記憶
木々が生い茂り高さ50mの巨大な滝の音が激しく周囲に響く森の中に強烈な輝きを放って扉が現れリン、ホワイト、亮太が降り立つ。
「ここにあのイストがいるのか?」
「そうだ。ここはガガール山脈といってね。複雑な地形をしていて危険なモンスターがわんさかいることから人間はほとんど立ち入らない」
会話をしながら茂みから飛び出してくる狼のようなモンスターをホワイトと亮太は倒しながら奥へと進んでいく。しばらく進むと結界が現れその中に工房のような家が1軒だけ存在している。3人は結界の中に入りインターホンを押す。声が聞こえ数秒も待たずにドアが開いた。中から表れたのは黒い作業着を来て漆黒の長い髪が綺麗な女性が現れた。
「やっと来たねホワイトにリン。そして初めまして私がイストだ。話は済ませているんだろう。こっちだ」
イストに案内され亮太は一室のドアを開けた。そこには見慣れた光景があった。部屋を入って左側のスライドドアを開けるとタンスと貴重品ボックスがあり、奥にはベットがある。右隣には机がありその上にパソコンが3台設置されていて左側には冷蔵庫が置いてあった。亮太はまさかと思い冷蔵庫を開けた。中には大量のミルクティーが隙間なく置いてあった。
「わかっていると思うがここは君の部屋を完全再現した場所だ。ミル坊が1番リラックス出来る場所だと思ってね。リラックスした状態で記憶を返そうと考えたんだ」
「完璧だよ、流石だなイスト。じゃあさっそく」
「ミルハ君。君は少しここで待機だ。記憶を返す準備が整っていないからな」
そう言うと3人は亮太を残して部屋を出る。亮太はしょうがないのでベットに背中を預けた。全身の力がスゥーと消えていくのを感じる。亮太はこの世界に来てからほとんど気を抜いていなかった。なので、この部屋の空間がとても安心出来た。瞼が重い。自分の部屋という安心感から緊張の糸が切れたのだ。強烈な睡魔に抗おうとせず亮太は眠りに落ちた。
亮太は夢に近い何かを見た。白一色の空間を重力に任せて落ちていく。最初、呆然と上を眺めていたが背中に伝わる冷たい感覚が煩わしくて体を反転させ彼は見た。自分が写っている写真のようなものが体に当たって染み込んでいき脳内でパズルのように組み上がっていく。
黒い靄が話しかけてる。
「よし、名をミルハと名付けよう」
黒い靄に高く持ち上げられ赤ん坊の自分は一瞬口角を上げる。それを見た白い靄は黒に向かって言った。
「あまり嬉しそうではなさそうですよ」
白には自分の口角が上がったのが見えなかったらしく心配そうに黒と自分を交互に見やる。黒は構わずに言った。
「こいつには見るもの全てに関心を持ってほしいのとこいつを見る者全てがこいつに強い感情を持ってほしい。だからミルハだ」
「自分の子にこいつはやめなさい。まあ、意味があってそこまで言うのなら…あら」
白は見た。黒を見て不自然に口角が上がりながらも笑顔を必死に表現する自分を。白は微笑むと自分を抱える。
「この子は表情を表に出すのが苦手なこのようね」
「そうだな」
幸せに満ちた空間が光に包まれ消えて新たな場面がきた。
年は7歳だろうか。少年の自分は公園で同じクラスであろう男子からいじめられていた。何度も踏みつけられながらも自分は無表情を崩さない。それが男子達の怒りをさらに買う。それを見かけた1人の女性が叫んだ。
「君達、何してるの!」
「やべ!逃げろー」
「あ、こら!」
男子達は一目散に逃げていった。自分は痛みを堪えながら立ち上がり土埃を払う。女性が心配そうに駆け寄って来たが自分は無視して女性の横を通っていった。自分は真っ直ぐ家に帰り服を着替え直ぐに家を出た。向かった先は年季を感じる立派なお屋敷だった。お屋敷の扉の前で立っている男に一礼する。男は笑顔で向かい入れ、自分を縁側で将棋盤を置いて待つ老年の男のもとへ案内してくれた。
「おぉ、来たか」
「うん。今日もやる」
2人は駒を進め続けた。パチッと駒を置く音が縁側に響き渡り2人は気づいていないが周囲には見物人が多く集まっていた。駒を置く音が次第に止んでいき決着がついた。
「まいりました。ぬぅ、もう平手では勝てんのう」
「ハンデ、あげようか?」
「もう一局じゃ!次は勝つぞ!」
この対局は夜まで続き大いに盛り上がった。少年の自分を見て亮太は絆されるような心が暖かくなるのを感じた。
場面は変わり場所は学校の屋上。少年の亮太はフェンスに背中を預け目の前の恐怖に震えていた。射殺すほどの目つきで男が自分を睨んでいた。
「はぁ、お前は何で何も出来ないくせに私を困らせるかな」
自分は無表情のまま答えない。ただ死んだような瞳で男を見上げていた。男はフェンスを蹴る。ガシャガシャと音をたてるフェンスは古く所々が錆びて脆くなっていて今にも壊れそうだった。
「お前がいなかったらなぁ、私も楽できたのに。お前が私の不祥事を目撃してなかったらお互い平和だったのになあ!」
男はフェンスではなく自分を蹴りつけ始める。だんだんと荒らさが増し何度も何度もフェンスにぶつけられる。男は息を荒くしながら思いっきり自分を蹴った。
「お前なんか死んでしまえばいいのにな!」
その時だった。衝撃でフェンスが壊れ自分は宙に放り出された。重力に従って落ちていくのをさっきとはうって変わって青白い顔になった男が駆け寄り落ちた先を見た。自分は最後の最後まで無表情で男を見つめ続けて地面に落下した。
映像はここで終わり真っ黒な空間に来ていた。亮太は辺りを見あたすが特に何も無い。ふと、キラリと光る物が見え亮太はそこに向かうと小さなガラスの破片のようなものが落ちていた。それに触れてみる。すると黒い渦が現れ男が出てきた。髪が地面まで伸びかなりの猫背だが顔は若々しい青年の顔だ。腕にはタトゥーが刻まれていて右腕には龍が、左腕には大蛇だ。亮太は声を掛けようと1歩踏み出したすと男はこちらを向くと尖った歯をギラつかせて笑った。
「自分を取り戻したか。なら我の復活も近いな」
「あんたは一体?」
「我のことは今はいい。それより近うよれ」
亮太は促されるまま近づく。男は亮太の右手を握ると魔力を注いだ。亮太は歯を食いしばった。握られている箇所に強烈な痛みが暴れている。しかし、直ぐに痛みが消えた。亮太は男の手を払って自分の手を見ると手の甲に竜の紋章が刻まれていた。小さな翼が生え竜は自分の尾を咥えている。
「これは?」
「いずれわかる。それより貴様が結んだ契約を勝手に返させてもらった」
「は?何してくれてんの?」
「目が覚めた時から貴様はミルハだ」
「いや、何言ってんの。俺は元からミルハだろ」
「ほぅ、では本名は何だ」
「それは………。あれ、本当の名前は…」
出てこない。ミルハは自分のゲーム上の名であって本名では無い。何度も思考を巡らしても一切出る気がしない。
「もうわかっただろ。お前はミルハだ」
「そのようだな。お前は一体なにも…」
再度名前を聞こうとした時、天井から強烈な光が溢れ空間が光で満ちていく。
「迎えが来たようだな。では、貴様が絶望した時にまた会おう」