進むべき道
神谷亮太はいやに既視感の強い夢を見ていた。
少年は物心がついた時から何でもできた。幼稚園の時から高校一年の数学を理解でき誰にも教わっていなくても人並み以上のことができた。彼の才能が初めて出たのは二才の時、階段から落ちたときに咄嗟に柔道の受け身をとったことから始まる。それを見た両親は大変驚いたが偶然だと思っていた。しかし、偶然ではなかった。風船が木に引っかかると教えてもいないのにも関わらず木に登り風船をとったり、プールに連れていった時は泳ぐのは初めてなのにクロールで25m泳いでみせた。両親は五才になった彼を捨てた。理由は彼への多大な恐怖から。両親は百万円と家を与え出ていった。最初彼はひどく悲しんだ。両親はとても優しかったからだ。家と百万円を置いていることからそれは頷ける。彼は考えた。自分の何が悪かったのか、これからどうすれば良いのかを。答えはすぐに出た。自分のなんでも出来るこの体質が悪い、周りに合わせ自分のことは他人に教えないようにしようと。
それからの彼は家に引きこもりがちになった。小学校に上がった時もあえて問題を間違えたり運動神経が悪いように振る舞い、下校は誰よりも早かった。
しかし、あることがきっかけで彼の生活ががらりと変わる。それは十歳の時、いじめを受けていたある少女が屋上から飛び降りて自殺しようとしているところに偶然出くわした。彼は自分の力を隠すのも忘れ着地点にすぐに駆けつけるとジャストタイミングで少女を抱き抱えた。その少女は初め何が起きたかわからなかったが彼の、
「大丈夫!?死んじゃダメだ!」
その一言で泣きじゃくりいじめられていたことを告白した。この件でいじめをしていた人は少年院に送られた。この事件、いい結末に終わったように見えるが実は違う。この事件をきっかけに彼へのいじめが始まる。
彼は彼女の虐めから守るために力をセーブするのをやめた。テストでは常に百点、体育では何でも一番、先生への提案も効率的且つ合理的で小学生と思えない秀才さを見せる。急変した彼を不快に思った数人が彼に暴力を振るおうと襲いかかった。しかし、あっさり返り討ちに合う。完璧と言っても過言でない彼をいつしかみんな化け物と呼ぶようになった。それからは学校に行くたび化け物扱いして暴力を振るわれるようになった。彼が助けた彼女は彼の側を離れずに友達として接してくれていた。彼は辛いと感じながらも助けた彼女がまたいじめられるくらいならと歯を食いしばって生きていた。
彼へのいじめから一年、ついに最悪の事態が起きる。ある日の放課後、彼女から呼び出しを受けた彼は教室に向かう。教室のドアを開けた彼は驚愕の姿を目にする。彼が助けた彼女が裸にされ縄で縛られていたのだ。全身に打撲痕があり暴力を振るわれていたのは目にも明らかだ。教室には鉄バットを持った人が複数人いる。彼は叫んだ。何をしているんだ、と。返ってきた返答は
「こいつがこれ以上されないためには…わかってるよな」
彼は舌打ちしながらもすぐに了承し彼女を助ける。気を失っている彼女を先生に伝えたいが、それが出来ないまま体育館倉庫にぶち込まれ鉄バットでの暴力を受ける。頭、胴体、足に血や痣を作りながらも耐える。彼を嘲笑う人の声が倉庫内に響き、嗚咽を洩らしながら全身の痛みに耐える彼だったが心は完璧に砕け、憎しみと怒りに染まっていく。ある人がトドメとばかりに彼の頭をめがけバットを振り上げる。彼の瞳に絶望が映る。それと同時に彼は悟った、間違っていたと。自分が傷つかないために弱者や善良でいるのはまるで無意味なのだ。傷つかないためには自分は唯一無二の強者でいなければならかった。敗北からは何も生まれない、ここでゴミのような奴らにやられたら自分はゴミ以下の存在になってしまう。彼は迫る靴底を腫れた目で睨みながら心の中で
(殺す、生きて返さない、楽には殺さない、恐怖を恐怖を恐怖を。俺はお前らに負けて………)
