122 十歳 ウォルフガング
アイザック達はアルスターに到着した。
護衛は200。
20人のドワーフ相手に大げさだとは、アイザックも思わなかった。
これは装備の違いのせいだ。
ドワーフは冶金技術が人間よりも遥かに優れている。
同じ重さの鎧でも、ドワーフ製の方が頑丈である。
しかも、それだけではない。
筋力もドワーフの方が強いので、鎧も人間より分厚い物を身に着けている。
――優れた技術で作られた分厚い鎧。
それは人間の武器では簡単には貫けない。
鎧の隙間を狙ったり、取り押さえたりするために、ドワーフ一人に対して人間が五人掛かりで襲い掛かる必要があった。
ドワーフ製の武器があればいいのだが、200年前の戦争で多くが消耗された。
残った物は、貴族や商人が美術品としてコレクションにしていた。
装備で劣る分、数で補うしかない。
単純に5倍の100人を連れて行くだけでは不安だったので、その倍の200人を連れていくという事になった。
それでも、実際に戦闘になる時はどうなるか不安だったが。
マクスウェル子爵は、ドワーフ達をホテルに押し込んで人目に付かないようにしていた。
現地で放置しては混乱が広がるだけ。
「とりあえず臭い物に蓋をする」という対応ではあるが、混乱を抑えるという目的は達成している。
マクスウェル子爵は、ランドルフ一行が到着するという先触れが届いたので、屋敷の前で待っていた。
彼はランドルフを「この非常事態を解決してくれる救世主」のような目で見ていた。
「ランドルフ様、お待ちしておりました」
「マクスウェル子爵、ご苦労だった。ドワーフ達を呼んでくれ。彼らが来るまでに状況を聞かせてもらおう」
「かしこまりました。お疲れでしょう、中へどうぞ」
マクスウェル子爵が直々にランドルフを案内する。
アイザックもそれに続く。
会議室のように広い部屋に着くと、すぐにお茶が出された。
ランドルフが一口飲み、話を切り出す。
「それで、どうなっている?」
「彼らは『エルフと取引を始めた奴を連れてこい』の一点張りです。なにか話があるようですが、その内容までは聞き出せませんでした。とりあえず、ホテルに泊まってもらって自由にさせていますが……」
「実際に話さないとわからないか。厄介だな」
ランドルフはアイザックを見る。
アイザックが取引を始めた者だ。
ドワーフが激昂して危害を加えたりしないかが心配だった。
「危害を加えるつもりだったら、問答無用で暴れ回っているはずです。話し合いで解決したいと思っているから、責任者を出せと言っているんです。きっと大丈夫ですよ」
父の心配するような視線に気付いたアイザックが気休めを話す。
だが、これはアイザック自身が「そう信じたい」という内容だった。
何と言っても、自分自身が彼らの狙いだ。
自分が安全だと思いたい気持ちから、このような考えを導き出していた。
言われたランドルフは不安そうにしている。
「そうだと良いが……。いいか、これだけは覚えておけ。いざとなったら兵士達が待機しているところまで逃げるんだぞ」
「はい」
もっとも危険なのはアイザックだ。
話の流れ次第では命を狙われるかもしれないので「危なくなったら逃げるように」と前もって話されていた。
それだけ、今回の件については警戒していた。
深刻な空気が流れる。
「大丈夫よ。荒っぽい人が多いけど、いきなり殺すだどうのとかいう人はいないと思うわ。アイザックの方が危険なくらいよ」
その重い空気をブリジットが一言で吹き飛ばした。
彼女の中では、同族――それも実の兄――を殺したアイザックの方がよっぽど野蛮人だった。
警戒をしなくてはならないのは、ドワーフの方だと思っているくらいだ。
「そんな事ないよー」
「あるわよー」
アイザックが否定し、ブリジットがそれをさらに否定する。
そんなやり取りが何度か繰り返され、クロードが話を変えようとする。
「ブリジットが言うほど気性は荒くありません。酒が入ると喧嘩っ早くなりますので注意は必要ですが」
その言葉に、マクスウェル子爵は顔を青ざめさせる。
「ホテルでかなりの量を飲んでいるという報告が……」
「…………」
――ドワーフと交流のあるエルフがなんとかしてくれないか?
