戦い
ディーノルの城跡前には街中の人が集まっていた。目的はただ1つ。各地で歌を届けている歌姫ティラミ-プリンヒメの歌声を聞くためだ。会場の入場料は無料。それ故、街の商業活動が停止するほどの人が流れ込んできてスタッフが対応に追われている。そんな賑やかな会場と打って変わって舞台裏はただならぬ緊張感があった。亮太は段とアリスに警護の最終確認を行っていた。
「段は周囲を警戒し直接ヒメさんを狙ってきた場合はすぐに転移魔法で城の中へ。アリスはスタッフ達の警護だ。いざとなったら魔法使えよな」
「うん。わかった」
確認を終え各自持ち場へ移動する。
「ミルハ様。あの大丈夫ですよね?」
狙われる恐怖と心配からティラミは若干震えている。亮太は落ち着いた声で宣言する。
「安心してください。命が尽きようともこの任務はクリアしてみせます」
観客の歓声がドッと上がり開演時間を示した。ティラミはちょっと暗い顔をすると誰にも聞こえない声で呟く。
「守ってみせるって言って欲しかったな」
そして、ティラミはすぐに明るい表情に戻ると亮太に一言を残して壇上に上がる。
「行ってきます」
返答せず頷き返す亮太はティラミを見送ると魔力感知を発動させる。スタッフ一同は既に城内部でアリスと共に退去している。壇上ではオープニングトークが終わったようだ。そして、1曲目が亮太と正体のわからぬ敵との戦いが始まりを告げた。
心の芯まで暖まるような穏やかな音質に清水のように透き通った歌声が観客の心に染み渡る。安らぎを感じるティラミの歌に涙する者、放心状態に近いレベルで聞き入っている者もいる。亮太でさえも歌に聞き入ってしまうほどだ。
曲が終わり軽い会話を挟んだあと、最後の曲が始まった。今までの緩やかなテンポと違い、アグレッシブな曲調で観客全員が所持していたタオルを振り回しながら合いの手をする。そして、ティラミが最初の歌詞を歌おうと息を吸った瞬間、ガラスのように透き通った水色の魔法陣が現れると同時に壇上を埋め尽くすほどの氷塊が落ち、轟音と共にティラミの姿が消える。
「え?……………き…きゃあーーーーーー!!!!」
一瞬の出来事にみんな固まったように口を開けてその光景を見る。理解が追いつくとともに悲鳴をあげ逃げ出そうと入場口に人が殺到する。その真上にさっきと同じ魔法陣が出現し、鋭利に尖った氷の槍が観客に向かって落ちる。眼前に迫る死の恐怖にみんなギュッと目を瞑る。
「え………」
何も起きないことに疑問を持ち目を開けるとそこは古びたシャンデリアに絨毯、風化して顔が見えない銅像がある建物の中だった。何が起きたかわからず突っ立っていると1人が叫んだ。
「おい!外見てみろよ!」
全員が窓からの景色を見ると地面に氷の杭が突き刺さりステージが見る影もなく潰された惨状だ。そして、この景色で転移されたと理解したその時、空席の玉座から「パンパン」と手を叩く音がする。振り向いたその先は、今の現状に相応しくない穏やかな表情する男がいた。
「一ノ谷さん!!!!!?????」
「皆さん!現在、敵の襲撃を受けています!ここから出てはいけません。いいですね?」
全員が一斉に頷くと同時に皆安堵する。本来、一ノ谷の能力である配達は人間を移動させることは出来ない。そこであらかじめ構築していた転移魔法陣を呼び出したのだ。全員の安否を確認して一ノ谷は転移魔法で移動する。
会場には5人の男が壇上だった場所で何かを探している。氷は泡のように消えていて見る影もない。それはティラミと亮太もだった。男達は焦りと怒りを周囲に振りまきながら右往左往している。
「お、おい。やつがいないぞ。このままじゃ殺されちゃう」
「喋る暇があるなら手を動かせ!死にてえのか!」
5人は血眼になって探すが髪の毛1本すら見当たらない。死の恐怖と焦りから涙を流し始める者が出てきた。そんな姿を見た男達は狂ったように叫んだ。
「なんで見つからねえんだ!!!」
「何探してんの?」
5人のと天と地の差があるテンションで少年が問う。男達は散々聞かされた声に戦慄する。壇上だった場所にいなかったはずの神谷亮太がいるからだ。亮太は昨日、口封じに殺された男と同じパーティーを組んでいた男を特定し段に戦闘データを貰っていた。現在、5人の戦闘データを所持し"先読みO"と"掌握"で相手の攻撃を完璧に予測している亮太に対して、恐怖で足をガタガタ震わせ額に涙を浮かべているシルバークラス強さの男5人。どちらが勝つか猿でもわかる。
「お前ら覚悟はできてるか?」
亮太は噴水広場に来ていた。会場の5人は情報をはかせたあと気絶させている。魔力感知が噴水に強く反応している。周囲を目だけ動かし警戒していると敵の攻撃が始まった。噴水の勢いが弱まったと思った瞬間、噴水が破裂し大量の水が広場を全域を呑み込んでいく。亮太は水の範囲外に既に避難して敵意感知で敵を探す。魔力によって噴水の勢いは止まらず流水の音と水に含まれる敵意に場所が特定出来ない。しかし、360度に感じる敵意に亮太は腰に携えていた2丁のリボルバーを抜く。四散していた水の粒子は空気中で集まり凝固して氷の杭を形成していた。パキパキという冷えた唸り声と流水が止まった瞬間、亮太に引き寄せられるように氷の杭が亮太を襲う。亮太は地面から生えてくる氷を突き出たタイミングで破壊する。
「四重障壁!」
腕を十時に組んでその場に停滞する。そして、黄色のオーラを半円状に展開する。
バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ!!!!!!
