神谷亮太の闇
魔女の屋敷の一部屋に重い溜息が充満する。溜息をつくこの男、約何年ぶりかの敗北を味わい、魔女のトップのマーリンの妹に同部屋の命令権というダブルパンチを喰らった。ことの経緯は至って単純。鬼ごっこをしている最中に油断して風呂に入っていたら、裸のアリスに何の抵抗もできず捕まってしまったということだ。地球最強のゲーマーの記録に残る敗北がまさかの風呂場でのお約束展開なんて、彼自身想像していなかっただろう。何より悔しいのはゲームに参加していないやつにあっさり捕まったことだ。
「いやー、あの負け方はないわ…」
今もソファーに座って紅茶を飲みながら明らかにショックを受けている。すると生命感知に反応がありドアを向くとガチャと音を立てて亮太を捕まえた張本人アリスが入ってくる。金色の髪、サファイアのような澄んだ青い瞳、ピンクのパジャマを着ており両手で枕を抱えている姿は非常に可愛い。アリスからは見えていないがその可愛い姿に亮太の頬が赤くなる。
「ミルハ、眠い」
「え、あ…じゃあベットで寝れば。俺はソファーで寝るから」
アリスの発言を軽い応答で返す。
「ダメ。アリスはミルハと一緒に寝る」
亮太は思わず紅茶を吐き出しそうになる。本当にアリスは恥じらいがない。本人は自覚していないようで亮太の反応に首を傾げている。
「いやいやいや、男と女が一つのベットでとかダメだろ!」
「ダメじゃない。アリスはミルハと一緒に寝たいの」
「ダメ!マジ恥ずいから」
必死に拒否する亮太。アリスは拒否し続ける亮太に後ろから抱きつく。
「一緒に寝るって言うまでこうしてる」
「ちょちょちょ、なんで!?そうする意味がわからない」
驚く亮太を無視してウトウトして今にも寝てしまいそうなアリス。
「この状況で寝られると困るんだけど!?」
「寝ちゃったらベットまで運んで。運んでくれないと姉様に泣きつくだけ」
「わ、わかった!一緒に寝るから離れてくれ!」
姉様というワードで怖気づいて即座に了承してしまう。アリスは亮太から離れるとスキップでベットに戻る。亮太はまだ眠くないのだが渋々ベットに向かう。ベットに来たはいいがとても恥ずかしくて自分からベットに入る気が出ない。躊躇している亮太を他所にとても嬉しそうなアリス。待てなくなって亮太の手を引いて無理やりベットに引き込む。そして亮太を抱き枕にするとそのまま寝てしまった。アリスからはとてもいい臭いが亮太の鼻をくすぐり寝息が亮太の肩にかかる。女子はおろか他人と一緒に寝たことのない亮太はただただ緊張して全く寝られなかった。
それからは寝る時にアリスの抱き枕にされる日々を送りながら魔法を学んでいった。魔術と魔法の違い、魔法適正、属性魔法の優劣、攻撃、回復、補助魔法の特徴などを学ぶと同時に感知系アビリティの強化も行った。実戦訓練では様々な魔法を受けることで新たなアビリティである"看破"を習得した。このアビリティは相手の技の情報を言い当てることで数分の間の使用を封印するというものだ。亮太の看破は"掌握"アビリティの影響で技の詳細を全て言い当てると相手の技の効果を一切受けなくなる。まあ、そこまで効果を出すのに必要な情報の量が異常過ぎて実戦じゃ使い物にならない。実戦では技名、使用効果、効果範囲、使用者で初めて技の封印が成功する。通常の看破は三分封印できるが亮太の看破は十分間可能だ。さらに亮太は固有アビリティの敵意感知を習得した。効果は名前の通りなのだが感知範囲が自分の最大の攻撃距離、つまりライフルの射程と同じなのでおよそ500mが亮太の敵意感知範囲だ。このアビリティのさらにいい点は相手に感知が気づかれにくいことだ。500m範囲内の攻撃なら即対処可能で感知がバレずらい、まさに最高の感知アビリティだ。このアビリティのおかげで亮太は模擬戦で段々と上手い立ち回りを覚えていき、ノーダメで魔女との一騎打ちに勝てるようになった。
