221 十五歳 戦争のあとはお受験戦争の心配
アイザックは、いきなりリサと婚約の話をしようとはしなかった。
まずはリサを一人の女性として見れるかどうかを確かめないといけない。
「あー、本当に可愛いな。抱きしめたいくらいだ」
そう言ってはいるが、アイザックはたまらず抱き締めた。
――新しい家族であるテレサを。
小さい頃のパトリックを思い出す。
あの時とは違い、今は軽々と抱き上げる事ができる。
ぬいぐるみのような可愛らしさに、ついつい頬ずりしてしまう。
子供の頃と今とではアイザックの体の大きさも違う。
相対的に小さく見える分、尚更可愛く見えた。
だが、ケンドラは違うようだ。
可愛がってはいるが、どこかつまらなさそうだ。
「どうした、ケンドラ? テレサの事が嫌いか?」
アイザックが尋ねると、ケンドラは首を横に振った。
「きらいじゃないけど……、パトリックのほうがいい。だって、ボールをなげてもひとりであそんでるんだもん」
「あぁ、なるほど」
アイザックは、昔の事を思い出す。
パトリックも最初は一人でボールにじゃれついて遊んでいた。
咥えて持ってきてくれたりするようになったのは、屋敷に来てしばらくしてからだった。
ケンドラはパトリックと同じく、一緒に遊ぶのをテレサに望んでいるのだろう。
「テレサはケンドラと遊びたくないわけじゃないよ。一緒に遊ぶ楽しさを知らないんだ。ケンドラだって、お兄ちゃんがパトリックと遊ぶ方法を教えてあげただろ? 今度はケンドラがテレサに教えてあげるんだ」
「うん、わかった」
テレサを手放すのは名残惜しいが、ケンドラが遊びを教える姿も見てみたい。
抱くのをやめて、テレサを床に降ろしてやった。
公爵になったばかりのアイザックがこうしていられるのも、ノーマン達が頑張ってくれているおかげだ。
爵位を授与されてから二日目だというのに、もうすでに履歴書のようなものが送られてきている。
ウェルロッド侯爵家の者達を使って、彼らの書類選考中となっている。
騎士の希望もあったので、そちらはマットとトミーに実力を調べさせるつもりだった。
エンフィールド公爵家における文官のトップはノーマンとなる。
彼が家宰となり、ベンジャミンやフランシスのように当主の代わりに執務を執り行う。
この仕事を自分が任されるにしても数十年後だと思っていたので、突然の重責に戸惑っていた。
ウェルロッド侯爵家の支援がなければ、今頃泣き言をこぼしていたかもしれない。
武官は騎士団長にはマット、副騎士団長にトミーを置くつもりだった。
実力と実績は十分にある。
問題があるとすれば、トミーより強い者が仕官してきた場合だ。
「自分より弱い奴が副騎士団長なのか?」と不満を言われるかもしれない。
だが、その場合は「実績があるし、単純な武力だけで人の上には立てない」と言って庇うつもりだ。
もしもトミーが「副騎士団長は無理です」と言うのなら、その時は数年の猶予を与えてやってもいいと考えていた。
アイザックの出番は書類選考が終わってからとなる。
今はまだ余裕のある時期なので、こうしてケンドラと一緒にいられた。
「あのアイザック様……」
リサが、微笑んで見守っているアイザックに声を掛けてきた。
「な、なにかな?」
マーガレットに相談して以来、アイザックは少し意識してしまってぎこちなくなっている。
リサはそれを「自分が距離を置いてしまったせいだ」と思っていた。
だが、彼女には言っておかなければいけない事があった。
「受験勉強をしなくてもよろしいのですか?」
「へっ、受験勉強?」
前世ではよく聞いた言葉だが、まさかこの世界でも聞く事になるとは思わなかった。
「もちろん、アイザック様には勉強は必要はないかもしれません。ですが、念の為に勉強をしておいた方がいいと思われます」
リサは「受験なんて余裕だ」と余裕を持って遊んでいるのだと思っている。
しかし、万が一の事を考えれば、アイザック本人に確認をしておくべきだろうと尋ねる事にした。
「王立学院って、貴族なら誰でも入学できるんじゃないの?」
「入学はできます。ですが、そのあとに一定以上の学力がある者とない者で振り分けられます」
「なんでそんな事を……」
「家庭の事情により、満足な教育を受けられなかった者を救済するためです。役職に就いていない男爵家の三男、三女とかは簡単な計算と文字を読めるだけという者もおりますので……」
「あぁ、なるほど」
(家庭の事情っていうのは、ニコルみたいに金がなかったとかだろう。実際、恋愛SLGによくある最低ステータスで始まるニコルもダメな方に分類されていたはずだ)
仮にも貴族は支配階級である。
その底辺の学力を底上げする事で、貴族そのものの価値を高める。
たとえ優秀とは言えなくとも、豪商に令嬢が嫁いだりした時に知識の違いを披露できる。
