2話〜ミルハの実力〜
怠惰です。今回は戦闘多めなのでぜひ楽しんで見てください。
光を纏った扉がある空間に出現し神谷亮太が現れる。扉は亮太を残し消え、亮太はボーッとしたままその場を動かない。亮太は暖かくどこまでも続く光に満ち溢れた空間に目を奪われてしまっている。
しばらくして亮太は学校の屋上から移動したことを実感すると、亮太は出口を探し始めた。辺りは白一色で何も無く、唯一あるとすれば一本の道のみである。亮太は一本道に従って歩き出す。しばらく歩くと屋上のとき入った扉とは別の扉がありその側に1人の少女が椅子に腰掛けていた。
「あ、あの…ここはどこですか?」
「ふふふ、ここは次元の狭間ですよ」
「あ、あの…俺、フォーレンってとこ探してるんだけど…」
「ふふふ、それならそこの扉から行けますよ」
「そ、そうか…。感謝する」
礼を言い、扉に向かって歩きだそうとした瞬間少女の一言に歩みを止めてしまう。
「ふふふ、あなた、ミルハでしょ」
「ん、よくわかったな」
「ふふふ、ミルハの動画、一番最初のときから今みたいに顔を隠してるし、全部見たからあなただってすぐわかった」
「ど、どうやって見てんのかまるで謎だけど…見てくれて嬉しいよ」
亮太は次元の狭間という不思議な空間に自分を知っている人がいるなんて思いもしなかったのでつい嬉しくなる。
「ふふふ、ミルハの動画、楽しみにしてたのに何でこんな所で迷子になってるの?」
「そ、それが…ある人からの依頼でフォーレンってとこに行くことになったんだけど、変な扉を通ったらいつの間にかここに…」
「ふふふ、あの子が言ってた人ってミルハのことだったのね。あの子なにを考えているのかなぁ」
あの子とは?と疑問に思うも話すこともないので扉に向かう。しかし、またしても呼び止められてしまう。
「ふふふ、ミルハ、あなたに伝えることが幾つかあります。あの子の伝言ですが。」
「あの子って…俺が屋上で会ったあいつのことか?」
亮太は少女に聞いてみたのだが少女は微笑んだままシカトして語り始めた。
「ふふふ、まず向こうの世界に入ったらギルドのある巨大都市マハルタに行って下さい。そこでギルド登録をしろだそうです。その後はミルハに任せると言ってました」
「ギルド登録ね…。了解した」
「ふふふ、頑張ってくださいね。あなたが生きて戻ることを期待してます」
「そんな無感情で言われてもね…。俺から質問していいか?」
「ふふふ、良いですよ」
「質問は2つ。一つ目は君の名前はなんというのか。二つ目は何でずっと微笑んでいるのか」
「名前はありません。ずっと微笑んでいるのは私を造った人に笑顔を絶やすなと言われたので」
「造られた?名前がない?よくわからんが名前がないのは不便だな。名前つけてあげようか?」
「ふふふ、名前いらない」
「いや、名前ないのは不便だからつけてやる。ミーファでどうだ?」
「ふふふ、ミーファ?いいと思う」
「そうか?それならミーファ。本当に戻って来て欲しいていうのなら感情表現できるようになってくれ。そのふふふが何となく不気味だから」
「ふふふ、よくわかりませんがやってみます。私、ミルハは物静かな方だと思ってたけど意外によく話す」
「え、あ、ああ、すまない。こんな所に俺を知ってる人がいると思わなくて少し舞い上がってた」
ミーファに指摘され、自分が舞い上がってたことに気づく。そして先ほどから余計なことをペラペラ話している自分に恥ずかしくなる。その場から逃げ出すように扉の前に立つ。亮太は大きく深呼吸してミーファに一言、
「ミ、ミーファ…。ま、また会おう」
そう言うと勢い良く扉へ入っていく。亮太が扉に入ると光となって消え、空間には感情表現を練習を始めるミーファだけが残った。
地球には無い暖色系の草花が色鮮やかに咲く野原に、突如として扉が現れ神谷亮太が出てくる。
「うぉーーー!これが異世界!RPGの世界観以上だ!」
亮太は思わず感嘆の声を上げる。花を愛でるという気持ちを一切持ち合わせていない亮太でも感動するほど野原が綺麗なのだ。ゲームでしか例えが浮かんできていないのが残念だが。