修行が始まって三ヶ月経ったある日、亮太はマーリンの部屋に来ていた。目的はアリスのことだ。亮太はアリスと日々過ごすうちにある違和感を感じていた。
「マーリン、アリスのことなんだが…」
「みなまで言わずともわかります。私と全く似ていないことを違和感に感じていたのでしょう」
「ああ。マーリンとアリスは似ていないという次元をこえて共通する部分がない」
本来兄弟では魔力の質や適正属性など似る部分があるのだがこの2人は全くない。どれだけ違うかというと
マーリン:適正属性"光"、弱点属性"破魔"、魔力特性"万能"
アリス:適正属性"破魔"、弱点属性"無"、魔力特性"障壁"
適正属性は使用者に1番適した属性、弱点属性はそのままだが対象によって弱点属性と適正属性が違う。例えば適正が炎で氷が弱点の人がいれば適正が炎で弱点が風の人がいるということだ。魔力特性は"魔弾"障壁"万能"付与"支援"特殊"魔剣"の7つがある。これは順に遠中アタッカー、ディフィンダー、バランス、エンハンサー、ヒーラー、ジャマー、近アタッカーと考えた方がわかりやすいだろう。
普通兄弟は3項目のうち必ず2つは同じであるはずなのだがどれも合わない。それに、アリスは今まで1度も魔法を使ったことがない。これは魔女では到底ありえない事だ。このことを亮太はマーリンに進言する。
「この結果とあんたらの関係は明らかに矛盾している。どういうことだ?」
「…よくここまで調べましたね。正直、私はアリスの系統を知りませんでしたし調べる方法がなかったんですがどうやって」
「魔力感知と掌握の複合技さ。魔力感知で感じとったものを掌握で詳細化させた」
なるほど、とマーリンは亮太の情報を見て熟考している。おそらく、マーリンも薄々感じとっていたのだろう。しかし、それを探る方法はなく誕生した時から一緒にいた事実が真実を秘匿させているのだろう。マーリンは答えが出ないままありのままを話す。
「この情報を開示されても私にはやはりアリスは可愛い妹としか」
「そうか」
亮太は疑問に感じたことを野放しにするのは好まないが今回の疑問は必ず真実がわかる時が来るとそんな気がしていたので深く追及しなかった。マーリンもそれを察したらしくこれ以上考えることをやめた。話にひと段落つけ亮太は新たに進言する。
「マーリン。俺はそろそろここを出る。外の様子が気のなるしもう1つ気になることがあるしな」
「そうですか。まあ、もう教えることはなかったのでちょうど良いですね。いつ行くのです?」
「3日後だな。それじゃあこれで」
「ええ、ゆっくり休んで下さい」
亮太は一礼して部屋を去る。
妖の森のある場所でアリスはただずんでいた。目の前には真っ赤に染まった花が咲き誇る大樹があり、大樹を中心に半径50mはまるで死んでしまったように土が野放しにされていた。また、大樹一帯は草木も木々も風が吹いているのに一切揺れず時が止まったようだ。
「ミルハはどうだった?」
「彼、キャンサーとして育ってる」
大樹から声が聞こえアリスはそれに応える。ザワザワと嬉しそうに赤い大樹の枝が揺れる。
「アリス、引き続き頼んだぞ。彼は我らの希望なのだから」
それだけ言い残し再び時が止まったように静寂が空間を包んだ。
亮太は白碧と森の中で涼んでいた。久方ぶりの休日に修行を忘れ地面に背を預け、木々のせせらぎや白碧の静かで落ち着いた鳴き声に癒されていた。あまりの寝心地に亮太は知らないうちに寝てしまっていた。
「ん?あぁ〜寝ちゃってたか」
目が覚めゆっくり起き上がると白碧がある物に威嚇しているのに気づいた。その方向を見ると社がそこにはあった。それはどこの神社にもありそうな普通の社だが無いはずのものがある時点でかなり怪しい。
「なんなんだ?」
