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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第十二章 王立学院二年生前編 十六歳~十七歳
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303 十六歳 ジュディスに迫る危機

 六月の半ば。

 気温で汗ばみ始める季節。

 帰宅したアイザックは、自室で考え事をしていた。


 カニンガム男爵との会談のあと「まだ採用するかどうかはわからないから黙っておいて」と言って、ノーマンとトミーにしっかりと口止めをしておいた。

 議会の設立を考えているなど噂されては大問題だからだ。


(そんなもん、俺がやるはずないだろうに……)


 アイザックは公爵にまでなった。

 閣下と呼ばれ、国王の次に偉い立場。

 貴族による議会とはいえ、議会などというものを作ってしまえば権力の弱体に繋がる。

 一度作ってしまえば、ドワーフに対する物わかりがいいアピールとして、エリアスが平民を議会に参加させたりするかもしれない。

 そんな事になってしまえば、やがて貴族制度の崩壊に繋がっていくだろう。

 権力を握った今、わざわざドブに投げ捨てるような真似をする理由がない。


(でも、そういう誤解をされているなら悪くない。パメラの事がバレるよりずっとマシだ)


 とりあえず、最悪の事態は避けられた。

 その上で、ウィルメンテ侯爵を巻き添えにする準備も整った。

 今回の一件は最悪どころか、最高の結果だといえる。

「禍を転じて福と為す」や「万事塞翁が馬」といったことわざがアイザックの頭に浮かぶ。


(あとは冬場になってから、本人にサインしてもらえば完璧だな。頭がいいからって、考えすぎじゃないの? あそこまで考えるのは凄いけどさ)


 アイザックはカニンガム男爵の事について考える。

 様々な要素を組み合わせて、答えを導き出したのはさすがとしか言いようがない。

 その答えが間違っていたとはいえ、そう考えた理由はアイザックも「なるほどな」と思うものだった。

 生粋の王国貴族が考える事としては、なかなかの考え方だ。


 ――だが、考えすぎでもあった。


 アイザックは、そこまで政治に関心があるわけではない。

 もっとシンプルに考えれば「王家に叛意がある」とわかっていたかもしれない。

 頭がいいからこそ「そんなはずがない」と、自分から答えを限定してしまっている。

 優秀ではあるが、それ故に型にはまってしまっているように思える。

 しかし、馬鹿のフリをするのは柔軟性が求められる。

 彼を評価するとしても判断が困るところだった。


 だが、使える事は使える。

 突然馬鹿のフリをするのではなく、ずっと馬鹿のフリを続けていたというのには価値がある。

 優れた者との会話では警戒しても、そうでない者との会話では油断しやすい。

 クロードもそうだ。

 他の貴族とは営業スマイルを浮かべ、言葉尻を捕らえられないように話していたが、カニンガム男爵には気を許していた。

 裏のなさそうな彼になら気楽に話せるのだろう。

 それに、チョコレートという共通の話題があった事が功を奏した。

 それなりに親しくなれそうな雰囲気になっており、アイザックの思った通りだった。


 とはいえ、良い事ばかりでもない。

 苦みのあるチョコレートをベースに使ったステーキソースや、サラダ用のチョコレートドレッシング。

 チョコレートを使ったグラタンなどにも挑戦し「チョコはお菓子に使うもの」という先入観を持っている料理人達に気持ち悪がられていたが、二人は厨房で一緒に新商品の開発を楽しんだりしていた。

 当初はその事でアイザックは苦情を入れられていたが、料理人達はすぐに苦情を言わなくなった。


 ――アイザックはアイザックで問題があったからだ。


 アイザックは醤油が届いたのをきっかけに、豚骨多めのブイヨンに醤油を加えて、豚骨醤油風のスープを作って、ラーメンができないか挑戦したりしていた。

 これによって料理人達には「食べ物に関しては、この人に相談してもダメだ」と思われるようになってしまう。

 代わりに館の主であるモーガンに苦情が入れられるようになったが「アイザックに何か考えがあるのかもしれない」と、アイザックやクロード達の行動を黙認する。

 モーガンが動かなければ、身近で得体の知れないものを作られるのを防ぐ手立てがない。

 アイザックやクロードが関わっている事なので、料理人達は諦めて受け入れる事しかできなかった。


 醤油はアイザックが独占するのではなく、主立った貴族や学院の家庭科部などにも提供されている。

 当然、パメラにも渡した。

 嬉しそうに受け取る彼女の笑顔を見て、テンションが上がって抱き着きたくなるのを我慢するのが大変だったくらいだ。

 だが、実際に醤油を使った料理を食べて、あの素晴らしい笑顔が曇るかと思うと気分が滅入る。


(エルフの文化に興味があるとはいえ、食べ物の好みは人によるもんなぁ……)