亮太は辺りを見回す。一面の花が見える中、巨大な城が南東に見えた。
「あれがミーファが言ってたマハルタかな?とりあえずあそこの城下町あたりにでも行って情報収集だな」
目的地の城へ亮太は歩き出した。その姿はまさにRPGの主人公そのものだった。少し厨二病くさい格好はノーカウントだが。
色鮮やかな野原から約二時間。亮太は目的地の城下町に来ていた。町には様々な店が建ち並び香ばしい匂いや若者たちの活気によって賑わいを見せていた。そんな中亮太は酒場で情報収集にあたっていた。
「す、すみません。ちょっとこの町について聞きたいんですけど…」
「ほぉ〜、あんたその年で異世界から来たのか。どっから来たんだ?」
「えっ、地球ですけど…。ここって、いや、この世界っていろんな異世界から人が来ているのか?」
「ん、お前さん何も知らないままこっちに来たのかい?名前は?」
「え、えっと…ミルハって言うんだけど…Miruhaって書いてミルハ」
亮太は自分の本名を隠すことにした。理由は単に本名を知られたくないのとミルハの方がRPGぽいからという残念な理由だ。実はこの判断は正しく亮太の名は後々波乱をよぶのだがそれはまた別の話。
「聞いたことない名だな。新者か」
「新者って?」
「人の限界を超えた力を開花した者をそう呼ぶ。この世界に来るやつは大抵新者だな。まあ、例外はあるがな。そういやこの町について聞きに来たんだっけか?」
「あ、ああ、そうです」
「この町はマハルタといってな、この世界の中心にあって新者がこの町でギルドに登録したり旅の支度とかする場所だ。あんたもギルドに入ったらどうだ。依頼をこなせばそれに見合う報酬が手に入るし宿とか食事を提供してくれるから最初は物凄く頼りになると思うぞ」
「ん、そうだな。それじゃあギルドに行ってみる。あ、ありがとう」
「ふっ、礼はいらん。最後に忠告してやる。ここはギルドのランクが高いやつしか入れない店だから、次来る時はプラチナランクになってから来いよ」
「え!あ、す、すいません」
「わかったならもう行きな。健闘を祈るぞ」
「はい」
最後に挨拶を交わし外に出る。亮太はいい店主で良かったと思いながらギルドであろう城へ歩き出した。
ギルド内は年齢関係なく大勢の人が酒を飲んだり食事したりと大変混雑していた。ここにいる大半の人はギルドに登録されているランカーで皆武装している。
そんなギルドの扉が開き、黒いロングコートのフードで顔を隠した少年、神谷亮太が現れる。亮太は扉を閉めると真っ直ぐ受け付けに向かう。その間皆の視線が全て亮太に集まっているが亮太は気にしないまま受付嬢に声をかけた。受付嬢はゲームと同様若くてとても可愛らしい人だった。
「す、すみません。ギルド登録できると聞いて来たんですが…」
「はい、新規登録者ですね。手続きには所長自らが行う決まりになっていますので少々お待ちください。」
亮太のコミュ障態度にもしっかりと対応をした受付嬢は所長を呼びに奥に入っていった。
亮太は受付嬢が戻って来る間テーブルで待つことにした。しかしその行く手を数人の大人に阻まれてしまう。
「へいへい、兄ちゃん。あんたかなり若いがどこの世界から来たんだ?」
「?……地球からですけど…」
大人は亮の返答に腹を抱えて笑い出した。
「は、あはははははははははは!お前、あの脆弱な世界から来たのか!戦いを知らない世界から来た兄ちゃんにはギルドの仕事はかなり苦だな、諦めな!」
明らかにバカにしながら亮太を見る。亮太は一つ溜息をつくと大人を無視しテーブルへ歩き出す。その動作に頭にきた一人の大人が亮太の胸ぐらを掴んだ。
「おい、お前。せっかくお前のために言ってやってんのになんだその態度は!なめてんじゃねっ…!」
亮太も下品な笑い声をあげながら煽ってくる大人たちにイライラしながらも我慢していたのだが、胸ぐらを掴まれ怒りを一気に爆発させる。
