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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第十二章 王立学院二年生前編 十六歳~十七歳

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323 十六歳 順調な時こそ、気を付けなければならない

 アイザックは、まともな形の気球を作り始めた。

 まずは基本的なデザインを描く。

 最初に問題になるのは、やはりサイズだった。

 いきなり人間が搭乗できるようなものは無理である。

 気球に使える素材が存在するかわからない。

 前世では軽くて頑丈な素材があったが、この世界に存在するかわからないせいだ。


 ――体積一立方メートルの気球が持ち上げられる重さはどの程度か?


 もしかすると授業で気体が持ち上げられる重量を習っていたのかもしれなかったが、アイザックには覚えがなかった。

 分厚く頑丈な素材を使って、気球の球皮に使う素材分の重量すら持ち上げられなければ意味がない。

 これを解決するには、ある程度の大きさにすればいい。

 サイズが大きくなればなるほど内部の体積が増える。

 よほど重い素材を使わない限り、ちゃんと浮いてくれる可能性が高くなるはずだった。

 小さなものから試していくか、ちょっと大きなものから試すかという問題に直面する。


 そこで、アイザックはちょっと大きなもので挑戦する事にした。

 縦横二メートルくらいのサイズなら、浮力もそれなりにあるはずなのでどんな布地でも浮くはずだ。

 それに、それくらいならば球皮の自重で破れたりもしないだろうと考えたからだ。


 翌日、この案を二人に話した。

 話を聞いたルーカスがアイザックに質問する。


「よくわからないんだけど、力が加わるなら縫い目が裂けたりしないの? 糸が切れるだけじゃなく、布地の方が裂けるとかもあるよね」

「確かにその心配はある。でも、解決手段はすでに用意してあるんだ」


 アイザックは微笑みながら、小さなリング状のものを見せる。

 スナップボタンのアイデアを教えてやったグレイ商会に、ついでに作ってもらったものだ。


「ハトメといって、強く括り付けても布が破れ難くなる金具だよ。これからは靴にも使われるようになると思う」


 それは、スニーカーなどで靴紐を通す穴についてある金具だった。

「形が似ているから、スナップボタンのついでに」と、アイデアを教えておいたものが役に立った。

 地味ではあるが、きっとこれから世界中で使われるようになるであろう。

 アイザックが小物で身近なものしか思い浮かばなかったからこそ、こうして必要な時に存在するのだ。

 大物でなくてよかった、数少ない例である。


「太目の紐で要所をガッチリ縛って、暖かい空気が漏れないように普通の糸で縫う。これで簡単には縫い目付近が破れたりはしなくなるはずだよ」

「もう対応策を用意していたんだね……」


 ルーカスだけでなく、レイモンドもアイザックの用意周到さに舌を巻く。

 彼らは一緒に作る必要はないのではないかと思わされる。

 だが、完璧な人間などいない。

 アイザックも時々抜けたところを見せる事もある。

 確認のためにも、質問するべきだと考える。


「でも、それだと暖かい空気が漏れるんじゃないの? 布地にそんな穴があったら、そこから抜けるよね?」


 今度はレイモンドが質問した。

 彼は短期間とはいえ科学部に在籍していたので、空気の扱い難さを知っている。

 水と同じく、ちょっとした隙間からでも漏れてしまうのだ。

 アイザックもわかっているだろうが、隙間から暖めた空気が漏れると指摘する。


「できるだけハトメにピッタリな太い紐を使うように指示はする。けど、隙間はできるだろうね。でも、これがあるじゃないか」


 アイザックは二人にすり鉢を見せる。

 中には昨日クロードに作ってもらった米糊が残っている。


「ハトメの部分に厚く塗るだけじゃなく、布地の境目にも縫って空気が漏れ難くする。ニカワでもいいんだけど、せっかくクロードさんに作ってもらったんだから、米糊を使ってみようと思ってるんだ」

