296 十六歳 カニンガム男爵の深読み
二年生になったり、婚約したりしたので、アイザックはいい機会だと思ってパメラと会う事にした。
ニコルと同じクラスにもなっているのだから、その事も話をしておいた方がいいと思ったからだ。
いつも通り、ルーカスを通してアポイントを取る。
パメラにも予定があるので、二日後に会おうという事になった。
今回、同行者としてルーカスの他にカイも連れてきている。
同じクラスになったという事もあり、話し合いに参加してもらういい機会だったからだ。
「できれば共犯者に」という思いもあった。
――久々の密会。
アイザックはパメラと会うのを楽しみにしていたが、彼女はそうではなかったらしい。
アイザックを見る目が少々不審なものを見る目になっていた。
「お久し振りですね。いかがお過ごしでしたか?」
だが、アイザックは普段通りの態度で話しかける。
大体の予想はついていたからだ。
「春休みまでは不安を覚えつつも平穏でした。でも、新学期早々にとんでもない事になってしまって……。ジェイソンがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。婚約者として代わりに謝罪いたします」
パメラもアイザックを問い詰める事から始めたりはしなかった。
まずは婚約者のジェイソンがしでかした事を謝る。
「いえ、いいんですよ。決闘騒ぎがなければ、僕もリサと婚約する事もなかったでしょう。あの事件のおかげで僕も踏ん切りがつきました。恨んだりはしておりません」
これは本当の事だった。
何かきっかけがなければ、リサとは婚約できなかっただろう。
ずっと宙ぶらりんのままで、彼女にもどかしい思いをさせ続けていたところだ。
ジェイソンの行動は腹立たしいが、アイザックやリサにも利益があったので、感謝まではしないが必要以上に責める気はなかった。
「そう言ってくださると助かります。……アイザックさんが婚約したいと思うほど、リサさんは魅力的な方なんですか?」
やはり彼女もリサの事が気になるらしい。
それもそうだろう。
アイザックとは、お互いに好き合っていたという話をした仲だ。
そんなアイザックが、あっさりと婚約した相手の事が気になるのも当然の事。
興味を惹かれる話題である事は確かだ。
アイザックも、パメラには説明しておく必要があると思っていた。
将来的に、二人には仲良くしてもらわなくてはならないからだ。
「魅力的です」
中途半端な事は言わず、アイザックは断言した。
パメラの口から、リサを軽んじるような言葉は聞きたくなかったからだ。
彼女にニコルと同じような事は言ってほしくないという願いである。
それに、彼女もジェイソンの事を「好きです」とハッキリと言っていた。
中途半端な言い方は、逆効果になるかもしれない。
だからこそ、アイザックはキッパリと断言したのだ。
「それと、おそらく噂で聞いていると思いますが、幼い頃から僕を支えてきてくれた女性です。容姿だけではなく、性格面でも十分な魅力的な人だと思いますよ」
「アイザックさんが選ぶような方ですものね。それだけの理由があるという事なのでしょう。ですが、大丈夫なのですか? 男爵家の方では、サンダース子爵夫人のように苦労されるのでは……」
パメラはリサの心配をした。
その事自体は嬉しい事だ。
アイザックは彼女の心配を解消しようとする。
「母上はメリンダ夫人がいたから苦労したのです。あのような状況にならない限り、リサが肩身の狭い思いをする事はないでしょう。本人も第二夫人としての立場で考えてくれているので、誰かをあとから第一夫人として迎えても混乱も起きないはずです」
「第二夫人……」
どうやらパメラはアイザックの答えの一部分が気になったようだ。
「それが何か?」
「いえ『婚約してほしい』と最初に言われる時くらいは『君が一番だ』と言ってほしかったのではないかと。二番目を前提に話をされるというのは、お互いの立場があるとはいえ、いい気はしないのではないかと思いまして……」
「それは……」
彼女に言われて、アイザックもようやく思い至った。
いずれ第一夫人として誰かを迎えるにしても、婚約前から「二番目ね」と言われるのはいい気がしないだろう。
ルシアとメリンダの事があったので、家庭の安全のために配慮していた事が、リサの心境に配慮できていなかったという事になる。
(よくOKしてくれたな……。いや、でもあれがベストだった気がする)
今思えば、あの言い方はなかったような気がする。
一歩間違えれば、リサが断っていてもおかしくない言い方だった。
しかし、婚約前から話しておくのと、婚約後しばらくしてから話されるのとでは、どちらがいいかはアイザックには判断できない。
あとで話すと「あれ? 他の女にも手を出すの?」と騙し打ちのように思われかねないからだ。
