私、息子の為に王妃やめます
ルージュ(20)は昨日までこの国の王妃でした。ただ今日からは平民として暮らさなければいけなくなったのです。一人息子のアーシュ(3)を連れて。
『今すぐこれを持って今すぐ出ていけ!アーシュも一緒だ!』
ルージュとアーシュはわずかなお金を渡され城を出されてしまいました。着の身着のまま。
ルージュ達が城を出されてしまった原因は王様への密告にありました。
『ルージュ王妃は不貞を働いている』
『アーシュ王子は王様の子ではない』
アーシュは王様そっくりの顔立ちでしたし、髪も瞳も同じ色。誰が見ても親子でした。それなのに王様はその密告内容を信じたのです。
その密告者とは誰だったのでしょうか。なぜ信じてしまったのでしょうか。王様ですら覚えていないのです。
そこには不貞を理由に王妃を息子共々城から追い出したという事実しか残っていませんでした。
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「アーシュ?」
「なぁにおかぁしゃま」
「二人で幸せになりましょうね」
「ぼくいまもしあわせだよ」
息子の笑顔につられるようにルージュも微笑みました。
二人は今も国内にとどまり平民として二人で生活していました。王妃をしていた者が平民の生活が出来るのでしょうか?とお思いの方、大丈夫なのです。ルージュの出身は貴族といっても貧乏子爵。掃除、洗濯お手のもの。料理は少しずつ勉強中です。
しかもルージュは色々(ここ大事)な魔法がとっても上手に使えるのです。母子二人での生活には身を守るためにも魔法が使えて良かったと思っています。今一番使う魔法はアーシュは目を離すとどこかへ行ってしまうので結界を張ることですね。
わずかなお金でやっていけるのか?それも心配いりません。城を出る際にいくつかの宝石や貴金属を持ち出していますから。もちろん自分のものですよ。
着の身着のまま追い出されたのに宝石?とお思いの方に説明しましょう。
それには少し時間をさかのぼる必要がありますね。そうですね、王様への密告のあたりがいいでしょうか。
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王様の前には一人の女性がいます。
『ルージュ王妃は不貞を働いています。つまりアーシュ王子は王様の子ではないということ。これは事実。王妃を城から追放するべきです。王様、ご決断を』
良く見るとこの女性はルージュ王妃ですね。ルージュは自分の不貞を暴露していることになります。それより王様は目の前にいるルージュに気付いた様子もありませんが。これは魔法の一種ですね。ルージュは色々な魔法が使えますから。きっと魅了や記憶操作の類いでしょう。使えるのは生活魔法だけじゃありませんから。
ルージュは追い出されることを予定していました。なので事前に宝石を持ち出すことが出来たのですね。
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『かぁしゃま、ころんであしがいたいよー』
『あら?男の子はこのくらいで泣いてはダメよ。もっと強くなりましょうね』
『うん!ぼくつよくなるよ!ひとりでもねれるもん』
『アーシュすごいわ。でも今日は一緒に寝てくれるかしら?』
『うん!』
アーシュは優しい大人になりそうですね。父親である王様はどうだったのでしょうか。
ルージュがこんなことをした理由にもつながるので、二人がどんなふうに婚約・結婚に至ったのか知る必要がありますね。
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『ルージュ、君はどうしてこんなに美しいんだろう。どんな大輪の花も君の輝きの前では霞んでしまうよ。あぁ私のルージュ。どこかへ閉じ込めてしまいたい』
『・・・イアン様』
イアンとは王様のことですね。
言葉は甘いのに雰囲気に甘さが感じられません。ルージュは王様の発言に大分引いているようですが。普通、王様からこんなに深い愛情を向けられたら嬉しいものではないのでしょうか。
『イアン様にはラッセル公爵令嬢が、、』
『ルージュ。私には君だけだよ。何も心配はいらない。もう二度とその名は出さないでくれるかい』
『、、、はい』