 お土産として有名なお菓子だって「貰いものだからくれた人に言わないけど、口に合わなかった」というものもある。

 パメラは「美味しかった」と言うだろうが、それが本心かどうかわからない。

 この世界の人には、醤油や味噌の評価はイマイチだ。

 アイザックも前世の記憶がなければ、食べようとは思わなかっただろう。

 侯爵家の料理人は一流。

 醤油や味噌があると知らなければ、この世界の料理で満足していたくらいだ。

 アイザックも、懐かしい味を求める気持ちがあったから美味しく感じるのだという事くらいわかっている。

 パメラが喜んでくれる事には、さほど期待していなかった。


(そうなると、醤油で喜ぶのがニコルだけって事になるな……。どうせ演技だろうけど、それだけは嫌だ。だったら、世界で俺一人だけが満足しているという結果でもいい)


 ニコルは醤油をプレゼントすると喜んでくれるが、アイザックは演技だと思っていた。

 

 ――男を騙す完璧な演技だと。


 もし、本当に喜んでいたとしても、共通の好みを持つ唯一の相手がニコルだというのは悲しい事実だ。

 原作ゲームの設定なのかまでは知らない。

 だが、もしそうだったのなら、どんな考えでニコルにそういう設定をつけていたのか……。

 転生者の自分を攻略するための設定のようで恐ろしく感じる。


(そもそも前世の記憶があっても、子供の頃に有利なだけなんだよな。段々と原作との違いも出てきてるし、細かいところを知らないからあてにならなくなってきてるし)


 アイザックは、ブラーク商会とグレイ商会に作らせておいたものを手に取って眺める。

 木工品の扱いが得意なブラーク商会に作らせたのはヨーヨーだ。

 丸く削った木のパーツに紐を付けただけのものだが、子供のおもちゃとしては十分なはず。

 ケンドラが気に入ってくれるかわからないが、楽しんでくれたら嬉しい。


 そして、グレイ商会に作らせたのはマジックナイフ。

 本物ソックリのナイフだが、バネを使って中に引っ込むようになっているドッキリ用のおもちゃだ。

 見た目が本物ソックリなので、ナイフの切っ先は鋭い。

 こちらもケンドラ用のおもちゃとして考えていたが、ケンドラに怪我をさせたくないという判断により、試作品だけ作らせて生産を取りやめた。

 やはり、子供のおもちゃは安全第一である。


 しかし、アイザックはそういう知識を活かしたいわけではない。

 本当は前世の知識を活かして、もっと格好よく権力奪取をしたかった。

 だが、前世の知識があっても、他の子供達よりスタートを早く切れたというだけ。

 スタートダッシュが終わったら、徐々に追いつかれてしまうかもしれないという怖さを感じる。

 それは「せっかく前世の記憶があるのに、自分にはおもちゃのような物しか作れない」という目の前の現実によって、嫌というほど思い知らされる。

 アイザックはナイフの刃先を押して動かし、カチャカチャと音を鳴らして遊ぶ。


(俺はこのナイフと同じ。見た目だけの張りぼてだ……)


 カニンガム男爵と会ったせいで、アイザックは少しナーバスになっていた。

 答えが間違っていたとはいえ、自分なら限られた情報からあの答えを導き出せるかわからない。

 せいぜい何かがあると思う程度だろう。

 できる男の姿を見せつけられ、自分との差を見せつけられたと思っていた。


 生まれたばかりの子供達が0からのスタートで、アイザックの能力が10だとすると、他の子供達とは比べ物にならない大きなリードとなる。

 だが、アイザックが真面目に勉強して15にまで成長しても、世の中には20や30という優れた者達がいる。

「本物の天才を前にしては勝ち目がない」と自信を失いそうになっていた。


(でも、諦める必要なんかない。自分の力では無理でも、頼りになる奴を使いこなせばいいだけだ)


