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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第六章 富国の時編 十歳~十二歳

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「いいご身分だな。俺にくれよ。」の原型となった短編。

これは「いいご身分だな。俺にくれよ。」の原型となった短編です。

第六回ネット小説大賞を受賞致しましたので、記念として投稿する事にしてみました。


このままでは説明が中途半端、でも説明しようとすると説明が長くなってしまう。

そういった事から「長編にしよう」と思い、今の内容になりました。

当然、様々な設定が変わっておりますので、本編は違う展開になります。


活動報告の方にも書きましたが、今まで閲覧してくださった皆様に非常に感謝しております。

これからも頑張っていきたいと思っておりますので、お付き合いくだされば幸いです。

 リード王立学園の卒業式。

 本来ならば、友との別れを悲しみ、新たな旅立ちの日を祝うはずであった。

 しかしながら、それは王太子であるジェイソンによって異様な雰囲気となり、その場は裁判所で判決が下る時の如く重苦しいものとなっていた。

 彼の背後には男爵家の娘であるニコルという黒髪の少女が陰鬱な表情で立っており、その周囲には彼女を守るように数人の男達が立っていた

 残念ながらホッケーマスクは被っていない。

 

「――以上がお前が犯してきた悪行だ。お前のような女に未来の国母は任せられん! ただ今をもってウィンザー侯爵家パメラとの婚約を破棄する事をここに宣言する! また、その罪は許しがたい。以後、このような事が起きる事を防ぐため、見せしめとして死罪を申し付ける! ウィンザー侯爵家も悪逆なる娘を王家に送り込もうとした。その罪によって取り潰す事をここに宣言する!」


 今までの関係を断ち切る決定的な言葉。

 だがその場に居た者達がその言葉に反応し、言葉を紡ぐ前……。

 一人の男の声が静寂を打ち破った。


「イィィィヤッホォォォォォォ」


 喜びの声を叫び上げた青年。

 彼は幼い頃から奇行でよく知られている、ウェルロッド侯爵家の嫡男アイザックであった。

 今、彼は両腕を高らかに挙げてのドヤ顔――俗にいうコロンビアのポーズ――を決めている。


予定通り(・・・・)に婚約破棄イベントまで来たっ。これで王族と貴族派の繋ぐ縁は切れた。ここから想定通りに進めればきっと――)


 彼が何故このような事態になるとわかっていたのか。


 それはこの世界が、前世で彼の妹がプレイしていた乙女ゲーの世界だったからだ。



----------



 彼は高橋(たかはし)(おさむ) 24歳。

 “名目上は”5勤2休で働く飲食チェーン店の正社員。

 就職活動に失敗した彼は大学卒業後、長時間拘束される職場にしか就職できなかった。

 アルバイトが特に理由も無くシフト当日に休んだりして、そのツケが社員に回ってきて命を削られていくのを感じていく日々。

 身体を休ませるために、趣味の時間すら惜しくなってきた社会人2年生だ。

 ときおり、仕事が9時から17時で終わる、出世を諦めた地方公務員の父親が羨ましいを通り越して、妬ましくすら思う時がある。

 趣味の戦記物の小説や漫画を読む時間すらない。


 そんな彼の部屋に妹がやってくる

 まだ高校2年生の妹は彼が勤務明けで眠かろうが、彼のパソコンを使うために入ってくるのだ。

 それは友人から借りたゲームをプレイするためだった。


「昌美、またゲームか」

「そうだよ、お兄ちゃんがいる時じゃないとね。勝手に使われたら嫌でしょ? 家族に性嗜好がバレたりとか」

「バカッ、別に見られて困るような物は入ってないから好きにしろ」


(外付けHDDに入ってるから接続してなきゃ大丈夫だしな)


 普段は傍若無人な妹だからこそ、最低限のプライバシーを守ろうという意思がある事に少しだけ見直す。

 だが、眠る前に妹が持ってきたゲームのパッケージを見て、妹の将来に不安を覚えた。

 パッケージの表はイケメン集団が微笑むという、乙女ゲーにありがちなパッケージであったが、主人公が特徴的だった。


「へー、結構可愛い女の子もいるんだ。……なに、このチベットスナギツネみたいな顔のキャラ?」

「それが主役。『この世界の果てまでを君に』の主人公だって」

「嘘っ、これが? 俺がこのゲームに出てくる男だったら、絶対こっちの貴族令嬢的なドリルキャラを選ぶわ。このドリルでガード無効攻撃とかしてくるとしても絶対にこっちを選ぶって」