すがるような目で見るマクスウェル子爵の視線に対して、クロードはそっと目を逸らしていた。
安心させようとしたクロードの話は、より一層の不安をかき立てるだけに終わってしまった。
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「責任者はお前かぁぁぁ!」
ドワーフが会議室に入ると、すぐにランドルフに食ってかかった。
一番身なりが整っていたので、代表者だと思い込んだからだ。
ランドルフの隣に座っているアイザックにも臭うほど、息が酒臭い。
ドワーフは二十人全員がやってきた。
こちら側も二十人の騎士を用意しているので、部屋が手狭に感じて息苦しい。
「いえ、僕です」
アイザックが片手を挙げて自分だと名乗り出る。
それを代表者らしき年配のドワーフが鼻で笑う。
「嘘つけ! お前のような小僧に何の権限がある!」
当然の疑問。
それにアイザックは答えた。
「僕だって領主代理をやってました」
「お前みたいな小僧が、重要な役職を任されるわけないだろう!」
アイザックはうつむいて話す。
「お父様が病気で倒れられてましたので……」
「うっ」
「おやっさん……」
彼らからすれば、今のアイザックの話は「父が病に倒れたので、幼いながら健気にも父の代わりを果たそうとした子供」という内容に受け取れる。
「おやっさん」と呼ばれた年配のドワーフが言葉に詰まり、下っ端の若いドワーフがうろたえている。
そこでランドルフがまずは挨拶をしようとした。
「はじめまして。アイザックの父、ランドルフです。ウェルロッド侯爵領で領主代理をしております」
「元気じゃねぇか!」
ドワーフ二十人の総ツッコミが入る。
それもそうだろう。
今の話の流れだと「病気で倒れているんじゃなかったのか?」と思ってしまうのも当然だ。
「嘘を言ったのか?」と厳しい視線がアイザックに向けられる。
当の本人は堂々とした態度をしていた。
「領主代理をしていた、と申し上げただけです。今もしているとは言っておりません」
「なんだ、このガキ。なんか腹立つなぁ」
嘘は言っていない。
だが、話を聞いた方は納得がいかない。
怒りで顔が紅潮していく。
「ウォルフさん、落ち着いてください」
クロードが年配のドワーフを落ち着かせようとする。
どうやら顔見知りのようだ。
しかし、ウォルフと呼ばれたドワーフは、クロードにも不満があったようだ。
怒りの矛先を変える。
「うるせぇ! クロード、てめぇもてめぇだ! あっさり人間になびきやがって! ドワーフとエルフの二百年の関係をぶち壊しやがったくせによぉ! 今までの俺達の付き合いはなんだったんだよ!」
今の言葉でエルフにも不満があるという事がわかった。
それ以上の理由は話を聞かなければわからない。
まずは理由を聞こうと、アイザックは話を進めようとする。
「まぁまぁ、ウォルフさん。まずはここに来た理由をお話ししていただけませんか」
「お前にウォルフと呼ばれる筋合いはねぇ! ウォルフガングと呼べ!」
「失礼しました、ウォルフガングさん。僕はアイザック・ウェルロッドです。まずは座って話をしませんか? 何が問題なのかもわからないのでは、何も進みません」
「ふん」
不満を隠さない表情のまま、ウォルフガングはアイザックの正面に座る。
他のドワーフ達は武器を持ったまま壁際に立ち並ぶ。
壁に背中を預けて、不意打ちに備えているのだろう。
「俺達が来たのはエルフの事だ。てめぇらが俺達の客を取っちまったから、こっちは商売あがったりだ。客を返せ!」
(なるほど、やっぱりそういう事か)
――客を奪ってしまったから怒っているのではないか?
これはドワーフが来たと報告を受けた時に思いついた事だ。
理由としては予想の範囲内。
問題は武装している理由だ。
「ならばなぜ、そのような武装をされているのですか? 話し合いなら武器は必要ないでしょう?」
その疑問はランドルフが質問した。
彼も完全武装をしてきた理由を疑問に思っていたからだ。
騎士の身に着けている物よりも分厚い鎧。
鎧ごと叩き切るという使い方をしそうな戦斧。
巨大なハンマーと言った方がピッタリのメイス。
剣や槍だとフルプレートの騎士相手に致命傷を与えられない。
「鎧ごと力任せに叩き潰してやる」という強い殺意が装備から感じられた。
どう考えても話し合いには不要なものだ。
ウォルフガングは凶悪な笑みを浮かべる。
「お前達を一人でも多く殺してやるために決まっているだろう。どうせこのままだと、おまんまの食い上げだ。みじめに生きるくらいだったら、最後にその元凶を道連れにしてやろうって考えてんだよ」
他のドワーフ達も「そうだ、そうだ」と賛同の声をあげる。
これには人間側が顔を青ざめさせる。
完全武装のドワーフなど厄介な存在だ。
それが命を捨てて襲い掛かってくる。
悪夢のような出来事だった。
「でも、それって格好悪くないですか?」
「なんだと!」
アイザックに、二十人分の殺意が籠った視線が集まる。
「商売で下手を打ったからって、八つ当たりしているだけですよね? 僕達に客を返せっていう前に、客が戻ってくるように努力をしましたか?」
「当然だろう! 俺達は最高の品質の物を用意している。なのにエルフが戻ってこないのは、お前達人間が卑怯な真似をしたからに決まってるだろうが!」
アイザックは溜息を吐く。
それがウォルフガングをイラつかせる。
「マクスウェル子爵。この屋敷で使っている包丁や鍋を持ってきてもらってもいいですか?」
