290 十六歳 そうきたかぁ……
始業式の間は静かだった。
それもそのはず、今年はロレッタが留学しにきている。
彼女を歓迎するため、エリアスもリード王国の国王として出席していたからだ。
――二年続けて入学式に国王が出席する。
その事自体は学生にとって光栄極まりない事だったが、アイザックは素直に喜べなかった。
(もし、エリアスにも話が通じていたらどうしよう……)
これがパメラの争奪戦であれば、アイザックも必死に戦っていただろう。
だが、奪い合う相手はモニカだ。
確かに可愛いし、気立ても良い子だと思うが愛してはいない。
アイザックには戦う理由がないのだ。
模擬剣による決闘とはいえ、当たり所が悪ければ死んでしまうかもしれない。
モニカが好きなのなら、普通に告白してくれればよかったのだ。
そうすれば、アイザックも邪魔をしたりせずに祝福していた。
「アイザック、俺が代わろうか?」
カイがアイザックに耳打ちする。
決闘において代理人が認められているからだ。
馬鹿正直に公爵家の当主自身が子爵家の子息相手に戦う必要などない。
本来ならマットやトミーに任せるところだが、入学式のあとに決闘を始めるらしいので、屋敷まで呼びに行かせても間に合わない。
だが、アイザックは心配していなかった。
「大丈夫だ。僕には腹案があるからね。気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」
――アイザックの腹案。
それは、始まった瞬間に降伏するというものだった。
「君の愛の深さはみんなに伝わったはずだ。決闘するまでもない。そうだろう、モニカ?」と呼びかける。
そうすれば、実際にやり合わなくても済むはずである。
しかも、情け深い男として評価が上がるかもしれない。
「決闘から逃げた」とフレッド辺りが侮辱してきそうだが、そもそもアイザックはウェルロッド侯爵家の子供。
文官の家系に生まれた者が武勇で一歩譲ったところで支障はない。
唯一、問題に思えるのはランドルフの存在だった。
「一騎当千のランドルフの息子なのに?」と思われる可能性はある。
だが、そちらは些細な問題だ。
ウェルロッド侯爵家の家系で、ランドルフのように強いと思われている者の存在自体が稀。
危険を避けるという方針は、問題がないはずだった。
入学式が終わり、さぁ解散というところでジェイソンが行動する。
「皆さん、もうしばらくお付き合いください」
彼は壇上に上がると、周囲に呼び掛けた。
この行動は予定になかったものだ。
一同がざわつく。
こうなる事がわかっていた二年二組の面々と、彼らからコッソリと話を聞いていた者達だけが騒がなかった。
「今日は王立学院内で起きている異常な状況が一気に改善される日となるでしょう」
「どういう事だ? ジェイソン」
エリアスがジェイソンに理由を尋ねるが、彼は笑みを浮かべて返すだけだった。
すぐに生徒達の方に向き直る。
「皆もわかっているだろう。アイザック・ウェルロッド・エンフィールド公。彼が引き起こした状況を!」
「えっ!?」
今日は驚かされる事ばかりだ。
だが、今回はアイザックだけではない。
ロレッタの入学式に出席していた者のほぼ全てが驚いていた。
驚いていないのは、なぜか男子生徒ばかりだった。
この日出席していたのはエリアスだけではない。
大臣職にある者や、新入生の家族も驚いている。
その中には、ニコラスの親族として出席していたランドルフ達の姿もあった。
「お、おい。ジェイソン」
「この状況を変えようとする者が現れた。グレイディ子爵家のダリルだ!」
