333 十七歳 到着、そして・・・
結局、アイザック達はウォルフガング達の援軍を受け入れる事になった。
ドワーフの国を「小規模の軍」と呼べる数の軍勢が通行するのだ。
事情を知らない者もいるかもしれないので、いざという時に止められるドワーフの軍がいた方が安心してもらえるだろうという判断からだ。
ヘルムートには、ノイアイゼン各地の商会や工房に連絡を取ってもらった。
ドラゴン用の準備は現地の街だけでも十分だろうと思われるが、他のドワーフにも協力してもらって共同作業という印象を深めるためだ。
「一緒に成し遂げた」という一体感は馬鹿にできないので、一緒に味わうという点でも悪くない。
ウォルフガング達は護衛という形で。
他のドワーフには、ドラゴン対策の支援という形で一緒に行動してもらう。
彼らに協力してもらう内容が決まると、あとは雑談で終わった。
一泊して、アイザック達は出立する。
援軍にウォルフガング達ドワーフを加えて、千名を超す数の軍勢が街道を進む。
まず目指すのは、首都のアイゼンブルクだ。
名前からして嫌な予感しかないが、目的地まで向かうのに経由する必要がある。
到着まであと二日ほどというところで、アイザックは懐かしいものを見つける。
(線路か)
エルフが地盤を固め、そこに枕木を敷いてレールを固定している。
まだ線路は単線しかないが、将来を見据えて複線化できるだけの幅を取って作業が進められているようだ。
作業員がアイザック達に気付くと、手を振って「頼むぞ」と声をかけてくれた。
アイザックも彼らに応えて手を振り返す。
(俺達が助けにきたっていう噂は、結構広まっているようだな。これで成功させれば、ドワーフの心は鷲掴みだろう。目的の達成にグッと近付くぞ)
失敗してもドワーフのために行動したという事実は残る。
生きて帰れさえすれば、大きなプラスとなる事だろう。
(生きて帰れたら……か)
そう、アイザックはまだ死ねない。
パメラを手に入れるとか以前の問題。
――女性との関係、できれば肉体的な関係を経験したい。
という夢を達成していない。
前世とは違い、今はリサという婚約者がいる。
卒業まで生きていられたら、その夢が叶うのだ。
絶対に死ぬ事などできない。
手の届かない夢ではなく、もう片手に掴んでいる状態だ。
これだけは何が何でも達成しなくてはならない夢なのだ。
最低限、これだけは叶えたい。
そのためには、生きて帰らねばならないのだ。
(ウェルロッドでリサをコッソリと部屋に呼べばよかったかな。でも、十八禁行為には結構厳しいからなぁ)
ドワーフに歓迎されても、アイザックは酒の一滴も飲めなかった。
暴力行為はオッケーでも、エロと酒には厳しいという世界だ。
アイザックに求められても、きっとリサは大人として叱りつけていただろう。
自分が大人になるまでは、夢に見ている事しかできない。
前世よりも夢が近づいているだけに、アイザックは余計にもどかしい思いをさせられていた。
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アイゼンブルグに着くと、アイザックは自分の予感が当たった事に気付く。
(マチアスさん達、年寄りの行動でわかるべきだったか……)
街が見えてくると、マチアス達は鼻と口元をタオルで覆った。
それを見て、クロードとブリジットも同じようにした。
アイザックは「何をしているんだろう?」と思って見ているだけだったが、近付くとその理由がわかった。
――何かを叩くような音が聞こえ、鼻や喉がムズムズとしてきたからだ。
それだけで、アイザックは察する事ができた。
街の名前が鉄の城なのだ。
そう名付けられるのにふさわしい理由がある。
その理由は見ずとも、アイザックの脳裏に答えが浮かんだ。
――工業都市。
ドワーフの国の首都である。
当然、物作りが盛んなはず。
工業用フィルターなど存在しない世界なので、石炭の煙などは垂れ流し状態。
喘息にでもなってしまいそうなほど空気が悪い。
この街の事を知っているマチアス達が、口元をタオルで覆ったのも理解できる。
森の中で生きるエルフには、この環境は酷なはずだ。
アイザックがノーマンを見ると、彼はハンカチを口元に当てていた。
やはり、空気の悪さを感じているようだ。
人間とエルフが苦しむ中、ドワーフだけが平然としている。
種族として頑丈なのだろう。
(一泊して、この街をさっさと離れよう)