先に説明しておいて、納得の上で婚約するというのは、アイザックなりに誠意のある対応だったように思える。
一概に間違っているとは言い切れなかった。
だが、パメラが言っているのは告白された時の気持ちの問題だ。
最初くらいは、ちゃんと愛しているという気持ちを伝わるようにしておいてあげてくれと言っているだけだ。
第一夫人として扱えというわけではない。
「確かに、第二夫人などの事は話さなくてもよかったのかもしれません。わざわざ言わずとも、リサは理解していたでしょうから。でも、フォローはしておこうかと思います」
(パメラはリサと上手くやってくれそうだな。わざわざ心配してくれているくらいなんだし)
アイザックは、答えながらそんな事を考える。
パメラは自分が危うい立場なのに、リサの心配までしている。
どこぞの無神経な女とは大違いだ。
きっと彼女なら第一夫人になっても、第二夫人のリサをいじめたりはしないはず。
アイザックの中で「是非ともパメラを迎えたい」という気持ちが一段と強くなる。
「ところで、パメラさんが気になっているであろうニコルさんの事ですが――」
ここでアイザックは本題を切り出した。
「彼女と話した事で、ジェイソン殿下が興味を持たれる理由がわかったような気がします」
「本当ですか!?」
パメラの両目が大きく見開かれる。
これは理由がわかったというだけではなく、アイザックがニコルと話していたのは、彼女の事を調べるためだったとわかった事も大きかった。
遠巻きに見ていた時、パメラは「またニコル相手にデレデレして」と思っていた。
だが、それがニコルの事を調べるためだというのなら別だ。
女にだらしないのではなく、仕事と割り切ってやっていたのなら受ける印象は大きく変わる。
アイザックは知恵者としては信頼されていたが、男としては信用されていなかったらしい。
悲しい事だが、これも今までの積み重ねによるものである。
「本当ですよ。ジェイソン殿下は、おそらくニコルさんの奔放な振る舞いに興味を惹かれたのでしょう。殿下の周囲にあのように自由な振る舞いをされる方がいましたか?」
アイザックは、パメラにそれっぽい理由を話す。
まさか彼女に「無礼な振る舞いをするニコルの事を受け入れていたのを、前世の知識で知っていた」などとは言えない。
だから、珍しさで興味を持っているのだという形で説明した。
これにはパメラにも思い当たるところがあったようだ。
うなずいて同意を示す。
「確かにそうかもしれません。あそこまで自由な振る舞いをする人はいません。唯一いるとすれば、親友のフレッドさんですわ」
「フレッドもかなり自由に動くタイプですね。それと、あまり礼儀正しいとは言えない。殿下はそういうタイプの人間に興味を惹かれるのかもしれません」
パメラに言われて、ジェイソンの友人選びが下手な事をアイザックは実感する。
フレッドは侯爵家の息子とは思えないほど、表面を取り繕う事ができない。
ニコルも今までどんな教育を受けてきたのか、アイザックが疑問に思うほどである。
そういうタイプの人間に興味を惹かれるのなら、ジェイソンがニコルと親しくなっていくのも無理はない。
「そして、それだけではありません。やはり、あのように自然に接触してくるのが思春期の男子には効果的であると認めざるを得ません。パメラさんも殿下とはパーティーで腕を組むくらいですよね?」
「ええ、普段から身を寄せるのは恥ずかしいので、エスコートしていただく時くらいですね。さすがにニコルさんのような振る舞いはできません」
「そういった行動もあって、殿下は心を揺さぶられてしまっているのでしょう。他の人がやらない事をするからこそ、どうしても興味を惹かれてしまうのです」
アイザックの言葉には説得力があった。
彼がかつてニコルの魅力に負けていた事を、パメラも知っているからだ。
「ですが、それだけでしょうか? ニコルさんにもっと人を惹きつける特別な何かがあるような気がするんです」
だが、パメラはそれだけでは納得しなかった。
彼女は彼女なりにニコルの異常さに気付いている。
去年の一年間は同じクラスだったのだ。
何かに気付きもするだろう。
しかし、そこに気付かれるわけにはいかない。
「当然あるでしょう。誰もが振り返るような美貌と学年トップクラスの頭脳を併せ持っているんです。只者ではありませんよ。もちろん、パメラさんもね」
アイザックは、さり気なくパメラの事も褒めた。
彼女も美しさと頭脳を併せ持っている。
その考えを間接的に伝えた。
これにはパメラもまんざらではなかったようだ。
笑みを見せる。
「同世代の代表格であるアイザックさんにそう言っていただけるとは光栄です。アイザックさんも多くの女性を惹き付けておられますものね」
