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アスベリアス魔法学院魔法陣製作課

作者: fujito
掲載日:2017/02/18


「駄目だ駄目だっ! そんな魔法陣が世に出せるはずが無いだろうっ!」


「何処が駄目なんだよっ。こう、漲るような素晴らしい魔法陣だろうがっ!」


「実用性が無いっ、危険があるっ。それにお前のは複雑すぎるっ。大体今時は二次元の魔法陣なんざ流行らんっ」


「だからこの複雑さがアートなんだろうがっ! それに最近じゃ立体魔法陣も廃れてきてるんだぞっ!? 二次元魔法陣でもスタイリッシュなデザインしてるだろうっ!? あとこれは半二次元魔法陣だよっ!」


「半二次元だろうが二次元だろうが、見た目だけじゃ駄目だっ。実用性を持たせろっ。そしてお前のは危険だっ」



 ――――ここは魔法が蔓延する、とある世界。

 当たり前のように魔法が使われ、存在する。

 そして、ここはその魔法学を学ぶ者が通う学院。

 その中の魔法陣製作課――――。



 そこで、学院生と指導員が言い争いをしていた。



「ジャスさんの魔法陣だって、複雑な二次元魔法陣だろうがっ! それでそいつが流行ったから、ここの指導員やってんだろうにっ」



 ――――この世界は、魔法は日常で使われる。

 家に帰れば、魔法陣が描かれた物が部屋を明るく灯す。

 友人と話をしたいならば、携帯型小型魔法陣式通信装置を使用する。

 料理をするなら、小型魔法球を使い火を点ける――――。



「ぐっ、だ、だがそれはもう十年は昔の事だっ。それに俺のはケイと違う、医療式魔法術を組み込んであるっ! 実用性と専門性がお前とは違うんだよっ!」


「じゃあこれだって実用性あるだろっ! 世界にゃ欲しがってるやつ居るはずだっ! 俺が欲しい物作ったんだからなっ」



 ジャスは、アスベリアス魔法学院の指導員である。

 魔法使いとは思えないほどの長身と、がっしりとした体型をしていた。

 彼をよく知らない人物からは、戦士だと間違えられる事も多々ある。

 しかし、そのような巨躯の持ち主でありながら、得意な事は繊細な作業であった。

 ジャスは過去に自身が作成した魔法陣が世に流行したその功績を認められ、この魔法学院で指導員を依頼された。



「そりゃお前だけだっ! 大体何なんだっ!? トールアの魔法と、アジュの魔法を掛け合わせた魔法陣を何に使うんだっ?」



  ――――かつては、魔法は異種族間の争いや、魔物モンスターと戦う際に使用された。

 しかし今は、魔物モンスターは保護対象となりつつあった。

 人や多種族に狩り尽され、その生命体は世界から消えかかりかけていた。

 魔族やエルフ族を始めとする異種族とも、今では小競り合いこそ在る。

 だが、現在は夫々の国として均衡を保っている。云わば、今では平和な世界――――。



「そりゃ、寒い日にこれを使えば、バカンスに出た感じになれるだろっ!? トールアで暖かくして、アジュでバカンスの幻覚をかけりゃ、良い感じに暖かい夢見れるだろうがっ」


「馬鹿たれっ! トールアに保護術を掛けてないのに暖かいとか思うかっ! 熱いだろうがっ! 燃えるだろうがっ! アジュで催眠に掛かったまま、焼死者が出るだろうがっ!」


「…………がっ! そうだった……いやちょっと待ったっ。それ描き込んだらこの美しい魔法陣は成り立たなくなるっ」


「それ見ろ。駄目だろうが。だから立体魔法陣にすれば一応成り立つ。流行らんとは思うがな」



 ――――この時代、魔法は売り物になっていた。

 正確には、魔法を組み込んだ魔法陣。それを描き込んだ生活用品等。

 それを量産し、売る。

 特別許可と申請が必要であるが、それが認められれば売りに出せる。

 それに将来性を見出した組合や国があると、それを買い取り、量産する。

 それが世に流行すれば、一攫千金も夢ではない――――。



「ケイ。お前にゃ才能があるから言っているんだ。それなのにお前は、なんでそんな変な魔法陣ばかり作ってくるっ!?」



 ――――この世界では、魔法作成物が基本生活の必需品。

 しかし、一攫千金を夢見てそれ目指す者は少なくない――――。



「変かっ!? 俺、変かっ? アートな魔法陣を作ってるはずだぞっ!?」



 ケイはこのアスベリアス魔法学院の学院生であった。

 少し長めのブロンドの髪、白い肌、平均的な体格、そして蒼い瞳を持つ。

 その容姿から軽薄そうに思われるが、実際はストイックな性格である。

 そして魔法陣製作に関しては、強い情熱を傾けていた。

 それは少し間違った方向なのだが。


 魔法学院に入るには、厳しい試験がある。

 それを通過出来た者だけが、学院に通える。

 そして、その学院を卒業しなければ、魔法陣は売り出す事は出来ない。

 ケイももちろんこの厳しい試験を通過してきていた。だが――――、



「見栄えが良いだけでは売り物にはならんっ! 実用性と見栄え、そして安全性、それらが成り立ってからこそ、製品として売り出されるっ!」



 今の世は、魔法の恩恵は当然のようにあり、魔法陣は世に蔓延している。

 だから、そこに独自性や美しさ等を求められる。

 そうでなければ、量産しても誰も買わない。



「お前の魔法陣が独自性があるのは認める。だがなっ。実用性が欠けてるだろうがっ。それにこんな複雑な魔法陣が量産出来るかっ! しかもでか過ぎだっ! どこにコレを置くんだっ!?」