「おう!」
エリアスの制止を無視してジェイソンが話を進める。
ダリルはジェイソンに名前を呼ばれ、勢いよく立ち上がる。
「彼はジェファーソン男爵家のモニカを賭けて、アイザックに決闘を申し込んだ。私はこの心意気を汲みとって、模擬剣を使っての決闘を認めた。この行動は今の状況を打破するきっかけとなるだろう!」
「待たんか、馬鹿者!」
エリアスが来賓席から立ち上がり、ジェイソンのもとに駆け寄る。
これには黙って見ていられないモーガンも同様の行動をしていた。
「なぜ決闘など行う。いや、それ以前になぜお前が勝手に決闘を認める! しかも、一方はアイザックだぞ! お前は何を考えている!」
エリアスは必死の形相でジェイソンに問い詰める。
アイザックは、今のリード王国にとってかけがえのない存在だ。
それはジェイソンの世代になっても変わらないはず。
きっと役に立ってくれると期待していた。
そのアイザックに決闘をさせるなど正気の沙汰ではない。
狂気に踏み込んでいる愚かな行動だ。
こうして決闘をさせようとしている時点で心が離れてしまっただろう。
聡明だったはずの息子の愚かな行動を、エリアスはこうして問い詰めている間も信じられなかった。
「理由はあります。こちらをお読みください」
ジェイソンは一枚の紙きれを懐から出す。
エリアスはそれをひったくるように奪った。
「なんだ、これは?」
「生徒会で収集している婚約の成立数の年度別一覧です」
「それがどうした?」
「去年と一昨年以前の数字をご覧ください。特に一年生のものを」
エリアスは言われるがまま、一年生の婚約成立数を見る。
一昨年までは、多少前後する事はあっても生徒数の五十%程度。
だが、去年だけは十%台と急激に落ち込んでいる。
エリアスはそれを確認すると、モーガンに書類を渡してやった。
「去年だけ落ち込んでいるな。それがどうした?」
「それがアイザックのせいなのです。女子生徒は親から『エンフィールド公と親しくなれ』と言われているようです。そのせいで、本来ならすでに自分に合った相手を見つけているはずの生徒が相手を見つけられないでいる。これもアイザックが婚約者を決めず、不特定多数の女子をはべらせているからです。同じ事はサンダース子爵の世代でも起きています。サンダース子爵は先代ウェルロッド侯の考えで仕方なかったのかもしれませんが、アイザックは自分の意思で行なっています。これは許されない行為です」
ジェイソンの言葉は、アイザックの心に突き刺さるものだった。
(うっ……。パメラのために空けていた婚約者の座がこんな事になるなんて……。でも、わかっていた。わかっていて後回しにしてしまっていたんだ……)
以前、ポールに「早く婚約者を決めてくれ」と言われていた事は覚えている。
だが、婚約者を決めておいて「実はパメラが好きだった」というのは酷い行いだと思い、婚約者を決めるのを後回しにしていた。
アイザックは、そのツケをここで支払う事になってしまった事に気付く。
(甘かった。どうせ反乱を起こすなら、婚約者役の女の子一人くらいの感情を気にするんじゃなかった! 感情を排して徹底的にやらないといけなかったのに……。馬鹿だ、俺は)
――大事の前の小事。
そう割り切ってしまっていれば、こんな問題は起こらなかった。
アマンダとでも婚約していればよかったのだと、今更ながらに後悔する。
(でも、こんな用意をしていたって事は、ダリルと繋がってるって事だよな? っていう事は、ニコルと違うクラスになる事を知っていた? だったら、同じクラスになれるように動けよ。この馬鹿!)