「このゲームは略奪愛がテーマだしね~。男に人気がでそうなテンプレキャラから男キャラを攻略して奪い取るっていうゲームだし」

「マジで! えっ、そんなゲームやるの? 俺、お前の将来が不安になってきたんだけど……。もっとほら、自分を磨いて王子様に告白されるとかのゲームの方が良いんじゃないか?」

「なに言ってんのよ。良い物件は競争なんだから、自分を磨き終わるまでモーションかけないとかありえないよ。他の人も努力してるんだからさ。現実じゃ成功しないんだからゲームでくらい奪い取らないとね」

「うわぁ……」


 修は妹の人格に不安を覚えながらも、恋人が居ない自分が偉そうに言える分野でもないと思ったので、それ以上強く言う事はできなかった。

 だが、髪を染める事も無く、下着も白や薄い水色ばかりで「そっちの方が男受け良いから」という割に男の影が見えない妹の意見を認めるのも釈然としなかったが。

 しかし、今はそんな事を言い返す余裕もないので、大人しく布団にもぐる。

 すると、オープニングムービーらしき音楽と、攻略対象キャラであるらしい男の声が聞こえてきた。


『王太子であるこの私にそのような態度を取るとはな。……フフッ、まぁいい。許してやろう』

『最強である俺に挑もうっていうのか。フフッ、良いだろう、女とはいえ手加減はせん。さぁ、かかってこいっ!』

『人と獣の違いは知性を有しているか否か。クスクス、君はどちら側かな』

『フフフッ、僕に何か用かい? わざわざ僕なんかに関わろうというのか君は……。面白い人だね、フフフッ』

『本当の僕に気付くなんてね、フフフッ。わかった、明日からは本気を出す』


「なんか一人おかしいのいるっ! あと含み笑いし過ぎだろっ」

「寝るんだったら聞かないでよ、もう」

「聞こえてくるんだからしょうがないだろ」


 修は思わずツッコミを入れてしまったが、早く寝ないと仕事に支障が出るので掛け布団を頭に被り目を閉じる。

 始発の電車で家に帰り、昼下がりには家を出ないといけないのだ。

 幸いというべきか、眠気が強いので近くでゲームをされていても、すぐに眠りにつく事ができた。

 しかしながら、眠りへと誘う子守歌――スピーカーから漏れる甘いイケメンボイス――にはうんざりしていたが。


 彼もまさか、このあと交通事故に遭い、妹のプレイしていた恋愛ゲームの世界に生まれ変わるなんて思いもしなかった。



----------



「……アイザック。何か言いたい事でもあるのか?」

「えっ、あっ……」


 思わず喜びの声をあげてしまったが、今はエンディング前のパメラ断罪シーンだ。

 しかも、ジェイソンがパメラを連れ去るようにと警護の兵士に命じる前。

 本来なら、皆が騒ぐ中でパメラとその家族が連れ去られていくのだが、アイザックのせいでその動きは止まってしまっていた。


 周囲の視線が、この場面の主役であるジェイソンとパメラではなく、アイザックへと注がれる。

 大勢からの視線は圧力だ。

 心の弱い者なら、全学生とその親族全ての視線を受け止める事は非常に大きなストレスとなる。

 だが、彼はそんなものに動じる事なく、堂々と胸を張ってジェイソンへと問いかけた。


「本当に婚約を破棄されるのですか?」

「聞いてなかったのか? これだけの前で宣言したのだ。撤回はない」

「よしっ!」

「よし? どういう事だ」


 アイザックはジェイソンの疑問に答える事無く、パメラのもとへと歩み寄る。

 ジェイソンはエンディングでニコルに『この世界の果てまでを君にプレゼントしよう』と言って、戦争を始めるようなロクでもない奴だ。

 軽んじられても仕方ない。

 アイザックは正面からパメラの目を見つめ、姿勢を正す。


「えっと……、その……、こういう時になんて言えば良いのかわからないいけど……」

「……なんでしょうか?」


