147 十二歳 ドワーフとの調印式
人間とドワーフの友好条約。
その調印式には、そうそうたる顔ぶれが大きなテーブルを囲んでいた。
国王エリアスはもとより、4Wと呼ばれる侯爵家四家の当主。
その他、数多くの伯爵家の当主まで顔を出していた。
エルフの時は王都で調印式が行われたが、ドワーフとの調印式はアルスターとザルツシュタットの中継地にある建物の中で行われる。
そのため歴史に残る大舞台に居合わせて、歴史的瞬間の目撃者となりたいと思い、出席する者が多かったからだ。
割を食ったのは、子爵家や男爵家の者達だった。
さすがに貴族総出で訪れるわけにはいかない。
有力者が優先で選ばれ、下級貴族は出席できなかったからだ。
唯一、アルスターの代官であるマクスウェル子爵家が参加できたくらいだった。
この状況を見て、アイザックは後悔していた。
(あぁぁぁ、ウェルロッド侯爵家の掌握ができていれば、エリアスや他の上位貴族をまとめて人質にできるチャンスなのにもったいねぇ!)
近衛騎士などもいるが、総勢千名程度。
万の兵で囲い込んでしまえば簡単に討ち取れただろう。
王都に攻め込むよりは、エリアスの身柄を確保する難易度が段違いに簡単なはずだった。
野心を持つ者にとって、今の状況は非常においしいはずだった。
なのに、何も手出しができずに指を咥えて見ている事しかできない。
アイザックは顔に出さないよう気を付けながら、このチャンスを活かせない事を心の中で悔しがっていた。
気を紛らせようと、ドワーフ側の出席者に視線を移す。
ドワーフ側は、ルドルフ以外にも十人ほどの年寄りが代表として出席していた。
白髪になっているかどうかの差はあるが、代表は皆が立派な髭をたくわえていた。
アイザックがジークハルトから聞いた話では、髭が立派な人物ほど物作りの現場から離れて久しいそうだ。
物作り、特に鍛冶師などは立派な髭をたくわえていては仕事にならない。
髭が燃えたりするし、組み立てたりする時に挟まったりするからだ。
だから、髭が長い者は後進の育成が終わったご隠居という事が多いらしい。
(確かに、護衛の戦士は髭が短いな)
ドワーフ達は、軍人という職業がないらしい。
戦争になる時は動ける者全てが武器を持って戦場に駆け付ける「国民皆兵」という言葉がピッタリな制度を取っているそうだ。
ルドルフ達の護衛で付いてきた戦士も、皆が工房で働く職人だった。
彼らは髭を生やしてはいるが、普段の仕事の邪魔にならなさそうな短さだ。
年齢と髭の長さで、大体の立場を見分けられる。
こういう話を聞くと、アイザックは文化の違いなどを感じる事ができた。
今回は人間とドワーフだけではなく、エルフの出席者もいる。
リード王国とも関係が深く、年長者でもあるマチアス。
そして、ザルツシュタット周辺のエルフ達だ。
彼らは見届け人として参加していた。
調印式自体は、驚くほどあっさりと終わった。
それもそのはず、すでに調印の内容は決まっている。
アルスターとザルツシュタットの間にある荒野のど真ん中に作られた中継地という事もあり、仰々しい演説をして民衆にどんな内容で調印したのかを説明する必要もない。
軽い雑談をしたあと、サインを済ませた契約書を交換する。
そして、交換した契約書にもサインをして、双方の代表の名前が書かれた時点で終了だった。
アイザックは「式典がなければ、こんなものか」と、あっさり終わった事に驚いていた。
確かにあっさりと終わって地味ではある。
だが、派手になるという事は、揉め事が起きたり、会議で怒号が飛び交ったりする状況になっている可能性が高い。
これはエリアスが出向く前に、モーガン達外交に携わる者達がサインをするだけでいい状態にしていたお陰だ。
「揉める事を考えれば、地味に終わるくらいがいいのだろう」と、アイザックは思っていた。
モーガンから「契約の文章だけではなく、どちらの名前を先にしてサインするかが一番揉めていた議題だ」と聞いていた。
これは人間側が保管する契約書はエリアスの名前が先、ドワーフ側が保管する契約書ではルドルフの名前を先に書くという事で妥協したそうだ。
アイザックからすればつまらない事だが、彼らには国家の代表として面子が重要なのだろう。
調印が終わると、一振りの剣を持ったウォルフガングがテーブルに近づく。
近衛騎士達がエリアスを守れるよう、念の為にいつでも飛び掛かれるようにわずかに動きを見せた。
だが、そんな動きを気にせず、ウォルフガングは剣をエリアスの前に置く。
国王への贈り物だけあって、装飾も立派なものだった。
「オリハルコンを好きなように使って、一本の剣を作ってほしいって頼まれた。オリハルコンがあんだけありゃぁ、鎧一式だって作れたってのにな。しかも、余った分を作業代として払ってくれるなんていうきっぷの良さ。いやー、あんた。いい部下を持ったな。ウォリックとかいう奴は大したもんだ」
