263 十五歳 第四の派閥
生徒会室に呼ばれてから一週間後。
アイザックは、勉強会という名目で人を集めた。
第一弾は、部活をしていない生徒がターゲットだ。
掲示板に張り紙もしたが、主に教師経由で帰宅部の生徒に通達してもらった。
おかげで、借りた空き教室がほぼ満員になっていた。
出席している生徒の中にはマイケルの姿も見えた。
残念ながらジュディスは来ていない。
アイザックにとってのメインが来ていないのは寂しいが、彼女の事は気にしない事にした。
気になるのは、なぜかアーサーまで出席している事だ。
よほどアイザックがどんな話をするのかを知りたいらしい。
新しい派閥を作ると言ったせいだとわかってはいるが、アイザックはやりにくいと感じていた。
だが、やるしかない。
レイモンドとルーカスにも協力してもらっているので、今更後戻りはできない。
教壇に立ち、一度深呼吸してからアイザックは話し始める。
「皆さん、お集まりくださってありがとうございます」
同級生だけではなく、上級生も出席してくれているので丁寧な挨拶をする。
「あまり興味がないという方もおられるでしょう。そういった方は途中で席を立ってくださってもかまいません。ですが、決して損はしないお話なんです」
(なんだか、年寄りを騙す詐欺師みたいな言葉だな)
そんな考えが頭に浮かぶが、すぐに振り払って話を続ける。
「この中で、自分の家が所属する派閥について真剣に考えた事のある方はおられますか?」
皆が自分の周囲を見回すだけで、手を挙げてアイザックの質問に答える者はいなかった。
その反応はアイザックが望んだものだった。
「実は僕もでした。祖父から『派閥の力関係が変わっている』という話を聞いた事があっても、その派閥が意味する事をよく理解していませんでした」
ここでアイザックは、照れ笑いをしながら頬を掻く。
「英雄と呼ばれるアイザックも、自分達と同じなんだ」という親近感を湧かせるためだ。
大人達は、アイザックにジュードの面影を見て、勝手に恐れてくれる。
だが、ジュードを知らない世代には何も感じさせない。
子供達の世代には、ジュードの思い出などないからだ。
だからこそ、それを活かして同世代の子供達に新しいアイザック像を植え付ける事にした。
アイザックは貴族達と接するうちに、自分が「無欲な忠臣」であると思われている事を知った。
オーラがないという事も。
それを最大限に活かすため――
「意外と親しみやすくて、面倒見のいいところがある」
――と思わせられたらアイザックの勝ちだと悟った。
新しいアイザック像は子供から親へ。
親から社交界に噂は広まっていくだろう。
すると、将来反乱を起こした時に「アイザック様が裏切るなんてよほどの事だ。ジェイソン殿下に非があったのだろう」と思われる。
それだけではない。
反乱が終わった後に「アイザック様はリード王国のために行動されたのだ」と、アイザックに従う理由を与えてやれる事にもなる。
アイザックだって、地方貴族の反乱を鎮圧し続ける余生など過ごしたくない。
自分に従う名分を用意してやるのも必要だと考えていた。
その時のための種を今蒔いている。
「ひょっとすると、皆さんも今は僕と同じ認識なのではないかと思います」
ここでアイザックはレイモンドとルーカスを見る。
彼らは手分けして、黒板に文字を書き始めた。
――王党派。
王家の権限を強化し、中央政府での判断を重視する。
――貴族派。
地方領主の権限を拡大し、現地での判断を尊重する。
――中立派。
大きな改革を望まず、現状維持を望む。
大雑把ではあるが、この内容に異議を唱える者はいなかった。
詳しく考えていない子供世代なら、大体はこのような印象だったからだ。
「大体はこんな感じに考えていると思います。僕もそうでした。では、なぜ僕が派閥に疑問を持ち始めたのか。それは先の戦争がきっかけでした」
アイザックは、みんなが興味を持っている戦争の話を絡める。
戦略の授業でも食いつきがよかった。
途中で退席する者を減らすために、興味を持ってもらえそうな事を交えて話しだす。
「地方貴族の権限によって兵を動かしたおかげで、ファーティル王国の援軍が間に合いました。この時、僕は貴族派の主張する意見が正しいと思いました。では、王党派の意見は間違っているのか? そう思った時、すぐにそうではないと思い直しました。なぜなら、全ては状況次第だからです」
ここでアイザックは、キリッとした表情を見せる。
だが、出席者達は「いいから先を話せよ」という冷めた表情を返すだけだった。
アイザックは少し落ち込みながら、続きを話し始める。
「先の戦争では、地方貴族の判断によって援軍が間に合いました。ですが、先の戦争は特殊なもの。通常であれば、軍が集結してから動いても間に合うはずでした。各個撃破される危険を考えれば、同じような行動は控えるべきです。という事は、貴族派の考えが絶対に正しいとは限らないという事でもあります」
アイザックは出席者を見回す。