オーラに触れた瞬間に氷の杭が爆散していく。地面に投げ出された大量の水が空気中で氷の杭に変形して次々に襲うがオーラの障壁はビクともしない。ゴミ屋敷のように氷のつぶが地面に転がる。全ての水を使い果たし現場は氷のつぶで溢れかえっていた。
亮太は気を解き再度魔力感知をすると諦めたように転移魔法陣が現れ1人の少年が現れる。気だるそうな垂れ目、感情のない水色の瞳、ツンツンヘアーの水色の髪をした少年は亮太に賞賛の拍手を送る。
「この量の氷杭を受けきったやつをこの世界で見るのは初めてだ」
亮太は拳銃を男に向けたまま返答せずもう片方の拳銃で真後ろを撃つ。ガラスが割れたような音とともに遠方で形成していた氷が砕ける。男はつまらなそうにため息をつく。
「なんだ、気づいてたのか。俺はキリエ。よろしく」
「自己紹介はいい。黒幕はあんたか」
「いいや。黒幕ならお前の感知外にいるあいつだよ」
亮太は魔力感知を最大範囲まで広げ、強大な悪寒を感じ上空を見上げる。高濃度の魔力が一筋の矢を形成していて周囲の景色が見えないほど発光している。そして、亮太の目に光の矢が映ると同時に弦から弾かれたように矢が飛んできた。亮太は右手に気を集めガントレットを形成。そこから機械音を立てて巨大なアームが作られた。光の矢は止まって見えるほど遅く下降していく。亮太は距離とタイミングを計り右手を突き出す。
「超重剛篭手!!!!」
凝縮していた光が弾け周囲を光が呑み込む。右手に感じる一撃を押し返そうと意識を全集中していると体中に衝撃が重くのしかかると足が地面から離れるの感じ、意識が飛んだ。光が亮太の視界を奪ったあとキリエが氷魔法で形成した大槌で腹部をフルスイングしたのだ。亮太は廃城に背中を激突して停止する。壁にめりこんだまま指1つ動かさなず完全に気絶している。
「これはやべぇ!!」
高台から状況を見ていた段はすぐさま亮太の元に移動し目の前に迫る氷柱を剣で弾く。さっきまでと違いかなりの強度を誇っており腕に微かな痺れを感じる。
「チッ!邪魔が入ったか」
「うちのリーダーはやらせないよ」
キリエが手を掲げる。段を囲むように魔法陣が現れると何十本もの氷の杭が放たれる。段は空間に穴を開け全て飛ばす。これを見たキリエは地面を踏みならす。段の死角から氷の棘が隆起する。完璧に段の虚をついた一撃にキリエはうすら笑みを浮かべる。しかし、1発の弾丸が棘を撃ち砕く。乾いた銃声がした方を見ると頭から血を流しながら亮太がリボルバーを構えていた。
「大丈夫かリーダー?」
「血眼で回復したから問題ない」
「金剛大槌をくらって生きてるなんてな」
「予言の子ですから生きてて当然ですよ」
2人は空を見上げる。一切の穢れのない純白の翼に白のワンピース、太陽を模した魔法陣の中心にいる少女はとても神々しい。そして、亮太はその少女を何度も見てきた。
「遂に本性を見せたか」
「はい。あなたはもう用済みですので排除しようと思いまして」
「随分上からものを言うな。あ?」
赤い気が炎のように燃え上がる。気の圧力に周囲の氷がポップコーンのように軽快な音をたて砕け散る。少女は亮太を見つめながら楽しそうに笑う。
「なにヘラヘラしてんだよ」
「いえ、これを言えばあなたも驚くと思って」
「私の名はリン。あなたの幼馴染みですよ」