108 十歳 騒動後の評価
王国歴492年12月24日。
協定記念日の前夜祭が行われる日。
去年までは、子供のアイザックは一人寂しく過ごしていた。
大人達はパーティーを開くし、アイザックは「子供とはいえ女の子と一緒に同じ部屋で放っておくわけにはいかない」とリサやティファニーと過ごす事ができなかったからだ。
そのせいで、早めに寝るくらいしかやる事がなかった。
――家族と過ごしていた、前世のクリスマスイブより酷い。
というのが正直な感想だった。
正直なところ、アイザックはこの世界の年末年始が好きになれなかった。
だが、今年からは違う。
ポールやレイモンドといった男友達ができた。
周囲の大人達と同じように、子供は子供で楽しむ事ができる。
今日は他にもポールとレイモンド以外にも、アイザックと遊ぶために何人もの子供達が呼ばれていた。
「あー、負けたぁ」
レイモンドが悔しそうな顔をする。
今はリビングでトランプで遊んでいた。
彼は今負けてしまい、その罰ゲームがあるから悔しがっていた。
「それじゃあ、一つ食べてね」
「うわぁ……」
アイザックが差し出したのは、軽く茹でられたピーマンの細切りだ。
トランプなどで遊ぶ時のための罰ゲームのために用意されている。
これはアイザックの前世の経験を活かして「苦手な物を食べる」という罰ゲームにしたからだ。
最初はデコピンやしっぺといった罰ゲームを考えていたが――
「痛っ! お前、俺がやった時より強くやっただろ」
――といって、段々と力を籠めて叩き返し、どんどんエスカレートしていってしまう。
そういった経験が前世の子供の頃にあったので、罰ゲームは「痛み」を与えない物にしていた。
そのお陰か殺伐とした空気にならず、和気あいあいとした空気で罰ゲームを受けるようになっていた。
これはアイザックの地味な努力も効果があった。
アイザックが負けた時に――
「俺は侯爵家の跡取りだぞ。本当に罰ゲームをやらせるつもりか?」
――などという態度を取って、興ざめにならないよう気を付けていたからだ。
アイザックは早いうちにわざと負けて、自分から進んでピーマンの細切りを一つ食べて「一緒に楽しむ」という空気を作った。
お菓子も飲み物もある。
ちょっと嫌な思いはするが、お菓子を食べてピーマンの味をごまかせるようにしていた。
アイザックは、まだ彼らとは「仲の良い友達だ」と言えるほどの関係を築いているとは思っていない。
軽い罰ゲームではあるが、つらい事を一緒に体験する事を通して、彼らに親しみやすさをアピールしていた。
(まぁ、俺はピーマン嫌いじゃないけどな)
色々と配慮はしているのだ。
アイザックは「ちょっとくらいはズルをしてもいいだろう」と、本当に嫌いな食べ物を罰ゲームに使わなかった。
「あぁ、不味い。……早く大人になりたいよ。僕もパーティーに参加したいな」
ピーマンを食べたレイモンドが愚痴を口にする。
子供からすれば「大人だけ楽しい思いをしてずるい」という思いがある。
こんな風にトランプで遊んでいるだけより、もっと色々としたいと思っていた。
「大人のパーティーもあんまり変わらないみたいだよ。お酒を飲んだりダンスをしたりするくらいで、おしゃべりをしたりトランプをしたりは変わらないんだって」
前夜祭パーティーに大きな期待をしているレイモンドに、アイザックは夢を持ちすぎないように教えてやった。
協定記念日を祝う前夜祭といえば、華やかなパーティーのように思えるが、その実態は別物だ。
パーティーを始めた当初はダンスを楽しんだり、酒を楽しんで談笑したりする。
だが、この国の政治は密室政治。
みんなが集まるこの機会に、正式に話し合いにくい事を別室で話し合ったりする。
中にはトランプなどで賭け事をする者もいる。
密談し、賭け事をする。
そして、そんな男達を話の種にする女達。
一見、華麗に思えるだけで、実際はレイモンドが思っているような華やかなパーティーではない。
アイザックはかつて王宮でパーティーに参加した事があるが、あの時はエルフと新しく結んだ協定を祝うためのものだった。
そのため、純粋に祝うだけのパーティーであり、アイザックも実際のパーティーがどんなものか知らない。
祖父からどんなものか聞いた事があるだけだった。
だが、レイモンドにはそれでも十分だったようだ
