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いいご身分だな。俺にくれよ。 作者:nama

第二章 継承権争い -準備編- 五歳~六歳

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 モーガンとランドルフは、書記官を呼んでアロイスと細かい打ち合わせをしている。
 さすがにリード王国側の法律と、エルフの慣習などの問題になりそうな点のすり合わせには混ぜて貰えなかった。

「そういえば、ブリジットさんは松茸を食べていました。けど、エルフの方はどんな普段どんな物を食べてらっしゃるんですか?」

 手が空いたからといってボケっとしているわけにはいかない。
 客に暇な思いをさせないのも、ホスト側の役目である。
 子供だからといって、客を放置しておくわけにはいかない。
 アイザックはマチアスに話を振る。
 食べ物の話を振られたマチアスは、アイザックにニヤリと笑う。
 少し嫌な気配だ。

「おぉ、食べ物に興味があるか。持って来たから食べてみるといい。クロード、荷物をここに」

 護衛として付いて来ている者が一人、ピクニックに持っていくようなバスケットをテーブルに置く。

「好きに食べていいぞ」

 マチアスがバスケットを開くと、アイザックは絶句した。
 少なくとも、前世でも今世でも食べた事のない物ばかりだ。
 アイザックは串を一つ指差す。

「これはイナゴの串焼き……、ですか」
「そうだ、よくわかったな。精がつくだけではなく、稲を食べるイナゴを減らせる一石二鳥の食べ物だ」
「な、なるほど……」

(佃煮でもグロいのに、素焼きって……。昆虫食は栄養価が高いと聞いた事があるけど、さすがにこれは無理だ)

 アイザックはそっと視線を外す。
 だが、そちらにも蛆虫のようなものがうごめいている。
 吐き気を催す惨状にアイザックの体が固まってしまう。

「そちらは蜂の子だ。……どうした? エルフの食べる物は口にできんか?」

 マチアスの視線が少し険しくなったように見える。

「いいえ。こういうのを食べる地域もあるというのは知っています。ですが、初めてですのでちょっと様子を見ているだけです」

 日本にもこういう料理があるというのをどこかで見た記憶がある。
 食べられない事もないだろうと思い、アイザックは我慢して蜂の子を一匹手に取った。

(あぁ、クソッ。ガキの頃は平気で虫に触れたのになぁ……)

 今も子供なのだが、どうしてもそんな事を考えてしまう。
 どんな物でも手に触れて、口に入れてしまえる本物の子供が羨ましくなった。
 蜂の子を目の前まで持って来て凝視してしまう。

「人によって好き嫌いの分かれる物だ。別に食べなくてもいいぞ」

 そんなアイザックの様子を見て、クロードと呼ばれた三十歳前後の男のエルフが助け舟を出してくれた。
 元々美男美女揃いのエルフ。
 その中でも、助けてくれたヒーロー補正でクロードが最高のイケメンに見えた。
 だが、アイザックは首を横に振る。

「いいえ、食べます」

 本当なら「そうですね、やめておきます」と言いたいところだ。
 しかし、今はそれはできない。
 正式に交流をし始める話をしているところだ。
 そこで、相手の食文化を否定するような真似はできない。
 これは前世で、公務員をしていた父親の影響だ。

『国内外問わず、独自の食文化を持つ人達との交流では、相手が用意した食事を食うのが一番受け入れられやすい』

 そういう考えで、普段食べ慣れない物でも平気で食べて来たと話していた。
 あまり仕事熱心ではない父だったが、こういうところは尊敬のできる父であった。

 エルフとの交流も、これを食べた方が短気的にも長期的にも上手くいくだろうと思われる。
 アイザックの頭の中では”食べない”という答えは選ばれなかった。
 誰よりもエルフの力が欲しいのは自分自身なのだから。

「アイザック。何を食べようとしている」

 だが、そこでアイザックの様子がおかしいのをランドルフが気付いた。
 手に虫の幼虫を持ち、口に入れようとしているところでだ。

(親父に止められる)

 そう思うと、思わず蜂の子を口の中に放り込んでしまった。
 本当は止めて欲しかったが、相手の食文化を尊重するという意味では止められたくない。
 こうして、同じ物を食す事で仲間として認められたかったのだ。

