294 十六歳 波及する婚約の衝撃
翌日、学校はアイザックがリサと婚約したという噂一色だった。
決闘騒ぎからリサとの婚約までの流れがたった一日で終わったのだ。
みんなが噂していた。
当然、ティファニーやアマンダの耳にも入っている。
「おめでとう。リサお姉ちゃんとなら納得かな」
リサを選んだ理由は、ティファニーにとって納得できるものだった。
それに、ティファニーには「なんで自分じゃないの?」と思ったりする理由もない。
ティファニーは、二人の婚約を素直に祝福した。
「お、おめでとう」
ティファニーと対照的なのがアマンダだった。
彼女は顔を引きつらせながら祝いの言葉をかける。
辛いと思いながらも、ちゃんと祝っているのは彼女のプライドによるものだ。
「ありがとう、嬉しいよ。そういえば、ごめんね。巻き添えにしちゃって。陛下に『お前のせいだ』って言われて動揺していたんだ」
「ううん、いいんだよ。ボクもまったく気にしてなかったから、みんなに迷惑をかけていたなんて気付かなかったし……。友達も何も言ってこなかったしね」
「そ、そうなんだ」
アイザックは、落ち着いたフリをして返事をする。
ポールから言われていたのに、それで気付かなかっただなんて事は言えない。
その事は、友人達の内だけの秘密にしておきたかった。
「それでさ。お詫びもしたいし、放課後にお菓子でも食べにいかない? 売り出す前の新作ケーキもあるよ」
ここでアイザックは、アマンダを誘う事にした。
話を逸らしたかったというのもあるが、お詫びをしておきたかったからだ。
人前だと「謝罪を受け入れたくない」と言えない雰囲気になってしまう。
――お菓子屋にでも誘って、雰囲気に流されないところでちゃんと謝罪をする。
それがアイザックなりの誠意だった。
レイモンドがポールに言った「女性を誘う時は日時を決めろ」という役立ちそうな助言を、さりげなく採用している。
しかし、アマンダは少し迷ったあと、力のない笑顔を浮かべてから首を横に振る。
「行きたいけど……、やめとくね。リサさんも婚約したばっかりで、アイザックくんが他の女の子と遊んでいるとかいい気がしないと思うからね」
それはアイザックにも納得のできる理由だったが――
(やばいな。そこまで怒らせていたか……)
――と思わざるを得なかった。
リサを口実に断るのは、もっともらしい理由だ。
だが、それ以上に謝罪の機会を与えようとしていないと感じていた。
これは、よほど怒っているという事でもある。
他の相手ならともかく、エリアス相手に道連れにしたのが悪かったのだと思い知らされる。
しかし、これはアイザックがそう思い込んでいただけだった。
実際は、感情があふれ出しそうになっているので、我慢するために誘いを断っていたというだけだ。
ティファニーと婚約するというのなら、覚悟ができていた分だけ堪えられただろう。
いくらなんでも、リサは想定外の相手だった。
――ティファニー以外にも好きな相手がいる。
その事実は、アマンダの心を強く締め付けて苦しめていた。
アイザックと二人っきりになれば、泣き出してしまうかもしれない。
みっともない姿を見せたくないという思いから、アイザックの誘いを断っていた。
「それもそうだね。また今度、都合が良い時を教えてよ。突然の事でまだドタバタしているから、もう少し時間をおいた方がいいだろうし」
「ごめんなさい……。こんな事になるなんて……」
ドタバタするきっかけとなったモニカがアイザックに謝る。
だが、アイザックは「いいんだよ」と首を横に振った。
「モニカさんは悪くないよ。気にしないで。ところで、ポールとはどうなったの?」
「うん、まぁ、その……。家同士の問題はないから、ちょっとずつ話していこうってなったの」
彼女は照れ笑いを浮かべる。
モニカの方は上手くいっているようだ。
自業自得とはいえ、ダリルだけが不幸になっている。
そんな彼の姿は教室にない。
さすがに休んでいるようだ。
その気持ちはアイザックにも理解できる。
決闘騒ぎまで起こしておいて完全な空回りだったから、クラスメイトに合わせる顔がないのだろう。
「アイザックの行動には、いつも驚かされるよ。サンダース子爵を真似するとしても、婚約者は子爵家から選ぶかと思っていたからさ」
カイがチラリとティファニーの方を見て言った。
アイザックが婚約するのなら、彼女だと思っていたからだ。
しかし、リサとの婚約に至るまでの経緯や、ティファニーがチャールズを忘れられていない事などを考えると、アイザックの選択は正しいものだったように思えるから不思議だった。
「でも、良い選択だったよね」