 数秒前と打って変わって目が泳ぎ、しどろもどろになり始めたアイザックの様子に、パメラは少し険しい目で見返す。

 それも当然の事。

 パメラ自身の事を考えれば、アイザックに関わっている余裕などないのだから。


「用が無いな――」

「ずっと好きでした。結婚を前提に付き合ってください!」

「――ら……、えっ?」

「初めて見た時から心を奪われていました。ジェイソン殿下の婚約者だったから諦めるしかなかった。けど、もう婚約者じゃなくなったのならば良いでしょう。どうか俺と婚約してください。お願いします!」


 キャーと黄色い歓声が所々で湧き起こる。

 こんな状況でも恋バナが好きな者は、見逃さずに反応するのだ。


 だが、いきなりの告白にパメラは困惑する。

 アイザックが女性に対して、このような嘘を言ったという噂を聞いた事がない。

 きっと本物の気持ちなのだろう、という事は理解できた。

 問題は周囲の視線だ。


 ジェイソンによる死刑の宣告とお家取り潰し、そのような沙汰を受けた後、長年秘めていた愛を告白したのだ。


『告白を受け入れるんだよね?』


 というような無言の圧力を、彼女は感じていた。

 だが、彼女は未来の王妃として教育を受けてきた。

 無言の圧力程度に負ける心を持ってはいない。

 アイザックの目をしっかりと見返した。


「お気持ちは嬉しいです。死刑まで宣告されたわたくしに対して、そこまで言ってくれる方は他にいないでしょう」


 そこでパメラは一度深呼吸して、アイザックの目を見つめて正直な気持ちを告げる。


「ですが、婚約を破棄されたばかり。そのような事は考えられませんし、なによりも場の空気を読まずに結婚の申し込みをするような方は正直……、無いかなと思います。申し訳ございません」

「ごっ、ごもっとも……」


 血反吐を吐き出しそうな表情をしながら言葉を絞り出し、アイザックは膝から崩れ落ちる。

 プフゥーと、笑いを堪えきれずに噴き出す彼の友人の声が聞こえるが、それを咎める者はいない。

 なぜこうなったのか、それは告白をしたアイザックも理解している。


 ――急ぎすぎたのだ。


 パメラへの想いが強すぎたせいで、はやる気持ちを抑えきれなかった。


(もっと落ち着いて話せる場所で告白すれば良かった。なんで、なんで俺はこんな……)


 頭を抱え身悶えするアイザックだが、状況がそれを許さなかった。


「アイザック! 貴様、何を言っている。ここはパメラの罪を明らかにする場だ! 邪魔をするんじゃない。引っ込んでいろ」

「いえ、今は卒業式でしたが」

「くっ、それはそうだが……」


 そう、今はまだ卒業式。

 正確には卒業式は終わっていた。

 式が終わった後に、ジェイソンが言いたい事があると壇上に上がり、パメラに対して罪を咎め始めたのだ。

 現に周囲では出席していた国王や大臣の周辺で、多くの者達がせわしなく動いている。

 突然の事態に対応しているのだろう。

 王太子の卒業式という事で、式にゲストとして出席している各国大使達はどうなるのやらと静観していた。

 

「そうだ……、パメラだけじゃない。貴様もだ、アイザック!」

「えっ、俺っ?」


 ジェイソンの矛先が自分に向かった事で、アイザックは驚きを隠せない。

 自分に何か咎められるような事があったかと、少し考えてしまう。


(あれかな? いや、あの事か? くそっ、身に覚えがありすぎる)


「アイザック・ウェルロッド。貴様には外患誘致の疑いがある!」

「えっ、外患……、えっ、えっ?」


 パメラの事で動揺していた周囲の者達も、この言葉には動きを止め、ジェイソンが続けるであろう言葉を待つ。

 パメラの事はあくまでも国内の事。


 ――外患誘致。


 外国と通じて、リード王国に不利益を与えんとする者を裁くための罪である。


 過去に適用された例では――


“王国を裏切り国外の兵士を招き入れる”