「お、おい……」

 だが、ランドルフはドン引きだ。
 小さい時も、おもちゃなども口に入れたりしなかったアイザックが虫を食べた。
 その驚きは計り知れない。

「エルフの方々はこういうものを食べているそうです。エルフの食文化を理解し、お互いに尊重し合うために食べてみただけです」

 アイザックは父に説明するが、その間にも口内に甘みが広がる。
 いっそゲロのような味の方が嬉しかった。
 甘みのせいで、よけいに吐き気を誘っているような感じだ。
 それでも、アイザックは気合で我慢した。
 何度か噛んだあと、お茶で流し込む。

「甘みがあるのでデザート向けかもしれませんね。マチアスさんも一緒にどうですか?」
「えっ、嫌じゃよ。そんなの」

 自分が食べたから、相手にも勧める。
 普通の事だ。
 しかし、マチアスの返事は普通ではなかった。

「えっ? あの……。えっ?」

 あまりの出来事にアイザックは思考が追い付かない。
 それはランドルフも――いや、いつの間にか様子を見ていたモーガンとアロイスも凍り付いている。
 アロイスなど、一瞬の内に顔が青ざめていた。
 アイザックは重要人物だ。
 交流のきっかけを作ったというだけではなく、隣接する領地の領主の孫。
 マチアスのしでかした事に”どう謝れば良いのか”と考えを巡らせていたが、どうしようか迷うばかりだ。

 そんな状況で、最初に動いたのはクロードだ。
 彼はバチンとマチアスの後頭部を平手で強く叩いた。

「痛っ! クロード、お前。おじいちゃんになんてことをするんだ」

 叩かれたマチアスは怒る。
 だが、クロードの方が怒っていた。

「子供相手に食べなきゃいけないような空気を作ったからですよ! だから、食べないで良いって言ったのに」

 後半はアイザックに向けて言っていた。
 そして、クロードは蜂の子を一掴み口の中に放り込む。

「俺達は普通に食べる。だが、ウチの爺様は人間と暮らしていた時間が長いせいか、食事の好みが人間よりなんだ。この食い物は無理矢理食べさせるためじゃなく、俺達はこういう物も食べているという参考のために持って来ただけなんだ。食べさせて悪かったな」

 どうやら世代によって抵抗感の有無があるらしい。
 アイザックは”それもそうか”と思った。
 マチアスのように長生きしている者は、平和な時代に人間達と暮らしていた期間の方が長い。
 エルフ達が普通に食べる物とはいえ、好き嫌いがあってもおかしくはない。
 ただ、自分が嫌いな物を人に食べさせるのはどうかと思われる。

 クロードが説明し終わると、他のエルフ達も空気を読んで食べ始めた。
 彼の言葉が嘘では無いと証明するためだ。

「私は足のところの食感が好きだな」

 ブリジットも可愛い顔をして、平気でイナゴを食べている。
 足を千切って、少しずつ齧っている姿を見て、アイザックは吐き出しそうになっていた。

(いくら可愛くても、絶対キスしたくねぇ……。いや、求められたらするかもしんないけどさ)

 もしかしたら、この世界の人間も普通に虫を食べているのかもしれない。
 しかし、この場にいるのはそういった物の経験が無い者ばかり。
 アイザック以外の者達も、平気でイナゴや蜂の子を食べる姿に、どうしても距離感を感じてしまっていた。

「そ、それじゃあ……。マチアスさんは自分が食べないのに、なんで僕に勧めたんですか?」

 アイザックは非難がましい目でマチアスを睨む。
”食べないのか?”と圧力をかけられた事を根に持っていた。

「ちょっとした悪戯心だ。本当に食べるのかなーと思ってな。痛っ」

 あまりにも酷い理由に、クロードがもう一度マチアスの頭を叩く。

「爺様はそうやって大事な場面でふざけるから、イマイチ信頼感が無くて今まで村長とかにも選ばれなかったんだよ!」
「今、そんな事を言う必要ないだろう! 大体ワシは長老だ!」
「長く生きているってだけだろう! それに、今こんな事をしでかした時に言わないで、いつ言うんだよ!」

 二度も頭を叩かれた痛みからか、マチアスも強く言い返す。
 段々とヒートアップしていき、二人は口論となった。
 どうしていいかわからなくなったアイザックは、二人を放置してランドルフの元へと向かう。