 ケイとジャスが見ているのは、ケイが休暇期間中に作成した、云わば宿題のような課題。

 その魔法陣。

 ケイが作成した魔法陣は、紙に描かれた、大きな、そして複雑な魔法陣だった。



「ベッドの下にでも敷きゃ良いだろっ!? それで寝れば良い夢を――」


「だからっ、これじゃ燃えちまうっ。せめて保護術を入れろっ」


「ぐっ! そ、それじゃ、この魔法陣の美しさが消えてしまう――」


「それを商品性のあるように描き込めたら、これでも納得はせんでも無い」


「いやジャスさん、それじゃこの魔法陣崩れちまう。美しさが――」


「だから、それを立体で入れ込めば良いだろっ?」


「いやだから、今時はもう、立体魔法陣は廃れてきてるって――――」


「――――あのー、そろそろ良いですか? もう次の人達待ってますよ?」



 そこに、一人の学院生が口を挟んだ。

 褐色の肌に、赤い瞳、黒いウェーブががった腰まで伸びた髪。

 その容姿はミステリアスな雰囲気をかもし出している。

 ここの女性学院生の一人、マヤである。



「マヤ、お前からも言ってくれよ。俺の究極に素晴らしい魔法陣は――」


「実用性が無い、危険がある、ってあたしも言った筈だけど?」


「マヤっ! お前まで言うのかっ!?」


「いやケイ、休み中にあたし言ったよね? それじゃ課題に沿わないって」



 ――――マヤは、この魔法学院でも、トップクラスの成績を叩き出す女生徒であった。

 それなのに魔法陣製作課に入るとは、指導員の誰もが嘆いた。

 

 この魔法学院には、いくつかの課が存在する。


 魔法基礎学課。

 ここはまず試験を突破し、ここに入学出来た者が最初に通う、云わば基礎を学ぶ課である。

 そこで試験を突破し、夫々の学課へ赴く。



「ケイ、魔法基礎学で学んだよね? 魔法陣は、大衆に受けれられる為には安全性が第一だって」


「やっぱりマヤちゃん、魔導師学課に行けばよかったのに……」



 もう一人、マヤに着いて来た学院生、カンナがマヤに話しかける。



 魔導師学課。

 その名の通り、魔導師を育成する学課である。

 将来は世界に名を馳せる魔導師を排出する、この学院の云わばエリートが通う学課。

 世に魔法使いと言われる者は、ほぼこの学課を通過していた。

 そこには、様々な国の要人やその国の秩序を保つ者等が居る。

 中には、伝説と言われる存在もこの学課で学んでいたと言う。

 しかしこの学課に通うには、魔力の内包量、魔法の知識、魔法陣の知識、魔法理論、世情、人格者である事等等。

 ともかく試験が多い。だから、なれる者は極僅か。

 しかしなれれば、将来は安泰である。



「あたし、魔法使いになりたい訳じゃなし。カンナこそ、魔法技術を開発するほうが向いてるんじゃないの?」



 魔法技術開発課。

 この学課では新たな魔法の開発や、既にある魔法を簡略化等を研究開発する。

 世界で使われる魔法を向上される、云わば下地を研究する学課であった。

 ここの者達は、魔法使いにとっても、魔法陣を作成する者達にとっても、縁の下の力持ちである。

 彼らが居なければ、魔法は古いままだった。

 だがこの掘り尽くされた時代では、新しい魔法は中々生まれない。

 しかしそんな中であるからこそ、新魔法を開発した者は、その魔法の一部に自身の名を残す事ができる。

 上手く活躍出来れば、或いは魔導師よりも栄誉ある学課であった。



「わ、私、そんなに成績良くないし……マヤちゃんこそ行けば良いのに」


「マヤ。今からでも遅くは無い。せめてそちらに移行しては……」


「いえ、もうあたし、魔法陣製作課ですから」



 マヤはカンナやジャスからも言われるが、丁重に断る。


 彼らが所属する、魔法陣製作課。

 ここは一般の魔力を持たない者達へ魔法を提供する、魔法陣開発を行う学課。

 名を馳せると言うよりは、金銭を得られる機会が多い。

 魔力を持たない人達が魔法を常日頃から扱えているのは、この魔法陣によるものである。

 街にありふれた魔法道具は、この学課を出た者が作っている事がほとんどだった。

 時には、魔導師が残した物を量産出来るよう改造して使われていた事もある。

 しかし、それは近年は掘り尽くされ、新しい効果のある魔法陣か、或いは目新しい魔法陣を作成する事を求められる。

 だが――――



「んじゃあ、これは――」


「ケイ。そろそろ終わってくれないと、他の人達まだ居るのよ? それ、もう諦めて、別の魔法陣で頑張れば良いじゃない」


「いや、マヤ、しかしだな。これは俺が渾身の力を掛けて製作した魔法陣――――」


「ケイ、やり直しだ。祭典までには間に合わせろよ。マヤ、待たせたな。さて、どんな魔法陣を製作してきた?」


「はい。これは――――」



 マヤが、自分の製作してきた魔法陣の説明を始めたので、ケイは渋々自身が作成した魔法陣を持ち席に戻った。

 ジャスはマヤの魔法陣を熱心に見聞きしている。



(くそぉ。俺の渾身の魔法陣のはずなのに――)



 休暇期間中、必死に作った魔法陣だったが、欠陥があった。

 それは認めるしか無い。

 この魔法陣の美しさは、ケイの渾身の出来であった。

 しかし美しさを求めた余り、魔法陣の効果そのものに欠陥が出てしまったのだった。



(――――くっ、思い出せば、マヤに言われた気もする)