“王国内部の機密情報を故意に漏らし、外交交渉において著しい不利益をもたらした”


“王城内部に、王族を狙う暗殺者を招き入れた”


 ――という許し難い罪を犯した者に対してだった。


 だが、さすがにアイザックもこのような事に覚えはない。

 むしろ、反逆未遂で裁かれた方が納得できるくらいだった。


『いったいどのような証拠を握っているのか』


 アイザックだけではなく、この場にいる者全てがジェイソンの次の言葉を待った。


「アイザック、全てわかっているのだぞ。貴様が各国大使や、その家族に多くの物を贈っている事をな。これは国を裏切り、いずれ謀議を交わした国と共に、この国へ攻め込まんとする企みだろう!」


 卒業式に来ていた大使達に耳目が集まる。

 ジェイソンの言葉には信憑性があった。

 そして、それは皆が知っている。


 ――これまでアイザックがやってきた謀略の数々を。


 しかし、大使達が何かを言う前にアイザックが否定し始める。


「贈り物はしてますが、その内容はご存知でしょうか?」

「受け取った側は価値がある物だとこぼしていたそうだ。巧妙に隠しているようだが多額の金銭や、宝物の類を送り届けているとの報告もある」

「そうですか、それは嬉しいですね」

「……何が嬉しいというのだ?」


 アイザックはジェイソンに深い笑みを浮かべて見せた。


「その送った物は、私が育てた花ですから」

「なにっ!?」


 侯爵家の次々代の跡取りが、自ら土いじりをするというのは想定外の事。

 驚きを隠せないジェイソンに、アイザックは言葉を続ける。


「子供の頃から花を育てていたんですよ。身内や使用人達の誕生日にプレゼントして喜ばれていたので、大使の方々にもプレゼントするようになったんです」

「身内はまだわかる。なぜ大使達にまでプレゼントするのだ」


 ジェイソンの疑問は当然だ。

 侯爵家ならば、もっと良い物を贈れば良い。

 贈るだけの私財もあるのだから。


「お忘れですか? 現ウェルロッド家当主である我が祖父は外務大臣。『年も年なのでお手柔らかにお願いします』と5歳くらいのころ、各国大使の方々に手紙に添えて花をプレゼントしたのがきっかけですね。時々季節の果物も一緒にお贈りしましたよ」

「……それのどこに価値があるというのだ。花は花だろう。金銭の授受が――」

「それについては私から一言言わせていただきたい」


 ゲスト席に座っていた隣国大使の一人が声をあげる。


「花や果物、それ自体にはそれ相応の価値しかありません。ですが、侯爵家の跡取り自ら育て、そこに祖父を想う心があるとなれば、下手な宝石や芸術品にも勝る贈り物となります。……国元の家族からまともに手紙も送られてこない者にとっては、祖父を思う気持ちを見ていて羨ましいくらいです」


 大使達には家族を連れて大使館に住む者もいるが、部下だけを連れて単身赴任している者が多い。

 若い者もいるが年配の者が大半であり、国元の子供や孫からの手紙を楽しみにしている者が多いのだ。

 だからこそ、彼の周囲の者から同意の声の代わりに頷く者がいる。

 アイザックの行動は、祖父を思っての事だというのは大使達の間ではわかりきった事だった。

 

「だが、大使の家族にまで贈り物を届けるというのは不適切であろう」


 諦めきれないジェイソンは追及を続ける。

 これにはアイザックが答えた。


「季節の花を大使として赴任されてる方の誕生日に合わせて、ご家族に届くようにお贈りしております。誕生日に同じ花を見る事で、遠国の地にいる家族と心を通わせていただければと思いまして」