ドワーフの首都という事もあり、本当は観光でもしていきたいところだ。
しかし、車の排気ガスなどよりも、この街の空気はきつい。
前世では環境問題を特に気にしていなかったアイザックですら「これはなんとかしないとダメだ」と思ってしまうほどである。
観光をする気にはなれなかった。
一泊だけして、翌朝にはすぐに出発しようと心に決める。
「閣下、この街は……」
「わかっている。一晩だけ我慢してくれ」
近衛騎士も空気の悪さに難儀しているようだ。
彼らの反応は、他の者よりも顕著かもしれない。
近衛はその役割上、王宮で過ごす事が多い。
王宮は静かであり、空気も良い。
彼らの周囲が騒がしくなるのは、訓練中かパレードをした時くらい。
工業都市で過ごすなど、悪夢でしかないはずだ。
一刻も早く離れたい気持ちは、アイザック以上に持っているだろう。
気持ちはわかるので「一晩だけだ」と伝えてやると、大人しく引き下がった。
(いやぁ、本当にドワーフってタフだな)
アイザックは種族の違いというものを実感する。
身体能力だけではなく、健康面でも他の種族を凌駕する。
「健康保険の制度ができたら、ドワーフだけ保険料が安そうだな」などと考えていると、伝令が戻ってくるのが見えた。
「アイゼンブルクでノイアイゼン評議会の方々がお待ちです。群衆の一部に武装している者もいましたが、同行希望者なので大丈夫との事でした」
「そうか、わかった」
今回は焦ってはいない。
前回のやり取りで、ドワーフが人間の軍を見て襲い掛かってくるわけではないとわかっているからだ。
それに、今回はウォルフガング達が同行してくれている。
争いになりそうなら、彼らが止めてくれるだろうという安心があった。
だから、確認する余裕があったのだ。
アイザックも想定の範囲内の事だったので、平然と報告を受け取った。
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アイゼンブルクでは、ザルツシュタット以上に多くの人々が出迎えてくれた。
街の外で待っていた者の案内で街に入ると、街道沿いや家の窓から歓声をあげてくれた。
(まだ何もやってないんだけどな……)
期待されているものの、失敗した時の事を考えればアイザックも気が気ではない。
だが、結果を求められているというプレッシャーではなく、成功を願って応援してくれていると思う事で前向きに受け止めるようとしていた。
市庁舎のような大きな建物のところまでいくと、建物の前で大勢のドワーフが待っていた。
ジークハルトの祖父であるルドルフの姿も見えるので、評議員達が出迎えてくれているのだろう。
少人数のエルフの姿も確認できる。
おそらく、魔力タンクに魔力を補充するために滞在しているのだろう。
アイザックは「よくこの街に住めるもんだな」と不思議に思う。
ルドルフ達の前に着くと、アイザックは馬から降りる。
「ようこそおいでくださいました。アイゼンブルクまで人間が来たのは二百年振りです。それがエンフィールド公だというのは、やはり特別なご縁があるのでしょう。歓迎致します」
顔見知りでもあるルドルフが代表して挨拶をする。
「とても光栄な事だと思います。訪れた理由が旅行などであれば、もっと幸せだったでしょう。お互いにとっても」
アイザックの返事は本音である。
ドラゴンなどいなければ、もっと穏やかな訪問理由だったはずだ。
護衛も最低限のもので、千名を越える軍勢を率いた物々しい集団でもなかっただろう。
「ええ、その通りです。問題の解決方法を思い浮かばれたというのは我らにとって喜ばしい事ですが、ドラゴンが街を襲っていないのが一番でした。さぁ、中へどうぞ。頼まれていた準備がどこまで進んだのか報告致しましょう」
「あっ、お待ちください。評議員の皆さんが外に出ている間にお見せしておきたいものがあるんです」
「外で? どのようなものでしょうか?」
「見ればわかるものですよ」
アイザックはニヤリと笑う。
評議会の面々にも気球を見せておけば、きっとハートを掴めるはず。
ザルツシュタットの街だけではなく、国ごと味方にできるかもしれない。
アイザックは指示を出し、気球をあげる準備を整えさせた。
アイザックの考えは正しかった。
気球で評議員の心を掴む事ができた。
――予想以上に。
「ドワーフもエルフも関係ない。百や千といった人命よりもエンフィールド公の方が価値がある。ドラゴンの前に出すべきではない!」