 ケイは休暇期間中の事を思い出す。

 マヤは、この魔法学院でも、魔力内包量、魔法知識、理論、その全てにおいて良い成績を叩き出す。

 本来ならば、魔導師学課に行くような女性である。

 なのに何故、この魔法陣作成課に居るのか。

 理由は単純であった。



『――――あたし、ケイがそこに通うなら、同じ所に行くよ――――』



 ケイに、マヤはそう告げた。


 どちらからだったかと言えば、なんとマヤからだった。

 ある時、マヤから付き合って欲しいと告げられた。

 何故またろくな魔力も検出されない自分に、とも考えたケイだったが、マヤのような魅力的な女性からそう言われてしまえば、特に他に好きな人も居なかったケイには断る理由は無かった。


 そんな自分に何故興味を抱いたのかと、恐る恐る訊ねた事があった。

 マヤは、簡潔にそれを述べた。



『――――だって、ケイはあたしが持っていない、魅力を持ってるもの。あたしは本当は――――』



 マヤの理由は単純だった。

 ただ、自分を特別視しないケイに惹かれたのだった。マヤは周りからそう視られている。

 それだけマヤは、魔法使いの才能に優れていた。

 しかしマヤはその事に辟易していたと言う。

 勝手に魔力を検査され、親に勝手に将来は世に名を残す魔法使いになれると言われ、言われるがまま、ここに入った。

 彼女は魔法自体は嫌いではない。

 しかし世に名を馳せたいとも、偉いさんになる気も無いらしい。

 マヤは普通に暮らしたいと嘆いていた。



「うーむ。確かに良い効果だ。しかし、少し立体魔法陣が多すぎるな。これでは量産には少し向かんかもしれん」


「あら、やっぱりそうですよね。じゃあもう少し、簡単な物に出来るよう追求してみます」


「祭典にはオッケーだ。目を付けられるには少し厳しいかもしれんが」


「じゃあ、あたしの祭典の出展はこれにします」



 ジャスに指摘された項目を、マヤは当然だろうと言う風に受け止める。

 その後、ジャスと二言三言、言葉を交わして、マヤも自身の席に戻ってきた。

 次にカンナが自分の魔法陣を見せていた。



「お前な……人に言っといてマヤ自身のも駄目じゃないか……」


「あら? 立体魔法陣がもっと簡略化されるように開発されれば、これは出来るはずよ。だから祭典じゃ出せるわ」


「やっぱお前、魔法陣製作より、開発の方が向いてるんじゃないか?」


「嫌よ。だってあの課、夜遅いじゃない」



 魔法技術開発課は、或いは自身でその開発した魔法を検査する事もある。

 その為、ある程度魔法が行使できる、魔力の内包量が必要であった。


 その上、開発とはものすごく時間が掛かる。

 魔法技術開発課の部屋は、不夜城とまで言われるくらい灯りが消える事は無い。

 それだけ残って作業をしている人員が多い。



「本採用になったら、もっと延々と働かされるみたいだし。あたし、そんな生活嫌だもん」



 ふと見ると、他の学院生が作成してきた魔法陣に対して、ジャスがマヤの時と同じように指摘をしていた。


 今、彼らが行っている事。

 それは今週末に行われる、『アスベリアス魔法際』と呼ばれる、この街特有の魔法祭典の為の課題の確認。

 それは、一般の者や行商人、国の要人、そして冒険者等と言った物達。

 この学院の生徒や指導員以外に、ここの学院生が作成した物をお披露目出来る場である。


 このアスベリアス国は、魔法国家。

 古くから魔法使いにより国が運営され、数々の名立たる魔法使いを輩出した。

 そして今では、商業でも魔法道具により、莫大な業績を誇っている。

 