アイザックの中で、ジェイソンへの怒りが沸々と湧き上がる。
「むぅ……」
エリアスとモーガンも、数字として表れている問題に頭を悩ませる。
「確かに婚約の成立にここまで影響が出ているのなら無視はできんが……。だからといって、決闘はないだろう。決闘は」
「まずは当事者を集めて話を聞きましょう」
「そうだな、その通りだ。アイザック、ダリル、モニカの三名は前に来なさい」
モーガンの進言をエリアスが受け入れた。
まずは本人達に話を聞かないと判断できないというのは事実。
エリアス自身も状況についていけていないので、まずは情報を集めて考える時間を欲していた。
アイザックとダリルは一人だけ前に出ていったが、モニカにはティファニーとアマンダが付き添っている。
(友達が心配なんだな。……まったく、チャールズの野郎。ニコルなんかに転びやがって)
アイザックはティファニーの優しさを再確認するが、アマンダの事は考えなかった。
考えれば考えるほど自分がダメージを受けてしまう。
自分が先代のウォリック侯爵にやった事を知る者がいないという事が救いだった。
エリアスのもとに集まったのは彼らだけではない。
この状況を見かねてか、入学式に来賓として呼ばれていたエルフの大使であるエドモンドが彼らのところに近寄ってくる。
「陛下、この話題は見過ごせません。エンフィールド公が関わる事は我らにも密接に関係するところ。我々にもお話を聞かせていただきたい。また、他の方々もこの話がどうなるか気になるでしょう。魔法でこの場にいる皆さんに話を聞こえるようにしてはいかがでしょうか? もちろん、その役割は私がやらせていただきますので、近衛騎士の手を煩わせる事もございません」
――エドモンドの要求。
それは「野次馬根性」と言ってもいいかもしれない。
普段であれば「ふざけるな」の一言で断るところだが、今回は事情が事情である。
エリアスは即座に返答する事ができなかった。
「少々お待ちいただきたい。ウェルロッド侯」
判断に困ったエリアスはモーガンを呼んで近寄らせる。
そして、小声で耳打ちする。
「この提案は悪くない考えだと思う。アイザックにも言い分があるだろうからな。皆に伝える機会があれば、上手く弁明するだろう」
「私もそう思います。今は皆、殿下の衝撃的な言葉で強い衝撃を受けているところでしょう。それが聞いていた者の心に根強く残らないうちに否定させるべきです。大声を張り上げながら話すのは難しいと思われますので、魔法で皆に声が届くようにしていただければ助かると思います」
「なら頼むとしよう」
モーガンも同じ考えだとわかり、エリアスはエドモンドに頼む事にする。
ここでモーガンの同意を得る事が彼にとって重要だった。
万が一、話が悪い方向に転んでも「ウェルロッド侯も同意した」と道連れにできる。
一人で泥を被るよりも被害は少なくて済む。
だが、エリアスの都合だけではなく、モーガンの方にも同意するだけの理由があった。
「婚約者は卒業まで決めないでくれ」というアイザックのわがままを許していたのはモーガンである。
約束だからと律義に守らずに、もっと早くに考えを変えていればこんな事にはなっていなかったのだ。
大勢に話を聞かれるのは、過去の行いを清算する良いチャンスかもしれない。
――窮地に陥った時こそ、人としての真価が問われる。
アイザックならこの難局を上手く乗り越えてくれる。
そのあと、モーガンは婚約者を決める話に持っていこうと考えていた。
「エドモンド殿、頼みます」
「了承していただき感謝します」
エリアスが許可を出した事に感謝したあと、エドモンドが魔法を唱える。
……しかし、何も変化がないように思えた。
「これでこの場は魔法によって遠くまで声が届くようになりました。その列の端にいる生徒は手を振ってみてください」
エドモンドは普段通りに話しているので、遠くまで声が届くはずがない。
それでも、彼が指定した列の生徒が声に反応して手を振り返した。
これで壇上に上がり、声を張り上げて語り掛けるような真似をしなくて済むようになった。
「大丈夫なようですね」
そう言い残すと、エドモンドは来賓席に戻っていった。
話を聞きたかっただけで、間近で見たいわけではないらしい。
エリアスが一度咳払いをすると、話を進めようとする。
「では、まずダリルからだ。なぜ決闘なんて事をしようと思った」
エリアスの声には少しトゲがある。
