表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Raw World  作者: 怠惰
5/16

秘めたる力

神谷亮太がマハルタを離れて三日。支部長は業務に追われていた。積み重ねられた書類、大量に用意されたコーヒー。支部長が重い溜息をはくとノック音がしたあとに泉兄弟が入ってきた。

「おはようございます。見るからに忙しそうですね」

「そう言うなら手伝って欲しいよ。で、何の用だ」

「今日で現場復帰なのでその報告に。それとミルハさんに挨拶に」

「ミルハ君は三日前に出立したよ。なんでも魔法を学びたいらしくてね」

関心する牛若に対して弁慶はやや不安気だ。

「支部長が教えるとこ。危ない」

「確かに、私達もかなりやばいとこに連れて行かれたくらいですからね。間違っても妖の森だけは口に出していませんよね」

支部長の手が止まり額から汗を流し始めた。それ見た二人は若干ひいている。

「既に手遅れですか。どんだけドSなんですか」

「俺は忠告したぞ。死ぬかもしれんぞって。そしたら望むところだって。それにあいつの強さなら大丈夫だ」

「いや、いくら強くても行かせちゃダメですよ。彼凄い自由人ですから所構わず昼寝してその間に捕まったらどうすんですか」

牛若の言葉に支部長の顔が青ざめる。休憩中の時ミルハと会話していたのだが眠いという理由で話を切り上げるほどの自分勝手なやつだということを思い出したからだ。一気に不安になる三人。残念なことに彼らの予想はドンピシャで当たってしまう。


寝心地の悪さから目を覚ます亮太。今亮太がいるところは風が気持ちいい森の中ではなく立派なお屋敷にある一部屋だ。手足には拘束具を付けられさらに魔法で拘束されている。本来この状況で驚かない人はいないのだが寝ぼけているのか全くわかっていない。そして寝足りないのか寝ようと目を閉じ始めた。しかしそれを遮るように急に電流が走り煩わしそうに目を覚まし、辺りを見回す。見覚えのない場所に加え自分を取り囲む女達に疑問を隠せない。

「俺、森で昼寝してたはず…。ここどこだ?」

「あなたの質問に答える義務はありません。あなたには私達の質問に答える以外の行動を認めません」

「は?何言ってんの?こんなに拘束されて口以外動かせるところなんてねえよ。それに等価交換て知ってるか。錬金術の大原則。お前の言う事はこの等価交換に反している」

「黙りなさい。等価交換は当てはまりません。私達は魔女だからです」

「へぇ〜、あんたら妖の森の住人か?」

「ええ、そうです」

「気配を感じなかったがそれは?」

「妖の森は魔力を持っているので私達が隠れるのにうってつけ。だからこの森を警備してお前のような侵入者を捕まえてる」

亮太に情報を垂れ流ししてるとも知らずペラペラ語る少女。亮太はここが妖の森の中にある魔女が住む町のような場所だとわかったと同時に人間慣れしていない影響のおかげで情報抜き取り放題だと思った。ふともう一度辺りを見回す。手当てしたフクロウがいない。

「俺が手当てしたフクロウはどこだ?」

律儀に答えようとする少女を遮って奥から一人の女性が返事をした。肩には亮太が助けた白いフクロウをのせている。

「この子は白碧(はくへき)といいます。それとパプリザ、彼に結構情報漏らしちゃってますよ」

「え!すみませんマーリン様」

マーリンと呼ばれる女性に謝罪するとそそくさと亮太から距離をとる。亮太は唖然とした。マーリンといえばブリテンの騎士王アーサーを導いた偉大な魔術師で有名だからだ。

「地球に伝わるマーリンとは違います。あれは神がそう書いたシナリオにすぎません」

「読心か。マーリンなら俺がここに来た目的わかるよな」

読心。相手の心、考えを読むアビリティだ。マーリンと名乗るほどの魔術師ならさらに効果は有りうる。亮太は寝起きで気分が悪いうえに無理やり起こされたせいでかなりキレてる。

「そんなに敵意を出さないでください。うちの者が失礼しました。しかし、勝手に侵入してきたのはそちらです。私達に魔法を学びたいならそれなりに誠意を見せて下さい」

亮太は困ってしまった。誠意を見せろといわれても見せるものがない。タダ働きは言いたくないし自分にとっての誠意である顔出しも判定に入るかわからない。悩んだすえ導き出した回答がこれである。