どうやら今の笑みは少し意地悪な意味が含まれていたようだ。
アイザックの周囲にいるのはニコルだけではない。
ロレッタやアマンダも十分に魅力的な相手。
彼女達がいつも近くにいる事を指摘していた。
もしかしたら、パメラにも少しは嫉妬のようなものがあるのかもしれない。
だが、婚約者がいる身で嫉妬を表には出せないので、こうしてチクリと言うのが精一杯なのだろう。
「いえ、そうでもありませんよ。ほとんどの方が僕の肩書きに興味があるのでしょう。僕自身の事に興味を持ってくれている人がどれだけいる事か……。もちろん、好意的な態度を取ってくれるのは嬉しいですけどね。でも、自分が愛している人に好かれないと意味がありません」
もちろん、この愛している人とはパメラの事だ。
ジッと彼女の目を見て話す。
リサの事も愛しているが、それはまた別の話。
今はパメラに向けて話しているので、彼女の事のみ話している。
アイザックの言葉を聞いてパメラの頬がほんのりと赤らむ。
とはいえ、喜んだりはしなかった。
いくらアイザックに望まれても、ジェイソンという婚約者のいる彼女にはできない事だったからだ。
「なるほど。愛し合う事ができるリサさんと出会えた事は、アイザックさんにとって幸せだったのですね」
「ええ、そうですね」
だから、彼女はリサとの婚約を祝福した。
彼女は「自分にも婚約者がいるけれど、アイザックをキープしておきたい」とは思わなかったようだ。
こういったところでニコルとの違いを見せてくれるのは嬉しかったが、それだけに彼女をすぐに自分のものにできないもどかしさをアイザックは感じる。
そして、同時に「パメラも、リサも」と欲張る自分が恥ずかしくも思った。
だが、欲しいものは欲しい。
いつかは手に入れると思っているから、今は我慢できているのだ。
「ですが、だからこそニコルさんとの距離を離された方がよろしいのではないでしょうか? あのような方が近くにいるというのは、リサさんにとっても面白くない事だと思います」
どうやらパメラは、ニコルがアイザックの近くにいる事が面白くないようだ。
――ニコルはジェイソンを狙う憎い相手。
そんな相手と仲が良さそうに話しているのを見れば、アイザックの事を信用できなくなってしまうのも無理もない。
「大丈夫ですよ。ニコルさんにどう対処するにしても、まずは彼女の考えを知らねばなりません。話をする事で対処方法を考えるきっかけになります。それに、僕が彼女の話し相手になる事で殿下への接触回数を抑えられる効果もあります。リサに不要な心配をさせるつもりはありませんが、これも必要な事なのです」
ニコルと同じクラスになった時点で、彼女を心配させてしまう事はアイザックもわかっていた。
だから、準備していた答えを伝える。
この答えに、パメラも理解を示――
「その割には、ニコルさんに抱き着かれて嬉しそうでしたが」
――してくれなかった。
ニコルに抱き着かれても、すぐに振り払わなかった事を疑問に思っているようだ。
この事は以前にも言い訳していたが、パメラにはまだまだ理解してもらえていないらしい。
(もしかして、嫉妬深い? それとも、ニコルに攻略されないか心配しているだけ? もし嫉妬だったら、リサの事は本当に大丈夫なんだろうか……)
パメラの本心がわからないため、アイザックは不安を覚えてしまう。
「それはですね……。ルーカス、シャロンさんの隣に座ってくれるかな?」
彼女にしっかりと理解してもらうため、ルーカスの協力を得る事にする。
「えっ、いいですけど……。なんでですか?」
ルーカスは疑問を口にしながら、シャロンの隣に座る。
「パメラさんに理解してもらうためさ。シャロンさん、ルーカスの腕に抱き着いてみてくれますか?」
「ええ、かまいませんよ」
「シャ、シャロン!?」
シャロンはアイザックに言われるがままにルーカスの腕に手を回す。
すると、ルーカスが体を硬直させた。
予想外の事態に、頭の回転が追いついていないようだ。
そして、それはパメラも同じ事。
なぜ二人にこんな事をさせるのかがわからなかった。
「見てわかる通り、男というものは好きではない女性に抱き着かれても、簡単に振りほどいたりできない生き物なのです。殺意を持っているほど憎い相手でもない限り、少し嬉しくさえ思ってしまうものなんですよ。ですから、ニコルさんに抱き着かれた時にも簡単には振り払えないんです。これは先ほど話したように、殿下も同様だと思われます」
アイザックは、先ほど説明した事を交えて言い訳をした。
ニコルは男の腕に遠慮なく抱き着いてくる。
それが少なからずジェイソンにも影響を与えているという事を主張し、男全体が似たようなものだとする事でパメラの理解を得ようとしていた。
「違うよ、僕は誰だっていいわけじゃない!」
