114 十歳 今までの結果
十歳式が終わると、次はウェルロッド侯爵家の屋敷で行われる身内のパーティーが行われた。
そのパーティーで、アイザックは”重い空気で進んだらどうしよう”と心配していたが、少し気まずい空気があるだけで無事に終わった。
昔、アイザックが遊んだ事のある女の子の中には怖がっている者もいた。
しかし、大人達がアイザックを受けいれたので、子供達にもアイザックを受け入れようという空気が流れていた影響が大きかった。
これは傘下の貴族達の――
「ジュードの後継者だから仕方ない。むしろ、大規模な粛清が起きなかっただけ良かったと思おう」
――という前向きな考えからだった。
最初に大人達が現状を受け入れた。
その雰囲気が子供に伝わり、ネイサンの親友だった者以外はアイザックを受け入れようという空気が流れ始めた。
もし、ここで騒動でも起きていれば面倒な事になっただろう。
とりあえず、屋敷で行われたパーティーが無難に終わった事で胸を撫で下ろしていた。
(さて、これからどうするかだな)
十歳式という大きなイベントが終わり、時間ができたのでアイザックは自室で今後の事を考えていた。
攻略キャラ達に出会った事で、一度考えをまとめる必要があると思ったからだ。
(ウォリック侯爵家は対応を間違えなければ味方にできそうだ。王子も出席する十歳式なのに、他の侯爵家よりもワンランク落とした服装をさせることしかできなかった。金さえあれば恩を売ることができるだろう。まぁ、その金が問題なんだけどな)
自分の手持ちでは話にならない。
それに、経済的に困っている相手に金を渡せば良いという問題ではない。
根本的なところを解決してやらなければ、またすぐに金に困る。
それを解決するのは簡単だ。
――ブランダー伯爵領が採掘場を稼働し始めたので、売れなくなってきたウォリック侯爵領の鉄などを継続的に買い取ってやる。
それだけでいい。
ウォリック侯爵領の平民も危機感を覚え始めているので、待遇の改善を求めてストライキなどは行わなくなっている。
商人達もこれ以上搾り取るのは危険だと感じて、商品の価格を元に戻した。
あとは平民達に安定した収入を得る機会を作る事によって、安定した生活を与えるだけでいい。
それにより、ウォリック侯爵家も安定した税収を得られ、統治もしやすくなる。
きっと、深く感謝してくれるはずだ。
問題があるとすれば、それだけの資金がないという事。
ウェルロッド侯爵家も裕福とはいえ、他の家を立て直せるほどの金銭的余裕はない。
さすがに自領で重税を掛けてまで助ける理由がない。
そんな事をすれば、王家打倒の仲間を増やす前に自分の足元がグラついてしまう。
自分の地盤を危うくさせるくらいなら、ウォリック侯爵家が無力化されているまま放置しておいた方がマシだ。
(さすがにお菓子屋じゃ話にならない。もっと前から稼げそうなものに手を出しておけば良かったかも……)
アイザックはそのように考えてしまう。
鉄鉱石の入札をした時のように、上手く商人達の競争心を煽り立てて搾り取るような真似でもしない限り、短期間で大金を稼ぐ事はできない。
「金が欲しい」と思っても、すぐに手に入るものではないのだ。
資金がない以上、ウォリック侯爵家の懐柔は後回しにするしかなかった。
(手を伸ばせば届きそうな位置にいるだけに歯がゆいなぁ……)
ウォリック侯爵家を味方にできれば、三つの侯爵家が力を合わせる事ができる。
そうなれば、日和見主義者も味方に付いてくれる可能性が出てくるはずだ。
しかし、共倒れになってしまっては意味がない。
今は保留にして様子を見る事しかできなかった。
(それよりもジェイソンだ。実際に見てみると印象が変わった。あいつを上回るカリスマ性を身に付ける……のは無理だな)
――何気ない仕草一つ一つに気品を感じられる。
そんな男になれる自信がなかった。
人を心服させるのに人間的な魅力ではなく、その他でカバーするしかない。
やはり飴と鞭の使い分けが重要になる。
だが、それが通じない者もいる。
誇りや信念を持つ者だ。
彼らへの対応策も考えておかねばならない。
(そもそも、俺の案で大丈夫なのか?)