 とはいえ、頼りになる者がいない。

 他の者とは違う特別な存在と言えるのはマットくらいだ。

 しかし、彼は個人の武勇に優れているだけ。

 考えを補佐してくれる頭脳派が必要だ。

 幸い、カニンガム男爵を利用できそうな状況になってくれたので、彼を上手く利用していくしかない。

 問題があるとすれば、肝心な事に関して相談できないというところだろうか。


(ノーマンが英才教育を受けているから、頼りになる相談役になってくれてるといいな)


 今のところ、彼の成長が頼りだ。

 ノーマンなら多少踏み込んだ相談をしても大丈夫なはずだ。

「アイザックとは無関係です」と言い逃れするには、もう遅い。

 無関係を主張するには付き合いが長すぎるし、誰がどう見てもアイザックの腹心だ。

「反乱の事は知らなかった」と言い訳できないところまで深い関係になっている。

 毒を食らわば皿までの精神で、協力してくれるはずだ。


(ノーマンを呼ぶか)


 もちろん、いきなり反乱の相談をしたりはしない。

 カニンガム男爵との会談を受けて、今後勢力を拡大していく指針を定めるつもりだ。

 どこから味方に付けていくのかという意見を求めようとしていた。

 部屋を出て呼びに行こうとしたところで、アイザックはおもちゃのナイフを持っていく事にした。

 ちょっとだけ驚かせてやろうという、いたずらのためだ。

 革で作られた鞘に入れ、ベルトに紐でぶら下げる。


(こういう時、あのパチッって止まるボタンがあると便利なのになぁ。紐でくくらなくてもベルトに吊り下げやすくなるのに)


 アイザックはスナップボタンの事を思い浮かべると、すぐに紙にアイデアを書き留めた。

 これはこれでジークハルトが喜ぶはず。

 ついでに、リベットボタンなどのアイデアも書き連ねる。


「よし! ……じゃねぇよ!」


 思わず口をついて出た「よし!」という言葉に、そのままツッコミをいれてしまう。

 こういう「あったら生活に便利なもの」のアイデアが真っ先に浮かび、それを喜ぶ自分が悲しくなる。

 無意味ではないが、自分のやりたい事と違いすぎてガッカリしてしまうのだ。

 落ち込むアイザックの耳に、ドアがノックされる音が聞こえてくる。


「アイザック様! 大変です!」


 ドアの向こうからノーマンの声が聞こえる。


(大変って、俺が呼ぼうと思っていた事がテレパシーで伝わったからか?)


 そんなわけはないと思いつつ「どうぞ」と声をかける。

 アイザックが入室の許可を出すと、顔を青ざめさせたノーマンが入ってくる。


「どうした、ノーマン? 誰かが死にそうなのかい?」


 あまりの慌てっぷりに、アイザックは軽口を叩いて落ち着かせようとする。


「その通りです。よくご存知で」


 だが、ノーマンの言葉で今度はアイザックが動揺させられる。


「ランカスター伯爵家のジュディス様が下校中に教会の者に捕らえられました。罪状は不明。ハンス様から、この事を知らせる使者が到着しました」

「お、おぅ……」


 アイザックは、確かにその事を知っていた。


(そういえば、ジュディスはマイケルによって教会に密告されて死刑にされるんだっけ……)


 マイケルのトゥルーエンドで、ジュディスは教会に民心を惑わす魔女として密告されて処刑されるらしい。

 エンディングで起きるはずのイベントが、学生の間に起きてしまった。

 つまり、マイケルの攻略はそこまで進んでいるという事だ。

 ニコルは頼もしいが、ジュディスが処刑されるのはマズイ。


(ランカスター伯爵は貴重な味方だ。見殺しにしたと思われるのは避けないと……)


 ハンスから知らせを受けているのに、何もしなければ絶対に恨まれる。

 外部相談役という肩書きだけの存在であっても、アイザックとしては辞任されるのを避けたかった。

 当然、ジュディスを助けたいという気持ちもある。

 アイザックが自分の都合でニコルを放置していなければ、ジュディスがマイケルに捨てられるような事もなかった。

 ニコルを放置していれば、いつかは彼女がこうなると想像はついていた。

 わかっていて見過ごしていた分のフォローはしなくてはいけない。


 それに、彼女は全世界の人間――いや、男達のために助ける必要がある。


「おそらくお爺様にも使者を出しているだろうが、こちらからも使者を出しておけ。それと、マットにエンフィールド公爵家の騎士団を招集させろ」

「はっ!」


 アイザックが指示を出すと、ノーマンは足早に去っていった。


(まったく、マイケルも厄介な事をやってくれる。だが、今の俺なら対処可能だ)