平民と貴族の教育レベルの違いを知れば、平民達はさらに貴族を特別視するようになるはずだ。
そうすれば、王侯貴族の立場は安泰となる。
レベルの低い者を切り捨てず、一定レベルまで引き上げようとするのは良い事だ。
(でもまずいな。万が一、俺がレベルの低い方に分類されたら……)
「あの公爵って凄い馬鹿なんだぜ」と噂されかねない。
今までにないほど注目を浴びている時に、そんな噂が流れたら致命的だ。
誰もアイザックに付いてこなくなってしまう。
リサの何気ない質問がアイザックを恐怖のどん底に突き落とした。
「そんな大事な事、全然聞いてないんだけど」
「アイザック様なら大丈夫だと思われたのではないでしょうか。それに戦争もありましたので、言いそびれてしまっていたのかもしれません」
「いやいや、全然大丈夫じゃないよ。学校の勉強って、普段使う知識とは別物だよね? 予習しておかないと」
アイザックは焦った。
しかし、テレサは数か月もすると大きくなって、子犬らしい可愛さから犬の可愛さに変わってしまう。
ケンドラが一緒に遊ぶ方法を教えるのに試行錯誤する姿も見れなくなるだろう。
だが、将来の事を考えれば勉強をしておいた方がいい。
アイザックはリサの件と続けて、究極の選択をしなければならなくなってしまった。
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(ああもう、しくじったな。ジェイソンなんかと会う約束なんてするんじゃなかったよ)
王妃ジェシカに言われたので、アイザックはジェイソンと面会する約束をしていた。
ケンドラや受験の事を考えると、ジェイソンと会っている余裕などない。
言われるがままに面会の予約をした自分の愚かさを恨む。
(しかも、フレッドまでいるしさー)
今回はジェイソンだけではなく、フレッドも同席している。
以前に「サシで話そうと言っていたのになぜ?」と、アイザックは思ってしまう。
昔よりはいくらか柔らかくなっているものの、やはり厳しい視線で見つめているので、フレッドは大きく変わっていないはず。
彼を同席させる理由がさっぱりわからなかった。
「おめでとう、アイザック。いや、もうエンフィールド公とお呼びするべきかな」
「そんな、せっかく殿下にアイザックと呼んでいただけるようになったのです。今まで通り、気楽にアイザックとお呼びください」
ジェイソンは王太子だ。
今現在の権限の強さという点では、公爵になったアイザックの方が上かもしれない。
だが、将来的には国王になるジェイソンの方が偉くなる。
今の時点で自分が上だからといって、彼相手に偉ぶるのは得策ではない。
下剋上を諦めた時に備えて、下手に出ておくのが無難なはずだった。
「……おめでとう」
「ありがとう、フレディ」
嫌そうに祝いの言葉を呟くフレッドに、アイザックは晴れやかな笑顔を浮かべて返した。
フレッドは顔を真っ赤にして「お前がフレディと呼ぶな!」と怒鳴り散らしそうになるが、ここはグッと堪えた。
ジェイソンの面子を立てるためだ。
「是非ともアイザックに会いたいと言うから同席させたんだ。アイザックだけじゃない。今回の戦争ではマクスウェル子爵家のカイまで活躍したそうじゃないか。同年代の活躍を聞いて、居ても立っても居られなくなったんだろう」
ジェイソンがフレッドが同席した理由を説明する。
これはアイザックも理解できるものだった。
立場が逆なら「十四歳で戦場で活躍!? すげぇ!」と話を聞きたくなるところだ。
特にカイの如く自分の手で敵将を討ち取った者の話は聞きたいだろう。
今回はアイザックだけだが、そのうちカイも連れてきてくれと頼まれるかもしれない。
その場合、カイが緊張で倒れないかが心配になる。
「僕も当然気になっていたから、戦勝パーティーだって出たかったけどね。お酒の出るパーティーはまだ出られないのが残念だよ。子供で出席できるのは、手柄を立てた者だけの特権というところだね」
「それはわかります。一応僕も主賓だったはずなのに、夜遅くになる前に帰されましたからね。早く大人になりたいです」
ジェイソンの言葉に、アイザックが同意する。
お酒の出ないパーティーなら大人と一緒に出席できるが、お酒の出るパーティーでは子供の扱いは当然悪い。
そもそも、アイザックのように王宮で開かれるパーティーに出席している事自体が稀。
普通は出席すら認められない。
アイザックだけが特別だった。
しかし、フレッドは特別扱いをされるアイザックに対して、どうしても言っておきたかった事がある。
「俺だって、戦場に行っていれば活躍できたんだ」
「そうかもしれないね」
アイザックの返事に、フレッドは拳を握って怒りを堪える。
フレッドの言葉は本心だ。
文官の家系であるウェルロッド侯爵家が勝てた相手なら、そこに自分がいれば先陣を切って大活躍できたはずだ。