「そうか。紙を貼り合わせてたもんね。確かに隙間を埋めるのにも使えるかもしれないね」

「うん。でも、できるかどうかを試してみないとわからないけどね。こっちの木炭入れはどうかな?」


 アイザックは空気を暖めるために木炭を使うつもりだった。

 前世ならバーナーを取り付けるところだが、この世界にはそんなものはない。

 そこで、火力に木炭を採用し、ラーメンをゆでる時に使う「てぼ」というざるのメッシュ部分を気球の下部に取り付け、燃料入れにしようと考えていた。


「正直なところわからないけど……。暖めるのに必要な火力があるのかな?」

「気球に比べて、木炭を入れるところが小さくない? もっとたくさん木炭を載せられるようにした方がいいんじゃない?」


 彼らには未知の物体なので、気球本体と吊り下げる物のサイズ差が気になるようだ。

 アイザックは浮かばせるためには、気球本体の方が大きくないとダメだと知っている。

 その認識の違いが、疑問という形になって出てきていた。


「たくさん載せればいいってものじゃないよ。だって、空に浮かぶのなら、少しでも軽くしないとダメだろうしね。鳥だってふわふわとした毛で大きく見えるけど、持ってみると見た目の割に軽いだろ? 最初は、できるだけ軽くしてみようと思うんだ。でも、木炭をたくさん載せるという案はいいと思う。火力の違いでどうなるかも調べたいからね。燃料を入れるところを、サイズ違いでいくつか作っておいてもらおう」


 だが、アイザックは否定しなかった。

 気球の事を知っているのは自分だけである。

 アイデアを出してくれているのに、真っ向から否定してしまえば、萎縮して今後新しいアイデアを言ってくれなくなる可能性が高い。

 それに、気球本体を作るように依頼するのは、服飾品を取り扱うブラーク商会だ。

 燃料入れの部分は木炭で燃えたりしないよう鉄で作ってもらうので、グレイ商会に作ってもらう。

 紐か鎖で気球から吊り下げるので、交換用のパーツを別途作らせるくらいは手間ではない。

 彼らのやる気を削がないためにも、意見を取り入れるべきだとアイザックは考えていた。


「とりあえず、これをひな形として問題点を洗い出して次へと繋げていこう。初めての事だし、失敗して当然。大事なのは失敗から学び、同じミスを繰り返さない事だ。これからもちょっとした疑問でもいいから、遠慮なく言ってくれ」

「わかった」

「どうなるのか楽しみだよ」

「僕もさ」


 理科の実験のように教科書があるわけではない。

 手探りで作りあげるワクワク感を、アイザックも感じていた。



 ----------



 気球が出来上がるまで一週間もの時間を必要とした。

 布を縫い合わせるだけなので「頑張ればもっと早く完成しそうなのに」とアイザックは思っていたが、そのアイザックの注文のせいで遅れてしまったのだった。


 ――前後左右対称で重さも同じになるように。


 浮力によって重心が上になるのはかまわない。

 だが、左右のどちらかに傾いて横倒しになっては困る。

 そこで、寸法と重さが前後左右対称になるように注文をつけた。


 しかし、その注文の仕方が悪かった。

 アイザックは「だいたい一緒ならいい」と思っていたが、ブラーク商会の王都支店長は、でき得る限り対称になるようにしたのだ。

 一枚の大きな布地でも、手作業で作っている以上は極僅かな違いがでる。

 数多くの素材から誤差が少ないものを選び抜き、その上で長さと重さが均等になるように綿密に計算した。

 なんと言っても公爵からの頼みである。

 半端な仕事はできないと、人脈を使って王都にいる腕のいい針子を集め、一針縫う回数すら細心の注意を払っての作業だった。

 米糊という使いなれないものを使うように言われたので、乾燥した時にどのような状態になるのかなども試さなくてはならない。


 アイザックは「縫うだけならすぐに完成するだろう」と軽く考えていたが、頼まれた方は扱いを誤れば爆発する薬品を製造しているかのように、気の抜けない重苦しい作業を行っていた。

