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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第十四章 王立学院三年生前編 十七歳~十八歳

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373 十七歳 たとえエリアス陛下の呼び出しでも

 マットとジャネットの見合いから二週間が経った。

 今もフォスベリー子爵は、マットがダメだった時に備えて、更なる婚約者候補を探し続けていた。

 謝意を示すためなので「マットで決まりだろう」と安心して手を抜いたりはしない。

 周囲の冷ややかな反応にもめげずに頑張っていた。

 ウェリントン子爵に詫びようという気持ちは本物だった。


 マットは週末になると、ジャネットとデートをしている。

 お互いを知るためには、お喋りだけではいけない。

 街中を歩き、目に入ったものの感想を話したりして、お互いの価値観を知ろうとしていた。

 これは良い事なのだが、アイザックにとっては裏切られた気分だった。


(あの年で独身だから、絶対にこっち側(モテない側)の男だと思っていたのに!)


 ――アイザックの考えは間違っていた。


 マットは呪われていたのだ。

 そして、呪いが解かれたあとは、アイザックに命を捧げていた。

 今までは結婚しようと思わなかっただけで、できなかったわけではない。

 凄腕の傭兵だったという事もあり、近寄ってくる女も多かった。


 ――同じ独り身でも「モテていても付き合わなかった」と「モテなくて付き合えなかった」の違いは大きい。


 アイザックが勝手に同類だと思っていただけで、マットはモテる男だったのだ。

 勝手に思いこんでいたからこそ、アイザックは焦る。


(俺だって今はモテるんだし、やればできるんだ。マットに負けていられないな)


 モテたのが意識して行動したものではないのが気になるところだが、そんな事を気にしても仕方がない。

 今世では女の子に好意を向けられているようになっている。

 という事は、アイザックもモテる男として行動してもいいはずである。

 少なくとも「また今度」と、いつになるかわからない期待できない約束をされる事はないはずだ。


 アイザックも行動しようと決めると、早速動いた。

 週末の朝、食後のお茶を飲みながらリサに話しかける。


「リサ、今日は予定ある?」


 当然、誘うのはリサだ。

 これは「婚約者だから」であって「誘っても断られないから」という弱気なチョイスをしたわけではない。

 今年は王都に残っていたが、これまではダミアンのせいでゆっくりとした時間を過ごすどころではなかった。

 ジャネットがマットと付き合い始めたのなら、もう彼女を心配する必要はない。

 自分の時間を過ごしたっていいはずだ。


「特にはありません」


 予定を聞かれたリサは、不思議そうにしながら答えた。

 しかし、心の中では期待が湧いて出てきている。

 彼女も、そろそろデートに誘われてもいい頃だと思っていたからだ。


「じゃあ、今日は二人で出かけようか。せっかく今年は王都にいるのに、一緒に行動する事がなかったしさ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんだよ」


 デートに誘うと、リサは嬉しそうな顔を見せる。

 こうして喜んでくれると、アイザックも嬉しくなる。


 この時アイザックは、ブリジットが「私も!」と言いたそうな複雑な表情を浮かべている事に気付いた。

 しかし、彼女もリサがアイザックと過ごせる時間が少なかった事を知っている。

 二人の時間を邪魔しないように我慢してくれているのだろう。

 アイザックも「一緒に行く?」と聞いたりはしない。

 彼女が自制心を動員して我慢してくれているのだから、今回はその気持ちに甘えるべきだ。

 何かお土産を買って帰えればいいだろうと考えるだけだった。


「平日は花嫁修業で大変なので、休日くらいはいいですよね?」


 アイザックは、マーガレットに許可を求める。

 さすがにここで「ダメ」とは言わないだろうとは思っていたので、断られるとは思っていない。


「いいわよ。いってらっしゃい。休んだ分、また頑張ってもらうから」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 リサは今後の事を考えて怯えていた。

 花嫁修業も大事な事だとはわかっている。

 ルシアと違って第一夫人ではないからマシなものの、それでも男爵家の娘が公爵夫人になるのは大変な出来事だった。

 公爵夫人として、他家の夫人に気圧されないようにしておかねばらならないからだ。

 しかし、リサもいくらかは学んでいるとはいえ、マーガレットは生粋の侯爵家育ち。

 彼女の更なる指導がどんなものになるのか、どんなに厳しいものになるのかを考えて、リサが怯えてしまっても仕方ないのかもしれない。

 怯えながらも逃げようとしない彼女を見て、アイザックは喜ぶ。


(逃げずに学ぼうという姿勢を見せてくれているのは嬉しいな。それだけ、結婚したいって思ってくれてるって事だし)


 逃げようと考えたりしないのは、それだけアイザックの妻になる事を真剣に考え、現実に向き合おうとしてくれているという事だ。

 それがわかったので、アイザックもリサにできるだけの事をして報いてやろうと思う。

 アイザックが「今日はどこに行こうかな」と考え始めると、ノーマンが近づいてきた。

 なんとなく嫌な予感がする。


「歓談中、失礼致します。閣下、王宮より使者が到着致しました」


(やっぱりか!)