ルーカスもアイザックの判断を支持する。
リサは男爵家の娘だ。
そして、他の娘では間に入る事のできない関係がある。
そんなリサを押しのけて「自分を正妻にしてくれ」と言える者など、まずいないだろう。
子爵家以上の娘は、メリンダのように家庭内での争いを引き起こす可能性があるので諦めて身を引くしかない。
男爵家の娘も、二人の関係に割って入るくらいの自信がないとアイザックを狙うのは無理だ。
リサはエリアスの要求を満たす、最適な相手だとしか思えなかった。
「ありがとう。今だけでなく、これからも良い婚約だったねと言ってもらえるように頑張るよ」
こうして周囲に良い婚約だったと言ってもらえると、アイザックもまんざらではない。
勇気を出してリサに告白してよかったと実感する。
しかし、こんな時に限って、ニコルが遠巻きに様子をみているだけというのが気になるところでもあった。
この日は、周囲に婚約を祝われて無事に終わった。
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だが、無事ではない者もいる。
「なんで、なんで……」
――アマンダだ。
屋敷の門をくぐったところで安心したのか、感情があふれだした。
足取りがおぼつかなくなり、心配してついてきてくれていたジャネットの腕にすがりついて屋敷の中へ入る。
「帰ってきたか」
玄関ホールでは、ウォリック侯爵がいた。
彼は王宮でモーガンから話を聞き、娘が学院から帰ってくるのを待っていたのだ。
「お父さん、なんで? なんでボクじゃないの? ボクじゃダメだったの?」
アマンダの目から涙がこぼれ落ちる。
これは本心からの言葉だった。
「ああ、ダメだな」
――父のあまりにもあっさりとした態度。
その言葉がきっかけで、アマンダの中の感情が爆発した。
ジャネットの腕から離れ、素早く父との距離を詰めると、武官であるウォリック侯爵ですら防げない速さで肝臓打ちを叩きこむ。
「ぐほぉ……」
強烈な痛みで、ウォリック侯爵は思わず片膝を床に突く。
「なんでそんな事を言うの! お父さんだって、ボクとアイザックくんを結婚させようとしてたじゃないか! ウェルロッド侯に話まで持ち込んでさ! ダメなのになんで無理矢理結婚させようとしてたの? お父さんにダメだって言われるほど、ボクは魅力がない? ……何か返事くらいしてよ!」
腹を押さえたまま黙り込む父に対して、アマンダは声を荒らげてしまう。
「アマンダ、今は返事ができないからちょっと待ちな。あんなにいいのが入ったら話せないよ」
親子の問題とはいえ、ジャネットも黙って見てはいられない。
アマンダを背後から抱きしめて落ち着かせつつ、追撃しないように動きを制限する。
しばらくして、ウォリック侯爵が立ち上がった。
「ジャネット、助かった。いや、本当にな。……アマンダ、ウェルロッド侯に持ち込んだからダメなんだ。あの時の話は覚えているだろう?」
父の言葉に、アマンダはうなずいた。
モーガンの返事は「政治的な問題で、アマンダとは婚約させる事ができない」というものだった。
「エンフィールド公は、ウェルロッド侯爵家の人間だ。それも、はず……当たり年のな。表向きは優しそうに見えても、その行動は冷徹な計算の上で成り立っている。結婚できないとわかっている相手と必要以上に親しくすると思うか?」
「それは……」
アマンダは下唇を噛んで悔しがる。
これは父の言う通りだった。
エリアスの前に連れていった時の事もそうだ。
あれは「アマンダとの仲は友人として大切だが、それ以上になる事はない。今後の事を考えて、婚約の成立率低下は自分一人の責任ではないと証明を優先しなければいけない」と考えての行動なのだろうと思われる。
普段は優しいのに、あの時は自分の名誉を守るための行動をとった。
そうした方が、将来王国の中枢で働く時にプラスに働く。
恐ろしいまでに冷たく、的確な判断だ。
アマンダは噂でしか知らないが、ジュードのような片鱗を見せている。
娘が理解したのを見て、ウォリック侯爵は話を続ける。
「だが、だからこそ未来があると思っている。今はウェルロッド侯に止められているから、エンフィールド公はお前との仲を進展させようとはしない。では、裏を返せばどうだ?」
「ウェルロッド侯が認めれば、アイザックくんもボクとの仲を進めようとする?」
「そうだ」
ウォリック侯爵はアマンダの発言を肯定するが、彼女には信じられなかった。
「でも、ウェルロッド侯が認めないなら、結局ダメじゃないの?」
