293 十六歳 両親へのご挨拶。
アデラ達を呼び出そうとモーガンは言っていたが、アイザックは父を真似て、自分からバートン男爵家の屋敷に赴く事にした。
バートン男爵夫妻は、アイザックの突然の来訪に加え、リサと婚約すると聞いて取り乱していた。
「申し訳ございません! アイザック様もお年頃。リサの色仕掛け?にでも引っ掛かって、その責任を取ろうとしているのでしょうが、そのような必要はございません!」
「ちょっと、お母さん。何言ってるのよ! 私をもっと信用してよ! あと、娘に魅力があるって信じてよ!」
特にアデラの慌てぶりが酷かった。
アイザックにリサが選ばれるとは思いもしなかったので、リサが何かをしでかしたのだと思っていた。
リサは卒業以来、男っ気がなかった。
「婚期を逃したので、焦ってアイザックに色仕掛けをしたのだ」としか、彼女には考えられなかった。
これにはリサもおかんむりである。
「リサとは何もないよ。それどころか、僕から結婚してほしいと言ったんだ。今までも僕の傍にいてくれた。だから、これからも傍にいてほしいと思ってね。この想いは色気に負けたとかじゃないよ」
見かねたアイザックがリサを庇う。
さすがに親に疑われるのは辛いだろうという配慮だ。
アイザック自身、家族に色々と疑われた経験があるのでよくわかる。
「バートン男爵、今後ともよろしくお願いします。これから忙しくなるでしょうが、ウェルロッド侯爵家からの支援もございます。遠慮なく頼ってください。エンフィールド公爵家からも十分な支援をすると言えたら格好がつくんでしょうが、ウェルロッド侯爵家から借りているばかりなので……。秘書官を一人か二人お貸しするくらいしかできません」
「そのお気持ちだけで結構です。……と言いたいところですが、一人でもエンフィールド公爵家の家臣がいてくれると助かります」
オリバーは、アイザックの申し出を喜んで受け入れた。
これから婚約祝いとして多くの貴族から挨拶をされる事になる。
リサの婚約相手がアイザックなので、バートン男爵家が相手をするのに困る高位貴族からも挨拶されるはず。
その時に、困った要求をされるかもしれない。
そういった相手に、エンフィールド公爵家の者も一緒に応対してくれると助かる事になる。
ここは遠慮なくアイザックの腹心を借りる事にした。
アイザックは、もっと支援をしたかったが今は部下を送るだけで精一杯だった。
その事を申し訳なく思う。
彼には大きな借りがあったからだ。
「バートン男爵には申し訳ないと思っています。乳母としてアデラが、友達としてリサが長年僕の世話をしてくれていました。僕が寂しくなかった分、バートン男爵は家族と一緒に過ごす時間が少なくて寂しかったはずです。さらに、こうしてリサまでいただく事になってしまい……。申し訳ありません。そして、ありがとうございました」
ウェルロッドでアイザックの相手をしていた間、オリバーは代官を任されている任地に一人でいた。
仕事とはいえ、妻と娘と離れ離れになっていたのは寂しかったはずだ。
その事をアイザックは謝り、お礼を言う。
「気にしないでください。独身時代を思い出して案外楽しいものでしたよ」
オリバーが明るく笑う。
アデラやリサが一瞬冷たい目を彼に向ける。
(まったく、この世界の男は失言をしないといけないとかいう決まり事でもあるのかね)
アイザックは、彼に向けられる視線を見て「自分は気を付けよう」と思った。
男性上位の社会とはいえ、女性の力を無視する事はできない。
マーガレットが良い例だ。
家庭内での不和や連絡不足はなくさないといけない。
今度はアデラに話しかける。
「アデラの事を、僕はもう一人の母だと思っている。そして、これからは義理の母になる。……母と呼ぶ日はまだ先になるけど、その時はよろしくね」
「アイザック様……」
アデラの目が潤み始める。
アイザックは、手間のかからない大人しい子という印象だった。
だが、年を取るにつれて、却って周囲を騒がせる子供に育っていった。
そんなアイザックが立派な青年になりつつある。
その成長をこういう形で見る事になるだなんて、アデラは今まで考えもしなかった。
しかも、義理の息子になるだなんて。
「今回は陛下に命じられての婚約ですが、それはきっかけというだけであり、嫌々婚約するわけではありません。その点だけは誤解しないでください」
ただの偽装ではないという事だけは主張しておく。
「わかっております。そのような事をする方だとは思っておりませんので」
アデラも自分の教育が正しかったとは思っていない。
というよりも、アイザックが勝手に成長していったので、あまり教育をした覚えはない。
そのせいで、兄殺しという事件が起こったとすら後悔していたくらいだ。
だが、アイザックも最後の一線は守っているように見えた。
リサには酷い扱いをしないだろうという確信だけは、どこか直感めいたものを持っていた。
彼女達が快く婚約の話を受けてくれたので、アイザックは安堵する。
――良い流れ。
だからこそ、聞かなくてもいい事までも聞けてしまう。
「一応聞いておきますけど『公爵に望まれたからリサを差し出さなければいけない』とか渋々了承したりはしていませんよね? こちらとしても納得のいく形でちゃんと話を進めたいのですけど……」
アイザックの質問にオリバーが渋い顔をした。
「五年ほど前なら……、そう思ったかもしれません。嫁入りしてから苦労しそうな公爵家ではなく、もっと分相応な相手と結婚した方が幸せになれるのにと……」
彼の言い分はもっともなものだった。
