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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第十章 王立学院一年生前編 十五歳

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247 十五歳 暴行の責任

 職員室では、顛末を聞いた教師達によって大きな騒ぎとなっていた。


 ――アイザック・ウェルロッド・エンフィールド公爵による暴力事件。


 それだけなら問題はない。

 公爵は王家に対する罪以外は罪に問われない。

 殴った相手が従姉妹の婚約者であり、婚約の解消に関わる話し合いの最中でもあった。

 きっと「やれやれ」と思うだけで済んでいただろう。


 ――だが、そうはいかなかった。


 事情を話し終えたあと、アイザックがとんでもない提案をしてきたからだ。


「……本当にいいのかい? 喧嘩の場合は三日から一週間の停学で済むし、今回の件は事情を考慮すれば三日程度の停学だろう。アイザックくんの提案を受ける事は可能だけど、その場合は停学期間が延びる事になるよ」

「かまいません」


 アイザックがそう答えると、対応をしていた教師が困った顔をする。


 アイザックの提案は――


 ティファニーが婚約の解消を申し込まれたという事を公文書に残さない。

 チャールズを殴ったのは、個人的な感情によるものという理由にしてほしい。


 ――というものだった。


 学校内での賞罰は、すべて公文書として残される。

「どんな学生だったのか?」という事を知るためだ。

 これは役職に就く際の選考基準にも使われる。

 例えば「喧嘩ッ早い者は外交官に不適格」として、書類選考で落とされたりもする。


 だから、アイザックは「ティファニーがチャールズに婚約の解消をされた」という記録を残す事を嫌がった。

 そんな記録が残ってしまえば、ティファニーは新しい婚約者を見つけられにくくなるかもしれない。

 エンフィールド公爵の従姉妹であり、幼少からの婚約者でもあるティファニーとの婚約をなかった事にするのだ。

 普通の者ならば「ティファニーにはよほどの瑕疵があるに違いない」と思うだろう。

 そのため、アイザックは「チャールズの事を気に入らず、思わず殴ってしまった」という事にしてほしいと要求していた。


 これには教師達が困惑した。

 アイザックの気持ちもわからないでもないが、自分の罰を重くしようというのは正気の沙汰ではない。

 期末テストが終わり、十日もすれば夏休みに入るとはいえ、長い停学期間はアイザックの輝かしい未来に傷を付ける事になってしまう。

 アイザックも今は「かまわない」と言っているが、将来大臣を選考する時に「アイザックは不適格」と判断された場合「あの時、なんで教師達は止めてくれなかったんだ」と逆恨みされるかもしれない。

 できる事なら、アイザックの処分は控えめにしておきたかった。

 担任を受け持っていないので職員室に残っていた教師達は、この場に居合わせる事になった不運を呪う。


「学院長、どう致しましょうか?」


 アイザックと話していた教師は、傍で事態の様子をジッと見ていた学院長に声をかける。

 これは一教師の手に余る問題だ。

 学院長のルーファスに決定してもらうしかなかった。


「むむむ……。一方的な暴力となれば、一ヶ月程度は停学となる。夏休みに入るから実質的に十日程度の停学とはいえ、一ヶ月の停学が記録に残るとなると……。君のためにならんぞ。考え直した方がいい」


 いっその事、アイザックが「俺は公爵だぞ! 校則が国家の法に優先するなどという事があってたまるか!」と、法による裁きを受けない立場をアピールしてくれた方が良かった。