「衣食住自分で何とかするんで魔法を教えて下さい」

「あなたの中の誠意は随分軽いんですね」

フクロウがくちばしに鍵を加え亮太の肩に乗ると拘束が解けた。

「白碧を助けてくれたので充分です。ミルハ。この子が契約を結びたいと言うほどの方ならきっと悪さをしないでしょう」

「そりゃどうも。その白碧、森にいたフクロウと少し違うな」

「白碧は希少種で固有名詞アビリティ"恩恵"を持ち、体毛がここのフクロウと違い真っ白です」

"恩恵"。対象との友好度によって魔法の効果を増大させる固有アビリティ。固有アビリティはその人だけが習得できるアビリティだ。白碧だけが碧眼で真っ白な体毛、そして固有アビリティを持つ。強い力を持つ者は時として他者から疎まれてしまうことを亮太は重々理解していた。

「自分の仲間に傷を」

「そうです。それも1度や2度ではないようですね」

「なるほどな…。マーリン、碧眼と契約を結ぶ。どうすればいい?」

「良いのですか?」

「ああ。似たもの同士だし、ここにいて虐められるくらいなら俺が連れ出してやるよ」

「そうですか。契約は互いの意志が重なると自動で完了します。つまり、もう契約は完了していますよ」

そんな簡単で良いのかよ、と思うも亮太は白碧の頭を撫でる。気持ちよさそうに可愛い鳴き声を出す白碧がとても愛らしい。

さて、ひと段落つきこれからについての話が始まる。

「まずはあなたの部屋に案内します。魔法については明日から教えたいと思います。明日は最初にこの里にいる皆にあなたのことを紹介します」

亮太は了承しマーリンに部屋を案内してもらった。この日は出された食事を食べ浴場で汗を流し早々に寝た。

次の日、普段起きない朝に起床し準備を済ませマーリンの部屋に行く。そしてそこから案内されバルコニーに移動した。バルコニーが見える場所に多くの魔女が集まっていた。おそらく事前に教えていたのだろう。人間が来たみたいだという声がいろんな所から聞こえる。準備はいいかと問われ大丈夫だと返すが実はめちゃくちゃ緊張している。マーリンはバルコニーから出ると語り始めた。

「皆さん、今日集まってもらったのは一人の人間を紹介するためです。と言っても皆さん、名前を聞けばわかりますよ」

ざわつく魔女にお構いなく話を進める。

「では来てください」

亮太はゆっくりバルコニーから出てくる。その姿に敵意を見せる者もいれば何故かはしゃいでいる者もいる。マーリンに名前を言うよう伝えられるとコミュ障スキル全開で自己紹介する。

「えと…ミルハです。その…俺は地球から来ました。ま、魔法を学びに来たので…よろしく」

名前を聞きなぜか歓声が上がり度肝を抜かれる。まさか俺有名人?と自意識過剰になる亮太。しかしあながち間違いではない。

「ミルハってあの地球最強ゲーマーですよね!対戦ゲーム無敗であまりの実力に何度もアカバンされるあの!」

亮太の開いた口が塞がらない。異世界の住人が自分のことを詳しいとかわけがわからない。ちゃっかり亮太にとってかなりダメージを受ける発言が飛ぶ。

「皆さん、彼はこの世界に来てから未だ負けなしです。そんな彼をさらに私達が強くさせることになるわけですが無償でというわけにはいけませんよね。なので彼にはフードをとってもらいましょう」

またも歓声がわき亮太は明らかに動揺している。亮太にとって一番と言っていいほどの恥ずかしいことを何の連絡もなく唐突に言われたのだから無理もない。勿論反論する。

「おい、聞いてねえよ!」

「言っていませんでしたっけ。けど、あなたに拒否権はありません。わかりますよね」

自分に拒否権がないのはわかっているがなかなかフードに手を出すことが出来ない。そんな亮太にマーリンは魔法を使った。亮太の両腕が意思とは関係なくフードに手をかける。フードからは耳まで真っ赤に染まり恥ずかしそうに下を向く亮太の顔が出てくる。今日一番の歓声がわく。亮太の顔立ちは至って普通なのだが魔女達は頬を赤らめる人もいれば物珍しそうに見る者もいて顔を赤らめる亮太に可愛いと声をあげる者もいる。収まりそうにない歓声をマーリンは止め話を進める。