アイザックも「もう少し考え直した方がよかったんじゃないか?」とすら考えてしまうくらいに。
しかし、彼の言葉は続き。
「ですが、今は違います。『よくぞ引き取ってくれた!』と感謝の気持ちしかありません!」
「大奥様の推薦してくださった相手を断ったと聞いた時は、めまいで倒れてしまいそうでした。大奥様に失礼ですし、良い相手を断ったので、もうどこからも縁談はこないものだと思っていました。渋々どころか、喜んで差し出させていただきます」
――相手が見つからなかったのではなく、候補がいたのに断っていた。
本人も「ヤバい状況なんじゃないの?」と思っていた事もあり、両親の言葉に対して今度はリサも文句が言えなかった。
アイザックも「ここまで言われる状況だったんだ」と同情する。
前世での結婚の平均年齢を考えれば、リサはまだまだ余裕のある年齢である。
良い縁談を断っただけでここまで言われる状況になるというのは、前世の記憶があるアイザックにはなかなか理解し難い状況だった。
「ま、まぁそういう事なら遠慮なく……」
アイザックの言葉に、二人は「どうぞ、どうぞ」と満面の笑みを浮かべる。
「娘さんをください」「娘はやらん」というやり取りをしたかったわけではないが、こういう喜び方をされるのも複雑なものである。
「……本当に私でよかったの?」
それはリサも同様だったようだ。
不安そうな顔をしている。
「いいんだよ、リサ。婚約者を作れと言われて、最初に思い浮かんだのがリサだったんだ。僕は婚約できてよかったと思っている。自分に自信を持って」
アイザックは、そっとリサの手に自分の手を添える。
すると、リサは恥じらいながらも表情に明るさが戻った。
「でも、僕にも貴族としての立場というものがあります。おそらく、今後家格に見合った家から正妻を迎える事になるでしょう。今はまだいいですが、子供をどうするかなどの詳しい話もしていかなくてはなりません。また後日、話し合いましょう」
アイザックは話を切り上げる事にした。
今日は挨拶だけだ。
詳しい事を詰めるのは、モーガン達がいるところでするべき話だ。
今は婚約の了承を得られただけで十分だった。
別れの挨拶を交わし、アイザック達は屋敷に戻っていった。
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屋敷に戻ると、今度はクロードとブリジットにも婚約を報告する。
彼らも子供の頃からの付き合いだ。
クロードは少し驚いてはいたものの、ある程度わかっていたような表情を見せる。
ブリジットの方は、なぜか不機嫌だった。
「おめでとう。でも、行く前に一言教えてくれてもよかったんじゃない?」
アイザックは、彼女が不機嫌な理由を「後回しにされたからだ」と思った。
「いやぁ、さすがにリサのご両親への報告が先だよ。これは譲れないね」
「それもそうかもしれないけどさ……」
理由を説明しても、なぜか彼女は不満顔のままだった。
ブリジットの表情を見たクロードが話を変えようとする。
「しかし、感慨深いな。ほんの子供だと思っていた二人が婚約するほどまで成長しているなんて。これだと、子供の顔を見るのもそう遠くなさそうだ」
「子供だなんて……。アイザック様が卒業してからの事ですし、まだ先ですよ」
リサが顔を赤らめながら答えた。
アイザックよりも、リサの方が子作りという点を意識しているのだろう。
「いや、そうでもないぞ。卒業まであと二年だろう? 二年くらい、あっという間だ」
人間とエルフの時間の感覚は違う。
エルフにとって、二年後の話など目前の事なのだろう。
幼いアイザックが子持ちの親になるまでも、もうまもなくだと感じていた。
結婚して、すぐ子持ちになる事を前提で話をされて、アイザックも気恥ずかしくなる。
そこで、アイザックも話を変える事にした。
「そういえば、ブリジットさんも村に帰った時に恋人を探すとか言ってましたよね? どうなっているんですか?」
「はぁ? それを今聞く?」
ブリジットが露骨に顔をしかめる。
どうやら触れてほしくない話題だったようだ。
その姿を見て、アイザックは前世の自分の姿を思い出す。
(あぁ、俺も親戚に「そろそろ恋人はできたの?」って聞かれるの嫌だったなぁ……)
アイザックは、ブリジットが可愛いと言われているのを知っている。
だが、それは人間社会での事。
エルフの中では、どういう評価なのかがわからない。
アイザックは「エルフの中ではイマイチ。もしくは、性格がダメなんだろう」と思った。
そこでアイザックは、自分が婚約できたという事もあって調子に乗ってしまった。
前世の自分とは違い、一歩進む事ができた余裕のせいでもある。
半笑いを浮かべて溜息を吐く。
「その様子だと……、聞くまでもないみたいですね」
「だったらなんだっていうのよ」
「僕が婚約してあげましょうか? 幸い、ブリジットさんも婚約できる対象の範囲内ですし」
――普段通りのからかい方。
だから「えっ、何言ってるのよ! ふざけた事言ってんじゃないわよ!」と返ってくるものだとアイザックは思っていた。
彼女の性格から、アイザックに噛みついてくるに決まっている。
「えっ、何言ってるのよ。ふざけた事言わないでよ」
ブリジットは、アイザックの予想通りの答えを返した。
しかし、その口調は想定外のものである。
力なくうつむいて、涙声で呟くように答えたからだ。
「酷いじゃない。私だって、そういう事はちゃんと言ってほしいのに……。なんでそんな言い方をするの?」
(あ、あれ?)