突然、話を振られたマクスウェル子爵が動揺する。
しかし、断る理由もない。
「おい、すぐに持ってこさせろ」
使用人に包丁や鍋を持ってくるように命じた。
次にアイザックはクロードに視線を向ける。
「ウォルフガングさんって、どういう立場の方なんですか?」
本人から聞いても良かったが、興奮状態のウォルフガングより、クロードから聞いた方がまともな話が聞けるだろうという判断だった。
「塩の山の南側にあるドワーフの街ザルツシュタットで、主にエルフ相手の商売をしているウォルフガング工房の親方だ。俺の知っている限りでは、買い取った毛皮などを加工して他の工房に売ったりしていた。薬なんかもウォルフガング工房に卸していたな」
「買取量が大幅に減るわ、販売量も減るわで大迷惑だ。お前らエルフには長年付き合った仁義ってもんがねぇのか」
ウォルフガングは不満タラタラだ。
やはり、長年の付き合いのあったエルフが人間と取引を始めた事に不満を持っているようだ。
だが、これはドワーフ側の主張。
アイザックの知る限り、エルフ側にもドワーフへの不満があった。
それを口にしようとしたところ、ブリジットが先んじて口を開いた。
「だって、ザルツシュタットって遠いじゃない。私も行った事があるけれど、二週間分の食料と、売る分の毛皮とか薬を持って十日以上歩くのよ。帰りは帰りで塩とか鉄製品を持って帰るの。それってかなり疲れるのよ。近くに店があったら、そっちに行って当然じゃない」
「なんだと! 俺達の商品よりも人間の方が良いっていうのか!」
「そうじゃないわよ。遠いって言ってるのよ」
「良い物を買うなら少しくらい時間をかけてもいいだろ」
ブリジットの話にもウォルフガングは納得しない。
意地でも認めようとしなかった。
「お待たせしました」
そこへ、使用人達が包丁などを持ってくる。
トレイに載せられた包丁だけでも十本前後、鍋は片手鍋だけではなく寸胴鍋まで持ってきていた。
(そういえば、一つずつでいいって言わなかったな)
「とりあえず、あるだけ持ってきました」というところだろう。
持ってこいと言われて、何をどれだけ持っていけばいいのかわからなかった使用人の苦悩が透けて見えるようだ。
「ウォルフガングさんにお見せしてください」
使用人がウォルフガングに近づく。
そして、見やすいようにトレイを差し出した。
ウォルフガングは包丁を一瞥すると鼻で笑う。
「手に取るまでもない。こんな見習いが作ったような物を見せてどうしたいんだ?」
熟練の職人だけあって、一目見て品質を見極めたようだ。
アイザックは、人間の作った物を見てもらったので話を進める。
「その包丁でも肉や野菜が切れます。鍋もスープを作ったり、なにかを煮たりするには十分です。高品質なドワーフ製を使わずとも、安くてほどほどの品質の人間製の物でね。もちろん、命に係わる武器、防具は誰もがドワーフ製の物を選ぶでしょうけど、調理器具なら人間の作った物で十分なんですよ。それに――」
「それに?」
「僕達はエルフの村に職人を派遣したりしています。直せば使える道具を修理させるためにです。確かにドワーフは二百年の間、エルフにとって唯一無二の取引相手だったのかもしれません。ですが『商品が欲しければ売ってやる。修理してほしければ持ってこい』という殿様商売では、人間が関わらずともいずれそっぽを向かれていたとは思いませんか? 僕達はエルフの方々に買ってもらえるよう、近場に交易所を作ったりしていますよ」
「確かにあそこは便利ね。少し歩けば必要な物を買いに行けるっていうのは楽になったわ」
「ぐぬぬぬ」
アイザックの言葉にブリジットが賛同する。
そして、今の状況をクロードがハラハラとした表情で見守っている。
確かに暮らしは便利になったが、やはりドワーフ達との長年の付き合いが無下にはできない。
「自分達との取引をおろそかにするな」と言われれば、不便だったとしてもどうしても気にしてしまう。
それに、人間との取引がいつまでも上手くいくとは限らない。
ブリジットの態度が原因で「もうエルフとは二度と取引しない」と言われれば、エルフ全体が困ってしまう。
クロードは、あまりウォルフガングを刺激するのはマズイと思い、なんとかならないかと必死に考え込んでいた。
「じゃあ、俺達の商品は売れないから、一生塩でも掘ってろっていうのか? 冗談じゃない! 物作りもできない人生なんて真っ平ごめんだ!」
ウォルフガングは戦斧を握りしめ、立ち上がる。
ランドルフやクロード達が青ざめる中、アイザックは一人冷静に対処した。
「やだなぁ、そんな事言ってないじゃないですか。ウォルフガングさん、僕達は何ですか?」
アイザックは自分、ランドルフ、マクスウェル子爵と順番に指を指していった。
「人間だろうが」
何をわかりきった事を言っている。
ウォルフガングはそう言いたそうな顔をしていた。
「そう、人間です。ウォルフガングさん、あなたは人間の領域に踏み込んで命を捨てる覚悟ができるほど度胸のある人です。ならば、なぜあと一歩を踏み込まないんですか?」
「お前の話し方は回りくどくてイライラする。なにが言いたい? ハッキリ言え!」
「人間と取引しませんか? たったそれだけで、諸々の問題が解決しますよ」
(俺の方の問題もな)
驚いたのはドワーフ達だけではない。
ランドルフ達人間も、クロードとブリジットも、この場にいた全てがアイザックの提案に驚いていた。
そんな中、アイザック一人だけが笑みを浮かべていた。