185 十三歳 家族へのお土産 ウェルロッド
交渉会議のあと、アイザック達は工房の見学へ向かった。
ネジやボルトを使った簡単な組み立ての体験実習や、同年代――実年齢はおよそ四倍――の少年達が職人修行をしている姿を見るなど、普段とは違う体験をさせてもらった。
だが、塩の採掘場を見学する事は認められなかった。
アイザック達に万が一があってはならないという判断からだ。
その分、工房の中を見せてくれるなどのサービスをしてくれている。
観光や交流が中心だったモラーヌ村とは違い、ザルツシュタットでは「見学して学ぶ」という事が中心となった。
ドワーフの子供達と一緒に遊んだりはしなかったが、修行の現場を見て、仕事を体験する事によって交流を深めた。
冷蔵庫や各種設計図は、後日送ってくれるそうだ。
アイザック達はジークハルト達に別れを告げ、ウェルロッドへ帰っていった。
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「帰ってきたという事で、さっそくお土産を渡そうと思います」
アイザックは両親と妹、ケンドラの付き添いのリサを集めて用件を切り出した。
このお土産が後々重要になる。
とはいえ、それはケンドラの分だけ。
他のメンバーには、普通のお土産だった。
ブリジットには、今頃クロードが渡しているはずだ。
「お父様へのお土産は槍を用意させていただきました。十本用意してありますので、その中から気に入ったのを選んでください」
「ありがとう。しかし、よく十本も売ってくれたな。そもそも、そんなに必要なのか?」
十本という数の多さに、ランドルフは首をかしげる。
お土産なら一本で十分だからだ。
「残った分は誰かが良い働きをした時の褒美にしようと思っています。褒美がお金だけよりも記念となる品があった方がいいと思いましたので」
これは護衛の騎士達の反応を見て考えた事だった。
ドワーフ製で希少なので欲しがる者が多い。
品質もいいので、実用性の高さも売りとなる。
アイザックは、この槍を餌にして騎士達のやる気を出させようと考えていた。
「ところで、その槍はどこだ?」
「ケンドラが怪我をすると危ないので、宝物庫に運び込ませています。あとでお好きな物を選んでください」
「そ、そうか……。そうだな。あとで見させてもらおう」
どうやらランドルフは、この場に持ってきてもらえるものだと思っていたようだ。
だが、アイザックの言うように、ケンドラが槍の穂先で怪我をしたら大変だ。
すぐに見てみたかったが、娘の安全のためなので仕方がない。
「お土産がある」という事実だけで今は我慢し、他のお土産はどんなものなのか様子を見る。
「お母様にはこちらです」
アイザックは小さな木箱を差し出す。
「ありがとう。何かしら。あら、これは……」
木箱の中には、大きな宝石が付いた金細工のブローチが入っていた。
それはドワーフ製という事を考えれば、使われている宝石や金の価値以上に素晴らしい物だった。
「アイザック、こんな立派な物をどうしたの? こんな物を買えるような大金は持っていってなかったでしょう?」
「以前に新商品のアイデアを教えていたので、受け取っていないアイデア料から支払ってもらいました」
「そうなの。……買ってきてくれて嬉しいのだけれど、私がつけるにはちょっと派手な気もするわね」
ルシアは照れ笑いを浮かべる。
控えめの装飾品が好みな彼女には、少々派手に感じられた。
「いいえ、そうは思いません。そろそろお母様も侯爵家の妻として、これくらいの物は身につけても良い頃です」
「そう……、かもしれないわね」
ルシアはジッとブローチを見つめる。
今までは自分好みの落ち着いた物だけを身に着ける事を許されていた。
しかし、もうすでに三十代半ば。
いつまでも子爵家の娘気分ではいられない。
ランドルフが当主になった時に備えて、もう意識を変えなければいけない頃合いだ。
いや、意識を変えるにしては遅いくらいだった。
「息子のプレゼントを機会に、意識を変え始めよう」と、ルシアは思っていた。
「他のジュエリーはお父様に買ってもらってくださいね」
本当は他のジュエリーも買おうと思っていたが、それはなんとか思いとどまった。
妻に宝石を買い揃えるのは夫の役目だ。
アイザックが全部揃えてしまうと、ランドルフの出番がなくなってしまう。
その辺りの事を考慮して、今回はブローチだけプレゼントする事にした。
