356 十七歳 パメラへの言い訳
アイザックは、さっそく他家の十歳式に出席すると返事を送った。
ウィンザー侯爵家だけではなく、もちろんウォリック侯爵家とウィルメンテ侯爵家にもだ。
招待状が送られたのに、深い意味はないとわかっていたからだった。
今のアイザックは有名人である。
――国際大会で活躍したスポーツ選手や、偉大な発明をした科学者。
そういった者達のように、ゲストとして呼びたいと思われているだけだ。
「自分達はアイザックを呼ぶ事もできるんだぞ」と示す事で、アイザックとの関係を誇示したいのだろう。
アイザックとしても、彼らとの関係の深さを証明できるいい機会だと思っていた。
利用すれば利用するほど深みにはまる。
彼らが利用したいのなら、利用させればいい。
こちらも利用するだけなのだから。
最初に出席したのは、ウィルメンテ侯爵家のパーティーだった。
開催日がウェルロッド侯爵家のすぐあとだったからだ。
一応は親族となる予定でもあるので、顔を出すハードルも低い。
フレッドの存在は鬱陶しいが、意外な事に子供達の前では大人しかった。
騎士を目指す者として、子供の前で醜態は晒せないと思ったのだろう。
アイザックに絡んでくる事はなく、子供達から尊敬の視線を集めるアイザックを、終始羨ましそうに見ているだけで終わる。
彼の態度が変わったのは、お土産を渡した時だった。
アマンダにはお土産を渡しており、パメラにもお土産を渡す予定だ。
そこで、ウィルメンテ侯爵家にも贈り物用に買っておいた槍と剣をお土産として渡す事にした。
ドワーフ製の剣を見たフレッドは「お前、良い奴だったんだな」とアイザックの肩を叩くほど喜んだ。
ちょろい男だが、それだけにニコルとどういう関係になるかが気になるところである。
アイザックにとって、心理的なハードルが最も高かったのはウォリック侯爵家のパーティーだった。
ウォリック侯爵家には、当然アマンダがいる。
彼女の切実な願いを聞いてしまっているだけに、学院以外で顔を合わせるのは気まずかった。
しかし、彼女も余計な事は言わなかった。
今はアイザックの隣に座れるだけで満足といった様子を見せるだけ。
問題は、ウォリック侯爵の方にあった。
挨拶にきた子供達が――
「エンフィールド公とアマンダ様はお似合いです」
「エンフィールド公みたいなお方の下で働きたいです」
――と口々に言ってくるのだ。
誰の仕業かバレバレである。
アイザックが出席すると聞いてから、子供達がこう言うように仕向けたのだろう。
鬱陶しい事、この上ない。
アマンダの努力を台無しにしているようにしか、アイザックには思えなかった。
事実「義父にすると面倒だろうな」と思ってしまっているので、ウォリック侯爵のやり方は逆効果でしかない。
アマンダだけに任せておく方が、まだいい結果が出たかもしれない。
両家のパーティーに出たあと、アイザックは本命のウィンザー侯爵家のパーティーに挑む事になった。
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早くパメラに会いたいという思いからウィンザー侯爵家に早めに到着してしまった。
だが、ウィンザー侯爵家の面々は嫌な顔をせず出迎えてくれた。
パメラへのお土産は、ウィンザー侯爵家へのお土産として渡す。
直接渡す理由がないからだ。
あとで「あれはパメラへのお土産だった」とこっそり言うつもりだ。
「エンフィールド公、よくおいでくださいました。素晴らしいお土産までいただき、感謝の言葉もありません」
「いつも祖父がお世話になっておりますので。それに、ノーマンも。ウィンザー侯からのお誘いであれば、いつでも喜んでお受け致しますよ」
「陛下も仰っておられたように、エンフィールド公は近い将来、要職に就かれる事になるでしょう。宰相もその一つです。私が引き継ぎをできればいいのですが、できない状態になっている事も考えられます。リード王国のため、万が一の事を考えてノーマンに教えているだけですよ」
「それでもです。宰相の秘書官などという経験は得難いもの。彼の成長の助けになるでしょう。感謝しております」
まずはウィンザー侯と軽く挨拶を交わす。
アイザックの背後に立っているノーマンが申し訳なさそうに小さくなっていた。
宰相の秘書官という役割を期待されているとはわかっていたが、改めて言われると緊張してしまうからだ。
アイザックは、ウィンザー侯爵家の面々と順番に挨拶をする。
当然、パメラとも。
「エンフィールド公と会う事ができて、子供達もきっと喜んでくれる事でしょう」
「だといいのですが……。あまり自信はありませんね」
アイザックとしては、パメラに喜んでほしいところだった。
だが、本人を前にしてからある事に気付く。
(あれ? 俺と会いたくなくて、避けていたのなら……。家にまでやってくるって、かなりウザイ奴なんじゃないか?)