ジェイソンが肩入れしてようとも、アイザックとは残した実績が違いすぎる。
彼に同情はできるが、それ以上に「アイザックに怪我をさせるような真似をしようとするとは何事だ」という思いが強い。
アイザックのために、多少の事は我慢しろと思っていたせいだ。
だが、ダリルは堂々とした態度のまま変わらなかった。
「ジェイソンが言ってくれた通りです。こうでもしないと彼女を手に入れる事はできません。誰かが最初の一歩を踏み出さねばなりません。だから、僕がその最初の一人になろうと思ったのです」
ダリルの言葉に生徒から拍手が送られる。
決して少なくはない数だ。
その拍手に反応してアイザック達が視線を向けると、さすがにマズイと思ったのか拍手がやんだ。
「自分に婚約者ができないのは、アイザックのせいだ」と思っている男子生徒はそれなりに多いらしい。
表立ってアイザックやエリアスの不興は買いたくはないので、心中でダリルの事を応援しているのだろう。
これに気を良くしたダリルが続ける。
「では、アイザックに責任がないと思う者は手を挙げてみてください。男子生徒限定で」
女子にも許すと、アイザックは悪くないと主張するに決まっている。
だから、ダリルは男子生徒限定にした。
彼の言う事に従う理由などない。
しかし、反応をしなくてはアイザックが気まずい思いをする事になる。
アイザックの友人や勉強会で知り合った者達を中心に、まばらに手が挙げられる。
だが、アイザックが見る限りでは視線を背けたり、目が泳いでいる者もいた。
義理や友情で手を挙げているだけの者もいるという事だ。
自分がマズイ状況にいると、アイザックは改めて思い知らされる。
「ダリル、余計な事は言わぬように。では、アイザック。言いたい事があるならはっきりと言うといい。遠慮はいらんぞ」
エリアスはアイザックに肩入れしていた。
だから「遠慮をするな。言いたい事は言え」と念押しする。
しかし、言われたアイザックは、エリアスの配慮を有難迷惑として受け取っていた。
(遠慮はいらないって言われても、どうしろって言うんだ……)
ここで権力を使って公開処刑のような真似をすれば評判は地に落ちる。
それではジェイソンの思惑通りになってしまう。
アイザックとしては、それは避けたい事態だった。
入学式にはウィンザー侯爵も出席している。
波風立たせずに収めて、未来の義理の祖父に「僕は穏便に物事を収められますよ」とアピールしたいという欲もある。
遠慮をせずに行動する事はできない。
やはり、予定通りに進めようとアイザックは考える。
「僕が婚約者を決めないでほしいと思ったのは、嫌がらせのような婚約を決められる事を恐れたからです。約束した当時は父上の第二夫人であるメリンダ夫人が圧倒的に優勢でしたので……」
アイザックは悲し気な表情を浮かべながら、過去の事を話す。
「パメラが好きで、奪うために婚約者を決めないでいる」とは言えない。
そもそも「婚約者を決めないでくれと頼んだのはパメラに特別なものを感じたからだ」という事も口が裂けても言えない。
だから、メリンダに悪者になってもらった。
兄殺しの一件は、貴族社会で知らぬ者のいない話となっている。
それを理由として使う事で、同情票を集める事にする。
「ですが、僕も父上のように好きになった人と結婚したい。そういう気持ちもありました。でも、それが他の人の迷惑になっているとは思っていませんでした。過去の経緯もあって、僕は男友達が少なく、女友達の方が多かった。だから、同級生の女の子達が話しかけてくれているのも、婚約者とかは抜きで親切によるものだとばかり思っていたからです」
――ネイサンが男友達を一人占めしていた。
こちらも有名な話だ。
これを利用し「女子生徒と仲良くしていたのは、自分が寂しくないよう気を使ってくれていたと思っていたからだ」という方向に持っていこうとする。
実際に「この子可愛いな」と思う事はあっても、自分のものにしたいとまでは思っていなかった。
チヤホヤされるのが楽しくて、女子との会話を楽しむ程度だったのだ。
嘘ではないアイザックの言葉は、聞いていた者達から一定の信用を勝ち取っていた。
「ですから、僕は決闘するまでもない事だと言わせてもらいます。モニカさんは友人であっても、恋人ではありません。彼女を想う気持ちの強さは、こうして決闘を挑んでくるという事でよくわかりました。そして、僕が婚約者を決めないせいで多くの生徒に迷惑をかけているという事も。ダリルと好き合っているのなら、その邪魔をするつもりはありません。決闘などせずとも、二人の仲を祝福させていただきます」