 しかし、仮にも教師という立場にある者が「校則を無視しなさい」などと言う事はできない。

 アイザックに考え直すように促すだけで精一杯だった。


「いえ、いいんです」


 それでも、アイザックは首を横に振るばかりだった。

 これにはルーファスも困った。

 アイザックが将来どう思うかだけではない。

 国法や校則などというものよりも重要なもの。


 ――国王であるエリアスの不興を買うかもしれないからだ。


 アイザックはエリアスのお気に入りだという事は周知の事実である。

 今までの功績を考えても、他の者ならせいぜい五人目の侯爵とするくらいだろう。

 お気に入りでなければ、若くして公爵などという最高位の爵位を与えたりはしない。

 そのアイザックの経歴に傷を付けるような真似はしたくなかった。

 アイザックを宰相や大臣に任じる際、周囲から「一ヶ月もの停学処分を受けるような者は不適格だ」と反対されて話が流れてしまうかもしれない。

 そうなれば、処分を下した者達に対してエリアスは不快感を持つだろう。


 生徒の不興を買うのはまだ許容範囲だ。

 教師は勉強だけではなく、これから貴族社会で上手くやっていけるように生徒を矯正するのも役割である。

 だから、生徒のお礼参りからは法によって守られている。

 法だけではなく「教師に厳しく指導されるだけの無法者」として、お礼参りをしたら貴族社会で生きていけなくなるほど評価を下げる事になってしまう。

 しかし、公爵であるアイザックと国王であるエリアスのコンビ相手は無理だ。


 ――法を捻じ曲げる事ができる相手に、法がどうやって守ってくれるというのか?


 いっその事、プライドも何もかもかなぐり捨てて「アイザックを無罪放免にしてやろうか」とすらルーファスは考え始めていた。

 だが、その考えはアイザックの言葉によって消え去る事になる。


「僕の経歴に傷が付いても大丈夫なんです。陛下からは望む役職に就けてやると言われていますし、好きな望みを叶えてやるとも言われていますので。でも、ティファニーは違います。彼女は普通の女の子です。この年になって婚約者から婚約の解消をされたという事実が残れば、将来に大きな悪影響を及ぼす事が考えられます。それは避けておきたいのです」

「なるほどな……」


 アイザックの言葉を聞いて、この場にいた教師達は少しだけホッとした表情を浮かべる。

 停学の影響がない。

 もしくは、極めて少ないとわかったうえでの申し出だった。

 少なくとも、アイザックからは恨まれる事はなさそうだ。

 しかし、まだエリアスの方が残っている。

 できる事なら、そちらも何とかしておきたかった。

 教師達はルーファスが上手く対応してくれないかと、すがるような視線を向ける。


「ならば、停学一週間としよう」


 ルーファスは短めの停学期間をアイザックに申し付ける。


「それだと短くありませんか? 不審に思った人に掘り返されるというような事は避けたいのですが……」


 当然、アイザックは不満に思う。

 一番肝心なティファニーの件がどうなるのかわからないからだ。


「我々教育者は!」


 ルーファスが突然大きな声を出したので、アイザックはビクリと体を震わせる。


「判事と違って、罪に合わせた罰を与えるのが役割ではない。生徒が正しい道を進めるように後押しする者である! すでに反省の色は見えており、その姿勢を見れば過度の処分を与える必要はないと考えられる。一週間の停学処分で十分! もし、それだけでは反省に足りないと言うのならば、自主的に謹慎すれば良い! どうだ?」

「た、確かにそうかもしれませんね」


 アイザックがルーファスの勢いに押されて、一週間の停学と自主的な謹慎という提案を呑んだ。

 それを聞いて、周囲の教師からルーファスに向けて拍手の嵐が巻き起こる。


「その通り!」

「教育者の鑑!」

「世渡り上手!」


 特に「職員室に来なさい」とアイザックに言った女教師は「ブラボォー! イエェェェス! ブラボォォォー!」と叫びながら激しい拍手を送っていた。

 一週間程度の停学なら、年に数人はいる程度の処分である。

 それくらいならアイザックの経歴に大きな傷は付かない。

 だが、一ヶ月の停学となれば、確実に大事になる。

「面倒な事に関わってしまった」と話し合いをしている最中、ずっと彼女は生きた心地がしていなかったからだ。

 ルーファスのそれっぽい言い分でアイザックが納得してくれた事を、誰よりも一番強く喜んでいた。


「チャールズくんは保健室で手当が終わったら出席してもらう。彼は被害者側だからね。アイザックくんは今から停学処分なので、今日はこのまま帰ってもらう。もし、チャールズくんと話し合いがしたいというのであれば、それは家族と共に話し合ってもらいたい」