好奇心を押し殺し周囲を見あたす。いつの間にか白碧がいなくなり黒いもやで辺りが見えなくなっていた。再度亮太は社を見る。すると突然胸が焼けるような感覚に膝をつく。上手く呼吸ができない、胸から込み上げるものに亮太は徐々に囚われていく。それは憎悪。この社から響いてくる憎しみや憤怒の塊。亮太の脳内に誰かの記憶が流れ込んでいく。
何をしても他の人の数倍上手くできる。ただそれだけのことで他者から疎まれ化け物と蔑まされる。決して自分を誇示せず誰かのためにと思ってやったことなのに何で悪者扱いされるのだろう。体育館の倉庫で毎日滅多打ちにされ、教師は全て自分に罪をなすりつけ、周りの人は誰一人助けてくれない。誰にも助けを乞うこともできず誰にも相談できず一人苦しみ続けた。何で何で何で何で…。何で俺だけ…。俺の何が悪いんだ。答えは決まってる、自分が悪いのではなく自分を蔑む他者が悪い。なら俺は強くなくてはならない。他者が俺を踏み躙ったように、他者を踏み躙り俺は勝ちを得よう。俺を否定する全ての存在を蹂躙し俺の存在を知らしめてやる。俺に負けは許されない。ーーーは敗者に二度とならない、絶対の強者になろう。善悪など知らない、俺は俺のために他者を滅ぼす。そのためなら人間を捨て修羅でも悪魔にでもなってやる。亮太の目から光が消え憎悪に飲み込まれていく。亮太は完全に囚われ、一声吠えると魔女の里へ歩き始めた。邪悪な気を体に纏い、鋭い紅い眼光を左眼に宿らせ。
嫌な寒気がマーリンの背中に走る。咄嗟に水晶を机に置き魔力を注ぐ。水晶に黒いもやが現れその後、黒コートの男が叫んでいる姿が出た。左眼が赤く染まり黒い気が彼から溢れ出ていた。マーリンは咄嗟に予言書を取り出す。
碧眼に導かれし赤き眼を持つ者が黒に染まりし時女神の息吹が新たな道を指し示す
マーリンは確信した、今が予言の時だと。マーリンは魔女に指令を下し自分自身も戦闘準備に入る。その姿をドア越しに見ていたアリスは音をたてずに裸足で駆けていった。
邪気を纏った亮太が里の中心で足を止めた。周囲には誰もおらず静寂だ。亮太はまた歩き出す。すると多種多様の攻撃魔法があらゆる方向から亮太を襲う。亮太はブツブツ呟くと亮太を中心に陣が形成され、さらに髪が紅く染まる。亮太は大きく息を吸うと一言、
「羅!!!」
その声で攻撃魔法が消滅する。しかし、それがわかっていたようにすぐ第二陣を繰り出すも声でかき消されてしまう。声が止むと同時にマーリンが転移魔法で目の前に躍り出るとゼロ距離で火属性魔法を放つ。吹き飛ばされるも髪が少し燃えたぐらいでダメージが入っていない。マーリンはさらに亮太の足元に魔法陣を展開させる。鎖が魔法陣が飛び出し亮太を拘束する。ギシギシと音をたてて絞まる鎖から抜け出そうと奮闘している隙にマーリンは魔法を放つ。
「雷鳴雨」
亮太の頭上から幾重の雷が降り注ぐ。地を焼き稲光を光らせ亮太を呑む。呻き声が微かに聞こえるが本人はそこまでダメージを負っていない。
「これでもダメですか。なら」
マーリンは杖を掲げる。巨大な魔法陣を展開され魔法陣は光を放つ。そして中心から炎の球体が出現しどんどん膨張していく。それは魔法陣を焼き膨張して止まる。あまりの熱気に周囲の家屋が塵になる。
「龍焔」
球体から蜷局を巻いて炎の龍が出現する。咆哮し渦を描きながら亮太へ近づいていき龍はパカッと口を開けた。そしてそのまま亮太を飲んだ。
アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ
亮太は絶叫しながら身をよじる。鎖は炎で焼き切れた。しかし灼熱の龍から動くことができず亮太はただ灰になるしかない。一見優勢なはずのマーリンの表情は暗かった。理由は1つ。
"なぜ人間の肉体で灼熱の炎に耐えているのか"
絶えず亮太の絶叫が響く。あまりの悲痛さに魔女の何人かが涙を流しながら目の前の光景に耐える。
「アアアァァァァ……………羅!!!!」