 注文する方は気楽でも、公爵直々の注文を受注する方は気楽になどできなかった。

 そんな事情を知らないものの、アイザックは「時期が時期だし仕方がない」と、不満には思わなかった。


 リード王国がエルフやドワーフの大使を正式に迎えいれた事で、同盟を結んでいる各国から使節団が訪れていた。

 エルフやドワーフの居住地は世界各地にあるので、自国と接している異種族と接触する方法を話し合うためだ。

 リード王国はウェルロッド侯爵領と接しているエルフ達が塩の不足で悩んでいたが、他のエルフ達も同じとは限らない。

 そこで、最初の接触を穏便に済ませる方法を相談しに来たのだった。


 他国の偉いさんが集まっているのなら、この機会に彼らに商品の売り込みを考えてもおかしくない。

 思っていたよりも完成が遅かったのは、そのせいだとアイザックは思っていた。


 完成品の披露には、約束通りポールとカイも呼んでいた。

 クロードは現代の人間社会と長く接触しているという事で、使節団との会談に出席している。

 そのため、しばらくは忙しいので彼は抜きで始める。

 火を使うため、場所は広い練兵場にした。

 マーガレットやブリジットだけではなく、マットやトミー達も休憩を兼ねて騎士達と共に見学にくる。

 大勢の人間と騎兵用の馬が見守る中、実験を行う。


「風を通しそうなところは米糊で埋め、サイズや重量も均等になるように細心の注意を払いました。ご注文通りに出来上がったはずです」


 ブラーク商会の支店長は緊張していた。

 仕事は完璧なもののはずだが、初めて作る物なので不安が残っていたからだ。


「ご苦労だった。なんのためにこんなものを作ったのか気になるだろ? 見ていくといい。失敗するかもしれないけど」

「ありがとうございます」


 ――中が空洞になるように作った丸い布。


 そんなものをどう使うのかは気になっていた。

 ありがたく見学する事にする。


「じゃあ、燃料入れを吊り下げよう」


 まずは木炭を吊り下げるためのパーツを取り付ける。

 この部分は燃えると困るので、紐ではなく細い鎖が採用されていた。


「生地を縫い合わせる時にも使いましたが、鎖を取り付ける箇所にもハトメというものを使わせていただきました。それは素晴らしいものですね。天幕などサイズが大きなものに使えば、穴の補強の効果がわかりやすいはずです。売れると思います」


 気球に関しては未知の部分が多く、話題を振る事が困難だったので支店長はハトメに関して触れる事にした。

 実際に使った針子達から「穴の補強に極めて効果的」という報告を受けていたからだ。


「靴紐を通す穴やカバンとかに使ってもいいかもね」

「普段使うものほど意味がある……。なるほど、その通りです。特に騎士や兵士には売れるでしょう」


 彼は騎士を見ながら、何度もうなずいた。

 穴の補強をするのなら、日常的に使うものほど丈夫さが実感できる。

 そして、騎士達は命が懸かっているので、丈夫な道具ほど重宝されるだろう。

 ハトメを使った新商品が売れると確信する。


「さて、僕達は気球を持ち上げよう。ブリジットさんは気球の下にある穴のところで火の魔法を使ってください」

「わかったわ」


 ブリジットが残っていたのは、このためでもあった。

 けっして「尻を触られたぐらいで外交をぶち壊しかけた者を呼びたくない」という理由だけで会談に呼ばれなかったわけではない。

 木炭では暖まるまで時間がかかるので、ある程度気球が膨らむまでは魔法を使うつもりだ。

「魔法に一切頼らない」という実績を作るのは重要だが、今はまだ実験段階である。

 手っ取り早く試せる方法を選んだ。


 アイザックは友人達と共に萎んだ気球を持ち上げる。

 エルフでも同時に二つの魔法は使えない。

 火と風の魔法を使って、バーナーのように熱い風を送る事はできない。

 空気を中に送りやすくするためには、持ち上げる必要があった。

 騎士にやらせてもよかったが、これはアイザックの知的好奇心を満たすためでもある。

 自分も実験に参加して達成感を味わいたかったので、自分の手で持つ事にしたのだ。


「おおっ!」


 ブリジットが魔法を使い、気球の中に空気を送り込むと気球が膨らみ始めた。

 布が膨らむという初めて見る現象に、周囲から驚きの声が上がる。

 だが、騎士達の驚きは比較的小さい。

 彼らはマントやテントが風を孕んで膨らんだりする事を知っているからだ。

 理論ではなく経験で、それに近い現象が起きているのだろうと思っていたので、驚きは他の者達よりも小さかった。


「ちょっと気味悪い」

「でも、なんか凄いよ」


 友人達も目の前で起きている現象にテンションがあがる。

 アイザックは、ある程度膨らんだところで手を放す。

 それなりの浮力が確保されているらしく、気球部分が地面に落ちるような気配はなかった。


「みんなも順番に手を放してみてくれないか? もう浮き始めているかもしれない」

「マジかよ! すっげぇ」


 ポールが真っ先に手を放す。

 彼の担当部分も落ちたりはしなかった。

 それを見て、順番に皆が手を放す。

 

 ――すると、気球が自立していた。


(空に浮かび上がらなかったが、自立する程度の浮力はある。もっと暖めたら飛ぶかな?)