 嫌な予感は的中した。

 普段ならかまわないが、今日はダメだ。

 せっかくリサが喜んでくれたのに、それをぬか喜びにさせるわけにはいかない。


「陛下が会見をお望みだそうで――」

「断ってくれ」


 ノーマンの言葉を、アイザックは遮った。

 例えエリアスと言えども、リサと過ごす時間を邪魔させるつもりなどなかった。


「いえ、閣下。それは――」


 アイザックが断るように命じたが、ノーマンは食い下がろうとする。

 だが、アイザックは断るという気持ちで固まっていた。


「今日はリサと過ごすと決めたんだ。陛下の命令を拒否する権限を使わせてもらうよ」


 アイザックは、女性をデートに誘うという冒険を前にして感情的になっていたのかもしれない。

 意地でも断ろうとしてしまう。


「アイザック……。気持ちは嬉しいけれど、あとで怒られるから行った方がいいわ。私の事はいいから、陛下のところへ行ってちょうだい」


 しかし「一緒に過ごしたい」と言われたリサ本人が、アイザックの態度に一番困惑していた。

「陛下の呼び出しを断ってまで、自分と過ごしてくれて嬉しい」という思いよりも「私のために陛下の呼び出しを断るなんてとんでもない」という恐怖の方が上回っていたからだ。

 リサも、エリアスより自分を優先してくれるアイザックの気持ちはありがたい。

 エリアスと天秤にかけられるなんて経験は、他の誰も経験できない体験だ。

 ありがたいが、それはありがた迷惑という領域にまで達していた。

 これはリサだからというのではなく、マーガレットでも同じように感じていただろう。

 それが普通の感性だった。


「たとえ陛下の呼び出しでも、今日は邪魔してほしくない。リサは今までケンドラのお守りをしてくれていた。ケンドラを寂しがらせないでいてくれたんだ。今度は僕がリサを寂しがらせない番なんだからね」


 だが、アイザックは気にしなかった。

 今の自分にできる権限を使って、リサとの時間を過ごそうとしていた。


 ノーマンもアイザックの強硬な態度に戸惑ってはいたが、彼も昔のままではない。

 モーガンやウィンザー侯爵の手伝いをしているおかげで経験を積んでいる。

 自分の役目を果たすために努めて冷静な対応を心掛けていた。

 今も覚悟を決めて、アイザックに進言しようとしている。


 ――例え、どんなに酷な現実をアイザックに突きつける事になろうともだ。


 自重する事が秘書官の仕事ではない。

 主君に伝えるべき事を伝えるのが仕事なのだから。


「閣下、使者からは『話をしたいから、都合のいい日を教えてほしい』という内容の話を伝えられています。本日でなくともよろしいでしょう。ただ、できれば早めに会いたいとの事です」


 ――彼の報告で食堂に気まずい沈黙が訪れた。


 アイザックが遮ったノーマンの話には続きがあった。

 エリアスも「アイザックを軽々しく呼び出すのはマズイ」と思い、予定を聞いてから会おうとしていたのだ。

 リサのために格好をつけたものの、それは勇み足に過ぎなかった。

 自室に逃げ込みたくなったが、それでは何も解決しない。

 この場に残り、状況を乗り切る事しかアイザックには選択は残されていなかった。


「……そ、そうか。じゃあ、来週の予定はどうなってる?」

「変更不可能な予定はございません」

「なら来週以降、陛下と都合の合う日で調整してくれ」

「かしこまりました」


 恥ずかしくなったアイザックは、何事もなかったかのように話を進める。

 ノーマンも心得たもので、アイザックに平然と話を合わせた。

 王宮で学んだ成果が出ているようだ。

「でも断るんですよね?」と聞き返してこなかったので、アイザックは助かった気分だった。


「じゃあ、決まったら教えてくれ。さて、リサ。どこに行きたい?」


 そして、アイザックもノーマンに負けてはいない。

 失言をいつまでも引きずらず、気を取り直して話を戻した。


「えっ、どこって……。うーん」


 残念ながら、リサはこの流れについていけなかったようだ。

 話を振られて、慌てて考え出す。


 彼女が考えて出した結果は――


「アイザックに任せるわ」


 ――というものだった。


 これにはアイザックも、先ほどの事以上に困った。


(やっべー、どうしよう。これって……、難問だよな)


 ふと、前世で母に「今晩何食べたい?」と言われた事を思い出す。

「なんでもいいよ」と答えると「なんでもいいっていうのが一番困る」と返された。

「自分で考えろ」というのは、時として難しい選択をさせる事になる。

 今回のアイザックも、難しい選択を任される事になってしまった。

 前世では、何が食べたいかをもっとはっきりと伝えてあげておけばよかったと後悔する。


「……どうしたの?」


 考え込むアイザックを不審がって、リサが尋ねてくる。


「いや、女性にそう言われる時ってさ。『私をどこに連れていくかで、私をどれだけ大事にしているのか。あなたのセンスがどういうものかを見せてもらいます』って意味だよね? 難しい問題だなと思ってさ」