「ふむ」
エリアスはアイザックの言葉を聞き「それもそうか」と思っていた。
今回の問題は「アイザックが女子生徒を一人占めしようとしている」というところが問題だった。
だが、アイザックにその意思はなく、反省もしている。
ならば、決闘などせずともいい。
さっさと話を終わらせて、次の話に持っていくべきだと思い始めていた。
(早いうちに婚約者を決めろ。ただし、誰もがふさわしいと思う者でないとならん。そう言えば、実質的にロレッタかアマンダの二択しかない。アマンダと婚約する気があるのなら、今まで婚約していなかったのが不思議なくらいだ。きっとロレッタを選ぶだろう)
エリアスは、すぐさまそのように計算した。
ジェイソンの暴走は困ったものだったが、結果として良い方向に転がってくれた。
軽い注意くらいで済ませておいてもいいと思うくらいに、寛容な気持ちになっていた。
「あの……」
エリアスが考えにふけっていると、モニカが恐る恐る声をかける。
「ん? あぁ、すまぬな。そなたも当事者の一人だ。こうして大勢の前で言いたい事があるのなら言うがいい」
彼はすでに事は終わったものだと思っていた。
だから、モニカに自由な発言を許してしまった。
「私、ダリルくんと授業の事以外で話した事がないので、好きとか嫌いとかいう以前の段階なんですけど……」
「はぁ!?」
――終わったと思ったところでの爆弾発言。
これにはダリル以外の者達が驚いた。
ジェイソンですら「どういう事だ?」という視線をダリルに投げかける。
「君はアイザックと話している時に楽しそうに話しているフリをしていたよね? 僕はずっと君を見ていたから気付いていたよ。だから、親に言われて嫌々アイザックと話さなければいけない状況から救ってあげたかったんだ。僕の君を想う気持ちは本物だ」
この発言で場の雰囲気が変わった。
――あまりにも一方的過ぎる想い。
周囲がざわつき始める。
(これ、ストーカーとかそっち系じゃないのか? あぶねぇ……。パメラに告白しておいてよかった。そうじゃないと、一歩間違えれば俺も同じになってたもんな。ジェイソンに婚約を解消された時に勢いで告白して『そんな風に見た事がない』とか言われたら大ダメージで立ち直れなかったよ)
ダリルの発言を聞き、アイザックは自分もストーカーと変わらない立場だったと気付く。
だが、パメラにも自分を想ってくれる気持ちがあるので、ギリギリセーフだと感じていた。
「違うの! アイザックくんと嫌々話していたわけじゃないの。私は……、私はポールくんが好きだったの!」
(そうきたかぁ……)
モニカは再び爆弾発言をしてしまう。
アイザックは驚きを通り越して、悟りの境地に至った気分になっていた。
「アイザックくんの近くにいたのは、そうしていればポールくんと話す機会ができると思っていたからなの。でも、ティファニーと友達になったからって、それを利用してアイザックくんに近付くのが後ろめたくて……。だから、それが表に出ちゃってたのかもしれない。私は友達を利用して、気になっている男の人に近付こうとするはしたない女。こんな風に決闘で奪い合う価値なんてないのよ」
「そんな事ないよ!」
モニカの言葉を否定したのは、ダリルでもアイザックでもない。
――ポールだった。
彼は生徒の列をかき分け、モニカのところまで駆け寄った。
「そんな事ない。モニカさんは十分魅力的な人だよ。奪い合う価値のあるくらいに!」
「ポ、ポールくん……」
ポール本人が登場した事で、モニカは自分の発言を思い返して顔を真っ赤にする。
そして、この場から逃げ出そうとした。
だが、ポールがモニカの腕を掴んで逃がさない。
「僕もモニカさんの事が気になっていたんだ。でも、親からアイザックを狙えと言われていたんじゃ勝ち目がない。そのせいで一歩を踏み出す勇気がなかったんだ。ごめんね、本当は男の僕から声をかけるべきだったのに」
「ううん、いいの。気持ちを言えただけで十分だから」
モニカはポールの手を振り払おうとするが、ポールはガッチリと掴んで離さなかった。
「アイザックに責任がないと思って手を挙げたのは本心だった。だって、ダリルのように勇気を振り絞って告白しなかった僕の――いや、僕達の責任でもあると思ったからね」