だが、ルーカスがアイザックの言葉を否定する。
アイザックにとって想定外だったのは、ルーカスとシャロンの関係が頭から抜けていた事だろう。
「僕はシャロンだからドキドキしているし……、嬉しいんだ! 他の女の子に抱き着かれても喜べるかどうか……」
――実質的な告白。
これにはシャロンも驚いて――はいなかった。
「ルーカス……。ようやく言ってくれたのね」
彼女はルーカスの気持ちに気付いていたようだ。
そして、それを口にしてくれるのを待っていたらしい。
ちゃんと告白をしたわけではないが、実質的に想いを伝えてくれた事で満足しているように見える。
彼女の反応を見て、ルーカスは自分が何を言ってしまったのかに気付いてあたふたとする。
「あの、シャロン。今のは、その……」
「あら、もしかして取り消すの?」
シャロンが残念そうな顔をすると、ルーカスは助けを求めるかのようにアイザックに視線を投げかける。
「ルーカス、あとは君次第だ」
――アイザックは、そう言って逃げた。
(……そういえば、ルーカスはシャロンが好きなんだっけ?)
初めてルーカスに誘われた時、アイザックは合コンの誘いだと思っていた。
その時――
『行ってもいいよ。今日は予定が入ってないしね。そこには女の子が二、三人待っていて、一人は僕と話したい子。そしてもう一人はルーカスが気になっている子なのかな』
『詳しい事は何も言ってないのに、どうしてそこまでわかるの!』
――という事を話していた。
「パメラが待っていた」というインパクトの強さに隠れてしまい、ルーカスの気になる相手も一緒にいたという事を忘れてしまっていた。
つまり、ルーカスがパメラと一緒にいたシャロンの事を好きだという事をだ。
その事をつい失念してしまっていたので、適切ではない人物を証明に利用してしまった。
これではパメラに「男は色気に弱い」という事を証明できない。
(カイを使うべきだったか。でも、さすがにほぼ初対面の相手に抱き着けなんて言えないしなぁ……)
人選ミスに気付いても、アイザックにはどうしようもなかった。
シャロンに嫌がられたらおしまいだ。
当然、パメラに抱き着かせるつもりはない。
そもそも、そんな頼みを聞いてもらえるのなら、自分に抱き着いてもらっている。
カイに抱き着かせたりはさせない。
結局、女に弱いという言い訳は、今回の同行者では証明できなかったという事だ。
これはアイザックのミスだった。
「ずっとシャロンの事が好きだったんだ。でも、シャロンだったらもっと良い相手が見つかるだろうと思って……」
「成績優秀でエンフィールド公の友人。そんな人がこの国にどれだけいるのかしら」
二人が上手くいきそうな雰囲気をかもしだしている。
アイザックは、自分一人が女に弱いスケベな男だと思われる危険性を感じていた。
だが、この流れを変えようとする方が評価を落とすという事はわかっているので、このまま指を咥えて見ているしかなかった。
「シャロン。今度、家族に話してもいいかい?」
「ええ、いいわよ。私も家族にあなたの事を話しておくから」
二人の仲は、順調に進展していきそうな雰囲気だった。
話の流れにまったくついていけていないカイだったが、逆に冷静に状況を見ていただけあって、この時ばかりは誰よりも早く拍手をする。
すると、アイザックとパメラもカイに続いて二人に拍手を贈った。
ルーカスもシャロンも顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
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「さて、そろそろ帰ろうか」
パメラの誤解を解けないまま解散の時間がきた。
アイザックにとっては収穫もあった。
――パメラが意外と嫉妬深いようでありながら、リサの事を心配するなど優しさも持ち合わせているという事だ。
それだけに、ニコルに対しての態度をちゃんと言い訳できなかった事が悔やまれる。
「自分が好きだった相手がこんなにだらしない男だったなんて」と思われる事が恐ろしい。
一応、ニコルの事を知るためと、ジェイソンと接触する時間を減らすためと言い訳しているのでマシだが、もう少しちゃんと説明したいところだった。
しかし、あまり長居をしてしまっては密会の意味がない。
誰かに「放課後に長い時間どこに行っていたんだろう?」と疑問に思われ、調べられたら困る事になる。
ずっと話していたくても、適当なところで切り上げるしかなかった。
またの機会にじっくり話さなくてはならない。
「あっ!」
アイザックが個室のドアを開けたところで、カニンガム男爵とバッタリ出会ってしまった。
彼はアイザックを見ると、部屋の中にも視線を向ける。
すると、彼は軽く驚いていた。
(見られたか!)