これは先ほど反応してくれなかったので、ちょっとだけ焦らしてやろうと思っての意趣返しだった。
「僕はこう思ったんです。自分の家が所属する派閥の事もよく理解しないまま大人になってもいいのか? 学院を卒業した時に自分の派閥の事もよくわかっていないのかと大人達に叱られるのではないかと。不安に思った僕は、学院の生徒と話し合おうと思ったのです。様々な派閥の子供達が集まり、話し合う事で、まずは基礎を固めておくべきだと」
「その話し合いに付き合って、俺達にメリットはあるのか?」
――アイザックが自分の勉強のために付き合わせようとしている。
そう感じた三年生の男子が、付き合う義理などないと不満そうな顔をして口を挟んできた。
アイザックは慌てず、落ち着いて彼に答える。
「もちろんあります。皆さんも将来に備えて学べるという事もありますが、人脈作りにもなります。学校で話したり、一緒に遊ぶ友達を作る事ばかりが人の繋がりではありません。大きく意見が異なる相手でも『仕事に必要なこの部分だけは同じ考えだったな』と知っていれば、働き始めた時に仕事を円滑に回すための根回しもしやすくなります。特に、今日集まっていただいた皆さんは部活動に所属していない方々。こうした集まりをきっかけに、新しい繋がりを広げていくのはメリットではありませんか?」
「それはそうかもしれないけど……」
三年生の男子は、それでも渋る。
彼らも好きで部活動に所属していないわけではない。
それなりに理由があって、帰宅部という立場を選んでいた。
将来を考えれば、人脈作りはメリットだ。
だが、もう一歩。
もう一歩だけ踏み込みやすいきっかけが欲しいと思っていた。
そこに、一人の男子がアイザックに拍手を贈る。
――アーサーだ。
「なるほど。第四の派閥とはどんなものか気になっていたが、既存の派閥を越えた若者の集まりというわけか。学院内でも、同じ派閥の者同士が集まる機会の方が多い。違う派閥の者と気が合って友達になったとしても、意見を交換する事など稀。アイザックくんがこの集まりを提案しなければ、派閥の違う者同士意見を交換する機会はなかっただろう。僕も生徒会の仕事がなければ参加してみたかったよ」
どんな事を話すかなど、詳しい事にアイザックはまだ触れていない。
なのに、アーサーは不自然なほど褒めちぎる。
アイザックは、彼の意図を敏感に感じ取った。
(そうか、俺に恩を売ろうってわけか)
生徒会長の彼が、今更人脈作りに興味を持つはずがない。
立場を利用して、すでに十分に作り上げているはずだ。
ならば、彼の目的は一つ。
――アイザックに貸しを作る事。
卒業後の事を考えれば、エンフィールド公爵に恩を売っておいても損はない。
アイザックの背後にはウェルロッド侯爵家もいるので、派閥は違えども恩を売っておけば、少しでも効果は期待できる。
先ほどアイザックが言った「仕事に必要なこの部分は同じ考えだったな」というのも当てはまる。
武官であっても、貴族である以上は政治的な事を切り離せない。
文官の多い貴族派に根回しをやりやすくなるのは、彼のキャリアにとって大きな利益をもたらすだろう事は想像に難くない。
――そして何よりも、たった一言で済む点だ。
生徒会長として「良い考えだ」と評価するだけ。
たったそれだけの事。
だが、それだけの事が重要だった。
生徒会長が「参加してみたかった」と意思を表明する事で、迷っている者達の後押しになる。
アイザックに直接協力をするわけではないし、間違った事を言っているわけではないので、評価したからといって非難されるような事もない。
――最小限の労力で、最大限の利益を享受する。
同じ武官の家柄とはいえ、フレッドと大違いだ。
彼は計算高いタイプらしい。
アイザックも、ここで彼の好意を無下にするつもりはなかった。
ニコリと笑いかけて「一つ借りですね」という意思表示をする。
(まったく、三年生にもなると油断も隙もない)
だが、嫌な気分ではない。
彼のように計算高いタイプが味方をしてくれるというだけで、アイザックの価値は高まる。
「あいつが支持するのなら確かだろう」と、周囲が思ってくれるからだ。
お互いにメリットがある事なので、こういう形で恩を売られるのは歓迎だった。
(恩を仇で返すかもしれないけどな)
反乱を起こす時、この集まりが多少なりとも役に立つはずだ。
その場合、後押ししたアーサーも責任を問われるかもしれない。
その時はその時で、自分の陣営に受け入れるという形で恩を返すだけ。
今は最大限、彼の好意を利用するべき時だ。
「いかがでしょうか、皆さん。アーサー会長もこう言ってくださっています。週に一回か二回集まって、派閥の事を話し合いませんか? 当面はここにいる者達で集まるつもりですが、興味を持った友達を連れてきてもらってもかまいません。とりあえず、今週は家族と派閥に関して話し合い、来週集まった時に『こんな事を言っていたよ』と発表しましょう」
アイザックは、ここぞとばかりに話を進める。