「ヴィリーは何を考えている! かけがえのない貴重な人材だぞ」
「奴はお前達の派閥が任命したのだろう! 任命責任ものだぞ、これは!」
思わぬ方向で議会が紛糾する。
彼らはバネやネジを開発しただけではなく、気球まで作りあげたアイザックを高く評価した。
ドラゴンの被害を受けている街には申し訳ないが、アイザックを送り出すべきではないという方向で話が進む。
「新しい時代を切り拓くお方。このようなお方を危険に晒したヴィリーを召還すべきだよ」
以前顔を合わせたザーラという女ドワーフも、ヴィリーを呼び戻して糾弾すべしと声をあげていた。
これはアイザックにとって、まったくの想定外の流れである。
「お待ちください。ヴィリーさんは『良い知恵がないか?』と尋ねられただけです。その話を聞いて、私の派遣を決めたのはエリアス陛下です。ヴィリーさんが派遣を要請したという事実はございません」
アイザックがヴィリーを庇う。
内心ちょっとは「お前が言い出さなければ……」と思っていたが、ヴィリーに復讐をしても得るものがない。
ヴィリーを庇うフリをして、さり気なく「エリアスが言い出した」と教え、ドワーフ達にエリアスに対するちょっとした悪感情を持ってもらうように誘導する。
「確かに新しい技術は、あった方がいいでしょう。ですが、技術は今を生きる人々の暮らしをより良くするためのものです。技術のために人々の暮らしを犠牲にしては本末転倒というもの。ドラゴン対策には自信があるので、僕を行かせてください」
こういっておけば、失敗しても自分の評価は高まったままのはずだ。
――若者を異国に送るだけの国王と、異種族のために献身的な姿を見せる青年。
どちらを評価するかは考えるまでもない。
アイザックは、この機会にできるだけ好感度を稼ぐ事にした。
危険を顧みずに立ち向かう姿は、彼らにも高評価を得られるだろう。
その計算は、ある程度正しかった。
「なんと健気な……。ザルツシュタットの者達にだけ任せるわけにはいかん。我らも同行するぞ!」
「おう!」
間違っていたのは、気球で気分が昂っていたために反応が予想よりも激しくなってしまった事だろうか。
評議会は一線を退いた老人の集まりのはずだったが、現役時代の熱意を呼び起こしてしまったらしい。
アイザックに同行しようと周囲に呼びかけ、その話に呼応していく。
「あの、ちょっと……」
話が大きくなってしまい、アイザックはどうすればいいのか困って口籠ってしまう。
しかし、無駄に同行者の規模が大きくなるのも困る。
武装した者が多ければ多いほど、ドラゴンに敵意があると思われてしまうかもしれないからだ。
「落ち着いてください!」
アイザックもドワーフの大声に負けないように声を張り上げる。
戦場で父が「かかれ、かかれ」とよく通る声を出していたので、真似をできるように練習していたのが功を奏したのだろう。
アイザックの声が彼らの耳に届いて、静かになった。
「皆さんには、国の代表としてやっていただく事があります。それは前もって送っていた使者から伝わっているはずです。お気持ちはありがたいのですが、評議員の皆さんだからこそできる事をしてください。それが最大の助けとなります」
アイザックは「同行する必要はない」と言うだけではなく「ちゃんとあなた方にもできる事がある」と伝えた。
今度はドワーフ達が「むぅ」と呻いて口籠る。
アイザックの言う通り、評議員だからできる事がある。
老人が同行するよりも、評議員の仕事で手助けする方がいい。
だが、すべてを投げ捨てて、感情の赴くままアイザックを守りたい。
感情と理性の狭間で苦悩し始めた。
ここで、アイザックの隣に座っていたマチアスがなぜか動く。
「ジジイやババアは足手纏いになるという事だ」
「はぁ? あんたの方がわしらと比べ物にならんほどの老いぼれだろうが!」
ドワーフから反論されるが、マチアスはどこ吹く風だった。
「わしらは魔法が使えるからな。若者のように体を動かせなくても問題ない」
マチアスが勝ち誇った笑みを見せると、ドワーフの怒りは頂点に達した。
「この野郎、あんたはいつもそうだ! ちょうど評議員が揃っている。マチアス殿に対する非難決議を取ろうではないか!」
ルドルフが非難決議を取ろうと音頭を取る。
マチアスは長く生きているだけに、自然とドワーフとの付き合いも長いものとなる。
これまでの失礼な態度に加え、今回の発言は見過ごせないものだと思われたのだろう。
「賛成、賛成!」
