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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第八章 下準備編 十三歳~十四歳
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177 十三歳 マットの来訪

 エルフの村に来て、二日。

 朝食はパンとハムエッグ、豆のスープという平凡なものだった。


「お昼は箸が使えない人でも食べられる親子丼とかどうでしょう? 丼ものならスプーンでも食べられますしね」


 そう言って、アイザックが昼食に注文を付ける。

 ただ自分が食べたいからという理由だったが「箸に慣れない者にも食べやすい」という理由は納得できるものだったので、提案が受け入れられた。

 

 ――エルフの食文化を知るという理屈で自分の欲望を満たす。


 悪知恵の無駄遣いである。

 しかし、懐かしい味に触れ、アイザックは我慢できなかった。

 次はいつ食べられるかわからない以上、食べられる時に食べておきたかったからだ。


 親子丼を作ってくれたエルフには、レオナール達だけではなく違う保守派のエルフの姿もあった。

 彼らはアイザックを見て「どういう事だ?」と首を傾げる。

 人間の食生活に染まり切っているマチアスとは比べ物にならないほど、アイザックは美味しそうに親子丼を食べている。

 人間は昆虫食は苦手らしいが「アイザックならイナゴの佃煮なども美味しく食べるのではないか?」と、彼らに思わせるほどいい食べっぷりだった。

 彼らは人間と関わりたくなかったが、自分達の文化に興味を持たれる事に悪い気はしなかった。

 意図せずして、保守的な者達にアイザックの存在を印象付ける事には成功していた。


 食後はエルフの子供達と遊ぶ。

 大人の相手は、ノーマン達付き添いで来た大人達がしてくれるので、気兼ねなく遊ぶ事ができた。

 森の散策や近くの川で魚釣りなど、穏やかな時間が過ぎた。

 アイザックだけではなく、友人達もこの時間を楽しんでいた。

 これはエルフの女の子がいるからだけではない。

 時々使われる魔法を身近で見る事ができるという、貴重な体験ができたからだ。

 魔法を使える人間は、子供の頃から王家が引き取る。

 そのせいで、貴族とはいえ魔法に接する機会がなかった。


 ――魔法を見れて、実際に体感できる。


 一流のエンターテイメントを、近くで見て楽しむ事ができた。

 こんな事は王家の者でもないと体験できないだろう。

「エルフ」が自分達とは違う種族だという事を強く実感し、そんな彼らと交流ができる自分達の幸運を喜んでいた。


 アイザック達だけが楽しんでいるのではなく、エルフの子供達も楽しんでいた。

 エルフの村ではありふれた魔法も、人間には一つ一つに驚いてもらえる。

 その新鮮な反応が嬉しかった。


「人間は話で聞いていたより怖くはない」と、わかってもらい距離を縮める事もできた。

 エルフの村、二泊三日の旅は成功だったといえる。

 これは将来に向けて、より良い関係を築く礎となってくれるはずに思えた。


 もっとも、アイザックにとっては、お土産にもらった醤油が最大の収穫だった。

 味噌は「泥みたいだと嫌う人がいるから」と言われてもらえなかったが、今は醤油をもらえただけで満足だった。

 別れ際に醤油や味噌の増産を頼んで、アイザック達はウェルロッドへ帰っていった。



 ----------



 ウェルロッドに帰ると、まずは報告書の作成をやらされた。

 ノーマンら付き添いの大人達は、彼らの視点から見た報告書を書かされている。

 アイザックには、子供の視点から見た報告が求められていた。

 とはいえ、アイザックの場合は子供の視点(・・・・・)というところに不安があるので、ポールやレイモンド達にも報告書の提出が求められていた。

 休息の時間は終わり、現実に引き戻される時間だった。


 ドワーフの街へはすぐには行かない。

 行くのは一か月後。

 案内人となるクロードが里帰りから帰ってきてからとなる。

 それまでは、ドワーフの街に行く時の手土産などを考えなければならない。

 グレイ商会の職人に設計図を渡して新商品を頼むなど、アイザックは積極的に行動をしていた。


 ある日の事。

 アイザックに一通の手紙が届く。

 差出人はモーガン。

 内容はマット・モーズリーの事だった。


(マットが俺に仕えたいと言うから、こちらに送った? わけがわからん)