「なんだぁ、大人もたいした事してないんだ。ガッカリ」
「子供の方が色々あって楽しいと思うよ。大人になったら、仕事の毎日できっと面白くないよ」
これはアイザックの前世の経験による言葉だ。
大人になれば毎日「仕事、仕事」で、遊ぶ暇もなくなってしまう。
この世界の平民は子供でも家の手伝いをするが、貴族の子供は気楽なものだ。
子供時代を過ごしている方がずっと楽しい。
そんな事をアイザックが考えていると、使用人がリビングにやってきた。
「皆さん、パーティーが終わりましたので、帰る支度をよろしくお願いいたします」
去年までなら、子供達はそのまま屋敷に泊まっていた。
しかし、今年は違う。
年が明ければ十歳式という、子供にとって一つの節目となるイベントが待っている。
十歳式は「我が子はここまで立派に成長しました。これから貴族の一員です」と周知させるイベントだ。
十歳式に出席する子供がいる家庭は、式の前に風邪をひいたりしないよう、よく注意をして一緒に式までの時間を過ごす。
なので、今年は友達たちが泊まる事なく、自宅へ帰っていく事になっていた。
「そうか、残念だけど今日はここまでだね」
「今日は負けが多かったから、次は勝つよ」
ポールが次回の決意表明をする。
ボロ負けをするのではなく、地味に負ける事が多かったので悔しかったのだろう。
「いいよ、受けて立つ。けど、次はいつになるかな。十歳式の後になるかもしれないね」
「そうだね。次に会うのは十歳式になるかも」
アイザック達は雑談をしながら、見送りのために玄関ホールへ向かった。
すでに帰っている者もいるはずなのに、そこは大勢の人でごった返していた。
アイザックに気付いた近くの男が話しかけてくる。
「アイザック様。覚えてらっしゃるでしょうか? 私は――」
(誰だっけ?)
話しかけてきた男はネイサン派の貴族で、以前脅した時に見た覚えがある。
しかし、そこまで重要ではない下っ端の貴族であり、名前を名乗られてもアイザックはすぐに思い出せなかった。
そんな彼が話しかけてきた。
アイザックがとりあえず作った笑顔で右手を差し出すと、両手でアイザックの手を握り返す。
「帰る前に、アイザック様に一言ご挨拶をと思っておりました。お会いできて光栄です」
「いえ、こちらこそお会いできて嬉しいです」
アイザックが社交辞令を述べると、彼も笑顔を浮かべた。
その様子を見て、他の者達もアイザックに挨拶を述べようと群がり始める。
「アイザック様――」
「アイザック様――――」
「アイザック様――――――」
(なんだよ、これ。アイドルの握手会でもあるまいし)
少し面倒だと思っていたが、アイザックは貴族達一人一人にキチンと応対した。
こうなる理由は大体わかっているからだ。
ほとんどの貴族がネイサン派だった。
マーガレットが裏で動いた事が原因だったが、アイザックがその事を知っているという事を、彼らは知らない。
後継者となるアイザックの印象を少しでも良くしようと、彼らも必死だったのだ。
それならば、普段からアイザックのご機嫌伺いをしておけと思うところ。
だが、アイザックがネイサン派の貴族を脅した事が原因で、ご機嫌伺いをする事を避けられていた。
先代当主のジュードが、日頃からご機嫌取りを行う者を嫌っていたからだ。
「おべっかを使う代わりに、仕事で結果を出せ」という人物だったので、ジュードの後継者だと見られているアイザックも同じだと思われていた。
なので、こういうパーティーなどで会った時に挨拶をするのは貴重なチャンスだと思われている。
彼らがパーティーが終わって、すぐに帰らなかったのはそのためだ。
「アイザック様、ポールの父ジェフリー・デービスです。息子がいつもお世話になっております。今後ともよろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそ良くしてもらっています。今後とも仲良くしていきたいと思っていますので、こちらの方がお願いしたいくらいです」
「そうおっしゃっていただけるだけでも、ありがたい限りです」
ジェフリーは「息子がアイザックの友達候補に選ばれた」と聞いて、気が気ではなかった。
ネイサンの友達としても良い扱いをされていなかったし、彼自身、アイザックに脅迫されていたからだ。