王様にはラッセル公爵令嬢という婚約者がいたようですがルージュに心奪われてしまったようですね。一方のルージュは乗り気ではない様子。王様のことを『いつも言っている意味がわからない変わった人』だと思っていましたし、ルージュは子爵令嬢でしたから、王様の心を奪ったと思った公爵令嬢からの仕打ちが怖かったのでしょう。
実際公爵令嬢からは直接ではないにしろ沢山の嫌がらせを受けました。
『もうほっといてほしい、どこかへ消えたい』そんなルージュの気持ちに気付くことなく王様は愛をささやき続けます。ますます孤立するルージュ。
とうとう王様はラッセル公爵令嬢との婚約破棄、そしてルージュとの婚約を発表したのでした。
『なぜこんなことをしたのですか!』
『ルージュを愛しているからだよ。もう君以外愛せないのだから。ルージュ、私だけのルージュ。私をこんなふうにした責任をとってもらわないとね、フッ』
きもっ。失礼。
王族からの申し出を断ることは出来ずルージュは婚約・結婚を受け入れるしかありませんでした。
ルージュは得意の魔法を王様の記憶操作などに使うことはしませんでした。それは魔法を扱う人にとって決してやってはいけない禁忌とされているからです。
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『アーシュ、美味しい?』
『うん!かぁしゃまのりょうりはいちばんおいしいよ。ぼくだいすき!』
『母様はアーシュが大好きよ』
ルージュはアーシュが好きなクッキーをデザートに出しています。とっても美味しそうに食べますね。それを見るルージュも幸せそうです。この生活がずっと続くことを願ってしまいます。
ルージュは一体なぜ平民の生活を選ぶことにしたのでしょうか。気になるところですよね。原因はこのあたりでしょうか。
さて、アーシュが生まれたころの様子がこちらです。
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『ルージュ良くやった。跡継ぎとなる王子だ』
『はい、イアン様。それで、、、子に会わせていただけませんか』
『今は無理だ。ルージュも疲れているだろう?私がずっとそばにいるからゆっくり休め』
『・・・・』
『ルージュ、君は母親となっても美しいな』
『・・・・・・』
ルージュは眠ることにしました。
一晩明けても我が子に会うことは出来ません。王様が毎日見舞いに来ますが王子の話をすることもありません。3日、4日、、そして10日が過ぎとうとう我慢の限界がきました。
『イアン様。子に会わせてください。私の体調もすっかり戻りました』
『今日は無理だ。』
『まさか子になにかあったのですか!?お願いです。会わせてください!!』
『、、、なにもない。子は元気だ。会うのは明日にしよう』
『本当ですね!きっと会わせてくださいね!』
『、、わかった。約束だ。名前はアーシュとした』
『アーシュ。素敵な名前ですね』
こうしてルージュは出産から11日ぶりに我が子との対面を果たすことになったのです。
ついでにその日の王様の執務室での様子もお教えしましょう。
『なぜルージュはあんな赤子に会いたがるんだ。私が目の前にいるというのに子の心配とは。ルージュは変わってしまったのか、、嫌、私だけを愛しているのだからな。アーシュが素敵な名前か、、、イアンのほうが素敵だろ、、、ブツブツ』
寒い。冬でもないのになぜか寒気がします。
さぁルージュのもとへ侍女がアーシュを連れてきました。初めて抱っこをします。小さいですね。そしてあたたかい。今日は王様は仕事が忙しいようで姿は見えません。それはそうでしょう、ここ最近執務を放ってルージュの元へ入り浸ってましたからね。
つかの間の母子の再会はあっという間に終わってしまいました。
平民の生活を選んだ理由。だいたいの方はこれでわかっていただけたと思いますがまだわからない方のためにもう少しお話を続けましょう。
つかの間の母子の再会から3ヶ月が過ぎたころルージュは体調を崩しました。病気というより精神的なものが原因でした。
『、、、アーシュ』
3ヶ月も我が子の安否すら教えてもらえないルージュは心配のあまり、徐々に食事も喉をとおらなくなり弱っていきました。侍女達も弱っていくルージュの姿を見ていられずついアーシュ王子の事を言いそうになりますが、王様よりルージュに子に関することを言うなとの命がくだっていたのです。