彼はウィルメンテ侯爵の親友だ。
パメラとの密会を報告される恐れがある。
パメラとバラバラに帰るにしても、部屋を出る時に中を確認されると意味がない。
非常に危険な状態だった。
「これはこれはエンフィールド公、お久し振りです。パメラさんもお元気そうで何よりです」
彼はわざわざパメラにも挨拶をした。
この状況をどういう事かわかっていると、暗にほのめかしているだろう。
アイザックはなんとか誤魔化そうと必死に考える。
「お久し振りです、カニンガム男爵。今日は僕の友人のルーカスと、パメラさんの友人のシャロンさんの仲が進展したところなんですよ」
「ほう、そうなのですか」
なぜかパメラの姿を見た時よりも、カニンガム男爵が大きな驚きの表情を見せていた。
「エンフィールド公が仲介をされたのですか?」
「まぁ、そんなところです」
アイザックはしらばっくれた。
ルーカスをシャロンの隣に座らせ、抱き着かせたのは自分だ。
仲介したといえば仲介したようなもの。
まったくの嘘ではない。
「なるほど。だから、友人の見届け人としてパメラさんも同席されていたわけですね」
カニンガム男爵は一人で考え込む。
アイザックは、それをよろしくない状況だと思い、彼に過去の話を持ち出す事にした。
「そういえば、以前お話しした事を覚えていらっしゃるでしょうか? 以前の僕はただの跡継ぎという立場でしたが、今はエンフィールド公爵という肩書きがあります。僕の下でアドバイザーとして働いてはくれませんか?」
以前はなんの肩書きもない子供が、男爵家の当主に「自分の下で働け」という失礼極まりない状況だったが今は違う。
若造とはいえ、公爵家の当主の下にならついてもおかしくない。
カニンガム男爵には、お菓子作りのアドバイザーとして力を貸してほしかった。
話を逸らすのにも丁度いい内容でもある。
「アイザック、この人は……」
カイがアイザックの袖を引っ張って「やめておけ」と仕草で示す。
だが、アイザックはやめる気はなかった。
「わかっている。カニンガム男爵が誰の親友で、どんな風に噂されているかはね。でも、それは間違いだよ。カニンガム男爵は、力を発揮できる環境を用意すれば活躍してくれる人だ。そして、僕はその環境を用意できる。だから誘っているんだよ」
カニンガム男爵は、世間一般では無能と思われている。
ウィルメンテ侯爵の親友でなければ、貴族社会から弾き出されているだろうというくらいに。
それは本人も知るところだ。
なぜなら、本人がそう思われるように動いているからだ。
だが、アイザックは気にしないという。
カニンガム男爵は、アイザックには芝居を全てを見抜かれている事を諦めて受け入れていた。
しかし、受け入れられない事もあった。
「お誘いありがとうございます。ですが、やはりウィルメンテ侯を裏切る事はできませんので……」
馬鹿の振りをしていると見抜かれているとはいえ、それが友を裏切る理由とはならない。
カニンガム男爵は、アイザックの改めての誘いを断った。
「それは残念です」
そう言うアイザックは、ちっとも残念そうではなかった。
話を逸らすための適当な話題だったからだ。
その態度が却ってカニンガム男爵の思考を混乱させる。
「ところで、こうしてお店に来ていただけるとは、余程気に入っていただけたようですね。今の商品のラインナップについて軽いご意見だけでも聞かせてもらえませんか?」
「ええ、もちろんかまいませんよ」
アイザックは、帰り際にカニンガム男爵にそのように話しかける。
これもパメラから意識を逸らすためだ。
もちろん、彼の意見を聞きたいという思いもある。
ハラハラとするカイとルーカスを連れ、レジまで一緒に歩いていった。
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ハラハラとしていたのは、カニンガム男爵も同様だった。
店を出ると屋敷に戻り、机に向かう。
領地に戻っているウィルメンテ侯爵に手紙を送るためだ。
(さすがはエンフィールド公。油断も隙もない)
カニンガム男爵は、パメラと会っていた事を疑問には思わなかった。
同級生なら、異性でも放課後にお茶を飲む事くらいある。
それよりも、ルーカスとシャロンの仲を取り持っていたという事の方を重要視していた。
(珍しく醜態を晒したと思ったら、それを上手く利用するとはな)
アイザックが婚約の成立率に悪影響を及ぼしていたというのは、今年の入学式以来有名な噂だ。
すぐにリサと婚約したが、だからといって他の者達も婚約が決まるわけではない。
――まだ婚約者が決まっていない者達の仲を取り持ち、感謝されるように動いている。
彼はそのように考えていた。
(しかし、ウィンザー侯爵家ゆかりの者にまで手をつけるとはな。ウェルロッド侯は現状の維持を望んでいたはず。どういう事だ……。ハッ!)