呪い終わらないまま頭を強打され、彼は気絶した。男等は達成感に歪んだ笑顔を浮かべていたが、踏みつけられたことが引き金となり彼は暴れ始めた。手足を拘束していた縄を引きちぎり立ち上がると目の前にいる人に襲いかかる。鉄バットをベコベコに潰し人をおもちゃを壊すようにいたぶり、駆けつけた先生、警察、生徒を皆殺しにした。勿論いじめた人も殺したが人としての原型がなくなっていた。関節があらぬ方向に曲がり顔が抉れ小さな血溜まりを作っていた。彼は暴れ続け、学校周辺は彼と彼女を残し、人だったものが溢れかえった…。
神谷亮太はゆっくり目を開けた。目に映るのはすっかり見慣れた天井だ。亮太は起き上がろうとするがそれが出来ない。その原因がすぐにわかった。布団をめくる。するとそこにはいつもみたいに自分を抱き枕にするアリスが気持ち良さそうに寝ていた。おそらく自分が寝覚めるまでずっと傍にいてくれていたのだろう。いつもよりも強く抱いていて絶対離さないという意志が伝わる。亮太が揺すって起こすとアリスは甘い声を出す。
「あぁ〜ミルハ。おはよう〜。やっと起きた」
「どれくらい寝てた?」
「ずっと」
「ずっとですか」
「うんずっと。あ、ミルハ、涙苦しい?」
「え?」
亮太は目尻をこする。確かにアリスに言われた通り自分は涙を流しながら寝ていたようだ。自分でも理由がわからず慌てて涙を拭う。
「大丈夫だって。ほら、今は俺、元気だろ」
「ミルハ、確かに寝てる間は元気。ミルハから抱きついてきて、離れようとしなかった。実は、甘えん坊?」
顔を真っ赤にして動揺する亮太はこの場から逃げようとする。涙を流していたことも驚きだがまさか自分が、誰かに甘えるようなことをするとは思えない。しかし、自分と一緒に寝るアリスが言うのだから事実なのだろう。そう考えると猛烈に恥ずかしくてこの場から逃げ出したかった。しかし、アリスは離そうとしない。アリスは足を絡めさらに拘束すると顔を亮太に近づける。耳から湯気が出そうなほど赤くなる亮太。
「ミルハの顔、真っ赤っか。可愛い」
「お、男に可愛いて言うな」
「でも戦ってるミルハ、かっこいい」
「〜〜〜〜///」
声にならないほど照れてしまう。思考回路はオーバーヒートして考えはまるでまとまらない。アリスはそんな亮太を興味津々に見ている。他力本願になり誰か来てくれと心の中で叫ぶ亮太に答えるように第三者の声が室内に聞こえてきた。
「イチャイチャしているのところ申し訳ありませんがあなた達に用があります」
「うわっ!!?」
「あ、お姉様」
急な来訪に亮太らしくなくひどく驚き、あたふたと言い訳を考えるも全くいい案が思い浮かばない。マーリンは落ち着くよう諭し、アリスに離れるよう言うとアリスはすぐに離れる。亮太は深い深呼吸をすると本題に入る。
「ふぅ、マーリンさん、俺らに用ってなに?」
「二人にお伝えしたいことがありますで準備ができたら私の部屋に来てください」
マーリンはそれだけを言い残しその場をあとにする。
マーリンが去った後アリスが亮太の目の前で裸になって一悶着起こしたり黒コートが見つからず部屋中探したりとバタバタしたが亮太は戦闘服に着替える。通気性抜群なうえ体の熱を逃がさない万能なアンダーシャツ、その上に黒い炎が描かれた赤いTシャツを着て胸についているポーチにクナイを仕込んだベスト、裏にこれまたクナイを仕込んでいるリストバンドを両手につけ腰にはハンドガンを二丁、背中にライフルを背負っている。一方のアリスは金色に輝く髪にとても合う赤いカチューシャ、バラ色のワンピース、黒のニーソを着て亮太の視線を釘付けにする。アリスの姿は妖精のような神秘性があり可愛さと美しさを両方兼ね備えたといった様子だ。声もでずに亮太が自分に見蕩れてるとわかるとアリスは頬をピンクに染め少し照れる。その姿に亮太は思わず
(やべぇ、可愛い!!!)