 マットは呪いが解けて、頭がお花畑の慈善事業家に変貌を遂げたはずだ。

 なのに、自分に仕えたいと言い出す理由がわからなかった。

 仕えたいのなら、呪いを解いた時に「部下になりたい」と言い出してもよかったはずだ。

「なぜ今なのか?」と考えると、理由がさっぱりわからない。

 これは本人に聞かなければどうしようもなかった。


(通常便だから、三日後くらいに来るのかな)


 手紙は馬車ではなく、騎兵によって届けられた。

 だが、それは早馬のように馬を乗り潰す勢いで走らせるわけではない。

 さすがに馬車で手紙を送れば、マットと同時に手紙が到着という事になるので、馬車よりも早い伝達手段を使ったというだけだ。


(マットか。……リサを会わせてみるのも意外と悪くないかもな)


 アイザックは、マットとリサを会わせる事を考えた。

 年上ではあるが顔は悪くないし、アイザックの知る限り最も強くて頼り甲斐のある男だ。

 頭がお花畑になったのは少し心配だが、リサが凶暴なDV男に引っ掛かるよりはいい。

 アイザックに恩義を感じているので、将来敵対するような事もしないだろう。

 リサに紹介する相手として悪くはなさそうに思えた。


 もちろん、いきなり婚約させるような事はしない。

 アイザックがマットと会う時にメイドの一人として同席させて、まずはリサがマットを気に入るかの様子見をしようと考えた。

 リサがマットの事を気に入れば、マットにさりげなくリサをお勧めすればいい。


(聞くだけ聞いてみるか)


 ――思い立ったが吉日。


 アイザックはケンドラの部屋に向かった。

 乳母のリサもそこにいるからだ。

 部屋に着くと、まずはケンドラに向かう。


「ケンドラー、何してるんだ?」

「おえかきしてるの。これおにいちゃん」


 ケンドラが下手くそな絵を見せる。

 だが、アイザックにとっては名画と呼ばれる絵よりもずっと素晴らしい絵に見えた。

 ケンドラの頭を優しく撫でる。


「ありがとう。上手に描けてるね」


(そういえば、俺もリサに絵を教えてもらったっけ)


 アイザックは、昔を思い出して懐かしむ。

 リサと初めて会った時、彼女はアイザックにお絵描きを教えてくれた。


(だから、リサにも少しはお返ししないとな)


 アイザックは「まだ結婚を焦る年齢じゃない」という認識ではあるが、この世界の人間にとってはかなり気にする事だ。

 リサにはチャンスを与えてやりたい。


「ねぇ、リサお姉ちゃん。実は――」


 意を決して、アイザックはリサにマットの事を話す。

 リサは一瞬、獲物を見つけた肉食獣のような目をしたが、すぐに目を泳がせ始めた。


「五歳差っていうのは気にならないけど、アイザックに男の心配してもらうっていうのも複雑な気分ね」


 アイザック達の他には誰もいないので、昔ながらの話し方だ。


「心配をかけるような迫り方をしておいて、それはないよ」

「あれは忘れてよ」


 二人が笑う。

 なぜ笑っているのかわかっていないケンドラも、二人に合わせて笑っていた。


「とりあえず、僕が会う時にメイドのような感じで壁際で様子を見ておいてよ。雇うかどうかは正式に決まってないけど、マットは実戦経験があるから多分雇う事になると思う」


 リード王国は二十年ほど戦争に参加していない。

 実戦経験豊富なマットの存在は、ウェルロッド侯爵家にとって有益になる。

 アイザック自身にとってもだ。

 雇うかどうかは面接してからという事になっているが、それは形式的なものでしかない事はすでにわかりきった事だった。


「頼り甲斐のある人っていうのは嬉しいけれど、傭兵上がりっていうから怖い人だったりするんじゃ……」

「あぁ、うん。その心配は無用だと思うよ」


(逆方向の心配をする必要はあると思うけど)


 そう思うと、マットを紹介しようとしたのは間違いだったのではないかと思えてくる。

 だが、全てに満足できる相手を求め過ぎては相手が見つからない。

 ほどほどの相手という点では悪くはない選択だと思う。


「様子を見るだけ見て、ダメそうならやめたらいい。とりあえず、有望な人材だからリサお姉ちゃんに最初のチャンスを、って思ってさ」

「ありがとう、アイザック!」


 リサがアイザックの左腕に抱き着いて喜びを表す。


(おおっ、胸が当たってる!)