ウォルフガングは、満面の笑みを浮かべている。
彼は余ったオリハルコンを売りさばき、手間賃として十分な額を手に入れていた。
笑顔にならない理由がない。
しかし、エリアスは笑顔どころではない。
今の状況を理解しようとしていた。
「ウォリック侯?」
エリアスが、クエンティンに問いかける。
その一言には「どういう事だ? 説明しろ」という意味が含まれていた。
「陛下、オリハルコンというのは人間では溶かす事もできない扱いの難しい希少な鉱物です。ドワーフならば加工できると聞き、この日のために剣でも作ってほしいと頼んでおきました」
「人間では溶かす事もできないか……。手に取って見ても?」
エリアスはウォルフガングではなく、ルドルフに尋ねる。
ドワーフ側から渡されたとはいえ、剣は剣。
勝手に抜いて敵意があると判断されるのは面白くなかった。
「どうぞ」
ウォルフガングの行動は予定外だったが、特に止める理由もない。
ルドルフはエリアスが剣を見る事をあっさり認めた。
「むっ」
エリアスが鞘を掴むと、まるで鞘が手に吸い付くような感覚を覚えた。
「凄いだろう。それはただの模様じゃないぞ。返り血を浴びても手が滑ったりしないように、計算し尽くしたものだ。当然、鞘もオリハルコンで作ってある」
ドワーフの手ではちゃんと滑り止めが機能していたが、人間の手でも効果を発揮するかは不安だった。
ちゃんと滑り止めが機能した事を確認して、ウォルフガングは満足そうにしている。
エリアスは剣を半ばまで抜き、刀身を確認する。
「鞘でこれならと思ったが……。中身も見事なものだな」
エリアスは感嘆の溜息を漏らす。
ただの鉄とは違う鈍色の輝き。
装飾の施された鞘とは違い、刀身には余計な飾り気はない。
だが、ただ人を切るという目的を果たすためだけに作られたシンプルな刀身が、この上なく美しく見えた。
「そりゃそうよ。こいつぁ、俺が作った中で最高の出来だ! いい仕事をしたと胸を張って言えるぞ」
「確かに素晴らしい」
エリアスは素直な感想を口にした。
他の者達も、その感想に同意する。
リード王国内にも、二百年前のドワーフ製の剣が現存している。
だが、素材の違いがあるとしても、ウォルフガングの剣は二百年前の物より洗練されているように見えた。
――たかが剣一本。
その一本の剣で、交流が途絶えていた間にどれだけ技術力の差が開いているのかを見せつけられているような思いを感じていた。
「ウォリック侯、素晴らしい物を依頼してくれたな」
「いえ、何か記念になる物を作ってもらえればと思っただけです」
「なるとも。それどころか、この剣は国宝どころか人間にとっての宝にもなるだろう。感謝する」
前もってオリハルコンを贈り、剣を作って欲しいと頼んでおいた甲斐があった。
エリアスは人前なので平静を保とうとしているが、顔が紅潮し興奮しているのが一目でわかる状態だった。
クエンティンも、ここまで喜んでもらえると悪い気はしない。
「剣を依頼しておいて良かった」と思っていた。
ドワーフ側も人間に武器を渡したくはなかったが、剣一本で何かができるものではない。
友好の証として渡す分には問題はなかった。
「こちらからも返礼の品を贈らせてもらおう」
エリアスは、ウォルフガングの態度や口調を咎めなかった。
これは前もって「ドワーフには王や貴族がいない」という事を聞いていたからだ。
立場の違いはあれど、基本的には皆が同等の存在。
荒い言葉遣いをする可能性があると知っていたからだった。
エリアスが合図をすると、試飲するための酒が皆に配られる。
それは一年物のブランデーだった。
まずは最初に、エリアス自身が口を付ける。
毒など入っていないという事を証明するためだ。
それを確認してから、ルドルフ達も一口飲んだ。
「ほう、去年飲んだ時よりも口当たりが良くなっているな。二年、三年と寝かせれば、さらに変わるだろう」
ルドルフがチビリチビリと味わうように飲み、蒸留したてのブランデーとの違いを言葉にする。
「これは面白い」
「喉を通る時の感覚は新しいな」
「これはこれでワシは好きだぞ」
初めて蒸留酒を飲む者達にも好評のようだ。
一年間、寝かしておいた甲斐があった。
「こちらは皆様に持ち帰っていただけるよう、多めに持ってきております。飲んで楽しむか、寝かせて数年後に楽しむかはご自由にどうぞ」
モーガンがドワーフの出席者達に、贈り物として用意している事を告げる。
だが、ドワーフ達の反応は違った。
「なんだ、たくさんあるのか。だったら、今日を祝って酒盛りをしよう!」
「賛成!」
「祝おう、祝おう」
「あ、ちょっとお待ちを」
モーガンの制止を聞かず、一部のドワーフが酒樽を探して建物の外へ出る。
「よいではないか。今日は記念すべき日だ。無礼講で楽しもう」
「陛下がそうおっしゃるのなら……」