アイザックが考えているのは、基本的にはネイサン達を倒したのと同じ方法だ。
領地持ちの貴族を味方に付けて、王家の周囲を丸裸にする。
だが、ここに来てその方法に不安を覚えた。
ジェイソンがニコルを選んで、パメラを処刑するような考え無しであれば良かった。
しかし、会ってみた感じではそんな愚かな選択をするような男には思えなかった。
ニコルの影響を受けたとしても、婚約者だったパメラを処刑するのはやり過ぎだ。
(それだけじゃない。何か違和感が……)
「あっ!」
アイザックは違和感の正体に気付いた。
――もっとも重要な人物、ニコルの事だ。
(そうだ、ニコルだ! ポールの反応を見た時に、なんで気付かなかったんだ!)
ニコルは原作では全部のステータスが最低だった。
だから、魅力を磨いたり、体を鍛え、勉強して学力を向上する。
各キャラを攻略するのに必要なステータスを上げていくのだ。
そこでアイザックが気になったのは、ポールの反応だった。
彼は可愛い子だとニコルの事を見惚れていた。
(チョコレートを持ち込んできた時は、可愛い子だとは誰も言わなかった。つまり、それ以降に魅力を高めた? それじゃあ、学院に行く頃には、どれだけ魅力的になっているんだ……)
王子であるジェイソンを攻略するには、高水準のステータスが求められる。
それもそのはず、もっとも落とす難易度が高いキャラだからだ。
では、王子を落とすほどの魅力を身に付けたらどうなってしまうのか。
ニコルがゲームのように魅力のステータスを磨き上げているのだと、アイザックは思い込んでしまった。
(まったく興味のない俺ですら心を動かされそうになるんだ。この世界の人間だと……、耐えられないだろうな)
そう考えると、今のニコルは恐ろしいくらい頼もしい。
商才の無い父が死に、チョコレートの収入で生活が安定している。
家族が亡くなった事は不幸だが、今の方が彼女には幸せかもしれない。
経済的な安定は非常に重要だ。
その事は、ウォリック侯爵家を見ればよくわかる。
今のニコルは生活の心配をする必要がなくなり、ドレスなどに金を使える程度の余裕を持っていた。
(経済的な……、安定……)
そこでアイザックは、何か大きな失敗をやらかしたような気がして仕方なかった。
そして、その答えはすぐに出た。
「あっ!」
驚きのあまり、声が出てしまう。
(チョコレートは魅力的だったけど、受け入れるべきじゃなかったんじゃないか?)
ニコルが自分を磨くのは良い事だ。
アイザックもそれを望んでいた。
原作のニコルは、どんどん男を落としていく肉食系女子。
自分を磨く事に問題はない。
問題は、ニコルが攻略キャラ達と話した様子が無い事だ。
一応可愛いと言われているニコルが彼らと接触していれば、少しは会場で反応があったはずだ。
だが、それがない。
つまり、現状に満足している可能性がある。
アイザックは原作のニコルが肉食系だったのは「家庭環境が恵まれていなかったからだ」という事に気付いた。
商才のない父親のせいで貧しく、彼女はその環境から抜け出そうとして必死だった。
だから、婚約者が居ようとも、良い男を自分のものにしようとしたのだろう。
なのに、今は経済的に安定しているせいでガツガツとしていない。
今後、どんな行動を取るのかが心配だ。
それに、十歳式で挨拶という形で他のキャラとも会わなかった事も気になる。
(最悪の場合、俺をメインで狙っている可能性もあるって事か!)