「わかりました。お騒がせしてすみませんでした」


 ルーファスは「落ち着く時間を取らないまま、学内で会ったりしないでね。本当にやめてね」と言外に含ませていた。

 アイザックも何となくその事を察しているし、自分達だけではなくハリファックス子爵家の面々に伝えて話し合わないといけないと考えていたので、ルーファスの言う事に従って今日は大人しく帰るつもりだった。

 教師達に一度頭を下げて、アイザックは職員室を出ていった。




 ----------



 廊下では、ティファニー達が待っていた。

 彼女の隣にはアビゲイルが寄り添ってくれている。


「アイザック……」

「大丈夫だよ、ティファニー。チャールズを殴ったのは僕がムカついたからっていうだけで、婚約に関する事は関係ないっていう事になった。騒ぎを見た生徒達が噂するかもしれないけど、表向きは一方的に婚約の解消を突き付けられたなんていう不名誉な事実は残らないよ」


 アイザックはティファニーを安心させるように言ったが、その内容は返って心配させるものだった。


「そんな……、そんな事をしたらアイザックが困るじゃない。なんで私のためにそこまで……」


 そこまで口にして、ティファニーは口を閉ざした。

 自分のためにそこまでしてくれる理由に思い至ったからだ。


「気にしなくてもいいんだよ。停学になったとしても、今の僕には大して影響ないしね」


(前世だったら『内申がっ!』ってこの世の終わりみたいに感じていただろうけどさ)


 アイザックに余裕があるのは、将来自分が国王になるからだ。

 さすがに内乱の首謀者(・・・・・・)に比べれば、停学処分(・・・・)など名前が傷つく内に入らない。

 仮に反乱を諦めたとしても、自分には大臣職などは手に余ると思っている。

 ウェルロッド侯爵家を継いで、領主として余生を過ごすだけでも十分だ。

 停学処分で出世コースから外れたとしても痛くない。

 だからこそ、アイザックは余裕を持った態度でいられた。


 しかし、ティファニー達は違う。

 アイザックが「好きな人のためなら自分が傷つく事なんてたいしたことはない」と、好きな人の前で強がりを言っているように見えていた。


「でも……」

「いいんだって。ティファニーは僕の心配している場合じゃないだろう? 今は自分の事だけを考えるんだ。それよりも――」


 アイザックは友人達の顔を一瞥する。


「さっき僕が話した事は誰にも言わないでほしいんだ。やっぱり、人に知られると……ね」

「もちろん言わないよ」


 ポールが他の者を代表して答えた。

 友人の淡い恋心をベラベラ喋る気などないというのもあるが、誰かに話すと「アイザックがティファニーを手に入れるために、チャールズに裏で手を回した」という噂になってしまうかもしれない。

 今までのアイザックの行動を考えると、ないとは言い切れないのが辛いところだ。

 そのような噂が流れるのは友人として、未来の部下として許せない事である。

 アイザックに言われずとも、彼らには先ほどの事を話すつもりなどなかった。


「ありがとう。僕がチャールズを殴ったせいで、遅刻してしまう事になって悪いと思っている。この埋め合わせはいつかさせてもらうよ」

「いいって。試験後だから、どうせテストを返すだけだしさ」


 レイモンドが気にするなと言ってくれた。


「アビゲイルさんもありがとう。女の子が傍に居てくれたおかげでティファニーも助かったと思う」

「いえ、いいんですよ。普段付き合いのない人でも、あんな現場に遭遇して見捨てるような事はできませんので。あっ、お礼は今後ともレイを引き立ててくださるだけで結構です」


