズ、君に多くは望まない。せめてティファニーの事を直接的、間接的問わず軽んじるような事だけは言わないでくれ。そうすれば邪魔はしない」
「……わかった。約束しよう」
ニコルの名を出されたら、チャールズも引き下がるしかない。
ティファニーと別れた事を誇らしく語らないと約束する。
(なんだよ、こいつは。話し合いをした時は、もうちょっとまともそうだったぞ。今のこいつは知性のない獣側じゃないか。ニコルの魅力は恐ろしいもんだな)
チャールズの事を、アイザックは冷静に見ていた。
『人と獣の違いは知性を有しているか否か。フフフッ、君はどちら側かな』は彼の決め台詞である。
自ら人ではない事を証明している彼に憐れみすら感じていた。
「ならいい。あと、他の人をそそのかすような事もやめた方がいいよ。そそのかした相手の家が君に仕返ししようとするかもしれないからね」
彼はニコルの逆ハーレム要員になってもらうのに必要なので、本当に妨害をする気などない。
周囲にちょっかいを出すなと釘を刺して自分の席へ戻る。
椅子に座ろうとしたアイザックに、アマンダが話しかけてきた。
「やっぱりアイザックくんって優しいんだね」
彼女の方を見ると、頬を染めて目を輝かせてアイザックを見ていた。
嫌な予感がする。
「男の子に守るって初めて言われたよ。……こんなに嬉しいものだったんだね」
「あ、いや、それは……」
――違う!
そう言いたかった。
本当は「面倒事に巻き込まれたくなかったから、フレッドに釘を刺しただけだ」と。
(なんで? なんでこんな事になるんだ……。俺はフレッドと仲直りさせようとしていただけなのに……。フレッドだ! あの天然野郎のせいだ!)
こうなったのも、フレッドがアマンダに「アイザックとお似合いだ」と言ったせいである。
だが、元はと言えばアイザックが二人の仲を修復させようとしたせいだった。
しかし、アイザックは「フレッドにしてやられた」という思いで頭の中が一杯になっていた。
アイザックは、計算できない相手だからこそ厄介だという事を思い知らされる。