「わたしもー」


 ケンドラがリサの真似をして、アイザックの右腕に抱き着いた。

 一人は妹とはいえ、まさに両手に花という状態。


(俺の人生でこんな時が来るなんて。良い事はするもんだな)


 あまりの幸せに、アイザックも満面の笑顔で喜びを表していた。



 ----------



 三日後、アイザックの予想通りマットが到着した。

 予定通り、リサを使用人に紛れ込ませてマットの面接に同席させる。

 しかし、肝心のマットの様子がおかしかった。


(また誰かに呪われたのか?)


 アイザックがそう考えてしまうのも無理はない。

 解呪したはずなのに、初めて出会った時のような威圧感を周囲に振りまいている。

 アイザックやノーマンは動揺するだけだが、リサを含めたメイド達が震えているくらいだった。


「マットさん、あなたに色々と聞きたい事はあります。ですが、これまで何があったのかをまず話してくれませんか?」


 以前のマットに戻った理由を知りたい。

 まずはその事から聞き出そうとした。

 アイザックに尋ねられると、マットは今まであった事を話し出す。


「アイザック様とお会いしたあと、孤児達を多く受け入れられるように、郊外にある大きな屋敷を買いました。傭兵時代から知っている商人に金を預け、必要な物や人材の募集なども頼みました。子供達も並行して集め始めていたんです」


 そこでマットは下唇を噛み締め、赤い血を滲ませた。


「しかし、孤児院は教会が運営するものだと言われ、孤児院は教会に接収されてしまいました」


 マットが吐き捨てるように言った。

 アイザックは興味がなかったので調べなかったが、そのような法律があるのだろう。

 ノーマンのような秘書がいないせいで、うっかり法律を見逃してしまっていたようだ。

 さすがに法的根拠もなく財産を没収したりはしないと思うので、これはマットの手抜かりだとしか思えなかった。


「それだけではありません。孤児院が接収された私を見限ったのでしょう。全財産を預けていた商人が姿をくらましました」

「踏んだり蹴ったりというわけですね」


 アイザックは第三者の視点から見て、商人の行動はムカつくものの理解はできるものだった。

 何らかの法律に違反して屋敷を接収された。

 ならば、次は協力者にまで累が及ぶかもしれない。

 巻き込まれる前に、迷惑料代わりとして金を持ち逃げしていったのだろう。


「それどころか、それどころか……」


 マットは両手を握り締め、涙を流し始める。

 それだけ、これから話す事はよほど悔しかった内容なのだろうと思われる。


「馬車の多い大通りで立ち往生していたご婦人の手を引こうとしたら、痴漢だと言われてしまう始末。人間なんて滅びてしまえばいい。いや、全員殺してやる!」


 マットは拳をテーブルに叩きつける。

 ドン、という音でこの場に居合わせた者達はビクリと体を震わせた。


(いや、まぁ悔しいのはわかるけど……。極端な奴だな、こいつ)


 呪い → ハッピー → 闇落ち。


 短期間で変わり過ぎだ、とアイザックは思った。


(呪いが解けた時にもう少し落ち着いた行動をしていればよかったな)


 他人事なので、アイザックは冷静に彼の行動を分析する事ができた。

 自分の状況が大きく変わったのならば、その状況に慣れるまで行動に移すのを待つべきだった。

 落ち着いていれば、法律関係の事にも頭が回ったはずだ。

 感情に動かされ、思いのままに行動したせいで大失敗をしてしまった。

 なるべくしてなった事態ともいえる。


「ですが、人に絶望するのはまだ早い事に気付きました。それはアイザック様の存在です。アイザック様は私の呪いを解いたあと、私を手駒にしたりせず自由にさせてくださいました。感情に任せ、命を投げ捨てる前にアイザック様のために命を使いたい。そう思いました」