 極端な話、エンフィールド公爵(・・・・・・・・・)としてなら、どんな対応をしても許される。

 王族に対する罪以外は免れるので、物理的な解決手段を取る事も可能。

 問題があるとすれば、教会と敵対する事の影響だ。

「教会関係者と揉めただけで、神を軽んじたわけではない」と言っても信じない者は多いだろう。

 宗教を敵に回した時、厄介な事になるのは目に見えている。

 織田信長と本願寺のように、泥沼の戦いにはしたくはない。

 大司教のセスと話し合って、上手く折り合いをつける必要がある。

 厄介な事ではあるが、やってのけなくてはならない。


 アイザックはマーガレットのもとへ向かう。

 念のために出かける報告をするだけだ。

 丁度パメラの祖母であるローザと話をしていたが、すぐに噂になって知られる、隠す必要のない事。

 なので、普通に話を切り出す。


「お婆様、ランカスター伯爵家のジュディス嬢がトラブルに巻き込まれたようなので助けにいってまいります」

「そう……、手助けは必要?」


 マーガレットは、ローザをチラリと見る。

 ランカスター伯爵家は貴族派である。

 貴族派筆頭のウィンザー侯爵家の力が必要になるかもしれない。

 ここでローザに話を通しておけば、後々楽になるだろうと思い、彼女はアイザックに尋ねていた。


「いいえ、その必要はありません。すぐに片づけてきます。夕食までには戻ってきますよ」


 だが、アイザックは協力を断った。

 セスとは顔見知りであるし、いざとなったら公爵の肩書きを使って力技で片をつけられる。

 そして何よりも、ローザの前で格好をつけたかったというのもある。

 彼女はパメラの祖母。

 彼女の口から「アイザックくんって格好よかったわよ」という感じでパメラに活躍が伝わると嬉しい。

 しかし、格好をつけたせいで早期解決をせねばならなくなったので、自分の首を絞める事にもなっていた。


「お邪魔致しました。ごゆっくりどうぞ」


 アイザックはニコリと笑い、一礼してからその場を去っていった。


 玄関を出ると、ノーマンやマット達が待っていた。

 アイザックは自分の馬に乗り、馬上から彼らを見回す。


「諸君の中にはウェルロッド侯爵家の騎士を兼任している者も多い。だが、今はエンフィールド公爵家の騎士だという事を覚えておけ。誰かに聞かれても、エンフィールド公爵家の騎士として行動したと答えるように」

「はっ!」


 これは責任逃れのためである。

 ウェルロッド侯爵家の騎士であれば、街中での騒ぎは罪に問われる。

 だが、エンフィールド公爵家の騎士だと、アイザックの命令に従っている限りは罪に問われない。

 これは公爵の特権である。

 その事は、命じられる彼らもわかっていた。

 騎士達の間に緊張が走る。

 そして、この時アイザックの脳裏を後悔がよぎる。


(馬に乗る前に、乗馬服に着替えておけばよかったか……)