何事も勢いは大切だ。
しかし、渋々と手を挙げる者がチラホラいる。
「なんでしょうか?」
「放課後に長く残れないんで、参加したくてもできないんですけど……」
この質問は想定済みのものだった。
「大丈夫です。この集まりは強制しません。ちょっとだけ顔を出してから帰るというのも自由です。それに、こちらにいるレイモンドとルーカスが皆さんの意見を書き留めてくれます。その書き留めた意見を、次回集まった時にまとめて配布するつもりです。部活動に所属していない方は、様々な事情でお忙しい方ばかりだろうと思っていましたので、その辺りのケアはちゃんと考えております」
これは原作ゲームの知識があるおかげだった。
ゲームでは、ニコルがアルバイトをしてドレスを買ったりするらしい。
その理由はわかっている。
彼女の父親が金に縁がなかったせいだ。
という事は、他にも金に困っている家もあるだろうと考えていた。
部活動をする余裕がなく、放課後にアルバイトをしている生徒もこの中にいるはずだった。
そんな彼らにも参加する機会を与える事によって、アイザックは自分の評判を高めようと考えていた。
「あの……。私は勉強会って聞いて、アイザックくんに勉強を教えてもらえると思ってきたんだけど……」
見覚えのある女子生徒が「思っていたのと違う」と発言する。
こちらは、アイザックにも想定外の事だった。
だが、アイザックはこの質問にも落ち着いて対処する。
「勉強会のない日なら、宿題の相談に乗ったりするくらいは応じられますよ」
「やった! なら、勉強会は勉強会で参加します!」
アイザックが「相談に乗る」と言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
勉強会に参加しようと考えたのも、アイザックに近付けるからかもしれない。
しかし、アイザックは「勉強会って聞くとそう思うのも仕方ないよな」と思うだけだった。
「他に何か質問はございますか?」
アイザックは、最後の確認をする。
これで質問がなければ、今日は解散にしようと思っていた。
――ここでまさかのマイケルが手を挙げた。
「アイザックくんも意見を述べたりするのかな?」
「……いえ、僕は進行役として意見を述べたりはしません。僕はウェルロッド侯爵家の跡継ぎというだけではなく、エンフィールド公爵という肩書きもあります。僕が『こうだと思うよ』と意見を述べると、違う意見を持っている人が発言しにくくなるかもしれません。聞きに徹して、より活発な話し合いにしていきたいと思っています」
「なるほど」
マイケルが顎に手を当てて、しばし考え込む。
「それじゃあ、僕も聞きに徹しよう。自分で言うのもなんだけど、今のブランダー伯爵家は勢いがある。僕の意見を聞いて、みんなが遠慮してしまうかもしれないしね」
マイケルがフフフッと笑う。
その姿を見て、アイザックは「意見を述べられないからじゃないの?」と思ってしまう。
一度、彼に意見を聞いてみたいところだが、さすがにそんな意地悪をするほど嫌ってはいない。
「そうかもしれないね」と答えて、話をまとめる事にした。
「では、今日は解散とします。来週は月曜日に集まろうかと思っています。ですが、集まる日なども次回話し合おうと思っていますので、以降は何曜日がいいかを考えておいてください。本日はお忙しい中、お越しいただき誠にありがとうございました」
アイザックが軽く頭を下げると、出席者達が立ち上がって教室から出ていった。
その時「お前、派閥の事とか考えた事ある?」と話す声が聞こえたので、興味は持ってもらえたとは思う。
あとは、ここから彼らを取り込んでいくだけだ。
教室を出ていく者達を見送っていると、アーサーがアイザックの方を振り返った。
アイザックが軽く会釈をすると、今度は彼が笑みを浮かべて返してきた。
「気持ちはわかった」という了承の笑みだろう。
共犯者になる可能性があるとは、微塵も思っていない笑みだった。
アイザックは、レイモンドとルーカスの二人に視線を向ける。
「さて、これから忙しくなると思うけど、その分の収穫はあるはずだ。二人とも頼むよ」
「任せておいてよ」
「僕も人脈が広がるのは歓迎だし、喜んで協力するよ」
二人にもメリットがある事なので、進んで協力してくれている。
彼らは官僚を目指しているので、横の繋がりが広がるのは歓迎だ。
普段、接しないタイプの相手と知り合うきっかけとしてはちょうどいい。
それに、こうして新しい事に挑戦するのは楽しそうだとも思っていた。
(さぁ、ここからだ。既存の組織に頼らず、一から集団を作り上げて統率する腕試しになるだろう。学生くらいは、まとめられないと国のトップに立つなんて不可能だしな)
この勉強会は、アイザックの統率力の有無を問う試金石となる。
ここでつまずいているようでは、ジェイソン打倒など夢のまた夢。
知識を得るというだけではなく、自分の力を知るのにもいつかは必要な事だった。