話がしたい一心で行動しただけだが、なにか間違いを犯してしまったような気分になってしまう。
「他家のパーティーで話された内容は噂で聞いております。きっと子供達だけではなく、家族も喜んでくれますよ」
パメラの母であるアリスがフォローする。
これは本心だった。
しかし、アイザックはパメラに喜んでほしかったのだ。
フォローするポイントが少しずれてしまっていた。
「それはそれで期待が重いですね。話の最中に緊張して噛んで笑われないように気を付けませんと」
だが、アイザックはアリスの話に乗った。
とりあえず、思い浮かんだ嫌な考えを吹き飛ばすためだ。
アイザックの言葉を軽いジョークだと思った者達が笑みを見せる。
ドラゴンを前に雄弁を振るったアイザックが、子供達相手に緊張するわけがないとわかっているからだ。
「準備が整うまでもうしばらくかかるので、控室でお待ちください。……パメラがお相手致します」
一家揃って、アイザックだけの相手をしているわけにはいかない。
とはいえ、使用人達もいるので、完全に二人っきりになるわけでもない。
ウィンザー侯も迷った様子を見せたが「成長した今の二人なら大丈夫だろう」と思い、アイザックの相手をパメラに任せる事にした。
パメラは少し困ったような表情を見せたが、誰にも見られないうちに表情から消した。
アイザックは協力者でもあるので、露骨な態度は見せられない。
内心ではどう思っていようが、それを表に出す事はできないのだ。
アイザックは応接室に通される。
ノーマン達、アイザックの付き人は別室に案内された。
彼らは主人がパーティーに出席している間、飲み食いできない状況になる。
先に軽く食事をとるので、別室行きとなっていた。
これはアイザックも織り込み済み。
だから、ノーマン達を連れてきたのだ。
しかし、アイザックはパメラを前にしてなにを話すべきなのか困った。
なにを話そうか色々と考えていたものの、パメラを前にすると頭の中が真っ白になってしまったのだ。
今も特別な絆を感じて、鼓動が早くなっているのを感じている。
だが、話はしなくてはならない。
そこでアイザックは無難な学校の話をする事にした。
「最近、学校でも話をする機会がありませんでしたね。こうして話す機会ができて嬉しく思います」
「ええ、そうでしたわね。生徒会などで色々と忙しくて……。申し訳ありません」
「いえ、いいんですよ。僕は科学部がなくなって暇ですし、生徒会にも入っていないので時間がありますから。週に二度、勉強会を開くくらいですしね」
「誰でも気軽に派閥の事を語り合える集まりだそうですわね」
「卒業してから学ぶより、学んでから卒業した方がいいと思ったんです。学院は学ぶための場所ですから、有効活用しないと」
子供達の前で話すよりも、パメラの前で話す方が緊張してしまう。
だが、取り留めもない会話から入った事で、このまま上手く話せるようになった。
しかし、使用人達がいるせいで本題を切り出せない。
――世間話だけで終わってしまう。
そう思って焦っていたところに、助けが訪れた。
ルーカスとシャロンが顔を見せる。
「エンフィールド公がきていると聞いたから挨拶にきたよ」
「エンフィールド公のお世話は私達がやるから、あなた達はパーティーの準備を手伝ってきていいわよ」
アイザックが早く到着したため、話し相手にしようとウィンザー侯が指示を出したのかもしれない。
これはアイザックにとって好都合だ。
顔も知らぬ使用人よりは、彼らの方が融通が利く。
心底ありがたい配慮だった。
使用人が出ていくと、彼らはパメラの両脇に座る。
ルーカスは友人とはいえ、客人としてやってきたアイザックの隣に座るような真似はしなかった。
だが、アイザックはフレンドリーに話しかける。
「二人がきてくれて助かったよ。使用人の前じゃ話せない事もあったしね」
アイザックの言葉を聞き、パメラは心の中で身構える。
やはり、帰還パーティーの件を話さねばならないのかと。
その警戒通り、アイザックは一気に踏み込んだ話を切り出す。
「パメラさん。最近は会って話したいと連絡しても、なかなか都合が合いませんでしたね。それは本当に生徒会などで忙しいだけなのでしょうか?」
「それは……」
パメラは目を伏せる。