「ブリジットさん、そのままで結構です。あとは木炭でやってみましょう」

「最後までやってみたいけど……。魔法で飛ばすだけなら面白くないもんね」


 ブリジットは名残惜しいという表情を見せるが、大人しく引き下がった。

 彼女も魔法とは関係のない力で空を飛ぶところを見たかったからだ。


 ブリジットが退くと、使用人が燃料入れに木炭を慎重に入れていく。

 気球本体は布なので、燃えないように気を付けなければならない。

 どんなものかわからないが、凄い案件に携わっているという緊張で吐きそうな顔をする者もいた。


 アイザックは木炭が投入されたあと、周囲を見回す。

 気球が浮かぶまでにもう少し時間がかかりそうだったので、間を持たせるために状況を説明しようとする。


「さて、説明がまだだったね。これは気球といって、空に浮かぶものだ。……とはいっても、まだ浮かんでないから予定だけどね。でも、布地が浮かんでいるのはわかるだろう? これ自体が空に浮かべるという事の証明だ。空に浮かぶ力、浮力が高まればきっと空に浮かぶはずだ。それにはもう少し時間がかかるかもしれない。様子を見よう」


 こうして話している間にも、気球はどんどん膨らんでいく。

 そして、気球がパンパンに膨れ上がった時、気球が浮き始めた。


「やった! 成功だ!」


 ――アイザックが完成形を知っていたおかげか。

 ――ブラーク商会が頑張ったおかげか。

 ――それとも、その両方か。


 予想以上に上手く物事が進んだ。

 アイザックは喜び、成功を祝って友人達とハイタッチする。

 当然ブリジットやマーガレットともハイタッチを交わした。

 マーガレットは恥ずかしがって遠慮気味ではあったが、アイザックの希望に応えていた。

 しかし、遠慮していた彼女だからこそ気付いた事もある。


「アイザック、あの気球はどうするつもりなのか考えているの?」

「どこって……。あっ!?」


 アイザックは足元を見る。

 そこには繋がれていないロープが残っていた。

 次に気球を見る。

 すでに屋敷の屋根よりも高く飛んでしまっている。


「やばい! ブリジットさん、魔法で降ろせませんか?」

「えっ、どうやって?」

「いっその事、撃ち落とすとか」

「ダメよ。街中で攻撃魔法を使ったらダメだって言われてるもの。弓があればいいんだけど……」

「マット! 弓は?」


 ブリジットの答えを聞いて、アイザックはマットに弓はあるか尋ねる。


「騎乗訓練中でしたので、誰も持っておりません」


 返ってきた答えは望むものではなかった。

 こうしている間にも、気球は風に乗って動き始める。


「あぁっ! 木炭でどこかが火事になったら大変だ。馬を貸して! 魔法が必要になるかもしれないから、ブリジットさんも付いてきて」

「わ、わかった」


 アイザックは手近にいた馬に飛び乗ると、後ろにブリジットを乗せる。


「俺達も付いていく」


 カイとポールも近くの馬を借りて乗った。

 彼らの背後にはレイモンドとルーカスが乗る。


「人手が必要になるかもしれないから、マット達も数人連れて付いてきてくれ」

「了解!」


 マットが愛馬にまたがると、すぐさま五人の騎士を指名して同行させる。

 アイザックは馬を走らせ、屋敷から出ていった。


「おいおい、どこまでいくんだ」


 気球はドンドン進んでいく。

 曲がり角など気にしなくてもいい分、馬よりも速い。


「ちょっと降りてきたかも?」

「風で冷やされて、浮力が減ってるんだろう。いいぞ、そのまま降りろ」


 最初に小さな燃料入れを使っておいてよかった。

 レイモンド達が言ったように、大きなものを使っていれば木炭が尽きるまで飛んでいっただろう。

 火力よりも上空の風の冷却力が勝っているおかげで、気球は徐々に高度を下げ始めた。


 ――しかし、その方向がまずかった。


「アイザック! あの方角はまずいぞ!」


 カイが叫ぶ。

 彼に言われずとも、アイザックも理解していた。


 ――気球が向かっているのは王宮方面。


 このままでは良くて城壁、悪くて城にぶつかりそうだった。


「大丈夫。庭園に落ちて木を焦がしたくらいなら、必死に謝れば許していただける……はずだ」


 かなり怒られるだろうが、それで済めば十分だ。

 エリアスなら「ドワーフとの友好のためだった」と言えば、許してくれるという確信があった。

 最悪の事態にはならないはずだ。


「あっ! 城壁の中に落ちていった!」


 遠目ではあるが、高度を落としていた気球が城壁の内側に降りていったのが見えた。

 アイザックは急いで王宮の城門に向けて馬を駆けさせる。


 その途中――


(ブリジットもそこそこ胸があるな。ジュディスほどじゃないけど)