ニコルにとってアイザックは祖父の教え子であり、チョコレートを売りつけた相手でもある。
他のキャラと違って、すでに接触を持っている。
婚約者のいる同世代の男の子より、婚約者のいないアイザックの方が親密な仲になりやすいと考える可能性が高い。
だが、そんな事よりも――
婚約者が居るか居ないかに関わらず、気に入った男を自分の物にするハングリー精神。
――が欠如しているのではないかという事が心配だった。
生活が安定したせいで、ニコルのハングリー精神が失われていたらどうなるか。
そんな事は考えるまでもなかった。
(俺の計画が根本的なところから崩れる!?)
アイザックの下剋上計画は、全てニコルがジェイソン達を攻略する事を前提に考えていた。
だがもし、彼女が「今の生活でいい」もしくは「アイザックと仲良くなれたら、それでいい」と考えていたらどうなるか?
(最悪だ。ニコルは役に立たないどころか、足を引っ張る邪魔者にしかならない!)
ニコルが将来的に逆ハーレムエンドを目指しているのならいい。
その中に自分が含まれていてもだ。
問題はアイザック単体の攻略だけを考えている場合、傍をうろつかれていては行動を阻害されるかもしれない。
ニコルのイベントに巻き込まれたりしたら、反乱を企てるどころではない。
それどころか、パメラとジェイソンが何の障害もなく結婚という事も考えられる。
――国も奪えず、パメラも奪えない。
それはアイザックにとってのバッドエンドだった。
せっかく前世とは違う人生を選んだのに、結局は普通の人生を歩むしかなくなってしまう。
(いっそ原作に干渉する……か)
今までは「ニコルならきっとやってくれる」という根拠の無い信頼感があった。
だが、それも今はなくなってしまった。
アイザックは「自分の行動がすでに原作に影響を与えているかもしれない」という事にようやく気付いた。
ならば、さらに首を突っ込み、混沌とした状況を作り出すのも良いのではないかと思った。
(いやいや、それはアドリブの上手い奴がやる事だ。そんな事はできない。……でもなぁ)
ニコルが役に立たないかもしれないと考えると、アイザックは焦燥感に襲われる。
この状況に合わせて、臨機応変に柔軟な対応ができれば困る事などなかった。
しかし、アイザックはアドリブが利かない。
念入りに計画を立てて、実行するタイプの人間だ。
先の見えない状況で、上手く立ち回れる自信がなかった。
それでも、今の状況のまま放置する事も危険な感じがする。
何か行動をするべきだとは思っている。
だが、その一歩を踏み出す勇気を振り絞れなかった。
(原作にエルフなんて登場しなかった。アマンダも子供の頃に婚約を破棄なんてされていない。フレッドも元帥の孫という設定なのに、学院に入る前に爺さんが死んで侯爵家の息子でしかない。ニコルが逆ハーレムエンドを目指すとも限らない。それどころか、原作に登場しなかった俺がいる。むしろ、なんで今まで原作通りに行かないかもしれないという事に気付かなかったんだ)
アイザックは頭を抱える。
「自分かネイサンが隠しキャラかもしれない」とは思っていた。
問題は、その隠しキャラが登場する事でどうなるかという事を考えていなかった事だ。
恋愛ゲームには、固定ルートしかない攻略キャラもいる。
例えば「隠しキャラを攻略するには、逆ハーレムエンドを諦めないといけない」という設定がされているかもしれない。
そのルートに沿ってニコルが行動した場合、ジェイソン達を落とさない可能性が高い。
むしろ、自分が落とされる心配をしなくてはいけない。
(なら、今からでもニコルを突き放すか? ……ダメだ。なんで急にそういう態度を取り始めたんだろうって気になって接近されるかもしれない。今のままつかず離れずでいた方が無難か? あぁっ、クソッ。お前ニコルだろう? もっとジェイソン達にがっついていけよ)
考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。
アイザックは必死に考えるが、この答えをすぐには出せそうになかった。
レビューありがとうございました。
前作まで読んで下さっているようで、ありがたい限りです。
ご期待に答えられるかわかりませんが、これからも頑張っていきたいと思います。






