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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第八章 下準備編 十三歳~十四歳
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186 十四歳 マットの孤児院 王都グレーターウィル

 八月初旬。

 エリアスは同盟関係にある四ヵ国の大使を王宮に集めていた。

 場所はテラス。

 屋根があるとはいえ、暑さがじわりと汗を浮かばせる。

「プールサイドで美女を侍らせての雑談なら大歓迎だったのに」というのは、大使達の共通の思いだった。

 こんな日に呼び出した理由を、エリアスが話してくれるのを皆が待っていた。


「暑い中、よく来てくれた。まずはのどを潤してもらおう」


 エリアスの言葉に合わせて、メイド達が冷ました紅茶をグラスに注ぐ。

 それだけなら何の変哲もない飲み物だ。

 しかし、今回は違った。


 ――グラスの中に氷が浮いている。


「おや、魔法を使われたのですか?」


 大使の一人が質問する。

 この季節に氷があるとすれば、魔法を使って作り出した物しか考えられない。

 アイスティーを美味しそうに口をつける大使達を見て、エリアスは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「魔法と言えば、そうなるのかもしれない。だが、近衛に作らせたものではないのだ」


 エリアスが目配せすると、大きな木箱が運ばれる。


「これは冷蔵庫というもの。魔力を使って箱の中を冷やすというドワーフの道具だ。まだ試作品で数が少ないらしいが、友好の証としていただいた」

「ほう、ドワーフ製ですか」

「羨ましい限りですな」


 大使達は冷蔵庫を褒める。

 その言葉に偽りはない。

 だが「冷やすだけとは、少し地味だな」とも思っていた。

 氷が欲しければ魔法で作らせればいいだけだ。

 羨ましいという言葉は「希少なドワーフ製品をもらった」という意味が大きい。


 エリアスは腐っても国王である。

 彼らが内心でどう思っているのか感じ取っていた。

 冷蔵庫を使う利点を教える。


「魔法で直接凍らせるのとは違い、冷蔵庫を使わないと作れないものもある。それを試していただこう」


 メイドが冷蔵庫の中から小さな容器を取り出し、スプーンと一緒にエリアスと大使達の前に並べる。

 大使の一人が器に触れると、ひんやりとして気持ちよかった。

 恥も外聞もなく、そのまま額に押し付けて涼を取りたいくらいだ。

 さすがに国家の代表という事もあり、そんな事はやらなかったが。


「これはアイスクリームというものだ。チョコレートが入っているので、チョコアイスというらしい。いや、御託はなしだ。溶ける前に食べてみてほしい」


 まずはエリアスが食べてみせる。

 それに続いて、大使達もアイスを食べ始めた。


「これは凄い」


 大使達は国家の代表。

 当然、美食を食べ尽くしている。

 そんな彼らも食べた事のない初めての食感に「凄い」という以外の言葉が出てこない。

 一口食べただけで多幸感に包まれる。

 暑い季節の昼間に、エリアスが皆を呼び集めた理由がわかった。


「暑い季節に冷たいものを食べる。ただそれだけなのに、なんという贅沢でしょう」

「確かに魔法で一気に凍り付かせたのでは、口の中でとろけるこの感覚は味わえないかもしれませんね」

「そうだろう」


 大使達の反応を見て、エリアスは満足そうにうなずいた。


 ――これだけ素晴らしいものを自分だけが持っている。


 その事を確認できたので、彼の自尊心も満たされていた。


「チョコレートという事は、もしやウェルロッド侯爵家の……」

「その通り、アイザック・ウェルロッドがチョコアイスを考えた。冷蔵庫を見て、すぐに思いついたらしい」

「お菓子作りの趣味を持っていると聞いておりましたが、まさか新しいものにも対応できるとは。良き家臣をお持ちになられましたな」