 アイザックの答えに、周囲からは感嘆の声があがる。

 この世界の人々は純粋な心を持つ者が多い証拠だ。

 だが、この感動している者達が“大使の家族には花を贈っているが、それを隠れ蓑にして本当は各国の有力者に賄賂を贈り届けている”と知ればどう思うだろうか。


「それで他に疑いはございますか?」

「……今は無い。だが、貴様への疑いが晴れたと思うなよ?」

「それは酷いおっしゃりようで」


 アイザックは困ったような顔を浮かべる。

 だが、これも自ら招いた事だ。



----------



 アイザックの両親は恋愛結婚であった。

 母親のルシアは子爵家の出。

 父親のランドルフとは身分差があり、政治的な事情によって後にウェブリー公爵家の娘、メリンダを娶らされたのだ。

 だが、アイザックの父であるランドルフは結婚の条件としてルシアを第一夫人とすることを約束させた。

 子爵家出身のルシアが第一夫人、公爵家出身のメリンダが第二夫人となる歪な婚姻だった。


 さらに、ルシアとの間に男児が生まれたならば、その子に継承権を優先させると約束させた。

 先に男児を生んだのはメリンダであったが、アイザックが生まれてからは継承順が繰り下がってしまった。

 当然ながらメリンダはこれを不服とし、アイザックの暗殺を企む。

 だが、アイザックはそれを逆手に取り、自らの命をエサに腹違いの兄とメリンダを幼少の頃に謀殺したのだ。


 同時にウェルロッド侯爵家内部のメリンダ派を粛清し、ランドルフの家臣や母のルシア派を吸収し、幼くしてアイザック派を結成する。

 そこから始まるウェブリー公爵家の切り崩しは、アイザックを語る際には今でもなおホットな話題であった。

 お家騒動後も、敵対勢力への容赦ない制裁など、本人もやり過ぎたと後悔する程度には派手にやってきた。


 その苛烈な報復から――


『アイザックが近寄ってきたら、まずは彼の不興を買うような真似をしたかを思い出せ』


 ――といまだに冗談交じりでネタにされる程度にはやらかしていたのだ。


 潔白であると言われても、信じられる者がどれほどいようか。

 


----------



 ジェイソンもアイザック相手は分が悪いと思ったのか、標的をパメラに戻す。


「今はパメラの事を優先する。ニコルに対しての嫌がらせの数々、許し難い。早急に処分を――」

「異議あり!」


 ジェイソンの言葉を途中で遮ったのは、やはりアイザックだった。

 王族の言葉を遮るのは罪にこそ問われかねない。

 罪に問われずとも、貴族としての品位を問われる行為だ。


 しかし、今、声を上げねばパメラが処刑されてしまう。

 例えフラれようとも、アイザックのパメラへの想いがそれ見過ごす事を許さなかった。


「殿下、嫌がらせとおっしゃりますが、それが悪い事でしょうか?」

「なんだと、貴様!」


 アイザックの言葉にジェイソンは怒りのあまりに顔を真っ赤にし、拳を震わせる。


「そもそも殿下とパメラさんの婚約は二人が生まれた時に決まった事。当時、権勢を誇っていた貴族派筆頭のウィンザー侯爵家との婚約によって、求められていた地方の権限拡大の声を抑えました。それによって王族の権威も維持できましたし、貴族派の勢いも削ぐことができました」


 王を旗印に中央集権を唱える派閥。

 通称、王党派。


 現状維持を掲げながら変化を拒む派閥。

 通称、中立派。


 地方領主の権限拡大を求める派閥。

 通称、貴族派。


 大雑把に分ければこの3つの派閥になる。

 そして、貴族派の筆頭であるウィンザー侯爵家の娘が王族と婚姻するという事で、王党派と貴族派の対立は和らいでいる。


 王党派は貴族派を懐柔できたという事で満足し、貴族派はパメラが王太子妃になれば、そこから地方分権に働きかける事ができるかもしれないという希望を持っているからだ。

 婚約があるからこそ、双方の衝突が緩やかなものになっていた。


 この場にいる貴族であれば“よほどの者”でない限りその事は理解していた。

 問題はその“よほどの者”が王太子である事にあった。

 彼はニコルへの愛で、目が曇ってしまっている。


「重要な婚姻を守ろうとするのは、国家の重鎮たるウィンザー家令嬢としては当然ではありませんか? そもそも、本当にそのような行為をされていたのかどうか……、ニコルさんの言葉だけではなく、事の真偽を確かめるべきではないかと思いますが」