どうなる事かと思っていたところ、意外と良い扱いをしてもらっているとポールから聞いて、アイザックをどう評価すればいいかわからなくなってしまっていた。
こうして挨拶をした限りでは「侯爵家の子供にしては腰が低い」と思ってしまうくらいだった。
――かつて自分を脅したアイザックと、目の前にいるアイザック。
どちらが本物のアイザックなのかわからなくなって頭がおかしくなりそうだった。
混乱した彼の中でアイザックが「表面を取り繕って、人を油断させる事のできるジュード」にまで評価が高まってしまっていた。
「それじゃあ、またね。多分十歳式くらいになると思うけど」
「バイバイ」
ジェフリーの挨拶も終わり、ポールが親に連れられて帰っていく。
この後、挨拶したレイモンドの父も似たようなものだった。
丁寧な物腰をして話すアイザックの事を「腹の内を目的達成まで隠し通す事のできる、凶暴性を秘めた化け物」と思ってしまった。
今のアイザックは、見た目は物腰の柔らかい大人しそうな子供だ。
ランドルフやルシアの子供と聞けば、誰もが納得するだろう。
だが、傘下の貴族達はアイザックの違う一面を知っている。
表向きは「何も知りませんよ」という顔をして、裏ではネイサン派の切り崩しを行っていた。
それだけに、丁寧な対応をされればされるほど、得体の知れない恐怖感が増していった。
それは「誰に何を言われようと、アイザックに逆らう事はしない」という感情へと変わっていく。
アイザック本人は「これからは傘下の貴族をまとめる必要があるので、仲良くやっていこう」と思って、丁寧な対応をしているだけだった。
まさか穏便な対応が、逆に彼らに恐怖を与えてしまっているとは思いもしなかった。
日頃の行いが大切だという事がよくわかる。
遊んでいた友達が親と一緒に帰り、他の貴族との挨拶も終わり一息ついた頃。
モーガンがアイザックに声をかけた。
「大変だったな」
「そう思うなら、助けてくださいよ」
アイザックは祖父に愚痴る。
モーガンは首を横に振った。
「今年はケンドラが生まれたので、私達も祝いの言葉だけでもかなりもらった。それに、あれはアイザックの事を認めて挨拶していただけだ。止める理由はなかった。あと十年もすれば、あれが普通になる。慣れろ」
「まぁ、そういう事でしたら……」
アイザックも嫌がらせで放置していたとは思っていない。
顔繋ぎをしておく大切さもわかっているつもりだ。
ただ、ちょっと愚痴りたかっただけだ。
「疲れただろうから、今日はもう寝なさい」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
祖父とおやすみの挨拶をした後、祖母や両親にも声を掛けてから寝室へ向かった。
最近はベッドに入ると、寝る前に考え事をする癖がついてしまっていた。
家族との会話や友達との交流で、昼間は以前よりも忙しくなっているからだ。
以前と違い、一人でゆっくりと考え事ができる時間が限られてしまっている。
(このままの生活でいいんだろうか……)
侯爵家の後継ぎとしてなら何も問題はない。
だが、アイザックには望むものがある。
それを手に入れるには、普通の生活をしていては手が届かない。
(身近なところに目標があったから、やりやすかったんだな)
――メリンダを倒し、ネイサンに打ち勝つ。
後継者争いという、自分が関わるものだからこそ、どうすればいいか考えて行動できた。
しかし、国やパメラは、本来自分が手にする権利のないもの。
後継者の地位とは違い、どうすれば手に入れるのか策を練る事がなかなかできなかった。
(パメラを助ける事はきっとできる。でも、それは王家と戦うのと同じ事。上手くやらないと全部失ってしまう)
ニコルがパメラという存在を見逃すはずが無い。
アイザックの考えられる範囲では、パメラを助けると、どうしても王家との内戦状態になってしまう。
戦争が長引けば、地力で劣るアイザックの方が不利だ。
他の大貴族を切り崩す方法を考えなければならない。
だが、今はまだ何も良い考えが思い浮かばない。
気持ちは焦るばかりだった。
(とりあえず、十歳式だ。十歳式で周辺の様子を見よう。特にジェイソン付近の事をだ)
――何か足掛かりになるところが欲しい。
そう思ったアイザックは、他の子供達とは違う意味で十歳式を楽しみにしていた。