亮太の渾身の一声に炎龍がはじけ飛ぶ。肌は爛れいくつか灰になっている部位があるがそれが気にならないほど有り得ないことが亮太の身に起きていた。
「さ、再生していく……」
灰になった部分や爛れた箇所が徐々に癒えていく。亮太の口から1滴の血が落ちる。地面に落ちた時、一瞬で魔法陣が形成され鈍く光る。
「まずい!」
マーリンは咄嗟に全域に障壁を張るが遅かった。魔法陣から無数の赤黒い棘が伸びていき障壁を貫いて魔女たちに襲いかかる。悲鳴が轟く。肩や脇腹をバックリ貫かれ血をドバドバ流しながら魔女が倒れていく。マーリンは亮太の頭上に魔法陣を展開し再度魔法を放つ。
「固有魔法トールハンマー」
魔法陣から円柱のものが出現し亮太を飲み込む。この魔法は超重で相手を押し潰す。あまりの力に強制的に膝や手を地面に付けられ耐えるしかない。地面がどんどん抉れ押し潰されるが亮太は立ち上がると思いっきり叫ぶ。言葉になっていない声に導かれ真下に魔法陣が出現する。超重力の壁にヒビが入りそして割れた。さらに魔法陣から赤と黒で彩られた槍が出てくる。
「私の魔法に魔力を流して魔法を失敗させたのですね。そしてあの槍。全力でいくしかありませんね」
魔女たちは怪我人を連れて既に退避していた。マーリンは上空に飛ぶと今までで1番大きい魔法陣が出現するとマーリンは唱えた。
「固有魔法ダイヤモンドエクリプス」
炎龍を唱えたのと同等レベルの魔法陣が出現し白銀に煌めく。亮太の掌の上で渦巻く赤と黒で彩られた槍は巨大化しおぞましさを増す。そして、亮太は手を振り下ろし魔法陣から白銀の光線が放たれ槍と光線が衝突する。莫大な魔力と力の激突に大地が抉れ家屋や避難していた魔女さえも吹き飛ばす。マーリンの全力の魔法に抗う槍を見つめマーリンは魔力を魔法に注ぎながら詠唱を始める。亮太は、ゼロとの時と同じ状況に陥っていた。
「…れに負けは…許されない。俺に…負けは…許…され…」
亮太の姿に周囲の魔女は声をかけ続けるが彼の耳に入っていない。マーリンはその姿を見ながら苦しげに呻く。
「封印魔法にまわす魔力がもう…。それに限界です」
魔法陣が縮小しだすと同時に魔法の威力がどんどん下がる。そして、魔法が完全に解け死を振りまく槍がマーリンの眼前に迫る。
(これまでですか…)
魔女達の叫び声を聞きながら静かに目を閉じて死を待つ。
「マーリン様ーーーーーーーーーー!!!!!!」
その時だった。亮太の背後にフワリと舞い降りた少女が優しく抱きしめる。
「ミルハ」
「ア…リス」
亮太が少女の名を呼んだ瞬間、寸前まで迫った槍が赤と黒に解けた。そしてそのまま亮太の左眼に吸い込まれていった。元の黒髪に戻り左眼の赤がスゥーと消えて黒に戻る。マーリンは何も起きないことに疑問を抱き目を開けて目の前の光景に思考が止まる。
「ミルハ。こうすると落ち着く。もう、大丈夫。」
アリスの言葉に導かれ亮太は意識を取り戻すとアリスの淀みのない瞳に惹かれるようにアリスの顔を見る。
「俺は、何を…」
「暴走。あなたの力、のまれていった」
「そうなのか。迷惑かけちゃったな」
「みんな、気にしない。もう大丈夫だから今はおやすみ」
「ああ、疲れたしそうさせて…もら…」
言い終わらないうちに寝てしまった。それを見たマーリンは終わったことをようやく自覚して倒れる。
「マーリン様!」
魔女達が一斉に駆けつけ回復魔法をかけながら屋敷へ連れていった。
里だった場所が見る影もなく無惨な惨状に亮太に膝枕するアリス。すると、彼女の前に真紅の魔法陣が浮かび上がりそこから男が現れた。男の長い赤髪で隠れている瞳を亮太に向けながらアリスに告げる。
「完全に予想外な事態だ。まさか罪の癌が動き出すとは」
「私、ミルハについていく」
「ああ。頼んだぞ」
アリスが頷くのを確認し男が消える。どこからともなく白碧が飛んできて亮太の胸にとまると可愛い鳴き声で2人をそしてこの惨状に癒しを与えるのだった。