――戦場で戦う機会さえあれば、ウェルロッド侯爵家やランカスター伯爵家に負けない功績を立てられた。
フレッドの言葉は、他の武官達の思いを代弁するものでもあった。
今回活躍したのは、文官の家系の者達ばかり。
特にトミーやカイといった若者が大手柄を立てたので「自分が戦いたかった」と嫉妬する者は多い。
フレッドもそういった者達の一人だ。
だからこそ、アイザックにあっさり「そうかもしれないね」と言われて腹が立った。
まるで相手にされていないように感じるからだ。
だが、ここでもグッと堪えた。
ジェイソンから「アイザックに敵意を向けない」という事を条件に同席を許してもらっている。
ここでアイザックを責めたりすれば、ジェイソンの顔を潰す事になる。
友情を優先し、口を堅く閉ざす事でアイザックを非難する言葉を飲み込んだ。
「戦争で気付かなかったんですけれど、受験勉強もしないといけないんですね。すっかり頭から抜け落ちていましたよ」
フレッドの感情を察したアイザックが、受験勉強へと話を変える。
少なくとも、今は暴発してもらっては困るからだ。
ここは王宮で、周囲はジェイソンのお付きの者ばかり。
エリアスに報告はするだろうが、誰にでもお喋りをする口の軽い者はいないはずだ。
フレッドの評判を落とし、ジェイソンをそれに巻き込むには人目の多い王立学院内で暴発してもらった方が都合がいい。
話題を変える事で、フレッドの感情を抑えようと考えた。
「受験勉強か……。フフフ、君も困ってるんだね」
「君も、という事は殿下もですか?」
才色兼備のキャラであるジェイソンも受験で困っていると聞き、アイザックは不思議そうに聞き返した。
「そうだよ。王立学院では成績が発表される。入学の時もそうだ。成績優秀者が新入生を代表して挨拶を行う事になっているんだ。王太子としてはなんとか代表になりたい。でも、強力なライバルがいて困ってるんだよ」
ジェイソンは笑いながら話していた。
その表情に困っているという色はない。
むしろ、好敵手に出会えたという目でアイザックを見ていた。
「なるほど……。ですが、僕も公爵になったばかり。やはり、人目が気になりますので手加減はできませんよ」
「望むところだ」
アイザックとジェイソンはニッと笑い合う。
アイザックも勉強不足とはいえ、負けるつもりはない。
「とても頭が良い公爵閣下(笑)」と噂されるような事だけは避けなければならない。
周囲の評判はどうしても気になるところだった。
「ところで、フレッドは?」
「聞くな」
フレッドは話を振られて顔を背ける。
(さすがに最低限の知識はあるだろうけど、成績優秀者にはなれないレベルかな。まぁ、そういうキャラだったし仕方ないか)
アイザックは深く追及しなかった。
追及し過ぎてフレッドに「じゃあ、剣で勝負だ」と言われたらお手上げになってしまう。
誰だって苦手な分野はある。
それを人との繋がりで補っていくのだ。
人脈という点では、嫡男として順当に育てられてきたフレッドの方に軍配が上がる。
総合的に見て「自分が勝っている」と言えない以上、馬鹿にしたりはできない。
「フレディ」と呼んでからかうだけで収めておく方が無難だった。
(あぁ、それにしても学生になるのが楽しみだ。そこから一気にリード王国崩壊への道を辿っていくはずだ。……ニコル次第で)
最後の最後でニコル頼りになってしまうのは悲しいが、上手くジェイソンに誘導する事で、きっと何らかのアクションを起こしてくれると信じていた。
いつもご覧下さりありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想など、いつも励みになっております。
ありがとうございます。
九章はこれで終了です。
明日か明後日に九章の人物紹介を投稿し、リサの話を移動させますのでご注意ください。
書籍をお買い上げくださった皆様に、心より感謝申し上げます。
もし、買うか迷っておられる方がおられましたら、お早めにお買い上げいただけますと助かります。
活動報告の方で以前書かせていただきましたが、以前は転職を考えておりました。
その場合、新しい仕事に慣れるまでや仕事のシフトの都合により、小説が今まで通り書けるかわかりません。
今の生活を続けられているのは「本が出せる」という事が大きいです。
残りは三章か四章で終わりますので「二巻が出せる」という希望を目の前にぶら下げてくださると転職せずに済むので、最後まで今のペースで書けると思います。
「電子書籍で」という方もおられるようですが、宝島社様は電子書籍を出さない方針のようですので、紙の本でお買い求めください。
身近な方に『転生貴族は大志をいだく! 「いいご身分だな、俺にくれよ」面白かったよ』と薦めていただくだけでも結構です。
何卒お力添えいただきますよう、心よりお願いいたします。