「認めるさ。あの時とは状況が違う。そもそも、エンフィールド公がバートン男爵家の娘であるリサと婚約をした事が、お前と婚約をする選択肢を残しているという事なんだぞ」
ウォリック侯爵に、アマンダとジャネットは首をかしげる。
それを見て、ウォリック侯爵は「二人もまだまだだな」といった表情を見せた。
「どれだけ深い絆があろうが、男爵家の娘では公爵夫人は務まらん」
「でも、サンダース子爵夫人は、第一夫人に迎えられていたんじゃ……」
「あれはメリンダがロックウェル王国に送り出されてしまい、他に適切な相手がいなかったから許された事だ。エンフィールド公にはお前やロレッタ殿下がいる。なら、リサに第一夫人を任せるという事をウェルロッド侯は許さないだろう」
ウォリック侯爵は、アマンダにランドルフの時とは状況が違うという事を教える。
「エンフィールド公は陛下の命令を受け入れ、有象無象の娘達の希望を砕きながらも、正妻を迎え入れる余裕を設けている。つまり、お前かロレッタ殿下を迎える余裕だ。おそらく、バートン男爵家ともリサとは別に正妻を迎え入れるという内容の話がついているはずだ」
「それでも、ボクは選ばれないんじゃないの? ウェルロッド侯はウェルロッド侯爵家に力が集まり過ぎるのを警戒していたし……」
「確かにそうだ。だが、考えてもみろ。お前とロレッタ殿下。どちらが影響力が大きい?」
「そりゃあもちろん……。あっ、そうか!」
父が言わんとするところに気付いたアマンダの顔色が明るくなる。
「そう、お前との婚約がリード王国内でのパワーバランスを崩すものなら、ロレッタ殿下との婚約は国家間のバランスを崩すものになる。ウェルロッド侯は慎重を期すだろう。そして、エンフィールド公自身も。リサとの婚約は、陛下の命令に従いつつ、どちらを選ぶかを考える時間稼ぎとして利用するつもりなのだろう。彼女と婚約したからといって、諦めるのは時期尚早だぞ」
ウォリック侯爵は、むしろ今の方がチャンスがあると考えていた。
ロレッタは露骨なまでにアイザックを狙っている。
だからこそ、モーガンに「アマンダかロレッタを選ばなくてはならない」という選択を押し付ける事となった。
もし、彼女が留学してこなければ「愛しているのはリサだけだ。文句がある奴は俺に言え」と、意地でもアイザックが他の妻を娶らなかったかもしれない。
ライバルの出現は悪い事ばかりではなかったのだ。
「今頃ウェルロッド侯は、お前とロレッタ殿下のどちらをアイザックと結ばせるかを考えているところだろう。影響力が増すという事を考えれば、双方と婚約させるという考えはないはず。なら、どちらかが選ばれる。さて、ここで問題だ。外務大臣のウェルロッド侯がどちらを選ぶかと言えば――」
「ボクの方だね」
「その通りだ」
希望が見えてきた事で、アマンダの目に力が戻る。
国家間のバランスを崩す事を考えれば、リード王国内の貴族間のバランスが崩れる方がマシだ。
外務大臣として、モーガンはアマンダを選ぶ可能性が高い。
「ウェルロッド侯は、今まで通り私が対応する。お前は話が進んだ時に備えて、エンフィールド公と仲良くしておくんだ」
「うん、わかった。殴ったりしてごめんなさい」
ウォリック侯爵は、アマンダの頭を撫でる。
アイザックが婚約したと聞いて絶望したのは同じ。
アマンダなど同じクラスなだけに、冷静に考える余裕などなかったはずだ。
動揺して、つい手が出てしまうのも無理はない。
殴った事を責めるつもりなどなかった。
「……でも、本当にボクを選んでくれるのかな?」
「どうしてそう思う?」
「だって、昔は花束を持って屋敷に来ていたのに……。婿入りしてもいいみたいな事を言っていたのに、そんな事がなかったかのように振る舞うんだよ。まったくその気がないんじゃないかな……」
アマンダの不安は、過去のアイザックと今のアイザックの態度の違いだった。
昔はもっと優しくしてくれていた覚えがある。
今のアイザックは、異性としてまったく意識していないかのような態度を取っている。
――時が過ぎれば心境も変わる。
アイザックの心も変わってしまったのではないかと心配で仕方がなかった。
「何を心配している。それはウェルロッド侯に婚約の話を持ち込む前だろう? ウェルロッド侯にお前との婚約は影響が大きすぎると言われたから諦めただけだ。許可が出れば、また以前のように戻るさ」
「そうかな……」
「そうさ。考えてもみろ。リサを選んだのも計算のうちだ」
父の言葉にアマンダは首をかしげる。
理解していない娘のために、彼は説明をしてやる。
「いいか。例えばエンフィールド公がジャネットと婚約したとしよう。その場合、何を狙って婚約したと思う?」