ポールの言葉を聞いて、婚約者のいない男子生徒達は静まりかえる。
「アイザックには敵わない」という思いが強かったので、アイザックに責任があるという考えは完全には頭から離れない。
だが、ポールが言うように、気になる相手にちゃんと思いを伝えていれば違った結果になっていたかもしれない。
そう思うと、他人のせいにしていた自分が恥ずかしくなったのだ。
「こうしてモニカさんの想いを知ってから言うのは卑怯かもしれない。でも、その……。今度、二人で話す機会を作ってくれないかな?」
「ポール、ダメだ!」
ここでレイモンドが一組の列から声を上げる。
周囲の者達は「モニカ争奪戦に新たな参戦者か?」と思って彼に視線を向けた。
しかし、その考えは間違いだ。
レイモンドは、婚約者持ちの男として友人にアドバイスをするつもりだけだったからだ。
「女性を誘う時はちゃんと日時を決めろ。今度じゃダメなんだ」
これは彼の経験によるものだ。
婚約者のアビゲイルに「デートに誘うなら、ちゃんと日時くらい決めなさい」と注意された事がある。
同じ失敗をしないよう、ポールにアドバイスをする。
ポールは友人のアドバイスに心の中で感謝し、モニカを誘い直す。
「今日の放課後、教室まで迎えに行くから一緒に帰らない? その時、色々と話そう」
「……はい、喜んで」
新たなカップルの登場に、生徒達は盛大な拍手を贈る。
その拍手を聞いて全校生徒に話を聞かれている事を思い出し、二人は顔から火を噴き出しそうなくらい顔を真っ赤に染めあげていた。
この流れについていけないのは、アイザックや大人達だった。
(なんだこの流れ……)
――気が付けば友人の恋路の踏み台になっていた。
決闘騒ぎの事を真剣に悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
頭が冷え切ったので、エリアスやモーガン、ジェイソンの動揺が他人事のように見えていた。
そんな落ち着いた状態のアイザックでも、見るのが恐ろしいものがあった。
――ダリルの姿だ。
『決闘をしてまで手に入れようとした女性が、気が付けば他の男に取られていた』
そんな状況、考えるだけでも恐ろしい。
もしも自分がダリルの立場だったら、屋上から飛び降りるか、川に飛び込むかくらいしてしまいそうだ。
(うー、見たくない。見たくないけど……、確認しとかないとダメだよな)
恐怖よりも、これからの事を考えて確認しておかないといけないという気持ちが打ち勝った。
横目でチラリとダリルの様子を見る。
(うわぁ……)
彼は膝から地面に崩れ落ち、放心状態のまま口を開けて涙を流していた。
目からは大量の涙が流れているので視界がぼやけて見えないはずだが、モニカのいる方向をジッと見つめている。
チャールズとは違ってダリルを許す理由などないが、前世でモテなかった自分の姿が彼に重なって見えて同情してしまう。
「まぁ、なんだ。行動するのは偉いけど、行動する方向を間違ったみたいだね。普通にデートとかに誘っていれば違ったのかも。……放課後、お菓子でも食べにいく? 奢るけど」
慰めの言葉をかけて、ダリルの肩をポンポンと叩いてやる。
すると、ダリルは大声を上げて泣き出した。
感情をせき止めていたものが決壊し、感情があふれだした。
それもそのはず、決闘を申し込んだ相手に情けをかけられたのだ。
最後の最後で堪えていたプライドまで打ち砕かれてしまった。
「……これで丸く収まった? いや、でもこれは収まったといえるのか?」
エリアスも混乱している。
モーガンに視線を送るが、彼も「わかりません」と首を振るばかり。
エリアスの求めている答えは引き出せなかった。
「とりあえずだ。とりあえず、ここで話すような内容はもうないだろう。ジェイソンとアイザック、ダリルの三名は話があるので、どこかの部屋を使って話そう。ウェルロッド侯とサンダース子爵夫妻も来るように。グレイディ子爵にも使者を出して呼び出しておこう」
状況が飲み込めないエリアスは、人前で話す事を避けた。
何を話せばいいのか考えがまとまらないというのもあるが、これ以上ここで話せばジェイソンの経歴に大きな傷が残りかねない。
被害を最小限に抑え、後日正式な発表をして丸く収めようと考えていた。
これには皆も同意し、異様な雰囲気のまま入学式は終わる。
そんな中、ポールとモニカだけは恥ずかしそうにしながら、少し明るい表情を見せていた。