「アイザック、大丈夫か? 食べるなとは言わないが、まずは毒見をさせてからにしなさい」

 まずはランドルフが心配そうに具合を訊ねた。
 毒を持った虫だったりしたら大変な事になる。
 軽率な行動を取ったアイザックを叱るより、その身が心配だった。

「体は大丈夫です。それよりも、取り決めは全て決まってしまいましたか?」

 吐きそうな気分ではあるが、それはイナゴの串焼きを食べている姿を見た事の影響が大きい。
 それよりも、マチアスとのやり取りで思いついた事がある。
 その事を提案したいという思いの方が強かった。
 少し口の中が酸っぱくなっているが、歯を食いしばって我慢していた。
 アイザックが気持ち悪そうにしているが”本人が優先した事があるなら”と、ランドルフはアイザックの質問に答える。

「いや、大体は決まっているが、調印にまでは至っていない。何かあるのか?」
「はい、あります。一人か二人で良いんです。お互いの文化を理解し、教え合う事ができるように屋敷に来てもらえばどうでしょうか? どこまでが本気か嘘かわからないようないい加減な人ではなく、真面目な人がいいですね」

 これはマチアスが気付かせてくれた事だ。
 食文化だけではなく、他にも礼儀作法や倫理観といったものも異なるはずだ。
 日常生活を通して、そういった差異を炙り出していく。
 こういった事は早ければ早い方が良いはずだ。

 ついでに傘下の貴族達に見せびらかして”アイザック様がエルフを連れている”と、評価を上げられたらなぁと考えている。
 家のためにもなり、自分のためにもなる。
 悪く無い考えだと思っていた。

「なるほど。駐在大使みたいなものか……。検討の余地はあるな」

 人間同士であっても、住む地域が違えば考え方や習慣も違う。
 だから、相手の国に人を送り込み、その国の風土や気質を理解しようとする。
 相手を知るという事は、相手の領域に踏み込むという事。
 怖がり過ぎて距離を置くよりも、一歩踏み込んだ方が良い結果が残せるかもしれない。
 これはエルフにも適用するべきだろうと、ランドルフにも受け入れられた。

「その事は提案しておこう。アイザック、あとは任せろ。お前はこの後の入札に備えて、準備ができているか様子を見てこい」

 出席者もエルフに物を売る為に揃っている。
 エルフの会談後には、保護者同伴の上で入札も行う予定だ。
 どんな風にやっているのか気になっているらしい。
 その準備の様子を見て来いという。

「えっ、でも……」

 アイザックはマチアスとクロードの方を見る。
 口論は終わっているが、顔を突きつけ合わせて睨み合っている。
 今にも殴り合いの喧嘩でも始めそうな雰囲気だ。
 自分がきっかけなので、それを放置して部屋を出て行くのは、さすがに気が引ける。
 だが、ランドルフはアイザックを出て行かせようとする。

「大丈夫だから。なっ」

 ランドルフは何度かウィンクをして、アイザックに何かを知らせようとする。

(俺を出て行かせたい理由……。あっ、そうか!)

 アイザックは”気分が悪いなら、理由を付けてやるから食べた物を吐き出してこい”と、合図してくれている事に気付いた。

「そうですね。ちょっと様子を見て来ます。それと、ついでにトイレにも寄ってきます」

 アイザックも「わかった」とウィンクをする。
 それにランドルフもウィンクで答えた。
 前世の記憶があるとはいえ、血の繋がった親子。
 この程度の意思疎通はできる。

「ああ、ゆっくりでいいぞ」
「はい、ありがとうございます。あとはお願いします」

 一言礼を言ってから、アイザックは退出する。
 ドアのところで振り返ると、ランドルフがマチアスとクロード仲裁をしようとしていた。
 それを見て、アイザックはホッと溜息を吐く。

(いやいや、ホッとしてどうする。上を目指すなら、ここは俺が自分で仲裁に入るべきところだっただろうが!)

 アイザックは面倒臭い事から、嬉々として離れようとしてしまった自分を責めた。
 こういった時に、人間の本質が現れてしまう。
 自分の未熟さに気付き、恥じ入るばかりだ。

 そして、アイザックを気遣い、平然として嫌な仕事を引き受けたランドルフの事を見直す。
 離れたところから見ているのに、父の背中がいつもよりも大きく、頼もしく見えた。
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