と叫びそうになるもなんとか我慢しアリスを連れてマーリンのもとに向かう。
マーリンの部屋に来た2人はそれぞれ紙を渡された。
ミルハ
ステータス:P456 D1009 Q840 S10 M400
能力:ー
アビリティ:(常)格闘EX、斬撃技能EX、打撃技能EX、射撃技能EX、狙撃EX(+隠密)、投擲EX、柔術A、武術の極地、神の器A
(発)鬼気、先読みO、読心D、掌握、血眼、魔力感知、生命感知、敵意感知
魔力性質:適正属性"闇" 弱点属性"聖" 魔力特性"万能"
アリス
ステータス:P1 D9999 Q1 S36000 M99999
能力:女神の宝
アビリティ:状態異常無効、魔法耐性極大、女神の加護EX、精霊の加護EX、天使の加護EX、聖属性使用可、特殊転移、絶対防御、碧眼
魔力性質:適正属性"破魔" 弱点属性"無" 魔力特性"障壁"
亮太とマーリンはアリスのライセンスを見ながら無言だ。だが、説明しろという意思がアリスに向いていた。アリスは静かに語り始める。
「ミルハ、姉さん。私、姉さんの妹じゃない。魔女でも人間でも神様でもない」
妹ではない事実を予想できていたので2人とも驚きはしない。しかし、変な違和感をアリスの言葉を感じた。
"私は魔女でも人間でも神様でもない"
この発言にどんな意図があるかは不明だ。だが亮太はそれよりもステータスについてアリスに言ってほしいのだ。亮太は値がおかしい程度で本当の違和感に気づいていない。マーリンはこうきりだした。
「人間のステータス値の最大が999。モンスターは9999、神は99999です。アリス。これはどういうことですか」
ここで亮太はアリスが言った意図を理解した。神でもないのにスタミナ36000魔力99999という異常さについて言っていたのだと。
「まだ言えない。けど、いずれ真実に辿り着く」
「それは俺に関係していることだな。俺も防御の値がおかしいしな」
アリスは頷くだけで何も答えない。マーリンとアリスは互いの瞳を見る。アリスの瞳には隠し事はあれど嘘偽りはなくマーリンへの愛が感じられる。マーリンはアリスから目を離し空中に文字を浮かび上がらせる。亮太はその内容を目で追う。
闇に導かれた呪われし子。神殺しの禁忌を背負いこの世界に安寧と破壊を。導き塵芥はいずれ呪われし子を最強にす。最強はさらなる最強を求める運命なり
亮太には意味が全くわからなかった。闇に導かれた、呪われた子、塵芥。関係性皆無の単語にいくら思考を凝らしても答えは出ない。
「アリス。あなたはこれが何かわかりますね」
亮太はアリスを見ると彼女は大きく頷いて語り始めた。
「呪われた子はミルハ、塵芥は私を含めた12人、安寧は世界の保護、破壊は神の抹殺。ミルハを連れてきた女、敵」
「なるほど。さっぱりわからんがあの女を倒せばいいのか。それじゃあやることは決まったな」
マーリンとアリスは頷く。マーリンは黒コートを亮太に渡す。背中にはアトラスの紋章が刻まれていた。
「コートに紋章を組み込んだので"アトラスの紋章 解"と唱えればその宝具は発動します。それと出立の準備はもう済ませています。真実はわかりませんがミルハにアリス。自らの使命を全うしてくださいね」
2人は頷くと一言
「行ってくる」
「行ってきます姉さん」
そう言い残し部屋を出て行った。
「ふふ、私は妹ではないと自ら言っていたのに」
アリスの言葉に喜びを感じつつ2人の命運を静かに祈るのだった。
暗き暗き昏らき底。生命を拒絶するような黒一色に包まれた空間は冷たく重い。あちこちから亡者の叫びが聞こえる。そんな空間に燭台に青白い炎が点火され真っ黒なテーブルだけが存在している。そのテーブルには八人の影が見え一人は亮太を異世界に連れ込んだあの少女がいる。彼女が放つ光りはこの空間にふさわしくない白い光だ。一つの影が吐き捨てるように告げる、眩しい、と。笑顔を返すだけで少女は何もしない。一つの影がそんなのどうでもいいと切り出すと重く低く言い放つ。
「計画は進んでいるのか」
「もちろんです。彼は妖の森で予言を聞いたでしょう。これからは本格的に私を殺しにくるでしょう」
笑顔で答える少女に態度の悪い姿勢をする影はフンと鼻を鳴らすと質問を重ねる。
「ヤツは真に能力を会得したのか」
「それがわからないんです。妖の森は魔女の絶対領域。魔女以外の存在はあの中を通ることは出来ませんのであそこで何かあっても知る手段がありません」
「チッ、使えねぇ」
「まあまあ、あんたでも妖の森は入れないからしょうがないでしょ。それで確かめる方法は?」
「私とキリエ向かいます」
「それなら問題なかろう。引き続き頑張ってくれたまえ。憎き塵芥どもを滅ぼすために」
はいっと笑顔で返す少女は闇に消えた。七つの影は低く笑い合うとテーブルに置いてあるグラスを掲げ
「我らの勝利へ」
と乾杯する。七つの影は全て飲み干すと態度の悪い影と語り口が年配の影を残し闇に溶ける。二つの影はワインをグラスに注ぎ直し静かに一口飲む。味を静かに嗜む影に態度の悪い影は少女について言及する。
「計画が成功すると思うか?」
グラスをテーブルに置き小さく笑うと、逆に呆れた感じで聞き返す。
「成功すると思っとるのか?」
だよなっと態度の悪い男は笑うとワインを飲み干す。
「失敗したシナリオはどうすんのか聞いていいか」
「あやつは神谷亮太を覚醒させるための駒に過ぎん。あやつが失敗した時の排除はお前に任せる。我らの計画に必要な条件は神谷亮太が元の世界に帰ることだからな」
あっそとつまらなそうに言うとグラスを残し闇に消える。一人になった影がテーブルにチェス盤を出現させ、一人ワインを嗜みながらチェスをする。乾いた笑みを浮かべながら。