「決議を取るまでもない!」
マチアスに非難が集まる。
だが、彼は気にした様子がなかった。
「ハッハッハ、非難されようが関係ない。最近は人間と取引をしているから、物を売らないと言われても困らんしな」
その平然とした姿が、余計に怒りを買う。
「これで同行すると言い出さなくなるだろう。それでよかったのだろう?」
マチアスがアイザックに耳打ちする。
どうやら、これはただの失言ではなく、彼なりに計算された行動だったようだ。
「そうですね。戦意を持つ者の数が増えすぎると、ドラゴンを見た時にどんな反応をするのかわかりませんから。助かりました」
アイザックはお礼を言う。
計算できない行動をされるよりは、自分の計算通りに動いてくれた方がいい。
ドワーフが計算できない行動ばかり取るので、マチアスの助けはありがたいものだった。
「それはよかった。……では、今度はわしを助けてくれ。少し言い過ぎたかもしれん」
「えぇ……。余計に厄介な事になってるような……」
自分を頼る言葉は、まったくもってありがたくはなかった。
火をつけておいて、そのあとは知らないと言われても困る。
迷惑極まりない頼られ方は「ドラゴンをなんとかしてほしい」と言われたのに匹敵する。
怒り狂うドワーフを相手に、アイザックは頭を抱える事しかできなかった。
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結局、アイザックは「マチアスさんもドワーフを助けるためにきてくれたのですから」と言って落ち着かせた事で事態を収拾した。
正式な抗議にはならなかったものの、口々にマチアスへの文句をつけるだけで終わる。
「あの時は本当にどうしようかと困りましたよ。同行を断るだけなら、他の方法がいくらでもあったのに」
「まぁ、結局丸く収まったのならいいだろう」
「収まったんですかねぇ……」
アイザックは皮肉な笑みを浮かべながらお茶を一口飲む。
こうしてのんびりとしていられるのは、今はまだ余裕のある状況だったからだ。
アイゼンブルクで一泊したあと、アイザック達は被害が最も大きいフリートホーフ・ルイーネという街を訪れた。
この街は、ドラゴンの巣穴を中心に作られた。
もちろん、死んだドラゴンのものである。
ドラゴンが数多の財宝を溜め込んでいただけではなく、巣穴には金鉱脈があった。
その鉱脈目当ての者達が集まって街が発展する。
しかし、街が発展したせいで、新たなドラゴンに目を付けられるようになったようだ。
定期的に街に現れては、気に入った物を奪っていく。
アイザック達は、やはりここでも歓迎を受け、気球を見せて皆を驚かせた。
そこまではよかった。
だが、ここで大きな問題に直面する。
――ドラゴンが来ないのだ。
ドラゴンの襲撃は一ヶ月か二ヶ月に一度。
アイザックが到着したからといって、すぐに姿を現してくれるというわけではない。
そのため、ホテルで待ち続ける日が続く。
アイゼンブルクを出立する前に、ルドルフにリサへのお土産を作ってくれるように頼んだ。
万が一の時は、それがリサへの形見にもなる。
何も残さないよりかはマシだが、やはり自分の手で渡したいところだった。
だが、こうして待っているだけの日々が、アイザックのやる気と覚悟を削いでいく。
平穏な日々が続けば続くほど「危険から逃げ出したい」という気持ちが強まっていくせいだ。
兵士達も最初の三日間は緊張していたが、今では半数が交代で休みを取っている。
街の観光をしたり、土産物を買ったりしていた。
人間とドワーフが接触する事で起きた問題もある。
しかし、それは――
ある兵士が子供を肩車してやり「お父さんより、ずっと高い!」と叫んだ事だ。
人間はドワーフよりも背丈が高い。
ただそれだけだったのだが、父親のドワーフが「負けてたまるか!」と友人のドワーフに肩車をしてもらい、ダブル肩車を披露した。
――という程度のもの。
微笑ましいやり取りに、より一層アイザックの危機感が薄れていってしまった。
「ドラゴンと会いたくないが、できれば早く会いたい」という複雑な感情がアイザックの中で渦巻き、モヤモヤとした気分でいた。
「暇ねー」
ブリジットが退屈そうにしている。
アイザックはドラゴンがいつ来てもいいように待機している。
出歩いたりしていないので、アイザックと一緒にいる彼女も退屈だった。
「ブリジットさんもお土産を見に行ったらいいのに」
「一人で行ってもつまんないじゃない」