「彼には今日、どれほどの実力かテストします。午前は一対一(サシ)での対決、午後は鬼ごっこです。捕まえた人はミルハさんに一回だけ命令できる権利を与えます」

「はあぁ!聞いて…」

亮太の反論を遮るように歓声が上がると同時に魔女達の目が獲物を狙うハンターのようになる。そしてマーリンの支持で一気に移動していった。

マーリンの部屋に戻った二人、亮太はマーリンに怒りを爆発させている。

「おい!マーリン!」

「あなたの言いたいことはわかります。しかし、これはあなたへの試練です。これを乗り切れない程度の力でしたら記憶を消してマハルタに送り返します」

それは絶対に嫌だ。亮太の目的は魔法を学ぶこと。それが出来ないならただの無駄で終わってしまう。それにここでリタイアすれば負けを認めることになる。最強のゲーマーを名乗る以上ミルハに負けは許されない。亮太の目つきが変わる。恥ずかしがっていた彼の姿はもうない。あるのは既に戦闘モードに入り戦闘シミュレーションを脳内で再生するプロゲーマーの姿だ。

「ミルハ。まずあなたにやってほしいことがあります。これを」

差し出されたのは二枚の紙。自分のライセンスを作った時に使用した紙だとわかると疑問を口にした。

「ライセンスならもう持ってるけど」

「あなたには二枚の紙を片手ずつ手を差し出してもらい同時に測ります」

「それで何がわかるんだ?」

「それは後ほど。とにかくやってみてください」

言われるがまましてみた。両方の紙が赤い光に照らされて次々と情報が紙に記載される。マーリンは終わった紙のアビリティ表を見た。左右のアビリティはこうなった。


右手[禁忌EX、波動EX、森羅EX、妙法EX、覇気EX、血罪(ちざい)EX、全属性・状態異常無効、神敵(しんてき)]


左手[先読みO、読心D、格闘EX、銃術EX、柔術A、狙撃EX、剣術EX、槍術EX、弓術EX、投擲EX、鬼気、掌握、神の器A、武道の極地、魔力感知、生命感知、全属性耐性弱]


自分の結果に興味津々の亮太に対しマーリンは思い悩んだ表情を一瞬をみせる。それを亮太は見逃さない。どうした、と声をかけながらマーリンの一挙一動を見る。亮太の鋭さに感心するマーリン。

「いえなんでもありません。今のはあなたの能力とステータスを明確に表示させるためのものです」

亮太は何か隠しているか一瞬疑ったが特に見当たらないのでこれ以上詮索しなかった。そして魔女の一人に連れられ先に会場に向かった。

「やはり異常ですね。特にアビリティの量は今までに例を見ないですね。さらに左右で違うアビリティ。彼はいったい…」

マーリンは1度、エノクで亮太の動画を見ていた。その時の感想は、ゲームを見せられている気がしない、だった。というのも敵が亮太の背後を完璧に捉え、避けられないタイミングでの攻撃をいとも簡単に避け、カーソルを一瞬で合わせキルをとる。勿論、戦場では匂いや殺気、音といった要素をふまえると先のタイミングでは敵を倒すことは出来ない。しかし、ゲームでは気配や匂いはない。音も無いに等しい。経験という観点から見ても先の対応はおかしい。なぜなら、経験でどのタイミングで来るかわかるなら先にそのポイントにカーソルを合わせればいいだけなのだ。おかしい点は他にも。格闘ゲームでは、カウンターを1ミスもせずノーダメで倒す。一見、凄腕にみえるだけだろうが少し違う。攻撃キャンセルのタイミングが現実の格闘技でも通用するレベルの絶妙尚且つガードを一切しない、というよりはじめからする気がないのが素人でもわかるレベルで無防備なのだ。マーリンはその時のことを振り返りステータスを見る。

「今思えば、おそらく彼は無意識に"掌握"を使っていたのでしょう。完全把握といっても過言ではないですね。でなければあれほど一方的にカウンターでハメることなんて不可能ですし」

マーリンは左手の方のステータスを置きもう1枚を再度も見返す。しかし、このステータスは亮太のものなのか別の誰かなのかわからなかった。時間を忘れ考え込んでいると通信魔法が発動され、準備が整った、と報告を受ける。謎が深いこの紙を一旦しまうとマーリンは転移魔法を唱え移動した。