 国としての領土は他の国よりとても狭い。

 しかし、魔法を学びたい者、魔法使いを必要とする国、魔法道具を必要としている人々は沢山居る。

 魔法道具が当たり前になって来ている今、この国は小さいながらも大国家の扱いを受けていた。


 そんな魔法国家の大事な若手教育機関である、アスベリアス魔法学院は、様々な国からその道を志す者が集まって来ている。


 云わば、世に在る魔法学院でも最も有名な魔法学院であった。

 そこの学院生がお披露目する魔法や、魔道具、新たな魔法技術等は、様々な国々にとっても魅力的な物であった。


 この国には、入るにも様々な手続きが必要であり、様々な結界魔法陣により厳重な警戒がなされている。

 それは、世に出してはならない魔法や魔道具を保持しているからであり、それを機密としているからであった。


 だがその魔法祭典時には、その結界が一時緩くなる。

 その為、様々な者がこの時だけはこの国に厳しい手続きは無く、入る事が出来る。

 しかしその分、いくつかの場所は結界がより強固になる。


 魔法祭典が行われるのはこの国の下町、この国の商業街。


 このアスベリアス魔法学院の生徒も、そこで成果物をお披露目出来る。


 それは、それが出来る物であれば、の話であるのだが――――。



「駄目だっ。それは少し危険だ。世に広めるにはもっと保護術を入れるべきだっ」



 ジャスが、次々と学院生の作生物に駄目出しをしていた。

 それも致し方が無い。

 ケイの魔法陣のように、もし魔法の知識が乏しい誰かが知らずに真似すると、怪我ではすまない可能性もあるのだ。

 もちろん、ここの学院生以外の、魔法使い、魔導師、国々に認められた者達以外が不正にそれを使用すれば、捕まり罰せられる。

 だが、一時とは言え結界が弱まるこの祭典、下手な物は出す事が出来ない。

 良からぬ人物も紛れ込んでいる可能性だってあるのだから――。


 しかしこの学院生にとっては、世に自分を売り込むチャンスでもある。

 それは名誉の為に、或いは将来の為に、或いは金の為に。



「くそぉ。この美しい魔法陣なら、祭典にばっちりだと思ったんだが……」


「残念。危険があるから出せないわね」


「分かってたんなら、言って…………くれてたな…………」


「そう。あたし言ったよ」


「そうなると、これは…………いや、駄目だな。デザイン性が消えちまう。立体魔法陣にはしたく無いしなぁ。かと言ってもう時間もあんま無い……」



 祭典は五日後。

 それまでにジャスの試験を通過しなければ、そこで成果物をお披露目出来ない。

 それが全てでは無いが、他の機会ではその祭典の時ほどの大勢に見せる機会も無い。



「ねぇ、ケイ。あの魔法陣、出してないでしょう?」


「ん? あー、あれか? あれはなぁ。ただの気晴らしの魔法陣だぞ?」


「あら? あたし、あの魔法陣好きよ。あたしもちょっとだけれど手伝ったじゃない」


「けどな、あれ、欠陥が……」



 ケイとマヤが話をしていると、大声が聞こえた。



「――――くそっ! ジャスさんよぉっ! あれ駄目これ駄目ばっかやっと、新しい物なんて作れんってばっ!」


「だからっ! 危険が無くだっ。後はマヤの魔法陣みたいに技術が向上すれば、量産の可能性があるようであれば、将来性は見込めるっ。だがお前のは危険すぎるんだっ!」



 ケイと違った意味でのもう一人の問題児、サイスがジャスに喰って掛かっていた。



「お前のは、どれもこれも危険性が高すぎるんだっ! 今は魔法陣は、安全第一が基本なんだぞっ!」


「おいの魔法陣は、危険区域で使用すっとが目的やっ! やけん、ちょっとばっか危険があってもいいやろっ!?」


「それは例外は無くも無い。だがな、この祭典じゃそういう魔法陣は出せないんだ」


「じゃあ、どうやってこいを広めるとねっ!?」


「まずは安全性が高く、そして大衆に受け入れられる魔法陣を作る。それから国のお抱え等になり――――」


「そいは、前にも聞いたっ! そいじゃ、おいの魔法陣が売れる前に、他の誰かが作ってしまおうもっ!」


「なら、その後更に違う魔法陣を作成するんだな」


「ぐっ! そいは時間かかろうもっ! おいは、今金に成る魔法陣を出したかっ!」


「お前なっ! 軍事目的の魔法陣は、ここの学院レベルでもどうこう出来る物じゃないんだっ! まずは安全性が有りだな――――」



 サイスは何処かの田舎からの生まれらしい。

 彼は、魔族と人間のハーフだと言う。

 だから彼には角が生えている。そして黒い肌を持つ。


 この学院は魔族の血筋だからと言って入学を断らない。

 彼は性格は若干横暴だが、そう悪い者でも無い。

 と言うより、魔族が全てそんな存在だと言われていたのは今は過去。

 横暴な性格なのは、彼だからである。


 実際、純粋な魔族でありつつもこの学院を出て、名を馳せた者も存在する。

 その者は、とても謙虚でありつつも、大衆の為の魔法陣を作り続けている。



「あたし、あいつの魔法陣、嫌い」



 ふとマヤが呟く。

 そんなマヤも、魔族の血筋を引く。

 クォーターだという事である。

 魔族と言っても、その中にまた様々な種族が居る。

 マヤは、見た目はほとんど人間と変わらない。



「危険すぎるからか?」



 魔族特有の赤い瞳のマヤは、その目を瞑り首を振る。



「あいつの魔法陣、金儲けが第一になってるもん」



 今の世は、確かに一般に魔法陣を売り出す。

 だが、最も金になる魔法陣は、やはり軍事目的の物であるのも事実であった。

 国々が軍事目的と主張し、開発する魔法陣や魔法。

 それはこの世界の危険区域と呼ばれる、ある空間で使用される事が前提であった。

 だがそれは建前であり、他の種族との抗争の為に、表面上は平和である今の内に、新しい魔法や技術を開発したがっているのだと囁かれる事もあった。

 それが嘘か真かは定かでは無いが、危険区域での使用を前提とした魔法陣が、どこかの国にでも目が留まれば、一攫千金どころか一生安泰である。

 マヤは、サイスの魔法陣がそれを狙っているから嫌いだと言っているのだった。


 ケイの魔法陣は、美しさや見た目を追求する。

 マヤの魔法陣は、実用性や将来性を追及する。

 サイスの魔法陣は、何処かの国の目につく事、引いては金になる事を第一で追及されている。


 大衆の為では無く、最も効率的に金に成る魔法陣を追求するサイスの魔法陣を、マヤは嫌っていた。


 そこには安全性など皆無であり、美しさも無く、強さだけを求められる。

 かつての種族間の争いの時を彷彿させる魔法陣である事が、マヤの嫌悪に繋がっていた。