亮太は無言で大人を一瞥すると胸ぐらを掴んでいる男の股間を思いっきり蹴る。男は股間からくる激痛に手を緩めしゃがみこんでしまう。その隙を見逃さず亮太は今度は男の顔面を蹴り上げる。地球から来たクソガキだと思っていたやつからの適確且つ素早い反撃に男たちの反応できずその場で先ほどの一連をただ見ているだけだった。蹴られた男はあっさり倒れ気絶している。倒れてる自分の仲間を見てやっと状況がのみ込めたようで男たちは亮太を囲むと怒声とともに一斉に襲いかかる。亮太は敵が5人いると確認すると真後ろから来ている男に回し蹴りをかまし、その勢いを利用して正面の敵の攻撃を避け豪快なアッパーを打ち込む。さらに右から来る敵を躱しそのまま上手投げをし左から来る敵に投げつける。そして背後に回り込んでいた敵の攻撃もさらりと躱すと正拳突きをみぞおちに叩き込む。正拳突きをもろにくらい、無人の受け付けまで吹っ飛ぶ。最後に投げ飛ばさていた二人を手刀で気絶させ圧倒的勝利で戦闘を終える。
「まったく…大したことないくせに煽ってくんじゃねぇよ」
亮太の一声をさかいに一気に歓声が上がった。酒や飯を食べていた人たちが亮太へ集まり口々に賞賛する。
「おい、小僧いい腕してるんじゃねぇか!」
「君、いいセンスしてるね。次は俺らとやろうぜ!」
「え!?え、あの…その…すみません、えっと…どうすれば…」
「おいおい坊主!さっきの覇気はどこいったよ。急に緊張しやがって」
「そ、それは頭にきたからぶっ倒そうと思ってつい夢中に」
「たー、こりゃ驚いた!戦闘になると性格変わるとな。なかなか面白い子じゃ」
どう対応すればいいかわからずしどろもどろになる。歓声は鳴り止まずギルドの職員もどうしたらいいのかわからない状況だ。すると奥から怒声が鳴り響く。
「おいゴラァ!何の騒ぎだ!静かにしやがれ!」
一瞬でその場がシーンとなる。どうやらここの支部長らしくみんなが一斉に姿勢を正した。
「まったく…。珍しく騒ぎやがって。何があったか説明しろ」
ギルド職員が事情を説明する。みんなが支部長を顔を窺い亮太は呑気にお茶を飲んでいる。職員が一通り説明すると支部長は亮太に質問した。
「お前、名前は?」
「えと、ミルハです」
「そこでのびてるやつら、シルバークラスでも上の方なんだがお前が倒したのか?」
「そ、そうですけど…」
「はぁ、まさかここの掟言う前に掟違反するとはな。まぁ今回はこいつらが掟違反したことに問題があるからな。無かったことにしてやる」
「あ、ありがとう…ございます」
「それじゃ早速登録するからこっち来い」
支部長が受け付けへ向かったので亮太もそれについて行く。ギルドにいる全員が亮太を見ている。
「あの…登録ってなにをするのですか?」
「ん?ああ、簡単だよ。この魔方陣に手をかざすだけでいい」
それだけかよと思いつつも亮太は内心とてもワクワクしていた。なぜならRPGではライセンスに大抵自身のステータスが載っているからだ。亮太は胸踊る気持ちで早速手をかざしてみる。すると魔方陣が真っ赤に輝く。辺りからどよめきがはしり支部長はひどく驚いている。一方の亮太は自分の好きな色が出てきて嬉しそうだ。何故か手をかざしていない方の手はガッツポーズなのがその証拠だ。そうこうしているうちに光が消え魔方陣だけ書かれていた紙に亮太の情報が載ってあった。
氏名:Miruha 16歳 O型
ランク:
ステータス:Power8 Majic0 Stamina1 Defence10
Quick10
潜在能力:不明
アビリティ:全属性耐性特防 全状態異常完全無効 武道の極み
魔力&気力色:特定不能
亮太は自分のステータスを見て愕然とした。引きこもり歴が長いので体力値は低いとわかっていたのだが1番楽しみにしていた魔力がゼロと絶望的な数字だからだ。それに魔方陣が赤く光っていたのだが魔力&気力色が特定不能なのがまるで理解できない。
「えっと支部長さん。魔方陣が赤く光ったのに色が特定できなかったってどうゆうこと?」
「それについて順を追って説明する。聞く準備はできてるか」
「は、はい。できてます」
「それじゃあまずは氏名とランクだがこれは説明せんでもいいだろう。」