カニンガム男爵は、一つの仮定を思いついた。
(ウェルロッド侯が一線を退くのが、そう遠くないという事か)
モーガンの年齢を考えれば、他の者に大臣職を譲っていてもおかしくなかった。
アイザックが卒業すると同時に大臣を辞し、アイザックに譲るくらいの事があってもおかしくない。
エリアスも、アイザックが相手なら「まだ若い」と拒否する事はないだろう。
むしろ、エリアス自身が望んで大臣職に就けようとするかもしれない。
カニンガム男爵が、そういう答えにたどり着くのも理由がある。
本来ならば、アイザックは領地に戻って領主としての勉強をするはずだ。
だが、ランドルフが病気療養中に領主代理として働いていたので、すでに実務を経験している。
頭脳明晰なアイザックならば、今更勉強し直す必要などないだろう。
ならば、卒業と同時に中央でなんらかの職に就いてもおかしくない。
しかも、貴族派の次代を担うランドルフは政治向きの性格ではなかった。
彼は元々「領主としては無難に統治するが、駆け引きができないので政治家としては不向き」と思われていた。
ロックウェル王国との戦争後は「突撃一辺倒の戦争狂」という評価になったので、尚更文官の多い貴族派の代表としては不向きと見られている。
だとすると、アイザックがランドルフの世代を飛び越えて、貴族派の代表格になる可能性もあった。
(……そうか、そうだったのか! 王立学院では第四の派閥として勉強会を開いているのも、そのためか!)
カニンガム男爵は、アイザックが何をしようとしているのかに気付いた。
(ウェルロッド侯は現状維持を望んでいるが、エンフィールド公は違う形を望んでいる。いや、未来の予測をしているというわけか。今の政治バランスが長くは続かないとみて、王党派や貴族派といった垣根を乗り越えた関係を作ろうとしているんだ)
考える方向は間違ってはいるものの、カニンガム男爵はアイザックが派閥を越えたものを作ろうとしているところまでは当てていた。
さすがに現段階で反乱にまで繋げて考えるのは無理だろう。
だが、それでも彼を悩ませるのには十分だった。
(学生にはエンフィールド公の手が伸びていると思った方がいいだろう。きっと、その親にも。これから大変な事になるぞ)
カニンガム男爵は、友人への手紙をしたためる。
ウィルメンテ侯爵家が王党派筆頭として、アイザックの勢力切り取りを防ぐのは困難だろう。
よほどの覚悟をしなくてはならない。
――このまま抵抗するか、懐柔を受け入れるか。
今日見て感じた事と共に、ウィルメンテ侯爵に今後どうするかを尋ねる。
今の王党派という形を維持するなら、派閥内の結束を固めておかねばならないからだ。
そのためにも、アイザックが行動するより早く動かなければならない。
(だが、あのエンフィールド公にあれほどまで高く評価されるのも悪くないものだな)
もしも、ウィルメンテ侯爵と親友関係でなければ……。
ただの主従関係であれば、アイザックの誘いに乗っていたかもしれない。
希代の英雄に高く評価されるというのは、やはり嬉しいものであった。
まだ風邪の影響があり、本調子ではありませんので土日はゆっくりする予定です。
おそらく月曜日の投稿はありませんので、次回はまた来週の金曜日くらいになるかと思います。