エリアスは内心「ここで酒を酌み交わすのも悪くない」と考えていた。
人間の国で、エルフやドワーフと友好的な条約を交わした国は他にはない。
二百年ぶりに、双方と友好的な関係を修復する事ができたのだ。
共に酒を飲み、友好を実感したいという思いがあった。
この友好的な雰囲気は決して悪いものではない。
むしろ、過去に殺し合った種族同士の関係修復の一歩としては、良いものだった。
しかし、この状況が面白くない者もいる。
「僕達は外に出てようか」
アイザック達、若者だ。
建物の中が酒臭くなる事がわかりきっているジークハルトが、アイザックとブリジットに外に出ようと提案する。
「そうだね」
「まったく、大人達は自分達だけで楽しむんだから」
ジークハルトの提案に、二人は賛同した。
どうせ自分達は酒を飲めない。
ここにいても指を咥えて見ている事しかできない事がわかっているからだ。
三人は外に出て、木陰で向かい合って座る。
「そういえばさ、ドワーフって採掘もしているんだよね? たくさん鉄を輸入しなくてもいいんじゃないの?」
アイザックは世間話として、気になっていた事をジークハルトに聞いた。
「鉄はいくらあっても困らないんだよ。二百年前の戦争以来、僕達は思い出の品を残すようになったんだ。初めて作った剣や鎧。一人前と認められてから初めて作った剣や鎧といった感じでね。我が家にも父さんやお爺ちゃんの作った物とか、お爺ちゃんが戦争で使われなかったご先祖様の遺品とか残しているから、倉庫三つ分は記念品があるよ」
「あー、そうか。古い物を溶かして再利用とかしないから、素材が欲しいんだね」
古い鎧などを溶かして再利用すれば、ノイアイゼン内で十分に自給できる。
だが、作った物を残しているから、素材が足りなくなるのだろう。
鉄を輸入するのはザルツシュタットの工房の都合だろうと、アイザックは考えていた。
だから「在庫の鉄を全部売ってくれ」という要求を不思議に思っていた。
疑問が解消され、少しスッキリする。
「あの様子だと、これからはお酒とかも輸入するようになるだろうね。取引が多くなって、自然と関係が深まっていく。それは人間だけじゃない。僕達もエルフに街道の整備とかをお願いしようって事になったから、エルフ達とも関係が深まっていくだろうね」
「もしかしたら、これからは二百年前よりも深い関係になるかもしれないわね」
「うん、また人間が悪巧みしない限りはね」
「あぁ、それは……」
ジークハルトとブリジットがアイザックを見る。
特にブリジットはジト目でアイザックを見つめていた。
「悪巧み」の部分に反応して、つい疑ってしまっているのだろう。
アイザックは日頃の行いが悪いので、彼女の反応は当然のものだった。
「大丈夫だよ。人間だって学ぶんだ。二百年前の過ちを繰り返したりしない。エルフやドワーフを奴隷にするよりも、友達でいた方が楽しいからね」
安心させるように、アイザックは優しい声を意識して答えた。
――エルフやドワーフとは仲良くやっていきたい。
これは本心である。
敵に回す余裕がないという事もあるが、クロードやブリジットには家族やティファニー達との事で助けられた恩義がある。
それを仇で返すほど、アイザックはまだ冷徹になり切れていなかった。
休憩所の中から、笑い声が聞こえてきた。
さぞかし、中は楽しい事になっているのだろう。
だが、その中に混じる事ができない子供達にはつまらなかった。
「僕達はお菓子でも食べてようか。チョコレートもあるよ」
「チョコレート? 美味しいの?」
「美味しいわよ。クロードなんて、お酒より気に入っているくらいだもの」
「お酒よりも? それは興味深いね」
ジークハルトはまだ飲めないが、ドワーフにとってお酒は最高の嗜好品である。
お酒よりも美味しいチョコレートという物に興味を引かれた。
「僕の馬車に載せてあるよ」
アイザックが先導し、自分の馬車へと歩き始める。
ジークハルトが気に入るようなら、ドワーフへ売る商品の一つにもできる。
一度は試してほしいと思い、持ってきていて良かったとアイザックは思っていた。
チョコレートも、エルフ達に管理を任せていたカカオの木から収穫ができるようになり始めていた。
これからはチョコレートの増産もできるようになった。
だが、カカオの実だけではない。
アイザックが未来のために積み重ねてきた行動も、少しずつ実を付け始めている。
数年後に実はどこまで熟しているのだろうか。
アイザックは収穫の時を楽しみにしていた。
いつもご覧下さりありがとうございます。
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ありがとうございます。
六章はこれで終了です。
明日には六章での登場人物紹介と、何かを投稿できればなと思っています。