「はい、その先から聞かせてください」
「それじゃあまずは潜在能力からだな。潜在能力ってのはその人にとって切り札になる能力だ。新者は潜在能力を解放すると強制的にこの世界に来るようになっているんだがお前は別の理由でこの世界に来たことになる。次にステータスについてだがスタミナと魔力は絶望的だが防御と素早さは初期にしては高いな。ちなみに魔力ゼロは一切持ち合わせていないってことだから魔法は諦めな」
「え、えーーーー…マジかよ…」
亮太はひどくガッカリしてしまう。ゲームの主人公キャラは大抵魔力を持ちあわせているのに自分は一切無いという事実に精神的ダメージを負う。
「まあそうガッカリすんな。地球出身の9割は魔力を持っていないから別に恥ずべきことじゃない。地球出身はその分潜在能力が異様でかなり強力な傾向にある。大事なのは結果から自分らしさを見つけることだ。」
「わかってる。必ず得手不得手が出てくるとわかってたしこういうのって自分の強みを見つけるためのもんだからな」
「よくわかってるじゃねーか。それじゃあ話を戻してアビリティについてだ。まあこれは地球出身者の方がわかってるかもな。全属性耐性特防と全状態異常完全無効は説明いらんだろう。必要そうなのは武道の極みだな。これは武道系の技使用時のパワーが+5される。アビリティによっては進化するものをあるから色々試してみるといい」
「いきなり極みか。効果内容がちょっと物足りないから進化するかも。まあ当分は武器は持たないし丁度いいかもな」
「まあ、ここまではなんとなくわかってただろう。いよいよお前が最も気になっている魔力&気力色についてだ」
いよいよ本題の話がきて亮太は真剣な面持ちになる。
「特定不能の理由は実はいたってシンプル。お前が色を複数持っているからだ」
支部長の発言にまたもどよめく人たち。どうやら複数の色所持に反応したみたいだ。
「確かに理由はシンプルだが複数持っているのは珍しいのか?」
「…一億人に一人ぐらい希少だ」
亮太は度肝を抜かれた。一億人に一人とは日本に一人しかいないということになる。つまりその一人が紛れもない神谷亮太本人だからだ。この事実に魔力ゼロでも良いかと前向きになる亮太。
「手をかざした時に魔法陣が赤く光ったのは魔力や気力の色ではなく性質を表している。そもそも気力が何かわかるか?」
「精神力か?」
「そうだ。気力はその人自身の精神力がそのまま気力の強さに反映される。そして精神力といっても人それぞれ違った強さがある。その強さを分類して表現しているのが色だ。まあ色は基本ステータスの項目を強化するぐらいだからな。一応覚えとけ。まずは青色はパワー値がプラスされる。黄色は防御、緑色は速さと言った感じだ。例外と言えば紫色は気力を魔力に変換できてお前が出した赤色は窮地に陥った時の全パラメータ強化などといった感じだ。お前の場合は赤色が強いから赤色だけ出ただけで他の色もあるということだよく覚えとけ」
「ああ、わかった。あとはあんたのハンコだけか」
「いいや最後に一つ、あんたのランクを決める必要がある」
「え?最低ランクからコツコツあげる系じゃないの?」
「お前の言う通りコツコツあげる系だが最初のランクはその人の実力で最低ランクのブロンズからシルバーランクの上位までこちらの判断で決めることができる」
「なるほど合理的だな。実力のあるやつを最低ランクの雑用で腐らせておくのは全くの無駄だからな」
「ま、そういうことだ。ということでミルハ君は明日の昼、またここに来て欲しい。対戦相手を用意するからそいつとの戦闘でランクを決めさせてもらう」
「それでいいけど、さっきのみたいな弱いやつはごめんだぞ」
「それについては心配ご無用。お前さんの相手はプラチナランクのやつだからな」
新人がプラチナランクの相手と対戦と聞き周りがさらにざわつく。その様子に気にも止めず話を進める。
「なら、いいか。それじゃあもう行くから宿の場所教えてくれ」