「確かにアイザックの言う通りだ。今度商人を呼んで新しい装飾品を買い揃えよう」
「あなた……」
ランドルフとルシア。
二人が目を潤ませて見つめ合う。
「じゃあ、次はリサお姉ちゃんね」
自分が引き起こした事だが、両親のラブシーンなんて見たくはない。
アイザックは両親から目を逸らすために、リサへのお土産を取り出した。
「私にも買ってきてくださったんですね」
ランドルフとルシアの前なので、リサは使用人としての話し方をする。
こういう時、少し距離を感じてしまって寂しく思えた。
だが、アイザックは気にしていないかのように笑顔を見せた。
「もちろんだよ」
アイザックは、木彫りの熊をリサに手渡す。
これは前世の父親の真似をしての事だった。
――どこに出張しても、何故か木彫りの熊かペナントを土産に買って帰ってくる。
ザルツシュタットで木彫りの熊を発見した時、前世を懐かしんでリサへの土産に買って帰る事に決めた。
もちろん、理由はそれだけではない。
「あんまり高価な装飾品を贈ると、リサお姉ちゃんに求婚しようとする人が困っちゃうんだよね。だから置物にしたんだけど、それで良かったかな?」
「はい、こんなに素晴らしい物……。ありがとうございます!」
リサは嬉しそうに木彫りの熊を受け取ってくれた。
それもそのはず、アイザックは周囲の意見を聞いて選んでいた。
前世の思い出だけではなく、ちゃんと贈り物としてふさわしい物を買ってきている。
アイザック以外の者からは、立派な美術品に見えているはずだ。
本当はリサにも指輪などを買ってやりたかったが、それはリサの事を考えてやめた。
子供の頃でも遠慮しないといけないというのに、王立学院を卒業したリサに高価なプレゼントを贈った場合、周囲に「リサは俺の女だから手出しをするな」と態度で示しているように勘違いされる。
リサの求婚相手となるであろう子爵家や男爵家の男の子達に「お前は俺よりも良い物を贈れるのか? 贈れないなら諦めろ」と言っているようなものだからだ。
中には財力的に、より良い物を贈る事ができる者もいるかもしれない。
だが、アイザックの「俺の女だ」という意思表示をしているリサに近付こうとする者がどれだけいるだろうか。
――良い物を贈る事が相手のためにはならない。
相手の身分を考えて贈り物を考えないといけないのは面倒だが、そういう世界なので仕方がない。
「前世では、こういう面倒はなかったな」とアイザックは思った。
しかし、そもそも贈り物を渡す相手がいなかったので、本当に面倒がなかったのかどうかはわからなかった。
「おにいちゃん、わたしにもちょうだい」
「フフフ、わかってるよ」
おねだりするケンドラに、アイザックの頬が緩む。
特別なお土産だから最後に回していただけだ。
決して彼女の分のお土産を忘れていたわけではない。
アイザックは、小さな宝石で飾り付けられた宝石箱を渡す。
かつて、ルシアやリサにも渡した事のある宝石箱と同じ。
ただ、中身が違った。
「きれー」
ケンドラが子供らしい無遠慮さで、中に入っていたペンダントを掴み上げる。
大きな宝石が一つと、その周囲を小さな宝石で囲うように配置されている。
そして、宝石の台座部分も素晴らしく、ドワーフの技術の粋を極めた銀細工が宝石の輝きを際立たせていた。
「アイザック、それは……」
「ケンドラには立派過ぎるんじゃない?」
両親が「三歳の娘に渡すものではない」と表情で語る。
ケンドラに渡したペンダントは、王妃が身に着けていてもおかしくないようにすら思える立派な物だった。
わざわざそんなものをケンドラに渡す理由がわからなかった。
「気に入ったかい?」
「おにいちゃん、ありがとー」
満面の笑みを浮かべるケンドラに、アイザックも最高の笑顔を返した。
「このペンダントよりも良い物をプレゼントしてくれないような人とは結婚しちゃダメだぞ」
「うん!」
「いや、うんって言ったらダメだろう」
ランドルフが頭を抱える。
アイザックの魂胆がわかったからだ。
アイザックは、先ほどリサに「高い物を贈ると求婚しようとする人が困る」と言っていた。
その事がわかっていて、わざと高価な品をケンドラにプレゼントした。
――これはローランドへの嫌がらせだ。
――アイザックは婚約の必要性を理解しているが、納得はしていない。
その事を思い知らされる出来事だった。
ランドルフはルシアと見つめ合う。
今度は先ほど違って、色っぽさなどは欠片もない。