「そのような事はどうでもいい。私はニコルを信じている」

「いえ、信じてるかどうかの話ではなくてですね……」

「アイザックさん、もう結構です」

「えっ」


 アイザックを止めたのはパメラだった。


「殿下のご気性を考えれば、わたくしを許すという事はないでしょう。このままではウェルロッド家にもご迷惑が――」

「そんな事はない!」

「でも」

「そんな事はないんだ。ここは俺に任せてくれ!」

「……ありがとうございます」


 パメラは深々と頭を下げる。


 今、ジェイソンの隣に立つニコル。

 彼女が普段はべらしている男達。

 彼らにも婚約者がいた。

 しかし、その婚約者達は人の目に付く場所で婚約の破棄をされ、恥をかかされてきた。

 そんな女性達に救いの手を差し伸べてきたのがアイザックだ。


 ニコルになびいた男の非を訴え、物理的、社会的な制裁を加える。

 婚約者を奪われた女の正当性を訴え、物理的、社会的な恩恵を与える。


 過激なところはあるが、少なくとも味方として動いてくれる分には頼もしく思えた。

 黒い噂の絶えないアイザックだったが、パメラは信じる事にした。


『ここらで終わらせよう』と思ったアイザックはここで一気に決めにいく。


「フレッド、君に聞きたいことがある」


 アイザックに問いかけられたのはフレッド・ウィルメンテ。

 彼はアイザックが殺した腹違いの兄の友人だった。

 当然、アイザックには良い感情を持っていない。

 フレッドは苛立ちを隠そうともせず、その赤毛を掻きむしりながら答えた。


「ちっ、なんだよ」

「アマンダさんとの婚約破棄を決めた理由、ニコルさんだよな?」

「当然だろう、ニコルは俺の唯一の理解者だ。彼女以外の女など目に入らない」

「だよねぇ……。他のみんなも似たような理由だったし」


 元々のゲームが、男キャラのココロのスキマを埋めて落とすゲームだ。

 壇上にいるニコルの取り巻きは皆、彼女に心酔している。

 だからこそ、そこに付け入る隙があった。


「それじゃ、ニコルさん。そこにいる誰を選ぶのかな?」

「えっ、わたしっ!?」


 自分に話が振られると思っていなかったニコルは驚いた。

 そして攻略済みのキャラ達が自分に注目している事に気づいて、誰の目から見ても動揺していた。

 その動揺からか、彼女は最悪の答えを口にする。


「みんな仲良くいれたら良いかなって思ってるけど……」

「つまり特定の誰かが好きというわけではないんですね?」

「でも、みんなの事は好きだよ。だけど誰か一人と特別な関係っていうのは――」

「そんなっ、ニコルそれはないだろう!」

「あれほど愛を語り合ったのに」

「俺と結婚してくれるんじゃないのか?」


 ニコルの返答に、取り巻き達は詰め寄る。

 それを止めようとジェイソンがニコルを守るように割って入る。


「みんな、すまない。ニコルは僕と結婚するんだ。申し訳ないが諦めてくれ」

「待て、ジェイソン。いくら王子だからってそれはないだろう。ニコルは俺のもんだ」

「フレディ、いくら君でもこれだけは譲れない。ニコルは僕の物だ」


 ジェイソンとフレッドは子供の頃からの親友だ。

 それでもニコルは一人。

 分け合うことができない以上、奪い合うしかないのだ。

 他の者達も黙ってはいられない。

 皆がニコルは自分のものだと言い始めた。


 そこにアイザックはトドメの一言を言い放った。


「将来、子供が父親の髪の色をして生まれれば良いですが、ニコルさんと同じ黒髪で生まれてきた場合どうなるんでしょうね」


 その言葉にジェイソンは激怒した。


「アイザック、貴様! ニコルを尻軽女と言う気か!」

「いやー、逆ハーレム築いている時点でダメでしょ」

「ぐぬぬ」


 アイザックの言葉に拳を握りしめ、今にも怒りが爆発しそうだ。

 しかし、それ以前にアイザックの言葉を無視できない。


“誰を愛しているのか”

“誰と結婚するのか”