「新規登録者は初日ギルドの部屋を無料で泊まることになってる。お前さんの部屋はもう確保してあるから職員につれてってもらえ」
トントン拍子で登録がほぼ終わり職員の案内で亮太は部屋に行く。その姿を見ながら支部長は小さく溜息をつく。
「あれでまだ16歳かよ。とんでもねぇな」
亮太が部屋に行ったあとギルド内は最初の賑わいに戻るがミルハの話でもちきりだった。そんなことも知らず亮太は自室のベットにダイブしそのまま眠りについたのだった。
次の日、昼のチャイムとともに目覚め昼食というなの朝食を済ませ、亮太は支部長に連れられ闘技場に着ていた。観客席は既に満席でかなりの賑わいが見て取れる。亮太が試合会場に入るとアナウンスが聞こえてきた。
「さあさあご来場の皆様!今宵の戦いはなんと地球出身の16歳の少年だ!脅威的な防御力と素早さを持ち洗練された武術を使って戦う稀代のスーパーボーイ!気の使用は未だ未経験だがその実力は折り紙付き!その名はミルハー!!」
歓声が上がり会場のボルテージが一気に上がる。昨日の出来事がもう町中に知れ渡っているようだ。
「対するミルハの相手はプラチナランク第8位。風の魔術師ことフウライだー!彼はギルド初心者への指導役としても活躍しており別名冒険者の風の異名も持っている実力者だー!」
アナウンスとともにフウライが登場する。身長はミルハとほぼ同じくらいで右手に本を持っている。会場のボルテージがさらに上がり収まる気配がしない。会場の喧騒に耳を抑えているとフウライが声をかけてきた。
「君が噂のミルハ君だね。今日は手加減するなって支部長さんに言われたんで遠慮なくいかせてもらうよ」
「は、はいっ!
「よろしくお願いします…」
戦いの前に挨拶に来るフウライに緊張してしまう。この世界でも亮太のコミュ障は健在らしく粗末な返事を返す。フウライは笑顔を返すと自分の立ち位置に戻る。審判は亮太とフウライを交互に見ると
「両者戦闘準備!」
と合図する。フウライは黄緑色に輝く本を広げる。亮太は左足を前に出し左手を突き出し右手を引いた構えをとる。亮太のお気に入りの構えだ。会場の客も静かに始まりを待っている。さっきの喧騒がまるで最初から無かったかのような静けさだ。風が砂を払う音しか聞こえず会場全体に緊張が走る。審判は両者の準備が整ったことを確認すると右腕を高く振り上げ、
「試合開始!」
開始の合図とともに勢いよく右腕を振り下ろした。合図と共に観客席から歓声が上がるのと同時に亮太がフウライの懐まで一気に踏み込んだ。その距離あと2m。
(早い!それにさっきとはまるで別人のようだ)
想像以上の踏み込みの早さに詠唱する暇もなく慌ててフウライは無詠唱で魔法を放ち数m後方へ下がる。しかし、それは悪手だった。亮太はすぐに相手の懐に踏み込む。その距離あと1m、亮太の攻撃射程圏内だ。亮太は一瞬で最初の構えをとると相手の土手っ腹に正拳突きを繰り出す。ドゴッ!と鈍い音とともに亮太の攻撃をもろに喰らったフウライは数m後方に吹っ飛ぶ。亮太のアビリティである武道の極みで強化された正拳突きを普通の人が受ければ立ち上がることは不可能だ。だが、ここは異世界。ましてや相手はプラチナランク第8位。すぐに大勢を立て直すと魔法を使って空中へ逃げる。
「ミルハ君だっけ。君、かなりの強者だね。さっきの一撃かなり効いたよ」
「そう言うわりにまだ余裕そうだな」
「ええ、まあ、これでやられるようじゃプラチナランク失格ですよ。次は私から行きます!」
フウライは早口に何かを唱え始めた。亮太は相手が空中にいるので手が出せないので相手の攻撃に備える。
「風の精霊よ、怒り狂う怨霊よ、我が魔力を引き金に、暴風の宴を始めよう!」
フウライの詠唱が終わるとフウライを囲むように3つの魔方陣が出現しそこから出てくる風の魔弾が曲線を描きながら亮太へ襲いかかる。亮太は大きく後退すると風の魔弾をギリギリのところで躱していく。数秒毎に魔弾の数はどんどん増していき亮太の体力をじわじわと削っていく。
(クソっ、反撃する隙が見当たらねぇ!それに隙が生まれたとしても上空じゃ手が出せない!)