「アイザックの行動をどう受け取るか」という事で、二人とも困っているだけだ。
「な、なぁ、アイザック。ローランドの事は納得したんじゃなかったか?」
「納得しましたよ。でも、ケンドラが欲しいのなら、立派な贈り物くらいはしてもらわないと」
「それはそうだが……」
――妹可愛さで言っているのか。
――それとも、ローランドへの嫌がらせを含めて言っているのか。
――もしくは、その両方か。
アイザックの返事を聞いて、ランドルフは余計に判断できなくなってしまった。
言っている事は、それほど間違っていないという事が混乱に拍車をかけた。
侯爵家同士の婚姻であれば、長女と次男の結婚でもそれ相応に立派な結婚式を挙げる。
当然、花婿が花嫁に贈る指輪なども立派なものとなるはずだ。
しかし、アイザックのお土産によって、ローランドがケンドラに贈る物のハードルが著しく高くなった。
どう考えても、嫌がらせにしか思えない。
(もしかして、アイザックはとんでもない小物なんじゃ……)
ランドルフが、そのように思ってしまうのも無理はない。
三歳児のローランドに嫉妬して嫌がらせをするなんて、人としての器が小さすぎる。
だが、ランドルフはその考えをすぐに振り払った。
アイザックは、ネイサン派だった貴族の大半を許している。
彼らを許せる器の大きさを持っているのに、ローランド相手にムキになる理由がない。
「このお土産はローランドへの嫌がらせではなく、ケンドラへの愛情が強すぎるだけだ」と、ランドルフは自分を納得させるように結論付けた。
「アイザック。今はいいけれど、いつかは離れないといけないのよ」
「わかっています。だから、今のうちに可愛がっているんですよ」
理解していると言うが、あまり可愛がられ過ぎても困る。
将来、ローランドがアイザックと比べられる事になってしまうかもしれない。
さすがにそれではローランドが可哀想だ。
しかし、兄妹仲が良い事は責められない。
ケンドラを上手く育てて、ローランドと仲良くできるようにするしかない。
ランドルフとルシアの子育て力が問われていた。
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お土産は家族にだけ買ってきたわけではない。
使用人達にも、ソーセージやチーズ、ビールといったドワーフ製の食べ物をお土産に買ってきている。
当然ながら、もう一人の家族でもあるパトリックにも用意していた。
玉ねぎやにんにくなど、犬が食べてはいけないものが入っていないソーセージを買ってきている。
パトリック用のソーセージを一度茹で、冷ましたものを食べさせていた。
「留守番お疲れ様。ケンドラと仲良くしてたか?」
話しかけはするが、体を撫でたりはしない。
食事中は食べる事に集中させてやる。
「それで、贈り物は送ってくれた?」
アイザックはノーマンに話しかける。
「はい、元大使だった方々にお送り致しました」
アイザックはザルツシュタットで買ってきた物を、リード王国に駐在していた元外国大使に贈るようノーマンに命じていた。
駐在大使は数年で入れ替わる。
だが、アイザックは大使が入れ替わっても、今まで接点のあった人物には花やお菓子を贈っていた。
繋がりを切らないためだ。
そこで、今回は一歩進んでドワーフ製の置物などを贈る事にした。
「花やお菓子以外の物を受け取った」という事実を作るためでもあるが、これはアイザックの行動を、ノーマンがモーガンやランドルフに黙っていられるかのテストでもあった。
対象を元大使にしたのは、報告されても「今までお疲れ様でしたという意味を込めてちょっと良い物を贈った」と言い訳しやすくするためだ。
これが上手くいけば、徐々に対象を広げ、少しずつ高価な物にしていく。
ノーマンの「報告しなければいけない」という抵抗を薄めていって、自分の共犯者として育て上げていくつもりだった。
部下を育てるのも、上司の役割である。
「ノーマン、これからもよろしくね」
「はい、アイザック様」
ノーマンも自分が試されているという事は感じ取っていた。
ザルツシュタットでした話のあとだ。
ランドルフに内緒で外国の元大使に贈り物するという事の意味くらいはわかる。
――自分の忠誠を試している。
だから、ノーマンはアイザックの命令を忠実に遂行するだけにした。
ランドルフには何も報告していない。
今の彼にできる事は、ただ一つ。
アイザックのやり方に慣れていくという事だけだった。