 マットは椅子から立ち上がり、地面に片膝をつく。


「一兵卒で構いません。どうか、この命をアイザック様のために使わせてください」

「えっと……、ちょっと待ってね」


 本来ならば、二つ返事で許可を出すところだ。

 しかし、内容についていけず、少し考える時間が欲しいとアイザックは感じていた。


(本当にいいのかよく考えろ、俺。能力はあるのかもしれないけど、ここまで極端な奴を雇うと振り回されるかもしれないぞ)


 自分に命を捧げてくれるというのはありがたい。

 だが、ここまでブレ幅が大きい人間を傍に置く事を、なんとなく恐れてしまっていた。

 ブレ幅が大きいという事は「忠誠心溢れる部下」から「自分の命を狙う暗殺者」に一気に反転してしまうかもしれない。

 そんな奴を身近なところに置いておきたくはないと思っていた。


(いや、でもこういう奴を使いこなせるようになった方がいいような気もするし……)


 アイザックは悩む。

 真剣に悩みはしたが、結局は雇う事に決めた。

 決め手となったのは「前世とは違う生き方をする」という考え方だった。

 内心雇いたくないという思いはあるが、普通の事をやっていたのでは国家転覆などできるはずがない。

 マットのような者も扱えるようになってこそ、人の上に立てる資格があるというもの。

 まずはチャレンジしてようと考えた。


「雇う事には前向きに考えましょう。ですが、どのような立場で雇うのかは相談して決めます」

「ありがとうございます!」


 アイザックは喜ぶマットに近付き、肩に手を置いた。


「人に絶望するのはまだ早いですよ。まずは落ち着いて周囲を見回す余裕を持ちましょう。何事も焦り過ぎはよくありません」


 アイザックが優しく語り掛けると、マットの威圧感が薄れていった。

 それから、恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 呪いが解けたからといって浮かれていた自分の事を恥じているからだ。


「とりあえず、どうするか決まるまでは客人として扱います。客室に案内してあげてください」


 最後の言葉は部屋にいたメイドに向けてだった。

 アイザックの命令に従い、マットを客室に案内する。


「ノーマンはお父様に話をする時間があるか聞いてきてくれる?」

「かしこまりました」


 ノーマンもアイザックの命令に従い、部屋を出ていった。

 残ったのはアイザックとリサの二人だけだ。

 ここでリサが先に口を開いた。


「ねぇ、アイザック。私は頼り甲斐のある人がいいって言ったけど……。頼り甲斐の方向性が違うかなって……」

「わかってるよ。いくらなんでも商人に全財産を持ち逃げされるような人に、リサお姉ちゃんは預けられない。あんな人に預けるくらいだったら僕が引き取るよ」


 アイザックは笑い声をあげる。

 だが、リサの方は笑えないのか、何とも言えない複雑な表情を浮かべるだけだった。


 このあとアイザックはランドルフと話し合い、マットを「戦技教官兼騎士見習い」として雇う事が決められた。

 実戦経験が豊富なので、戦場での戦い方を騎士達に教えてもらう。

 しかし、戦闘技術はあっても、騎士としての作法を知らないのは困る。

 アイザックの専属にするにしても、まずは礼儀作法などの教育を受けてからとする。

 この決定をアイザックは「俺とネイサンの時みたいな半端な決定だな」と思っていたが、良い代案も浮かばなかったのでランドルフの提案を受け入れた。

 何事もやってみないと分からない。

「問題が起きたら起きたで、経験を積むいい機会だ」とアイザックは前向きに考えていた。

先日、ネット小説大賞運営様より、掲載されていなかった分の応援コメントを受け取りました。

予想以上にたくさんの応援コメントありがとうございました。

これから先も頑張っていく励みとなります。

今後とも宜しくお願い致します。

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[一言] 豆腐メンタルというよりも、振り子メンタルと言った方が良いでしょう。
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