「さすが噂されるほどの実力ですね。この数撃っても当たらないとは。しかし、追い詰めているのは僕の方だね。君のスタミナでは既にキツいだろう?」
「悪いがこれぐらいでへばるほど廃れていないんでね。まだまだ…余裕だぜ!」
亮太は袖に仕込んでいたナイフを取り出すとフウライに向かって投げた。しかし、簡単に魔方陣によって防がれてしまう。因みにナイフその諸々は自宅から既に仕込んでいた。
「仕込みナイフですか。なかなかやりますね。でもそれでは僕を倒せませんよ」
「そりゃそうだろうな。ならこれならどうだ!」
魔弾を避けながら亮太は肩に背負っていたお手製の対人専用スナイパーライフル銃を取り出しフウライに向かって撃った。しかし、これも魔方陣が防いでしまう。だが、魔方陣に大きなヒビができ、1つの魔方陣の機能が停止する。
「な!僕の魔方陣にヒビをつけるだと!」
「厚さ3cmのコンクリを貫通するほどの威力だからな。そこらへんのモデルガンと一緒にすんなよ〜。それと隙ありだぜ」
亮太は風の魔弾の隙間を通りながら前に進み出す。正面のヒビが入った魔方陣は少しずつだが修復していてそれに魔力を使っているのか魔弾の数が減っている。亮太はぐんぐん前に進んでいきその距離残り2mというところまで迫っていた。そして亮太の攻撃射程圏内に来た。
(チャンス!)
亮太は風の魔弾の隙をつき射撃モーションに入る。その瞬間、背筋が凍るような感覚を憶えフウライを見ると口角が上がっている。
(なにか来る!)
亮太は距離をとろうと重心を後ろに下げ後方に大きく跳躍する。しかし、それは悪手だった。突如として真後ろに魔方陣が出現し先程の魔弾の5倍ほどの大きさの風の魔弾が亮太を襲う。亮太は身をよじり何とか直撃を避けることに成功したが風の勢いで大きく吹き飛ばされてしまう。
「ち!あのにやけ顔はフェイクか。魔方陣を修復するふりをして違う魔法を放つために魔力を溜めていたのか」
「大正解です。あなたはバトルに関してずば抜けたセンスを持っているのはわかっていたのでそれを逆手に取ってみました」
「俺が読み合いで一本取られるとはな。だけど今度はそうはいかな…!?」
反撃しようといっぽ踏み出した亮太は背中に巨大な衝撃を受けると闘技場の端まで吹っ飛ばされた。
「さっきの魔法はホーミングするんですよ」
魔弾をもろに喰らい肺の空気を強制的に出され軽く目眩がする。
「ぐっ!ぅぅぅぅ。俺としたことが…油断した。」
「この一撃をもろに受けて意識があるとは流石です。しかし、ここまでですね。今のあなたでは僕には勝てない」
フウライの言葉を聞いて亮太はピクっと反応する。
「俺があんたに負ける?そう言ったのか?」
「はい、そう言いました。あなたは確かに強い。しかし、魔法や気の知識がないあなたではこの状況を打破するのは不可能です。力尽きる前に降参することを僕は薦めます」
不可能。降参。最強のゲーマーミルハには縁のないはずの単語が聞こえる。とても不愉快だ。いや、それ以上に勝手に負けを決めつけたフウライに言い表せない怒りを感じる。亮太はふらふらと立ち上がる。亮太の体から蒸気のように赤いオーラが漏れ出していた。
「お前に良いことを教えてやる」
フウライは亮太にまっすぐ見られこれまで感じたことのないプレッシャーを感じた。口調がガラリと変わり出していた雰囲気がまるで別人かのような変貌にフウライは冷や汗をかく。
「俺はな、誰かに勝手に決めつられるのが1番嫌いなんだよ。お前、今俺に降参しろって言ったよな。不愉快だ、本当に不愉快だ!……………………ミルハに負けは許されない」