 これはアイザックが前世の妹から聞いた事だった。

 母の事を思い出したついでに、妹が話していた事も思い出していた。

 しかも、思い出さなかった方がいいタイプの話を。

 この話が頭をチラついたせいで、リサをどこに連れて行くのかを迷ってしまっていた。


「えぇ、どこでそんな話を聞いたの!? いくらなんでも考え過ぎ! どこに行きたいか思いつかなかったから、アイザックの行きたいところでいいと思っただけ。本当にそれだけなのよ」


 アイザックの深読みに、リサが慌てて否定する。

 そんな彼女から、アイザックは焦りを敏感に感じ取っていた。


「でも本当は?」


 リサの目を見て、アイザックは問いかけた。


「……ちょっとだけ、ちょっとだけどこに連れて行ってくれるのかなぁって期待していました」


 世間では、すべてを見抜くと言われているアイザックの目だ。

 リサも誤魔化すのは無理だと観念し、素直に白状する。

 アイザックは、そんな彼女を責めたりしなかった。

 誰でも多少は考える事だろうと思っていたからである。


「やっぱりそうだよね。二人で出かけるなんて、今までまったくなかったし期待するよね……」


 だが、アイザックもいい案などない。

 まずは軽めの場所を選びたいところだが、この世界には映画館やカラオケボックスなど存在しない。

 どこに連れていけばいいのかわからなかった。

 まだ残っていた既婚者のノーマンをチラリと見て助けを求める。


「リサ様はノイアイゼン製の装飾品はお持ちですが種類は少ないはずです。公爵夫人として、いつも同じものを身に付けてパーティーに出るわけにはいきませんので、買い物などはいかがでしょうか?」

「うん、その通りだ。今日はショッピングにしようか。リサの好みもわから――」


 そこまで言葉にして、アイザックは固まった。


(そうだ。俺はリサの好みも知らない。これで婚約者だなんて言えるのか?)


 昔のリサの好みならわかる。

 しかし、アイザックは今のリサの好みを知らなかった。


 ――学生になり交流が広まり、成人してから周囲にどんな目で見られるのかを意識し始める。


 いつまでも子供の頃と同じままではいられないはずだ。

 大人になって嗜好も変わっているだろう。

 リサの変化を、アイザックは知らなかった。

 普段はとりとめのない会話をしているだけで、改めてお互いを知ろうとはしなかった。

 子供の頃から、お互いの事をよく知っていたからだ。

 だが、リサが学生になってからは離れ離れになっている時間も長くなった。

 今のリサ(・・・・)を知っているかと問われれば、知らないと答える事しかできない事にアイザックは気付く。


「……そうか、僕はリサの好みすらわからないんだ。卒業してから今までずっとケンドラの世話をしてくれていたからというのは言い訳にならない。今のリサの事をよく知るべきなんだ」

「ア、アイザック?」


 突然しょんぼりとしたアイザックに、リサだけでなくこの場にいた者達が心配そうな視線を向ける。

 彼らの心配を吹き飛ばすかのように、アイザックは笑顔を見せた。


「僕も今の自分の事を教えるからさ、大人になった今のリサの事を教えてよ。子供の頃とは趣味や好みも変わってるだろうし、ちゃんと今のリサを知っておきたいんだ」

「え、ええ。ええ、もちろん。お互いの事を知っていきましょう」


 エリアスの誘いを断ろうとしたのはリサも驚いたが、自分との関係を重要視してくれているのだ。

「ちょっと愛が重いタイプなのかな?」と感じたが、愛されている分には彼女も悪い気はしない。

 今まで離れ離れだったので、二人の距離を縮める事に関して、リサに異存があるはずがなかった。


「じゃあ、今日は買い物に出かけよう。そのあとは、街中をぶらつきながら話でもしようか。目に入ったものを話のネタにすれば、様々な種類の話ができるだろうしね」


 ――街中をぶらつきながら話のネタを探す。


 これはマットが話していた会話術だ。

 共通の話題があるかどうかわからない相手。

 しかも、異性の場合は街中をぶらつくのが一番だと彼は言っていた。

「あの犬が可愛い」という何気ない言葉からでも、相手の好みを探るきっかけになる。

「聞いた側が、きっかけから会話を膨らませる事ができる」という事が前提ではあるが、マットの言っている事は間違ってはいない。


 模倣は上達への近道である。

 アイザックは、マット(モテる男)の真似をしようとしていたが、実際に真似ができるかは別問題である。

 年上のリサがリードできればいいのだが、彼女も恋愛経験がない。

 だがその分、二人で手を携えて成長していけるチャンスでもある。

 夫婦として共に歩み始める第一歩として、今回はいい機会だった。

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― 新着の感想 ―
初々しい…………。 んだが、キミ、前世も足したらマットより年上だろう!? それでいいのか、アイザック!?
[一言] ◯◯「甘い!武術の伝承とは模倣から始まるのだよ」
[一言] 初々しくてニヨニヨしますw こういったことは、変に背伸びをしないほうが良いと思いますよ。
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