 幸いな事に、教会まではそう遠くない。

 股ずれが起きない事を願うばかりだ。


「総員騎乗! 教会へ向かうぞ」


 アイザックの命令により、エンフィールド公爵家の騎士達は素早く動き出した。

 これがエンフィールド公爵となったアイザックによる初の出動命令である。

 騎士達は緊張だけではなく、不思議な高揚感を覚えていた。



 ----------



 教会に着くと、大勢の見物客が集まっていた。

 馬上から何が起きているのかを確認すると、教会前の広場でジュディスが木の柱にくくりつけられているのが見えた。

 足元には大量の薪が積まれている。


「エンフィールド公のお通りだ。道を空けよ!」


 マットが広場に響き渡る大きな声で観衆を退けさせる。

 すると、広場の前で押し合い圧し合いする一団が見えた。

 鎧の紋章で、ランカスター伯爵家とブランダー伯爵家の騎士だとわかる。

 さすがに街中で剣を抜いての争いをしない程度の分別はあるようだ。


「エンフィールド公、お力添え感謝します!」


 ランカスター伯爵家の騎士がアイザックに声をかけてくる。

 彼にアイザックはうなずいて応える。

 そして、ブランダー伯爵家の騎士の方を向く。


「ブランダー伯爵家の騎士に問う。なぜジュディス嬢を殺そうとする?」

「それは、ジュディス様が魔女だとマイケル様が仰いまして……。つつがなく処刑が進むように警護を手伝えと我らに命じられました」

「で、マイケルは?」


 周囲を見回すが、マイケルの姿がない。

 だから、アイザックは彼の居場所を尋ねた。


「お屋敷におられます」

「そうか……」


(自分で殺すように命じておいて、その結果を見るのが怖いのか? 情けない)


 アイザックは自身の手でネイサンを殺した。

 そうする事で、自分に対する畏怖の念を強めようとしたのもあるが、誰かに命じればその命じられた者が恨まれるからだ。

 婚約者であるジュディスを殺すというのに、すべて自分で背負う覚悟もないマイケルの事をアイザックは軽蔑する。


「道を空けろ。さもなければ、力尽くで押し通る! もちろん、お前達が歯向かえば、ブランダー伯爵家によってエンフィールド公爵家が攻撃されたと王家に訴え出るぞ」


 アイザックの脅しによって、ブランダー伯爵家の騎士達が道を空けた。

 これは脅しではあるが、命じられる立場の彼らを助ける意味もある。

 さすがにエンフィールド公爵を敵に回すような事は、現場の彼らでは判断できない。

 当然、反撃もできずに一方的に殺されるのもまっぴらだ。

 アイザックがエンフィールド公爵の名を出して脅したおかげで、堂々と道を開く口実ができたという事。

 軽い脅しによって、血が流される事なく道が開ける。

 そこをランカスター伯爵家の騎士が、真っ先に突破しようとする。


「待て、お前達はここで待機だ」


 そんな彼らを、アイザックが止める。


「なぜです? ジュディス様を助けないと」


 ジュディスが捕らわれたとあって、彼らも焦っているのだろう。

「下校中の事なので自分達には責任がない」といっても、見過ごせるような事ではない。

 だが、彼らがいないほうがいい理由があった。

 

「この場はエンフィールド公爵である僕が預かる。ランカスター伯が王都に滞在中であれば別だが、今は自領に戻っておられる。騒ぎが大きくなれば、きっと厄介な事になるだろう。けど、エンフィールド公爵(・・)とその騎士団の行動なら大きな問題にはならない。意味はわかるね?」

「エンフィールド公……。ありがとうございます」


 アイザックが公爵(・・)を強調すると、ランカスター伯爵家の騎士も理解してくれた。

 彼らは騒動が大きくなれば罪に問われるが、アイザックと命令に従う家臣は罪に問われない。

 強引な手法を採るにしても、ランカスター伯爵家の騎士はいない方が都合がいいのだ。

「アイザックは暴力的な手段も厭わない」という印象も、今回ばかりはプラス要素だった。

 アイザックと公爵という肩書きの相乗効果により「どんな手を使ってでもジュディスを助けてくれる」という信頼感を、彼らに与えていた。

 だから、大人しく場を見守る事を了承してくれた。


 同時にブランダー伯爵家の騎士達は「とんでもない奴が首を突っ込んできた」と顔を青ざめさせていた。


 ――マットやトミーという実力派が揃い、下手に手出しのできない相手。


 今の王都で王家の次にやり合いたくない相手が、こんなにも早く出てきてしまったからだ。

 マイケルがいないせいでどうすればいいのかわからず、対応に困って呆然と立ち尽くす事しかできなくなっていた。


 アイザックが馬を進めると、マット達も追従する。

 一行は観衆や騎士達の間を通り、様子を見守っていたセス達のもとへと向かっていった。

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― 新着の感想 ―
マイケルの暴走? ニコルが仕掛けたとしては今の時点で報復を防げるほどの権力がないからリスキー過ぎる。それともアイザックがパメラを手にするための自分が必要だとわかったから庇われると思った?
[気になる点] これまで何度も腹心(ブレーン)に関する伏線貼られてきたけど、この先回収されると思っていいんですかね?
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