「ねえ、それよりもケイ。あの魔法陣出そうよ。あれなら祭典でもバッチリだと思うよ」


「あの魔法陣かぁ。でもあれ、効果時間に問題があるぞ?」


「あら、ちゃんとそこを教えれば問題は無いはずよ。それに、しっかりとその効果時間を把握出来ていれば、使いたい人は沢山居ると思うけれど」


「けどなぁ。あれ一個作るのに、一つ必要じゃないか」


「でももう結構数あるわよね。あれ、まとめて出しちゃえば、あれだけでも十分だと思うけれど」


「うーん、けどメインのあれが――――」



 そこに諦めたのであろう、サイスが通りかかった。



「なん? お前まだ、他にも魔法陣作ってたんか?」


「諦めたか、サイス。なんか知らんが、随分危険そうな魔法陣だったじゃないか」


「ふん。おいの魔法陣は危険な場所でこそ、本来の力をだすとにね。そいが分からんジャスさんも駄目だね」


「ジャスさんも指導員としては、祭典で危険な物出せないんだろうな。って俺も言い争いしたばっかだけどな」



 ケイとサイスは、仲は悪くない。

 美しいケイの魔法陣を、サイスは彼なりに認めており、サイスの強力な魔法陣を、ケイは自分には作れないだろうと認めていた。


 だがマヤは、どうにもサイスの魔法陣、いや彼自体が嫌いであるようで、サイスとは口を利かない。

 今もサイスが来た事により、マヤじゃそっぽを向いていた。


 サイスは、昔一度、そんなマヤに情慕を抱いていたらしい。

 だが、サイスがマヤに何をやったかケイは知らないが、嫌われたが最後。

 今ではこんな関係になっていた。



「ちっ。マヤ、まだあん時言った事、怒ってるんかよ?」


「………………」


「ま、もう今じゃどうでも良いっちゃね。おいは、金が出来りゃそいで良かもんね」



 そして、サイスも自分の席に戻っていった。



「なぁ、マヤ。何があったかは、前から言ってるけど聞かないけどさ。せめて返事くらいしてやれよ」


「嫌。あたし、あいつ嫌い」



 随分と嫌われた物である。

 だが、ケイは聞いてた。

 サイスの生まれ故郷は、他と比べると貧乏であり、だから自分は金持ちになりたいと言っていた。


 声を掛けられた事がそんなに不快なのかは、ケイも中々聞き辛い。

 ケイはそっぽを向いたままのマヤを見た後、ふとジャスを視る。

 そこには本日最後の学院生であろう、タカが魔法陣を見せ、駄目出しを食らっていた。



「お前の魔法陣は安全性は在るが、効果もデザインもだなぁ――――」



 世にありふれた物。

 そう、最後の言葉が締めくくられていた。



 ――――アスベリアス魔法学院生の宿舎。


 

 ケイは、一人自室で魔法陣と向かっていた。



(これじゃあ、効果はどうか知らんが、誰が欲しがるんだ?)



 魔法陣自体にはデザイン性は在るが、効果自体にケイは意味が見出せなかった。

 ある時、ふと息抜きに作った魔法陣である。

 これまた息抜きに、ケイが趣味としていた物が上手く使えた。

 が、それと合わせて魔法陣を作成してみたら、意外にもマヤが食いついた。


 効果があるかどうかも分からない。

 だがそれ以上に、マヤ以外は知らないこの趣味を、あまり知られたくは無いと思うケイ。


 その魔法陣とにらめっこをしていたケイの部屋に、ノックの音が響く。



「開いてるぞ」



 このノックの仕方は、と思うと同時に、彼女は入ってきた。



「あら。やっぱり、それ出す事にしたんだ」



 マヤである。

 最近ではノックの仕方だけで彼女が分かるようになった。



「いや、これ、やっぱ出したくないって思ってたとこだ」


「あら、綺麗じゃない。それに、効果はあたしも身を持って知ってるし」


「けどさ、これ。実用するにはこいつが必要じゃないか」


「良いんじゃないの? あっ、あたしこれが好きだなぁ」


「いや、こんな物俺が作ってたとか、あんま知られたくないぞ」


「これ? ああ、そう言う事なの? じゃあ、こっちはあたしが作った事にすれば良いんじゃないの?」


「良いのか? んー、それなら出しても良いか。って、なんかマヤに半分手柄を持ってかれた気分になるぞ」


「あら、こっちは実際あたしが作ったし。そう言えばこっちも出せるでしょう? 魔法陣自体はケイの製作なんだし」



 ケイとマヤは、ケイが作成した魔法陣を見ながら話を続けた。

 こんな物を誰が欲しがるのか。

 いや、マヤの勘はそうそう外れない。

 それに確かに、祭典ではうってつけかもしれない。



「けどなぁ。こっちのこのメインのやつ。これがほれ、ハリボテ状態なんだよ」


「ああ、それ、確かに難しいわね。でも、それはあった方が良さそうだわ」


「この人なんで、こんな難しい物を…………」


「それを実際に作った人は、考えると凄いわねぇ」


「これ、祭典までに間に合わんぞ……」


「うぅーん、そうねぇ。まあ、明日ジャス指導員に見てもらえば? これはまだ不完全って事で」


「一応、これがメインなんだけどなぁ」



 それから二人は魔法陣の事、そして祭典の事を話しつつ、夜は更けていった。



 ――――次の日。

 ケイはその魔法陣を、ジャスに見せた。



「ぬっ? おおっ。これは良いかもしれんぞ。祭典にもぴったりだ。しかも難しい魔法を綺麗に仕上げてある。ケイ、何で昨日これを出さなかったんだ。うむ。ばっちりだ」


「いや、ジャスさん。メインのこっちなんだけどなぁ」


「…………ん? ああ、成程な。しかし問題は無いだろう。こっちはまだ作成中って事でな。……ん? もしかしてこっちもお前が……?」


「…………いやいや、俺が、こんな、物、作る、はず、無い、だろ。マヤが、な…………」


「うむ、そうか。マヤは手先も器用だな。かく言う俺も、実は得意だ」


「ん? ジャスさんもか?」


「そうだ。これは良いぞ。だから分かるぞ。これは確かに難しい。しかしお前が言うように、出来ればメインに持ってきたい物だな。俺も是非体験してみたい物だ」



 手放しで誉めるジャス。

 悪い気はしないケイ。

 だが、ジャスの巨躯で、まさかこちらにも造詣があるとは印象違いも甚だしい。

 

 しかし、これでケイも祭典に出展する魔法陣は決定した。

 ケイは特段、祭典に執着している訳では無い。

 それでも自身の魔法陣を世に見せれると言うのは、楽しみである。


 祭典まで後四日。

 ケイも間に合った。

 しかし、祭典にある意味最も情熱を傾けているサイスは未だ、ジャスの了解を得ていない。

 歯軋りしながらその光景を見ていた。


 その日は魔法陣製作の為にと、ジャスの講義と試験は昼で終了した。


 