亮太が一歩踏み出した途端、膨大な量の赤いオーラが亮太から吹き出した。凄まじいオーラの量に会場に強風が吹き荒れる。
(この気、ミルハ君は只者じゃない!いったい何者なんだ)
会場からは悲鳴が起きていて中にはあまりのプレッシャーに気絶する人もいる。亮太はゆったりとフウライに近づいている。一歩進むごとに溢れ出ていたオーラが亮太に纏わりついていく。そして赤いオーラが鎧のように亮太を纏い終わると亮太は一気にダッシュした。距離は100m。今の亮太のスピードだと4秒で攻撃射程圏内だ。フウライは高速詠唱を始める。距離が20mまで詰まるとフウライの詠唱が会場に響いた。
「大いなる嵐空よ、唸れ風の咆哮!我が魔力は荒れ狂う嵐と同義なり!我に仇なす愚かな者に怒りの鉄槌を!喰らえ!ハリケーン!」
詠唱が終わるとフウライを中心に半径20mの魔方陣が展開され巨大な竜巻がフウライを包む。亮太は寸前のところで立ち止まる。そして空手の構えを取り右拳に力を込める。無意識に赤いオーラも右拳に集中させる。充分に溜めると全力の正拳突きを竜巻に向かって打つ。その衝撃で竜巻に穴が開き中に入る。その瞬間、鋭利な風の槍が亮太を襲う。亮太は完璧に躱しフウライに近づこうとするが次々に襲いかかる風の槍に行く手を阻まれてしまう。その間に竜巻の穴が塞がり退路を断たれてしまいフウライに詠唱させる時間を作ってしまった。
「我が風はあらるる物を破壊する力なり。我が魔力は我が風を強大にする鍵なり。そして、我が風魔法はあらゆるものを貫く絶対の矛なり。いざ!ランストーム!」
フウライが槍投げのポーズを取ると彼の右手に巨大な風の槍が出現した。その槍から風を切る音を立て周囲の風を巻き込みどんどん巨大化している。風の槍にかなり魔力を込めたのか竜巻を維持出来ずに消失してしまっている。フウライは風の槍を亮太に向かって投げる。亮太はフウライが投げた瞬間に横っ飛びをして紙一重で躱す。
「こ、これも躱しますか…。僕の最速最大威力の魔法だったんですが」
「残念だったな。これで終わりだ」
「いいえ、まだです。なぜなら…」
「この槍もホーミングするんだろ」
亮太はそう言うと大きく跳躍する。するとさっきまで亮太がいた場所に風の槍が通過しフウライに真っ直ぐ突っ込んでいく。
「な!」
「ふん、チェックメイトだ」
亮太が風の槍をギリギリ避けたためフウライは自らに向かってくる槍を避けることが出来ない。魔方陣を展開する時間も槍の軌道を変える手段もない。槍はフウライの腹を貫く。フウライは血飛沫をあげながら地面に倒れた。
「な………なぜ………?なぜ…わかった?」
「最大威力の攻撃を確実に当てるためにする手段は3つ。1つは攻撃のスピードを上げる。2つはホーミング或いは相手の拘束。3つは1つ目と2つ目の両方。ホーミングは対象より速度が遅いと全く意味がない。だから基本はスピードを上げるだろ。それに比べ、あんたはかなりの魔力量を持っているからホーミング機能を付け尚且つスピードを上げる芸当ができると考えた。それより、早く治療しないとほんとに死ぬぞあんた」
救護班がフィールドに駆けつけ担架に担ぎ上げ運びながら回復魔法らしきものを使っている。その一連はミルハが勝利した証でもあった。
「勝者、ミルハ!!」
審判の掛け声と共に会場の歓声が湧き上がり会場全体を包みこんだ。
次話は大きな任務につくことになった神谷亮太の物語です。自分的に結構戦闘シーンは凝って書いているので次もよろしかったらぜひ見てください。