亮太が連れられた場所には既に戦いの場が用意されていてたくさんの魔女が待機していた。亮太は戦場を確認する。巨木の幹がステージとなっており全長は直径200mはある。亮太が戦いの場に上がる。歓声が湧き上がる中マーリンが現れた。自由自在にワープできる転移魔法だ。

「皆さん、揃いましたね。それではフレア。前へ」

名前を呼ばれ魔女が一人、同じ場所に上がってくる。相当の魔力量で魔力の奔流が目に見えるほどだ。亮太は笑っていた。体の武者震いが止まらない。早く戦いたいと体が疼く。マーリンは戦闘準備を促す。亮太はふぅと息を吐くと左手と足を前に出し構えフレアは先端に赤い宝石がついた杖を召喚し数cm浮き上がる。準備時間中マーリンは亮太をアビリティ"鑑識"で視ていたが特に感じられなかった。準備が完了しているのを確認し開始の合図を出した。

フレアは上空から高火力の火弾を、亮太は黄色の気を両腕に纏わせ攻撃を弾いていく。正確無比、最小限の動きで敵の攻撃を弾き相手の様子を観察している。相手は自らの魔法結界で身を守りながら一撃必殺の魔弾を放つ。フレアは亮太が反撃に出ないので広範囲攻撃と一撃必殺を織り交ぜた攻撃に変更する。亮太は相手の攻撃のパターンが変わったのを一瞬で読むと大きく跳躍して大きく避けるとその数秒で腰のMH1MH2の二丁を装備すると四発撃つ。魔力の薄い部分を狙ったので魔法陣にヒビが入る。亮太の魔力感知は半径十メートルの魔力の濃度を視覚化できるもので魔法陣の濃薄を見分けるなど動作もない。魔弾が止むと魔法結界に何度も拳を突き立てる。魔力感知で魔力の薄い箇所を何度も攻撃する。結界にヒビがはいりどんどん大きくなる。破られると判断したフレアは転移魔法で亮太の後ろに飛ぶと詠唱始め大火力魔法を放つ。

「ああ、神々の魂よ情熱よ!我の言葉歌を聞きて陽の魔力を解放せよ!フレアー!」

振りかざした杖から巨大な球体が出来上がる。それはさながら小さな太陽だ。球体は中心を軸に乱回転しながらどんどん膨張していく。試しに数発撃ってみるが一瞬で弾が蒸発してしまった。

「モロに喰らったら死ぬな」

「最上級火属性魔法ですからね。あなたのような非力な人間では私には勝てない。降参するといいわ」

この世界に来てから何度も言われてきた言葉。今までは怒りが勝っていたが今回は違った。亮太は声をあげて笑った。なぜなら相手の言葉に奢りがなく勝利への自信しか感じられなかったからだ。それが亮太の闘志に火をつける。

「何がおかしいのかしら?」

「いや、ただ面白いなと思っただけさ。こんな状況でも俺の動きを警戒しちゃんと勝負してくれるやつがいることにな」

地球では大抵途中で敵が諦めてしまい最後まで勝負を楽しんだことがなかった。だから嬉しかった。闘志が気となり亮太から漏れ出す。

「その攻撃、受けてやる!ミルハに負けは許されねぇ!!!」

「そっ。じゃあ死なせちゃったらごめんね!!」

亮太に向かって杖を振り下ろす。小さな太陽は空気を振動させ亮太に接近していく。亮太は右手に気を集める。黄色の気は右腕を包みアームを形成していく。アームは腕全体を覆い二の腕部分からは気が噴き出している。亮太はいつもの構えをとると大きく深呼吸をする。そして小さな太陽に向かって拳を突き出す。小さな太陽が亮太の右腕に重くのしかかる。気で形成したアームの二の腕部分が何度も上下し蒸気を撒き散らす。打ち出される度にガチャッと音を立てて拳に気が流れ込み続けていく。互いの技が拮抗するが生身の体で支えるのはかなり苦しい。風圧が観戦者に襲いかかる。マーリンが咄嗟に結界を張ったおかげで被害はでなそうだ。