 そして、その次の夜の事であった。


 その日もまた、魔法陣製作に向けて、ジャスの講義と試験は昼で終わったのだった。


 マヤは、ケイの部屋にほぼ毎日行っている。

 彼女は彼が生み出す魔法陣を見るのが好きだった。

 そんな彼と話をする事が好きである。

 そんなケイを慕っている。


 ケイの部屋へ向かう途中、マヤは変な事を耳にした。



「……そう、…………黒い…………そうそう、下町の…………で所々、…………で、大きな二本の…………で、腰に猫みたいな…………」


「えぇー? あの…………せつの? 黒い…………って、でも伝説じゃ…………」



 マヤの知り合いではある、女性学院生のジェティとエネス。


 彼女たちは、魔法技術開発課と魔導師学課の学課の学院生である。

 ジェティが魔導師学課であり、エネスは魔法技術開発課。

 

 二人仲が良いのは知っているが、夜遅い魔法技術開発課のエネスがこの時間に居るのは珍しい。


 だが、二人で通路で話し込んでいたので、マヤは話しかけはしなかった。

 そしてマヤは、それは見間違えだろうと思い、いつものようにケイの部屋に向かった。


 ケイの部屋をノックすると、くぐもった声が聞こえる。



「あー、マヤか。開いてるぞー。ありゃー?」



 部屋に全く鍵を閉めないのは、ケイの悪い癖である。

 何度か注意した事はあったのだが。



「ケイ、鍵は閉めといたほうが……って、どうしたの?」



 何か探し物をしているように、部屋の隅を見回しているケイが目に入る。

 ケイは探し物をしながら、マヤの問いに答えた。



「ああ。あれの一つが無いんだよ。メインのやつ」


「えっ? あ、あの魔法陣っ!?」


「そう。アレごとな。メインのやつなのになぁ。もうちょい仕上げておこうと思って見てみたら、無いんだよ」


「ちょっと、ケイ。無いの? 本当に無いの?」


「無いなぁ。見当たらん。アレはともかく魔法陣の紙ごと見当たらん。おっかしいなぁ。今朝は見た筈なんだがなぁ」



 どうやらケイが作成したあの魔法陣。その元となる物ごと、見当たらないようである。

 ケイは魔法陣の事が気にかかっている。

 それもそうだ。

 あの魔法陣は、美しい。

 ケイは気晴らし、息抜き、と言って作っていたが、見事な魔法陣だった。


 だが問題は、その素材のアレごと消えた事。



「ねぇ。ケイ。見当たらないのって、あのメインのやつだけ?」


「そう。伝説の黒い騎士のやつだけだ」



 かつて、世が争っていた時、勇者と呼ばれる存在は何人も居た。

 ある者は魔族と。

 ある者は人間と。

 ある者は世界を。


 様々な勇者や伝説と呼ばれる存在である者達。


 そこに、一人違和感のある存在が居た。


 黒い騎士。

 漆黒の闇を纏い、光りの術を使う。

 その黒き剣は、あらゆる物を薙ぎ払い、その眩いばかりの術は、あらゆる物を浄化したと言う。


 今は昔の存在でありながら、今では他者とは違う伝説から、人気が出ている伝説の人物であった。



「アレは、今回のメインに出来そうだったのになぁ。どーこやったっけか?」


「……ケイ。言い辛いんだけど……」


「んー?」


「ケイさ。今日ずっとここの鍵閉めてないでしょ?」


「あー、忘れてたなぁ」


「……じゃあ、盗られたんだと思う……」



 魔法陣の盗み。

 それは大罪である。

 だがそれは本来であれば、の話であり、この魔法学院ではその抜け道が存在する。

 それは、ここの学院生が自分で作り出した魔法陣であると言えば、そうである事であった。


 ここでは、他の人の魔法陣を目にする機会も多い。

 自身で思っていなくとも、似た魔法陣になってしまう事は、たまにある話であった。

 だから、この学院で似た魔法陣が発表されても、効果や実用性があれば、先に発表した者勝ちであった。

 そのせいで、前にもそのようないざこざは絶えなかった。

 この魔法陣は自分が生み出した物である、と。


 一般でなら、知らない情報も、知らない魔法学術も存在する。

 そんな者が、ある日突然誰かと同じタイミングで、同じような魔法陣や魔法を出したとしたなら、まず疑われる。

 お前の物は、あの人物が作成した物を盗んだ物ではないか、と。


 しかしこの魔法学院では、同じ誰かの魔法や魔法陣に感化され、同じような魔法や魔法陣を作り出してしまう事もある。


 だからこそ、魔法陣にもある程度の複雑さと独自性が求められる。

 それが、見た目であったり効果であったりと人それぞれであるが、似てはいるがどこかが違う、と言うならば話は別である。



「ケイ、さっき変な話聞いたんだ」


「んー?」



 ケイは、その無くなった魔法陣を未だ探しつつ聞き返す。



「なんかね。その黒い騎士みたいな人が居たんだって」


「ほー。やっぱ人気あるんだなぁ」


「ええ。それだけなら、あたしも聞き逃してたとこ。だけどね、その黒い騎士、腰に小さな猫の鞄を着けてたらしいの」


「…………は? い、いや待て。あれは俺の勝手な…………」



 その言葉で、ケイもマヤの言葉に耳を寄せる。



「そう。本当の黒い騎士の真似なら、腰に猫の鞄なんて無いはずだよ。あれ、ケイの趣味だもんね。それに大きな剣。それも黒い騎士は伝説ではもっと違う物。それもケイが勝手に変えた物でしょう?」