 それをはっきりさせないといけない。

 こればかりは後回しにできなかった。


「ニコル、あんな事を言わせておいていいのか。ハッキリと私だけを愛していると言いたまえ」

「ジェイソン、そんな王子としての権威を利用するような言い方はやめろ。本当に愛している人の名を言えなくなってしまうだろ」

「そうだよ、愛してくれているのは僕だけだよね」

「ふざけるな! ニコルは俺だけを見ていれば良いんだ」


 壇上では、男達が一人の女を奪い合う醜態を晒していた。


“これがこの国の次世代を担う者達か”


 その思いは、卒業式に参列していた者達に強く刻まれた。

 そしてそれは、アイザックにとって理想の流れである。

 国家への忠誠が薄まるのは、アイザックにとって都合が良かったのだ。


「さて、パメラさん。退出しましょうか」

「いいのかしら……」

「いいんですよ、こんなの」


 エスコートしようと、そっと手を差し出すがパメラはアイザックの手を取らなかった。


(ドサぐさ紛れにエスコートしようとしたけど、やっぱり無理か)


 さり気なくパメラの手を取る事を狙っていたが、その目論見は失敗した。

 ガッカリしながら、アイザックは祖父達のもとへと向かう。


「さぁ、お爺様達も行きましょう。馬車を用意しておりますので、今すぐにでもウェルロッドに帰るべきです」

「まさか、アイザックの言う通りになってしまうとはな」


 アイザックの祖父、モーガンはこめかみを押さえる。

 これからの事を考えれば、多少の頭痛で収まっているだけでもマシだろう。


 ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家。

 その両家傘下の貴族達も含めて、全員が手筈通りに王都を離れ、各領地へと速やかに帰っていった。

 これから先の事も、アイザックは全て準備を整えていた。



 ----------



 卒業式から三か月後。

 王都から東へ100kmほどの地点で両軍対峙していた。


 アイザック率いる貴族連合軍 8万。

 国王自ら率いる王国正規軍  15万。


 アイザック側はウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家を中心に、ニコルによって婚約者を奪われた家が参陣している。

 王国側は王家の直轄地を中心にウィルメンテ侯爵家とウォリック侯爵家などが参陣していた。


「アイザック、大丈夫なのだろうな」

「大丈夫ですよ。全ては想定通りに動いています」


 モーガンの心配は当然だ。

 アイザックの才能に全てを託しているのだ。

“負けました。降伏します”で済む問題ではない。

 孫の頼みとはいえ、こんな事を認めるべきではなかったと後悔し始めていた。


「ウィルメンテ侯爵家は王国軍の本陣にいるフレッドを諦めました。ウォリック侯爵家もこちらに付きます。こちらに味方に付くと言っておきながら様子を見ようとする者達も、両家がこちらに付いたとなれば裏切り始めるでしょう」