「この魔法を受け止めるとはなかなかやるじゃない。けどそこからどうするのかしら」

亮太にはフレアの言葉が耳に入っていない。今の亮太は極限の集中状態、少しでも集中力をきらせば即ゲームオーバーだ。フードから血が滴り落ち、足元には血溜まりが広がっていく。かなりの衝撃にフードが脱げる。鼻血を出し苦しい状況でも亮太は笑顔を絶やさなかった。その顔にフレアは感じたことのない異様な恐怖を感じた。

「まだだ。もっと気を集中させろ。ミルハに負けは許されない。ミルハに負けは……許されない!」

マーリンは亮太の異変に気付いた。小さな血溜まりがスゥと消えた。それと同時に亮太の左眼が徐々に紅くなる。その眼は赤黒くまるで血のようだ。アームから赤い蒸気が噴き出し徐々に小さな太陽を押し返し始める。そして小さな太陽が限界を迎えて爆発する。結界内は爆煙で満たされ状況が見えない。亮太は右腕のアームで衝撃を防ぐ。しかし、爆煙が止むとそこには亮太の姿はなかった。フレアは抉れた地面のところで倒れている。マーリンはフレアの生死を確認する。爆発に巻き込まれただけで大した怪我はしていない。フレアの様態を確認を終えると地面が揺れたと思うと土を抉り飛ばして亮太が飛び出してくる。

「はあぁ〜、危うく生き埋めになるとこだった。足元から崩れるのだけは勘弁してほしいよ」

どうやら爆発した瞬間、足元が崩れそこに大量の土砂が降ってきたおかげで爆発から身を守れたようだ。倒れているフレアを見つけると亮太はマーリンに目で合図を送る。わかっていますよと言いたげな顔を見せると勝者を告げる。拍手と歓声がわく。亮太は慌ててフードを被ると恥ずかしそうに手を振る。マーリンは休息時間と午後の集合場所だけ告げ早々にその場をあとにした。


その頃、先に会場に来て昼寝をする亮太。壁に寄りかかり肩には白碧を乗せ、回復魔法をかけてもらっている。午前の戦いの後、沢山の魔女に質問攻めされて息絶え絶えでここに逃げ込んできた。しかし、すぐに場所を特定され亮太の周りには既に魔女達で溢れかえっていた。白碧がそれに気づき亮太を頑張って起こそうとするが全く起きる気配がない。白碧は今度は羽をばさばさと広げ魔女達を威嚇するもどう頑張って見ても可愛いフクロウにしか見えない。白碧と魔女の抗争が続くなか集合時間になると亮太が目を覚まし準備運動に入る。魔女達は起きた瞬間の慌てふためくのを待っていたのだが既に戦闘モードに入っていたので少しガッカリしてしまう。

「皆さんお揃いですね」

声がした方を向くとマーリンが立っていた。

「早速午後の部を始めます。ルールは簡単でミルハが最後まで逃げ切れば勝ちです。そして両方にある制限を設けます。ミルハは武器の利用を一切禁じます。あなた達は互いに協力することを禁じます。それと魔法は一つだけとします」

「ロープなどの移動に使用する物もか?」

「はい、そうです」

亮太は少し渋い表情になる。相手が単独行動で一種類の魔法を使用することがわかっていても移動手段が少ないと森の地形を利用できない。さらに浮遊して攻撃する者もいればかなり不利だ。しかし、こちらにも利点はある。相手を魔法で識別できる点と対応策が一つだけでいいという点だ。マーリンに所持しているものを全て預けてスタート位置に立つ。魔女達の目が獲物を狙う狼のようでかなり怖い。

「それでは地球の和国風に行きます。よーいドン!」

マーリンの掛け声で全員がランダムで転移魔法をされゲームが始まる。


鬼ごっこが始まって三時間が経った。未だに誰も亮太の姿を捉えられていない。亮太は茂みに潜ったり相手の死角に音をたてず移動したり自然なもので作った罠で魔女達を翻弄している。この鬼ごっこ、人数的不利と思われがちだが相手が魔女なのとある縛り故の盲点がある。それは魔法を一種類しか使えないことだ。いくら攻撃魔法が強くても敵を見つけられなければ意味は無い。魔法一種類の縛りがあるため感知魔法が使えない。感知魔法を使っても亮太を自分の身体能力だけで捕まえなくてはならない。しかも、相手はFPS無敗の最強のゲーマー。隠密行動、索敵能力は明らかに亮太の方が上。さらにサバゲー経験者のため自然の地形慣れしている。これらの理由から完全に亮太が有利なのだ。