「あ、ああ。そうだ。剣は、黒い騎士のコスチュームを作る前に作ったからな。サイズ合わなかったのを、無理やりそうしただけだからなぁ」


「だったら、ケイのあの魔法陣は盗まれて、誰かが下町で使っている。あの、服を誰かに投影出来る、魔法陣を使って」



 ケイがマヤに言われ、そして昨日ジャスに見せた魔法陣。


 それは、誰かに何かの衣服や姿を、投影する事が出来る魔法陣であった。

 しかしそれには魔法陣と共に、その投影する為の元となる衣服等が必要だった。

 サイズは人形程度の物で良い。

 それをケイの作成した魔法陣の間に入れ、その上に立てば良い。


 魔法陣は二重に必要であり、サイズを変換する魔法陣、そして、その衣服を投影し対象を追い続ける魔法陣であった。


 ケイには魔法陣作成とは別に、衣服作成、しかも人形サイズの衣服を作る趣味があった。

 それを何に使うのかと問われても、ケイは作る事が好きなだけである。

 彼には出来上がった物を何かに着せて、等と言った趣味は無かった。

 人形サイズであるのは、単に生地の金額が安く済むからである事がまず上げられる。

 普段着る衣服等のサイズは、大きいので作るのが面倒である事が起因していた。


 その趣味はとても意外であったが、マヤもそれは一緒に楽しんで作った。


 魔法陣は、その衣服ごとに少し変えて作ってある。

 魔法陣そのものは、ケイのみが作り方を知っており、マヤが手伝ったのは、あくまでその元となる人形サイズの衣服作成のみだった。

 そしてそれを投影する被験者を、やってみたのである。


 しかし祭典で出すならば、最近よく耳にする、あの黒い騎士の投影はメインとして扱いたい。


 だがそのコスチュームは、ケイのアレンジも多々ある事、そして、それ自体が完成していなかった事もあり、ケイは祭典には間に合わないと言っていたのだった。


 黒い騎士のコスチュームは、伝説通りならばとても複雑であったのだった。



「あんな魔法陣、誰が盗むんだ?」


「あれで、小金なら儲けられるわ。だって今では女性でも、あの黒い騎士のコスチュームは憧れてるし。一回いくらかとかで、街で売り出せば……」


「いや、待て。あれ効果時間もそう長くはないぞ。しかも、あの黒い騎士のコスチュームは……ぶっ……」


「わ、笑わないよっ、ケイ! あたしだって恥ずかしかったんだからっ。ケイだけだったから良かったけれど……」



 その黒い騎士のコスチュームになれる魔法陣には、魔法陣にも、そしてその元になる人形大の衣服にも、欠陥があった。

 ジャスにも指摘された所であるが、その難しさをジャスも分かっていた。



「と、とにかくっ。今その魔法陣もその元の服も無い。それで、あたしはあんな噂を耳にして、それがケイの手元に無いのなら、誰かが、部屋に鍵を閉めない、ずぼらなケイの部屋に忍び込んで、その魔法陣ごとそれを盗んだ。それで今きっと下町で試してるのか、もしかすると……」