「おかげで何を褒美として与えればいいのか悩まされている」


 エリアスが贅沢な悩みを打ち明けた事で一同は笑った。

 ひとしきり笑ったところで、次の話題へと移る。


「今日来てもらったのはアイスクリームを食べてもらうだけではない。長年の友好の証として贈り物があってな。送り届ける前に一度確認してほしかったのだ」


 エリアスの言葉を受け、彼の秘書官が合図をした。

 すると、武装した騎士が五人やってくる。

 それぞれがエリアスと大使の背後に立つ。

 これに大使達は肝を冷やした。

 エリアスが「お前達の首を届ける」という性格でないにしても、武装した者に背後に立たれると緊張してしまう。


「皆の背後に立った騎士の持つ剣と盾を確認してほしい。特に紋章をな」

「紋章ですか?」


 大使達は首を背後に向ける。

 騎士は彼らに見やすいように剣と盾を持っていた。


「王家の紋章!」

「こちらも我が国の王家の紋章ですね」

「これはいったい?」


 エリアスはフフフと含み笑いをする。


「せっかくドワーフ達と取引をするようになったのだ。今の技術で作った新しい物を贈り、友好の証としたい」


「おぉ!」と、感嘆の声が漏れる。

 当然、王家ともなればドワーフ製の武具を所有している。

 だが、交流が途絶えているので新しい物を手に入れる機会などない。

 現存するドワーフ製の武具は二百年前の物ばかり。

 新しい物が手に入れば、誰もが喜ぶはずだ。


「これはなんとお礼を申し上げればよろしいのか……」

「かまわん。ただの気持ちだ」


 エリアスは何事もないかのように「気にするな」と言う。

 その立派な態度を大使達は褒め称える。

 エリアスにとって、その言葉が最高の報酬だった。


(さて、アイザックにはどのような褒美を与えてやろうか)


 ――活発な行動をしながら、無欲な忠臣アイザック。


 欲深いと困るが、欲がないのも困るものだ。

 エリアスにとって、アイザックはいい意味で困り者だった。



 ----------



(困ったからって、本人に丸投げするなよな)


 誕生日を迎え、十四歳となったアイザック。

 彼は王都の屋敷で、そんな事を考えていた。

 九月くらいにエリアスから「何が欲しいか言ってくれ」という手紙を受け取っていた。

 自分から「〇〇をくれ」と要求するのは遠慮してしまうので、エリアスに自分で決めてほしかった。

 だが、せっかくのチャンス。


 アイザックは――


「それでは重要なお知らせがあるので、四侯爵家の当主とブリストル伯爵を交えて会議する場を用意してください」


 ――とお願いしておいた。


 これは別にブリストル伯爵を叩き潰す場ではない。

 むしろ、救済の場と言える。

 彼は「アイザックに因縁をつけた」として、貴族社会で肩身が狭い思いをしていた。


 貴族派の者は言うまでもなく、皆がモーガンの顔色を窺ってブリストル伯爵と距離を置いている。

 王党派は、ウォリック侯爵がアイザック寄り。

 ウィルメンテ侯爵家は「触らぬ神に祟りなし」という態度を取っているので、ブリストル伯爵に味方する者はいない。

 中立派には以前と変わらぬ付き合いをする者もいる。

 だが、筆頭であるクーパー伯爵が、アイザックが行う報復の巻き添えになるのを恐れて派閥に引き込もうとしない。


 これらの理由によりブリストル伯爵は孤立気味だった。

 そこに救いの手を差し伸べ、アイザック派にしてやろうと考えていた。

 エリアスのご褒美を逆手に取って、リード王家崩壊の手段に使うつもりだ。


(使える手段は全て使う。そうじゃないと間に合わない。いや、そうでなくても時間が足りない)


 パメラの事もあるが、今はケンドラの事もある。

 卒業式のあと、王家だけではなくウィルメンテ侯爵家もどさくさ紛れに仕留めないといけなくなった。

「褒めてくれているのに、それを悪巧みに使うのは気が引ける」と思っていられる状況ではない。

 やれる事、一つ一つを実行していくだけだ。


(そう、一つ一つやっていかないと。面倒だけど仕方ない)