「ジャネットと?」
アマンダは友人を見る。
背が高かったり、グラマラスな体つきをしているが、父がその事を言っているのではない事くらいわかる。
もっと違う事を考え始める。
「……ボクの友達だから?」
「その通りだ。本人の魅力を抜きにして、政治的な理由を考えればそうなる。では、地方貴族でたいした付き合いもないリサの売りはなんだ?」
「アイザックくんの乳姉弟って事?」
「そうだ。その事は他の貴族達にとっては重要な事だ。だが、エンフィールド公本人にはどうだ?」
これくらいの事はアマンダにもすぐわかる。
「婚約に政治的な意味がまったくない。そうか、そうだったんだ!」
――アイザックは「ウェルロッド侯爵家がリード王国内の政治バランスを崩す」という心配を周囲にさせないため、政治的に力のない相手を婚約者に選んだ。
アマンダは、アイザックがリサを選んだ理由を理解できた気がした。
本人の気持ちも大切だが、当主であるモーガンの判断が大きく影響している。
アイザックも祖父の言う事を大人しく聞く素直なところがあるとわかると、可愛らしいところもあるではないかと思えてきた。
だが、アマンダの脳裏に浮かんだのは、それだけではない。
「ちょっと待って。じゃあ、あの時ウェルロッド侯に婚約の話を持ち込んでいなければ、今回ボクが選ばれていたりしたんじゃないの?」
アマンダが抱いた疑問は、ウォリック侯爵も気付いていた事だ。
モーガンから「政治バランスを考えると受け入れられない」という言葉を引き出してしまったせいで、却ってアイザックとの距離を広げてしまう結果になってしまった。
あれがなければ、モーガンが政治的な理由で拒否するという発言が出ず、今頃はアイザックとアマンダの婚約が成立していたかもしれない。
そう思うと、聞かずにはいられなかった。
「……気付いてしまったか」
「じゃあ、今の状況はお父さんのせいじゃない!?」
「待て待て。当時はあんなにウォリック侯爵家に対して親切にしてくれていたんだ。話を受けてくれると思っても無理はないだろう」
「そりゃそうだけど……」
ウォリック侯爵の言い訳も一理ある。
アイザックはウォリック侯爵家の経済立て直しに協力してくれていた。
それまではまともな縁がない。
いや、それどころか先代のウォリック侯爵がメリンダ側の肩を持っていたので、潜在的な敵対関係だったとすら言える。
そんな関係なのに、救いの手を差し伸べてくれたのだ。
アマンダの事を婚約者候補として意識しているから親切にしてくれているんだと思っても無理はない。
「とりあえず、今は前を見よう。私はウェルロッド侯に、ロレッタ殿下よりもお前の方が影響が少ないという事をアピールする。お前はエンフィールド公と少しでも仲良くなっておけ。計算で動いているにしても、まったく情で動かされないというわけでもないだろうしな」
「そんな……。デ、デートってわけじゃないけど、今日誘われて断ったばっかりなのに……」
「何をしているんだ。もったいない。やっぱり遊びに行こうとでも言って、もっとガッと食らいつけ!」
「そんなの無理だよ!」
「無理でもやるんだ!」
ウォリック侯爵は「もっと攻めろ」と言うが、アマンダは「リサを口実に断ったのに、すぐに前言撤回するのはみっともない」と思って嫌がった。
親子で意見は食い違うものの、目指す方向性は同じ。
言い合っているうちにアマンダも希望があると思って、少しずつ明るさを取り戻していった。
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「エンフィールド公は計算高いように見えて、情に厚い男だ」
そう語るのはエリアスだった。
彼はロレッタや彼女の両親、そしてジェイソンを集めて、アイザックの婚約者について話をしていた。
「リサ・バートンは、長い間婚約者が決まっていなかった。そこで、幼い頃から共に育った温情で引き取る事にしたのだろう。彼女の事はまったくの想定外だった」
これは以前、ウィルメンテ侯爵と話した時の事も大きい。
リサが独り身なのは自業自得で、アイザックは彼女の婚約者を探す手助けをしていた。
そういった前情報があったから、リサが選ばれる事はないだろうとエリアスは思っていた。
しかし、それは間違いだった。
アイザックが選んだのは、その選択はないと思われていたリサだったのだから。
エリアスの中で、ウィルメンテ侯爵の評価が一段下がる。
「有力な候補はロレッタとアマンダ。そして、偽装婚約の相手としてティファニーの三人だった。だから、ティファニーを選ばないように注意していたが、まさかリサを選ぶとは思わなかった。だが、過去の経緯を聞くと反対はできん。他の誰にもない絆があるからな」