それは彼女にとって答え辛い問いだった。
しかし、答えねばならないものでもある。
彼女は思い切って答える事にした。
「アイザックさんの協力には感謝しております。ですが……、もうお頼みするのはやめにしようかと考えています」
「なぜですか?」
アイザックは怪訝な表情で聞き返した。
しかし、聞き返してから「しまった」と思う。
女にだらしない男だと思われてしまっていたのなら、パメラの口から拒絶の言葉を直接聞く事になってしまう。
決定的な言葉は聞きたくないだけに、咄嗟に聞き返してしまった事を悔やむ。
「アイザックさんは、他の女性達と仲良くするので忙しそうですから」
パメラがプイッと横を向く。
その姿を見て、アイザックは一つの可能性に気付いた。
――ひょっとすると、嫉妬しているのかもしれないと。
可能性ではなく、そうであってほしいという願望かもしれない。
だが、まだ絶望する時ではないと、アイザックはチャンスに感じる。
しかし、踏み込んだ話をするには、二人が邪魔だ。
「その事をお話したいのですが……。二人きりで話がしたいところですね。理由は、おわかりいただけるかと思います」
これは言うまでもない。
話す内容には、パメラからハンカチを受け取った事も含まれる。
ルーカスとシャロンがどこまで知っているのかわからないので、今のままではその話題に触れる事すらできなかった。
腹を割って話す必要があるので、日を改めて話してもいいと思っていた。
パメラは、アイザックをジッと見る。
そして、首を左右に振った。
「心配ございません。二人とも、私がハンカチを渡した事は知っています。二人に相談した上で、行った事です」
「えっ!」
これにはアイザックも驚かされた。
てっきり、パメラ一人で考えた行動だと思っていたからだ。
ルーカスとシャロンの二人を交互に見る。
「私はパメラの味方です。リード王家でもなく、ウィンザー侯爵家でもなく、パメラの味方です」
「僕もパメラの味方だよ。アイザックくんと友達になれて嬉しかったけど、やっぱり一番はパメラだ」
彼らはパメラを一番に考えているという。
パメラは良い友人を持ったようだ。
「正直驚きましたが……。そこまで二人の事を信じておられるのでしたら、僕も信じて話す事にしましょう」
そうは言っても、アイザックとしては、まだすべてを話すつもりはない。
ここはウィンザー侯爵邸なのだ。
ハンカチの事に絞って話す事にする。
それでも、十分に危険な内容ではあるのだが、パメラとの関係を修復したいという気持ちが上回っていた。
「パメラさんが僕を避けているのは、勇気を出してハンカチを渡したのに、他の女の子達からも受け取っていた。その事が一番大きいのではないですか?」
「……その通りです」
他にも不満点はあったが、一番大きなものはそれだった。
かなりの勇気を必要とする行動だったのだ。
自分から告白するのも初めての行為だったので、アイザックに台無しにされてガッカリしていた。
その理由を話してくれるのなら、是非とも聞いておきたいとパメラは思っていた。
「パメラさんが僕に褒美として婚約を求めてほしいと思ってくださったのは嬉しかったです。でも、もし僕がパメラさんとの婚約を求めていたとしましょう。その場合、無事に婚約できるでしょうか? バレンタインデーの話は王女に婚約者がいなかったから、スムーズに話が決まりました。今のパメラさんの立場では、そうはいかないでしょう」
「それは考えました。ですが、最近の殿下の様子では……」
「殿下の様子を見て、不安を感じられているのでしょう? それでも、殿下がなにかをしたわけではありません。公式の場でパメラさんを婚約者として蔑ろにしたりはしていないですよね? 少なくとも、今はまだ」
アイザックはパメラを見つめる。
パメラも無茶な頼みだったという事に気付いたようだ。
そわそわし始めた。
「今の状況で僕が殿下からパメラさんを奪えば、どういう反応をされると思いますか? 婚約する事はできたとしても、穏やかな結婚生活を過ごせるでしょうか?」
「それは、無理でしょう……。ですが、この機会を逃すともうあとはないと思ったので……」
彼女も焦っていたのだろう。
今のジェイソンが正常でなくとも、婚約者を奪われれば怒りに震えるだろう。