 まだ王都に来ていない貴族もいるので、会議はまだ先になる。

 ゆっくりしていたかったが、解決しないといけない問題があった。


 ――マットの件である。


 金を預けた商人はすでに国外へ逃亡したらしいので手が出せない。

 だが、孤児院にするはずだった屋敷を接収した教会とは話し合える。

 この日はマットを連れてハンスに会いに行く予定だった。


 ハンスはモーガンの後援を受けて、無事に事務局長になっていた。

 となると、マットの屋敷を接収した責任者でもある。

 なぜ接収したのかを、責任者からちゃんと説明してもらうつもりだった。




 教会に着くと、すぐにハンスのもとへと案内してくれた。

 ちゃんと予約をしていたという事もあるが、きっとマットのせいだろう。


(この闇落ちオーラやめてくれないかなぁ……)


 普段はまともなのだが、教会に来た事で恨みが噴き出したようだ。

 自分の背後を歩くマットから、得体のしれない不気味な気配を感じる。

「武芸に通じてなくて、気配に鈍感な自分ですら感じるのだから、マットを見た奴はみんなビビるだろうな」と、思わざるを得ない。

 その考えは的中していた。

 案内された部屋に入ると、ハンスは両目をひん剥いてマットを凝視した。

 身体も硬直しているように見える。

 彼の姿を見て、アイザックはふと曾祖父の事を思い出す。


(そういえば、曽爺さんってこんな感じだったのかな?)


 ――周囲に畏怖の念を抱かせるジュード。


 マットの場合は暴力の気配が濃い目だが、こんな感じだったのかもしれないとアイザックは思った。

 同時に「あっ、ハンスさんに会わせちゃダメだったかな?」とも思う。

 彼もジュード恐怖症の患者である。

 しかも、下手をすれば自分も被害者になっていたかもしれないという立場だった。

 恐怖心は強いはずだ。


「マット。今日は話し合いにきたんだ。心を落ち着けてくれないかな?」

「も、申し訳ございません」


 アイザックが声を掛けると、マットから感じる圧力のようなものが薄れた。

 彼の隣に立っていたノーマンが露骨なくらいにホッとした表情を見せる。

 自分に向けられたものではなくても、そばで殺気立たれては気が気でなかっただろう。

 威圧感が薄れた事で、ハンスが口を開く。


「なんだ? 私を殺しにきたのか?」

「まさかそんな……。そのつもりなら、彼を連れてくる事なく一人で送り込んでますよ。本日伺ったのは、半年ほど前にこのマット・モーズリーが開設しようとした孤児院を接収した件です」

「ああ、手紙をもらって調べたよ」


 王都に来る前に、アイザックはハンスに手紙を送っていた。

 いきなり訪ねても、ハンスも答えられるはずがない。

 ちゃんと事態を理解してもらうために、調べる時間を与えていたのだ。


「事情を説明してもいいが、その前に一週間ほど彼に孤児院で働いてもらいたい。そうすれば、口だけで説明するよりもしっかりと理解できると思う」


 状況の説明をしてくれるのかと思っていたが、その前にハンスから一つの提案が出される。


「どうする? マット」

「アイザック様のお許しがあれば、一度働いてみたいとは思います」


 闇落ちしているとはいえ、一度は孤児院を運営したいと動いた男だ。

 その思いは完全に断ち切れていないのかもしれない。


「なら、一週間やってみるといいよ」


 アイザックは思い残す事のないよう、許可を出してやった。

 これで漂白されて綺麗になるならよし。

 失敗して闇落ちし続けてもよし。

 どちらに転んでも、協力してやったアイザックに恩義を感じるはずだ。

 止める理由などなかった。


「では、一週間後にまた来てくれ。彼はこちらで責任を持って預かろう」

「お願いします」



 ----------



 一週間が経ち、アイザックはもう一度ハンスのもとへ向かった。


 ――たった一週間で何かが変わるはずがない。


 事実、マットの表情は暗いままだった。


「さて、孤児院で一週間働いてどう思った?」

「……辛かったです」


 ハンスの問いかけに、マットは悔しそうな顔で答えた。

 この答えが返ってくる事がわかっていたのだろう。

 ハンスの表情は何の反応も示さなかった。


「そうだろうな。血の繋がった我が子ですら捨てる親がいる。血の繋がらない子供。それも、心に傷を負った子供の世話がどれほど大変なものかわかっただろう」

「はい……」

「孤児院を運営しようとする心意気は買う。だがな、理想だけでは現実に対応できんのだ。子供達と根気よく向き合うには適当に雇った者ではいかん。修行を積んだ修道士達でも苦労するのだからな」