 ――と、こんな状況であるにもかかわらず、自分に抱き着くブリジットのサイズを気にする余裕があった。


 城門に着くと、門兵に声をかける。


「僕はアイザック・ウェルロッド・エンフィールド公爵だ。至急、王宮の警備担当者と話したい」

「エンフィールド公! かしこまりました。すぐに――」

「緊急事態だ! 急いで門を閉めろ!」

 

 門兵がアイザックに返事する前に、王宮から近衛騎士が走ってきた。


「えっ、あの……」


 突然の事態に反応できず、門兵はアイザックと近衛騎士の間で視線が何度も往復する。

 走ってきた近衛騎士はアイザックの姿に気付いた。


「エンフィールド公。申し訳ございませんが、本日はお引き取りください」

「……何があった?」


 嫌な予感がするが、アイザックは聞き返さずにはいられなかった。

 近衛騎士は緊迫した表情で答える。


「陛下の暗殺未遂です。何者かがおかしなものを使って、会議室に火を投げ入れました」


 アイザック達は絶句する。

 おそらくこの場において、そのおかしなものに心当たりがある者達だったからだ。


「嘘だろ……」

「事実です。使節団との会議中に窓から火が投げ入れられました。夏場で暑いという事もあり、窓を開けていたのが悪かったようです」


 近衛騎士はアイザックの言葉を「陛下の暗殺を考えるような馬鹿者がいたのか」という意味に受け取った。

 だが、本当の意味は違う。

 アイザックが考え得る最悪の状況の斜め上をいった事に対して、絶望の呟きだったからだ。


「これから厳戒態勢を敷くのだ。おい、早く門を閉めろ」


 近衛騎士は立ち尽くしたままの門兵に対して、強い口調で命令する。


「その必要はない」


 門兵が動こうとしたところで、アイザックが制止する。


「いくらエンフィールド公とはいえ、その命令には従えません。陛下の安全が第一です」

「それはわかっている。僕に心当たりがあるからだ。できれば、陛下に確認と弁明の機会を与えていただきたいと伝えてほしい」

「エンフィールド公が!?」


 アイザックが弁明(・・)と言った時点で、近衛騎士は剣に手をかけて警戒する。

 それにはちゃんとした理由があった。


 ――公爵の特権でも、王族に対する罪は免れない。


 アイザックの行動が王家に仇なすものであるのなら、最大限の警戒をして当然だ。

 彼の警戒を見て、アイザックの心臓が破裂しそうなほど鼓動が激しくなる。


(やばい、やばいぞ。なんで、こんな最悪の事態になってるんだ。たかが気球で……)


 ただジークハルトが驚く姿を見たかっただけだ。

 王家に反逆するための準備ではあったが、たかが木炭で殺そうなどとは考えた事はない。

 そう、火を投げ入れたとはいっても、木炭数個分でしかない。

 そんなものでエリアスの暗殺未遂で処刑されるなど真っ平だ。

「反乱を起こして失敗した」というものよりも、情けない死に方になってしまう。

 何としてでもエリアスに叛意がない事を証明しないといけない。


「陛下に確認をしましょう。ですが、許可が下りてもカービー男爵の同行は陛下の安全のために認められません。別室で待機していただく事になるでしょう」

「わかった。それも道理だ」


 近衛騎士はマットを警戒した。

 トミーと二人で敵陣に乗り込み、フォード元帥を討ち取るような男だ。

 エリアスを殺すようにアイザックに命じられていたら、エリアスに危険が及ぶ。

 彼がマットを警戒しているのを理解したアイザックは、マットが別室で待機する事を認める。

 その時、自分の背中に抱き着いているブリジットの体が震えているのに気付いた。


(そうか、ブリジットやレイモンド達も俺に協力していた。共犯扱いされるかもしれないんだ……)


 アイザックは自分の身の安全だけではない。

 この一件に関わった者達の安全も確保しないといけない事に気付く。


(どうすればいいんだ……)


 エリアスだけなら、靴の裏でも舐めれば叛意がないと信じてくれるかもしれない。

 だが、各国の使節団と共にエルフやドワーフの大使達と話し合いをしていたのなら別だ。

 体裁を考えて、厳しい処分を下さなくてはならなくなる。

 生半可な弁解では逆効果になるだろう。

 夏休みの工作気分で軽い気持ちでやっていただけに、突然の展開にストレスで吐きそうな気分になっていた。

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― 新着の感想 ―
うわ~、紐なんかで固定していなかったのか。 これは大変だ。
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