軍人顔負けのほふく前進で開始五時間で魔女の里に戻ってきた。門には待ち伏せしている魔女が数人。里に入るにはこの門からしか入る手段がない。本来ならばスナイパーライフルで暗殺するのだが今回は武器を一切持っていない。亮太は各地で調達した木の枝や草を使用して罠を作るとツルを持って罠から数メートル離れるとツルを思いっきり引っ張る。すると枝や草がまるで草を掻き分けて近づく人のような音を出す。待ち伏せしていた魔女は視線をそちらに移す。その瞬間、相手の死角ギリギリのところから一気に飛び出す。相手が亮太に気づくがもう遅い、手刀で一気に目の前が暗くなってその場に倒れる。相手が気絶したことを確認すると他の待ち伏せに気づかれないように里に入る。


鬼ごっこ終了まで残り30分。魔女が血眼になって探しているのをよそに亮太はマーリンの屋敷の浴場の湯船でまったりしていた。亮太は勝ちを確信していた。鬼ごっこの最中に風呂に入るという発想を絶対思いつかないとわかっているからだ。もしその考えに辿り着いても実際に実行するとは思わないだろう。故にだらしなく湯船を堪能していた。

「あぁ〜、極楽極楽〜。感知魔法にさえ引っかからないよう注意しとけば攻略は楽だったな〜」

勝った優越感に完全に浸る亮太。おっさんみたいなだらしない声をあげている。しかし、誰もが予想できない出来事が起きる。ガラッと戸が開く音がしたのだ。亮太は慌てて湯船の奥に移動し潜る。

(冗談じゃねーぞ!ここまで探しに来るとか完全に油断してた!)

湯の中から周囲を覗くが湯気でほとんど何も見えない。潜ること一分。息を止めるのが限界になり顔を出してしまう。亮太は警戒した面持ちで前方を見るが誰もいない。亮太がホッとした瞬間、

「なに…してたの?」

「オワッ!」

声がした方を振り向いた瞬間亮太は慌てて声をかけた人から目を背ける。このお約束展開、皆ならわかるだろう。声をかけた女性は裸だった。しかもなんの恥じらいもなく質問してくる。

「あなた、お姉様が言ってた人間?」

「そうだけどその前に前隠せ!」

「私アリス。あなたのお名前は?」

「いやいやまず前隠せって!」

「お風呂は服着ていい場所じゃない」

「タオルとかあるだろ!アリスだっけ?恥ずかしくないのかよ」

「全然。あなた、イケメンってやつだね」

不意打ちを喰らって一気に赤面する。顔から湯気が出るほどだ。アリスは湯船に浸かると亮太に近づく。亮太の背中に柔らかい感触がするのと同時に肩や腕を触られる。

「あなた細マッチョ?」

「ちょ!!?背中に当たってるから!ていうか離れて!」

「くっついた方が温かい。それに名前、聞いてない」

「ミルハ!ミルハだから離れてくれ」

「ミルハ?いい名前。ミルハは私と一緒に入りたかったの?」

「違うわ!」

亮太は全力で否定するのと同時に察した。この時間はアリスの入浴時間なのだと。亮太は非常に困ってしまった。ここで力ずくでで振りほどいてもいいがアリスがどんな魔法を使うかわからない、というのは建前で怒涛の驚愕と急に動いたせいで腰が抜けて動けなくなってしまった。亮太は認めたくない、認めたくないが完全に詰みである。それに亮太はアリスの言葉に若干の嫌な気がしていた。それはお姉様である。ここはマーリンの屋敷、マーリンの屋敷のふろ場を利用するアリスという少女、その少女のお姉様。考えられるのはただ一人。噂をすればレベルのタイミングで直接声が頭に響いてきた。

「ミルハ、ゲームオーバーですね。アリスには私から言ってあげるので30分後に午後の会場に来てください」

亮太はアリスをチラッと見るとマーリンの言葉がきたようで小さく頷くと風呂場から出て行く。静寂が訪れた風呂場で一人、

「ありゃ勝てんわ…」

と、妙な敗北感に浸る亮太だった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