王家に絶対の忠誠を誓う者からは軽蔑され、貴族社会で生き辛くなってしまうはずだ。
常識的に考えれば、さすがに「これでニコルと堂々と婚約できる!」と喜んだりはしないはずだ。
「アイザックさんなら、なにかいい方法を思いついたのではなくて?」
パメラの質問に、アイザックはかぶりを振って応えた。
「残念ながら、なにも思いつきませんでした。しかし、ハンカチは受け取ってしまった。無事に帰る事ができれば『褒美として求めてほしい』と言われると思いました。それが二人だけの時ならかまいません。もし、謁見の間などの人前で『あの事を言って』と言われたりすれば大問題になる。それはパメラさんのためにもなりません。ですから、他の女の子達からもハンカチを受け取ったのです」
アイザックは、他の女の子達からハンカチを受け取ったのを「パメラのためだった」という事にした。
今、最も重要な事はパメラの心を離さない事である。
「忘れてました」と今更言えないので、こういう形で言い訳をする事にしたのだ。
しかし、この方法には問題がある。
「……ロレッタ殿下やアマンダさんの心を弄ぶような真似をされたのですか?」
――パメラを助けるために、ロレッタやアマンダからハンカチを受け取った。
という事は、彼女達の気持ちに応えるつもりがないまま、ハンカチを受け取ったという事である。
それはそれでどうかと思われる。
アイザックなら、もっと他の手段を取れたのではないかと考えてしまうのだ。
「弄ぶつもりはありませんでした。しかし、謁見の間で語ったように、心細かったのも事実。バレンタインデーに渡されたわけでもないので、無事に帰ってきてほしいという気持ちだけを受け取ったつもりです。結果としては最低な事をしてしまいました……。あの時は僕も余裕がなかったのです」
さすがにアイザックも「彼女達の事を友達としては好きだが、愛してはいない。彼女達が勝手にくれただけ」とは言わなかった。
そんな言い方をすれば、きっと今まで以上に嫌われてしまうと思ったからだ。
「彼女達には悪い事をしたと反省しています。でも、後悔はしていません。パメラさんを守る事ができましたから」
アイザックは、パメラの目を真剣な眼差しで見つめる。
「僕が婚約を申し込んだ女性は、今までの人生で二人だけです。愛しているのも、その二人だけ。複数の女性に好意を向けられて嬉しいとは思いますが、それは一人の人間として好意を喜んでいるだけ。彼女らを一人の女性として愛しているわけではありません。その事はわかっていただきたい」
アイザックの言う二人の女性というのは、パメラにもすぐにわかった。
一人はリサ。
アイザックの婚約者である以上、当然愛しているはず。
そして、もう一人は自分である。
初めて会った時、祖父に婚約を申し込んだという話は彼女も知っている。
つまり、アイザックはロレッタ達の事を愛していないと断言した。
女の子に囲まれて「俺って奪われあうほど好かれている」とモテている事を喜ぶ男ではないのだと。
(私、勘違いしていたのかも……。そうよね、噂で知った気になっていただけで、直接お話した事なんて数えるほどしかなかったんだもん。ちゃんとお話すれば、全部誤解だったって事になったりして……。)
アイザックは思っていた男とは違う。
意外と、女性関係にしっかりした男なのかもしれない。
パメラはアイザックの評価を大幅に修正した。
「ここでは誰が来るかわかりません。後日、改めてお話させてください。その時、より多くの事を話せるでしょう」
「そうですね、ちゃんと話し合った方がいいですね……。私、アイザックさんが女性関係にだらしない人だと思って軽蔑していました。ごめんなさい」
「いえ、僕の行動も、けっして褒められる行動ではありませんでしたから」
ちゃんと愛している相手が二人だけだと伝えたのがよかったのだろう。
――ロレッタに、アマンダに、ジュディスに、ニコル。
彼女達に節操もなしに手を出しているわけではないという事が、パメラにある程度の安心感を与えた。
しかし、彼女がアイザックに抱いている疑問は他にもある。
それが判明するまでは「これも全部芝居かもしれない」という不安も残っている。
ウェルロッド侯爵家の当たり年なだけに、その点に関してアイザックの信用はなかった。