『ルージュは私にだけ愛を向けていればいい。最後に頼るのは私だけでいい』
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『アーシュ、今日はなにがいい?』
『うーん。かぁしゃまのイチゴのジャムとクッキーがたべたいなぁ』
『それはおやつね。そうね、お野菜のスープとパンにしましょうか?』
『うん!ぼくスープすき!』
アーシュは今日もクッキーのおねだりです。上目遣いがたまりません。本当に仲の良い母子です。
はいはい、ルージュはアーシュに会えなくて弱っていたのになぜここまで仲がいいのかという疑問ですね。これは出産から半年が過ぎたころでしたね。
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『ルージュ様、もう少しだけでも食べて頂かないとお身体が、、』
『いらないわ。ごめんなさい』
『、、、ルージュ様』
『もうお腹がいっぱいなの』
あまりの弱り様に、ここで侍女は周りに誰もいないことを確かめると王様から命が出ていることを伝えた。
『ですからだれも言えなかったのです。ルージュ様、私にわかる範囲でならアーシュ王子のことお教えします。とりあえずスープだけでも召し上がってください』
『アーシュの事を、、』
ルージュは胸がいっぱいになって泣き出してしまいました。それからルージュはこの侍女を王妃つきの侍女とし、アーシュの話を聞くのと引き換えに食事をとるようになったのです。どんどん元気になっていくルージュに王様は『アーシュの事をやっと忘れたのだな。やっぱりルージュには私だけなのだ』と明後日な考えをしていました。それからルージュは王様の前ではアーシュの事を話さないようにしました。
ルージュは侍女のおかげでこっそりアーシュと会うことも出来るようになりました。ルージュはアーシュの少しくせのある髪が大好きでした。相変わらず押し付けがましい王様からの愛情を受け流しアーシュに母親の愛情を与える。そんな日々でした。
そんな生活が3年続いたある日、王様の髪についたゴミをはらってあげたとき『アーシュと同じね』と言ってしまったのです。王様は『生まれて一度しか会っていないはずの子供と自分を一緒とは一体?』王様はルージュを傷つけることは決してしません。イアンの怒りの感情が向けられたのは息子のアーシュでした。
そのアーシュを守ったのはあの侍女でした。王様の命を無視し、『ルージュ王妃へアーシュ王子の様子を伝えていた』と認めたのです。それに怒った王様はその侍女を辞めさせてしまいました。
ひどい事をされずに済んだとホッとしましたが、ルージュは侍女に謝っても謝りきれません。その子はきっと王様の怒りをかったと貴族ではいられないでしょうから。それも自分の不用意な発言のせいで。
その日ルージュはアーシュをつれてこの城を出る決意をしました。
すべてはアーシュを守るために。
禁忌を犯してでも。
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『かぁしゃま、きょうもナタリーこない?』
『今日は来るかもしれないわね』
『トントン』
『どうぞ』
『お邪魔いたします。ルージュ様』
『いらっしゃい、待っていたわ。それと様はやめて、私はただの平民よ。今日から宜しくね、ナタリー』
『、、ルージュ様』
『ほら、また言ったわ』
笑って言うルージュ。
『ナタリーあそぼう!』
ナタリーの右手を引っ張るようにしてあそぼうとおねだりするアーシュ。
『はい、アーシュ様!』
侍女服を脱いで平民となったナタリーが今日からこの家の三人目の家族になったのです。
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『ルージュ、、、なぜ私は追い出すようなまねを、、今どこに』
魔法がとけて王様は混乱中です。魔法に耐性でもあったのでしょうか。
ルージュ一人に愛情を向けるのが王様の愛の示し方だったのでしょうが、そのうちの少しでもアーシュに向けてくれていたら違ったのかもしれませんね。そうしたらルージュも城から出ることはなかったでしょう。
心を入れ替えてルージュを迎えに来る日が、、、別にこなくてもいいですか。だってルージュは今が一番幸せそうですから。