 ウィルメンテ侯爵家は、ウェブリー公爵家と非常に近い縁戚だった。

 公爵家を潰す際に、ついでにアイザックに心をへし折られている。

 現当主は正面切って戦うより、アイザックの下に付くことで家名の存続を選んだ。

 それどころか、アイザックの歓心を得るために、自ら率先して王党派の切り崩しを手伝っていたくらいだ。

 王国側に勝ち目がない事を、ウィルメンテ侯爵家の当主が一番理解していた。


 ウォリック侯爵家は、ウィルメンテ侯爵家の息子であるフレッドの元婚約者の実家だ。

 娘に恥をかかせたのはフレッドだが、その元凶であるニコルがいる王国側への忠誠は消え去っていた。

 そして、娘を庇ってくれたアイザックに妻として娘を送り込みたい。

 その思いからアイザック陣営に付いたのだ。


 この両家だけで6万。

 王国軍は、二人の小早川秀秋を抱えている事になる。


 そして地方領主の軍だけではなく、王国軍内部にもアイザックの魔の手は伸びていた。

 賄賂でなびく者、弱みを握られた者、家族を人質に取られた者。

 これらの部隊が最低でも3万。

 全員が裏切れば5万は味方になる。


 そうなれば、実質的な王国軍は忠誠心が高い部隊が残るとはいえ、たかが4万。

 貴族連合軍だけでも2倍、裏切った部隊を合わせれば、戦力差は最大で5倍近くにもなる。


 そして、アイザックの打った手はこれだけではなかった。


 周辺国にも多くの味方を付けていた。

 各国の最大派閥の切り崩しや、少数派閥への資金提供。

 リード王国が内乱状態になった場合、周辺国からの侵略が予想される。

 そういった場合に、アイザックが味方に付けた者達が内乱を起こす手筈になっていた。

 内乱状態に付け込まれたくなければ、周辺国家にも内乱を起こせばいいという殺伐とした考えだ。

 もちろんリード王国の支配が早く進めば、ついでに周辺国家も支配下に収める予定だった。


 戦争は始めてから勝利を勝ち取りにいくのではない。

 戦争を始める前から勝利を確定させ、そこから始めるものだ。


 アイザックは転生し、この世界が妹がプレイしていたゲームの世界だと気付いた時から決めていた。


“平凡な人生は捨て、全てを手に入れるために行動しよう”と。


 前世は公務員の息子だった。

 普通に進学して、普通に就職。

 犯罪を起こしたりもせず、真面目に生きていた。

 それなのに、交通事故であっさり死んでしまったのだ。

 今までの人生はなんだったのかと考えてしまう。


 だが、二度目の人生は貴族、それも侯爵家に生まれた。

 そのチャンスを生かさない理由はない。

 しかも、妹がプレイしていた乙女ゲーの世界だ。


“妹がどんなゲームをプレイしているのか”


 そう心配になって攻略サイトを見ていたお陰で、卒業式に起きる混乱に合わせて反旗を翻すことに成功した。

 生まれてからずっと、この日のために頑張ってきた事が報われたのだ。


(いや、まだだ。まだ報われてはいない)


 アイザックの視線の先にはパメラがいる。

 金髪、縦ロールの気高いお嬢様。

 前世で『貴族令嬢的なドリルキャラ』という感想を抱いたキャラだ。

 今はドレスアーマーを着て、アイザックの隣にいる。


「パメラさん、卒業式から1か月経ちました。そろそろ、婚約の話を進めてもよろしいのでは?」

「アイザックさん……」


 パメラはアイザックの目をジッと見つめ返す。


「ずっと好きでした。初めて会った時からずっと……。美しいというだけではなく、あなたの気高さ、見識の高さ、優しさ。そして一緒にいるだけで心が安らぐんです。あなたを他の誰かになんて渡したくない。だから――」


 アイザックは気付いた。

 パメラの目が失望している事に。

 もしかすると彼女は、こんな安っぽい言葉など聞き飽きているのだろうか。


(いや、違う。これは……)


 そして、アイザックは本当の事に気付いた。

 本能的に気付いてしまった。


 彼女がなぜ殺されるエンドしかなかったのか。


 大まかに分けると各キャラにノーマルエンド、トゥルーエンド、逆ハーレムエンドの3種類があった。

 その内、ノーマルエンドは全ての女キャラは生き残る物だ。

 王子であるジェイソンが関わるエンドのみ、婚約者のパメラがなぜか全てのエンドで処刑される。


 ――それは何故か。


 その事に、アイザックは気付いてしまった。


 ――同類なのだ、ニコルと。


 パメラとニコルは、まったく似ていない。

 だが、その心の奥底。

 人間としての本質が似ているのだろう。

 だから、彼女はニコルに処刑される。

 同族嫌悪というヤツだ。


 だが、アイザックは想いを秘める事ができなかった。

 たとえその本質がニコルと同じでも、彼女を手放すような事は考えられなかった。


「僕と結婚してくれるのなら、世界の果てまでを君に贈ることを約束する」


 アイザックは、この言葉を口にして後悔する。

 ジェイソンと同レベルに落ちてしまったからだ。

 だが、その後悔はすぐに消えた。

 アイザックの言葉を聞いたパメラの笑顔は、今まで見る事ができなかったのが悔しくなるくらい、とても美しい笑顔だった。

本編とは大幅に設定が変わっているので、結末は違ったものとなります。

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― 新着の感想 ―
このタイトル回収エンドも結構好きなんですよね。
ジェイソン、なろうでよく見るタイプの婚約破棄王子そのままだったんだな。 今のジェイソンの方が手強そうだ。
[一言] ええええ!アイザック!ジェイソンと同レベまで落ちるなよ!!
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