「クロードさんと行けばいいでしょう」
「それじゃつまんない」
つまんないと言われたクロードは顔をしかめるが、ブリジットを叱ったりはしなかった。
それを見て、アイザックは「クロードさんは大人だな。マチアスさんの孫とは思えない」という感想を持った。
「でも、何もしていないというのも気が引ける。ドワーフの皆さんにも待ってもらってるしね。これから毎朝、気球を高くあげてみたらどうだろう? 気球を見たドラゴンが珍しがって近寄ってくるかもしれない」
「そう簡単に来るかな? 僕達だったら近寄るけど」
ジークハルトが笑いながら答えた。
自分達の事をよくわかっているようだ。
「まぁ、ものは試しさ。千名以上が滞在する費用よりも、木炭の費用の方が安いしね」
滞在費用は、すべてノイアイゼン側持ちだ。
全員のお土産代まで出してくれる大盤振る舞いである。
普通なら貴族であるアイザックは「助けにきたのだから当然だ」と気にする事ではないが、アイザックは普通の貴族の感性を持っていない。
どうすれば出費を抑えられるかと考えてしまう。
気球をあげるだけでドラゴンが来るのなら費用対効果は抜群だ。
試す価値はあると考えていた。
「そうだね。やってみようか。早くこの問題が済めば、アイザックが何か新しい考えを披露してくれるかもしれないし」
「いやぁ、そう簡単にポンポンとアイデアが浮かんだりはしないよ」
アイザックは、フフフと笑って誤魔化す。
新しいアイデアの話になったせいで「ドラゴン様、早く来てください」と願うようになった。
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町はずれに気球をあげ始めて三日目。
ホテルにドワーフが駆け込んできた。
「ドラゴンが街に向かってきています!」
「なにっ! わかった」
アイザック達は走ってホテルの外へ向かう。
ドワーフが指差す方向を見ると、空に鳥のようなものが飛んでいるのが見えた。
向かっている方角を考えると、気球をあげている方向に向かっているようだった。
「狙い通りだ。よし、僕達は行こう。あなたは町中に知らせてください」
「は、はい」
アイザックは馬に乗り、気球をあげているところまで駆けさせる。
町はずれまで到着するのは、アイザック達の方が早かった。
気球から少し離れたところで馬を止めて待つ。
空を見上げていると、小さかったドラゴンの姿がどんどんと大きくなっていく。
――アイザックの予想以上に大きくなっていく。
「なんだ、あれ……」
「まずいな。あの大きさだと五十メートルを超えるかもしれん」
「あれほど大きなものは初めて見た」
マチアス達長老衆も驚く大きさ。
アイザックは高い攻撃力を持つ城が飛んでいるように見えていた。
やがて、ドラゴンは地面に着地する。
気球を珍しそうに見ながら顔を近づけている。
高さ二十メートルほどなので、尻尾も含めれば五十メートルはあるだろう。
しかし、大きさは問題ではない。
アイザックは、日本各地の名所を壊す恐竜映画を見た事がある。
大きさではそちらも負けるものではない。
意味のわからない存在としては、竜巻に乗ったサメや飛行機に食らいつくサメよりも理解しやすい。
ドラゴンは、そういう存在だとわかっているからだ。
問題なのは、圧倒的な恐怖だ。
戦場で死にかけた事など恐怖とは呼べない。
――圧倒的な暴力。
作りものではなく、生物として目の前に存在するだけで恐怖は比べ物にならない。
捕食者と被捕食者の違いを見せつけられる。
(あっ、これ死んだ……)
予想以上に圧倒的で、恐ろしい存在だった。
アイザックの顔は蒼白になり、足が震え始める。
逃げ出す事すらできない。
体が本能的に生きる事を諦めてしまったのかもしれない。
「アイザック」
ブリジットに名前を呼ばれると、頬に湿った感触を感じる。
アイザックがそちらを振り向くと、ブリジットの顔がすぐ近くになった。
彼女も顔を真っ青にしていたが、頬だけは少し赤らんでいた。
「頑張って」
彼女の声も震えている。
この場に居合わせた事を、きっと後悔しているのだろう。
この状況でアイザックを応援するのも、かなりの勇気が必要だったはずだ。
「わかった。任せておいて」
アイザックも恐ろしさを感じてはいるが、ここで何もできない事の方が恐ろしい。
自分一人ではなく、ついてきてくれた者の命も背負っている。
勇気を振り絞って、一歩を踏み出した。