 アビゲイルは微笑みを浮かべながら、そのように答えた。

 レイモンドの事を頼むだけなら、そこまで厚かましいものでもない。

 元々友人関係なのだ。

 実質的に何も要求していないようなもの。

 それに、レイモンドが実務経験を積んでいけば、アイザックの役に立つだろうと彼女は思っている。

 お互いにとって良いところしかない要求なので、堂々と頼む事ができた。

 アイザックも彼女が要求したものの意味を理解したので、フフフッと笑って返した。


「本当にありがとう。ティファニーはこれからどうする? 授業に出ていくの?」


 今度はティファニーに声をかける。

 彼女がどうするかによって、アイザックの行動も変わるからだ。


「教室に行きたくない……。今日は帰りたい……」


 ティファニーは、また泣き出しそうな表情で心情を話した。

 確かに泣き腫らした顔でクラスメイトの前に出るのは辛いだろう。


「じゃあ、家まで送るよ。僕も帰らないといけなくなったしね」

「でも、そんなの悪いわよ」

「気にしなくてもいいって。今のティファニーを一人で帰す方が心配だよ。僕が安心して家に帰るためにも必要な事なんだ。嫌だって言っても送らせてもらうよ」

「アイザック……。ありがとう」


 心配だから断っても送るとまで言われれば断る事などできない。

 それに、一人で帰ると道中で泣き崩れて歩けなくなってしまうかもしれない。

 今回は、アイザックの厚意に甘える事にした。


「それじゃ、みんなまたね。付き合ってくれてありがとう」

「停学明け……。じゃなくて、また様子を見に行くよ」


 アイザックにレイモンドがそのように返した。

 わざわざ停学が明けるまで待つ必要などない。

 友人なのだから、家を訪ねたらいいだけだ。

 今日は忙しくなるだろうから、数日してからになるだろうが。


 アイザックは彼らに感謝と別れを告げ、ティファニーを連れて帰っていった。

 その後姿を見て、カイがつぶやく。


「アイザックも恋をする人間だったんだなぁ……」


 彼にとってアイザックは恐怖の対象だった。

 戦争で手柄を立てて認められなければ、今でも恐ろしい化け物のように感じていただろう。

 そんなアイザックが、今までずっと片思いをしていたと知り、自分と変わらない年頃の男の子だという事を実感する。


「周囲に可愛い子がいて、選り取り見取りの状況。なのに、誰にも目をくれなかったのは本当に好きな人がいたからだったんだ。仕方ない。ティファニーさんが落ち着くまでは、アイザックに早く決めろなんて言わないでおこう」


 ポールもアイザックの印象が変わった一人だ。

 友人として付き合っていても、アイザックがここまで一途に一人の女性を想い続けるタイプだとは知らなかった。

 二人の関係もこれから変わっていきそうなので、しばらくは見守ってやるべきだろうと思い始めていた。


「あら、やっぱり皆さんもそう思います?」

「そりゃそうだよ。実質告白だもん。でも、あんな事を言っておいてティファニーさんに平然とした態度を取れるのは『さすがアイザック』って思わされるね」


 アビゲイルの言葉にポールが同意する。

 カイとレイモンドもうなずいていた。

 彼らもアイザックとティファニーのやり取りを聞いて、アイザックが長年募らせていた思いを感じ取っていた。


「僕らにできるのは二人を見守る事だけだね」


 レイモンドの言葉には皆が同意した。

 ティファニーなど婚約者に捨てられたところだ。

 下手にアイザックとくっつくように急かして、二人の関係がこじれるような事はしたくない。


 ――アイザックとティファニーの関係を見守る。


 その共通認識を確認してから、彼らは教室へ向かっていった。

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― 新着の感想 ―
これでなんやかんやとパメラとくっついてしまったら…………どう思われるんだ、アイザック。 ティファニー→アイザックの好感度は急上昇してるだろうし。
[一言] もしかして、アイザックが好きな相手は、ティファニーだと思われた?
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