彼女の反応に、アイザックは首をかしげる。
(そうか! さては、前ので味をしめたな)
以前「チェンジ」と言った時も、ケンドラを使って上手くやり返された。
こうすれば、アイザック相手に上手いカウンターを食らわせられると理解したのだろう。
そしてまた、しおらしい女性を演じてやり返そうとしているのだと、アイザックは見抜いたつもりになっていた。
アイザックがそう思ったのは、クロードの態度による判断が大きく影響していた。
彼はブリジットの態度を気にするそぶりを見せず、ノンビリとお茶を飲んでいたからだ。
――彼女が本気で言っているわけではなく、芝居だとわかっているからの余裕の態度。
そう思ったから、アイザックも攻めようという気になった。
「またまたぁ、そんな態度を取って。冗談だってわかってるくせに」
「そう、冗談でそんな事を言うんだ……」
(……なんだろう。この方法相手には、どう考えても勝てそうなビジョンが思い浮かばないぞ)
あくまでもしおらしく振る舞うブリジットを見て、アイザックは敗北を予感していた。
話を聞いていた、リサやメイド達の視線が痛い。
こういう時、か弱い女性を演じられると勝ち目がないのだと、アイザックは思い知らされる。
だが、負けたままではいられない。
せめて引き分けに持っていこうと努力する。
「いや、だってほら。リサと婚約したばっかりなのに、ブリジットさんまで本気で誘うわけないってわかっていたでしょう?」
「アイザックにとって、婚約って言葉はそんなに軽いものだったのね」
「……からかうにしても、僕の言い方が悪かったです。もう許してください」
アイザックは白旗を掲げた。
リサとの婚約が決まった日だ。
これ以上、好感度を下げたくはない。
何事も引き際が肝心だ。
引き分けにすらできそうにないのなら、早めの撤退で傷を浅く済ませた方がいい。
ブリジットも、その辺りはわかってくれているのだろう。
悲し気な表情から、普段通りの表情に変わる。
「まっ、謝ってくれるならいいわ。私をからかうにしても、ネタが悪かったわね」
「ブリジットさん……」
リサがブリジットを責めるような視線で見る。
失言をしたアイザックに注意しようと思っていたところだった。
アイザックへの報復だとしても、やり過ぎだと感じていた。
これはリサがアイザックと婚約した事で、身贔屓になっている事もある。
以前なら、軽はずみな発言をしたアイザックを注意していただろう。
「からかうネタが悪かったっていう事は、やっぱりそういう事なんですね」
アイザックはジト目でブリジットを見る。
――恋人ができる気配がなかったから、誤魔化すために先ほどのような態度を取った。
そう思うと、最初にからかったのは自分とはいえ腹立たしい気持ちになる。
だが、ブリジットはアイザックの目を見て笑い飛ばす。
「二人みたいに早く婚約が決まる方がおかしいのよ。とりあえず、私を口説きたかったらリサと同じように両親に話をして、バージンロードをバラで敷くくらいやってもらわないとね」
「いや、バージンロードを敷いている時点で結婚してるんですけど……」
ブリジットの馬鹿げた発言で、部屋の雰囲気が弛緩した。
「アイザックには、リサと結婚できておめでとう。リサには女心のわからない相手との婚約頑張ってという言葉を贈っておくわね」
「そこは普通におめでとうでいいじゃないですか」
ブリジットの様子にどこかおかしなところを感じたものの、最後はいつも通りに戻った事でアイザックは安心する。
だが、リサは同じ女だからか。
それとも、アイザックが鈍いだけか。
昔とは違うブリジットの態度から何かを感じ取っていた。