エリアスは残念そうに顔を歪める。
選択肢を二人に絞ったはずだったのに、その候補以外からあっさりと条件に合う相手を見つけてきたのはさすがだった。
アイザックが予想を超える動きを見せてくれたのは嬉しいが、今回ばかりはエリアスも喜んでいられなかった。
「仕方がありません。一筋縄ではいかないのがエンフィールド公というお方なのでしょうから」
そう言うロレッタも残念そうにしていた。
「もしかしたら」という気持ちが少しはあっただけに、婚約が先延ばしになったのは悲しい出来事だった。
「そうだな。だが、計算よりも情に厚いという事がわかってよかったと思うべきだろう。エンフィールド公が先代ウェルロッド侯のような男であれば、間違いなくロレッタかアマンダのどちらかを選んでいたはずだ。その方が政治的に優位に立てるからな。政治的な野心がなく、幼馴染を幸せにしようとするなど、並の男にできる事ではない」
今回の事は残念ではあったが、嬉しい事でもあった。
アイザックはジュードのような付き合い辛いタイプではなく、人間味あふれる好青年の姿にしかエリアスには見えなかったからだ。
「そういう点では、お前のやった事は無駄ではなかった。だが、エンフィールド公はリード王国に必要な人材だ。約束通り、お前の暴走を止める権利を与えておく事にもなる。無下に扱う事なく丁重に、なおかつ媚びぬように接していかねばならぬ事は胸に刻んでおけ」
「はい、わかっております」
ジェイソンはエリアスに叱られたものの、普段通りの態度で接していた。
エリアスは「叱った事を覚えているのか?」と不安になるが、今まで良い子だったので息子の言葉を信じる事にする。
「しかし、エンフィールド公にあのような言いがかりをつけるというのは驚いたぞ。しかも、入学式で大勢の来賓が見ている場面でだ。お前の側室になりたい娘だっているだろうに、エンフィールド公に責任をすべてなすりつけたのだからな。どうだ、側室にしたい娘は見つかったりしたのか?」
エリアスの疑問はもっともなものだった。
アイザックが婚約の成立率に影響を与えているのは確かである。
だが、ジェイソンの側室狙いの者もいるだろう。
息子が気になっている相手がいるのなら、話を進めて他の側室狙いの娘を諦めさせてやろうとエリアスは考えていた。
「いいえ、側室にしたいと思う者はおりません」
「そうなのか? 私など『この中から側室を選び放題なのか』と思って、逆に誰も選べなかったという苦い思い出があるのだがな」
「陛下のお気持ち、少しわかる気がします」
エリアスの苦い思い出に、ロレッタの父であるマクシミリアンが同意する。
彼もファーティル王国の王太子だ。
側室狙いで女の子が周囲に集まっていた時期がある。
王族の男子というのは、それだけで魅力的なのだ。
アイザックだけではなく、ジェイソンも婚約の成立率に悪影響を及ぼしているというのはわかり切った事だった。
ジェイソンの話に乗ったのは、ロレッタを押し付ける良い口実になると考えただけだ。
エリアスも本気でアイザック一人だけの責任だと思っていたわけではない。
「まぁいい。エンフィールド公が情に厚いという事がわかった。となると、どう動けばいいかわかるな?」
「もちろんです」
ロレッタは、顔の傷跡のあったところを手で触れる。
「顔の傷跡を治してくれた事を感謝している」という事を足掛かりにして、アイザックに近付いていけという事だ。
彼女自身、その事に感謝しているので、アイザックと親しくなるきっかけにするのに異論はない。
「マクシミリアン。エンフィールド公がリード王国を出ていきたくないと言った場合は、ロレッタをリード王家の養子にして嫁入りするという約束を忘れてくれるな」
「もちろんです。陛下もエンフィールド公が婿入りしてもいいと言われた時には、快く送り出してくださいよ」
「わかっている」
アイザックの知らないところで、どんどん話は進んでいく。
自分達の都合の良い方へと物事を進めようとするのは、アイザックだけではなかった。
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「へー。年上の女性って、そっちの事だったんだ。てっきりエルフの方だと思ってた。でも、婚約者ができたって事は、これからが本番ってわけね」
アイザックの婚約の話を聞いて、驚いている者達は他にもいた。
未知の領域に突入し、これからの展開が気になっているのはアイザックだけではなかったのだった。