 ハンスは、マットの孤児院運営の甘さを指摘する。

 商人に集めてもらった人材を雇って運営し始めても、そう遠くないうちに問題が起きたはずだ。

 それでは子供が不幸になるだけ。

 孤児院に入らない方がよかったなんて目も当てられない。


「以前は傭兵をやっていたらしいな」

「はい」

「戦争や小競り合いの起きる国と、リード王国とでは大きな違いがある。国土が戦場になっているかどうかだ。リード王国は二百年前の種族間戦争以来、国土が戦場にはなっていない。だから、国が豊かであり、教会への寄付金も多く集まっている。そのため、我らが孤児院を運営するようになった」


 ハンスはそこで一度言葉を切った。

 そして、すぐに言葉を続ける。


「法律で教会以外の新規参入を認めていないのは、子供を食い物にする輩を防ぐためだ。過去にも孤児を都合の良いように扱う者達が絶えなかった。他の国とは違ってリード王国の教会は資金に余裕がある。だから、法律で教会以外が運営する孤児院は没収されるようになっている。だが、まぁ……」


 ハンスはアイザックに視線を移す。


「子供がいるので返す事はできんが、屋敷は買い取るという形にしてもいい。まさか、アイザックの関係者だったとはなぁ……」


 どうやら、アイザックに遠慮をしているようだ。

 アイザックは何もする気はないのだが、やはり最初に出会った時のインパクトが大きいのかもしれない。


「いえ、知らなかったとはいえども法は法。そのまま教会でお使いください」


 だが、マットはハンスの申し出を断った。

 その表情は憑き物がとれたかのように、晴れ晴れとしていた。


「私の考えが未熟でした。子供達のために場所を用意するだけではいけません。危うく子供達を不幸にしてしまうところでした。今回の事は勉強代とさせていただきます」

「そうか。わかってくれて嬉しく思う」


 マットは澄んだ瞳でアイザックを見る。


「本来ならば、呪いを解いてくださった時にお仕えするべきでした。少し遠回りしてしまいましたが、この一件のおかげで剣を捧げるべき相手のもとへ帰る事ができました。今は教会に感謝しているくらいです」

「それは良かったね」

「はい!」


 マットの忠誠心を感じ取り、アイザックは少し引き攣った笑みを浮かべる。


(本当、こいつの事わかんねぇわ……)


 忠誠を捧げてくれるのは嬉しいが、ここまで極端にブレ幅があると、ある日突然「本能寺の変」のような事をしでかされたりしないか不安になってしまう。

 ノーマンのような普通の人間の方がずっと安心感がある。

 とはいえ、実戦面で頼り甲斐のある部下に代わりはいない。

 これから上手く使っていかなければならない。


「ハンスさん、この度はお手数をお掛けしました。ささやかではございますが、後日寄付をさせていただきます」

「寄付はありがたく受け取ろう。……しかし、普段はお祈りにも来ないのに、苦情を言いに来る時だけ訪れるというのはな。もう少し祈りの時間を増やしなさい」

「ぜ、善処します」


 ハンスに痛いところを突かれ、アイザックは顔を背けた。

 苦情を言いに来た事から目を逸らさせるために寄付金を口にしたのだが、どうやら無意味だったようだ。

 しっかりと釘を刺されてしまった。


「ところで、陛下には冷蔵庫という物を贈ったそうだな。教会にも寄付してくれてもいいのだぞ?」

「いえ、あれはまだ数が少ないんです。ドワーフが売ってくれるかどうか次第なので、手に入るかどうか」

「それは残念だな……」


 ハンスも冷たい物を美味しそうに食べていた。

 かなり本気で冷蔵庫が欲しいのだろう。

 だが、魔力の供給の問題で、教会で運用できるかどうかはわからなかった。


 それから、ハンスがウェルロッドに来ていた時の話となり、軽い雑談をしてから解散となった。

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