「それで金儲けをしてるって? いや、よりにもよって、なんでアレだけ盗むんだ? 他は残ってるぞ」



 ケイはずらりとその魔法陣を並べていた。

 おそらくは、一つ一つ祭典に向け、微調整を行っていたのであろう。



「きっと、魔法陣は一種だと思ったんでしょうね。後は小さな服なんかがあれば……」


「その誰にか投影出来るってか? 無理だぞ。その服ごとで、魔法陣のデザインも変えてあるんだぞ?」


「そんな事、思いもしなかったんでしょうね。わざわざ服ごとに魔法陣も変えてあるって。ケイってば、一つ一つに、違うデザインを入れ込んじゃうんだもん」


「ありゃあ、息抜きだからなぁ。同じ物作ったって、面白くないじゃないか。それに折角だし、それごとで違う物作ってみたいじゃないか」



 それを聞いて、少し心で笑いつつ、マヤは答える。



「全く。ちょっとした違いなのにね。それに気が付かないここの学院生って……」



 同じ効果を求める魔法陣なのである。組み込んである基本術は同じ。

 しかし、独自性とその魔法陣ごとの美しさを求めるケイの魔法陣は、同じ物は一つとして無い。

 機能や効果が同じであれば、量産を見込むならば、同じである方が良い。


 だが、そこがケイは違う。

 あくまで、魔法陣に美しさやデザイン性を持たせようとする。

 他には無い何かを、必ずどこかにつける。


 それを求めすぎるが故、効果がおざなりになる事も多々あるが、そこが他の人とは違うのだった。


 だから彼の作り出す魔法陣は、いつも見ていて飽きないのであった。



「んー? もしかして、マヤ、ここの誰かが盗んだ犯人だって思ってるのか?」


「それはそうでしょう。だって、ここはとても厳重な結界が施されているのよ。ここの学院生か、関係者以外の人がこの宿舎に入ったなら、すぐにでもばれるはずだし」


「いや仮にも、ここに入学出来たやつらだろ? 人の魔法陣盗むとかありえんじゃないか?」


「ありえるわよ。現にあの……あっ、あいつが犯人なんじゃない?」


「ん?」


「行こう、ケイ。さっさと犯人捕まえて、学院長に突き出しましょう」



 そして、マヤとケイは部屋を後にした。

 マヤにしっかりと戸締りを確認された後に…………。



 マヤが向かった先は、あの男の部屋。

 サイスの部屋であった。



「きっとサイスが犯人に違いないわ」


「いや、待て。何の根拠があって……」



 そう言い掛けたケイだが、マヤは強くドアを叩く。

 普段、ケイのドアをノックするそれとは違う。

 蹴破らんとする勢いである。

 そうすると、中からすぐにサイスが出て来た。



「なんねっ! 誰やっ! ドア壊すきかいっ! ……って、ケイ。……マヤ?」



 ケイはともかく、マヤの存在に意外であったのであろう。

 サイスはマヤに目を向ける。



「なんか用ね?」


「…………いえ、何も無いわ」


「はぁ?」


「……ん?」



 マヤはバツが悪そうな顔をして、そっぽを向く。



「…………悪かったわ。でも、あの時の言葉は忘れない。あんな事…………」


「なんね。そんな事言いに来よったのか? おいは言葉は曲げんぞ」


「なっ! あんな事言っといてっ! それを間違いだと思わないのっ!?」


「なんが間違いねっ? おいは――」



 なにやら、ケイの知らない言葉が交わされている。

 ケイは、いや待てと思い、言葉を挟んだ。



「待ってくれ、マヤ。それからサイス」


「何よっ、ケイっ」


「なんねっ!?」



 この二人、やはり普段は言葉を交わさないが、何か繋がりがあるようであった。



「マヤ。俺、曲りなりにも、マヤの彼氏だよな。と、俺は思ってるけど」


「――う、うん。そう、そうだよ。あたしの、うん。そう」


「そうやね。おいも、聞いた時は驚いたけどね」


「なぁ。こんな事二人の前で聞いて良いのか分からんが、二人はどういう関係なんだ?」


「――――っ!」


「あー、そん事かぁ」



 マヤは言いたくなさそうだが、サイスは何処か諦め顔であった。



「昔なぁ。おいはこいつに告ったんだけどなぁ。そいから、少しだけ付き合ったんやけどな」


「――――っく」


「……初耳だぞ」



 サイスがかつて、マヤに対しそう言う感情を持っていた事は聞いていたが、実際に付き合っていたとは聞いていなかったケイ。少なからず、動揺していた。



「……あたしの、人生最大の汚点よ……」


「そいから聞いたんだわな。マヤとおいは、親戚だったってなぁ」


「…………は?」


「あたしと同じ血筋とは思いたくない……」



 ケイは驚く。確かに二人とも、魔族の血を引いている。

 サイスはハーフ、マヤはクォーター。



「おいの爺さんと、マヤの爺さん、兄弟だったんわなぁ。おいも知らんかった」


「……はとこかよ……」


「おいらの爺さんの血筋な。魔族なんは分かるやろ。そこの種族はな、はとこ同士の結婚は認められとらんのだわ。当然、付き合うのもタブーな」


「……それで別れたのか?」


「いんや、そいは二次的や。けどおいは、別れて正解やったと思っちょる。ケイは安心しちょれ。おいは、そいつになんもしちょらん。後は、マヤに聞け。用はそいだけね?」


「……ええ、悪かったわ。でも、あの言葉は忘れないからっ」


「そこだけ訂正させれっ。おいは――。…………思い出したわ。マヤ、お前はケイに聞け。ケイには話しちょるわ」



 そして、サイスは何事も無かったかのように、ドアを閉めようとして、ケイに呟く。



「ケイ。お前りゃ、お似合いじゃ。けどあん時話した事も、本当やっからな。あと頼むわ」



 そうして、今度こそ、サイスはドアを閉めた。



「…………行きましょ。誰が犯人かしら…………」



 どうやら、マヤはサイスが犯人だと思い込んでいたようであった。

 いや、どうだろうか。

 何か、そう思い込んでしまう要素があったのかもしれない。



「なあ、マヤ」


「…………うっ。その、あんまり、ケイには知られたく無かったんだけれど…………」


「んー、とりあえずさ。なんで、サイスが犯人じゃ無いってすぐ分かったんだ?」


「え? ああ、うん。だってあいつ、部屋に居たじゃない」


「あー、すぐ出て来たな」



 マヤが蹴破りそうな勢いでドアを叩くから、とは言わなかった。



「本当に犯人なら、部屋に居るなんて無いはずよ。だって、下町まで、往復三十分は掛かるじゃない」


「確かにかかるなぁ」


「あたしがケイの部屋に向かったのは、定時後の三十分くらい後。その時にはもう噂されてた。定時まではこの学院から抜け出せないでしょう?」


「そんくらいだな。なら、間に合うじゃないか」


「間に合わないわ。だって、その時には既に噂されてたのよ。それを見て、すぐに戻って来て話をしたとして、丁度三十分なら、何しに下町まで下りたの? 何かをやるにしても、二~三分は掛かるわ。あの魔法陣を誰かに使うならもっと掛かる。準備も含めても、十分くらいは必要よ。時間的に今なのはあり得ないわ」


「んー、なら朝のうちに誰かが……あ、今朝はあったんだっけか」


「そう。サイスは、ちゃんと定時まで居た。だとしたら、間に合わない。それに、あの魔法陣の効果の効く時間は、誰よりケイが知っているでしょう?」


「あれ、二十分くらいしか持たないんだよなぁ。他はもっと持つのに、やっぱ魔法陣の欠陥かね」


「そう。あたしが聞いた時には噂されてた。なら時間的に間に合う、他の誰かのはず……」


「そういやぁ、あいつ。あれ? どうだったか? ジャスさんなら覚えてるかもしれんな」


「何? 誰か心当たりが居るの?」


「いや、心当たりと言うか。ほら、タカ。あいつ、ジャスさんと一緒に昼で出て行ったじゃないか」


「ああ、それなら聞いているわ。ジャス指導員と、タカは、学院長の所に行ったみたいよ。タカって確か学院長の血筋でしょう? だからじゃない?」


「成程な。あー、それとだなぁ。その…………サイスとの事なんだが…………」


「――――っ!」



 あまり、マヤが嫌がる事は聞きたくないし、言いたくないがこの際である。

 今後の事も考えて、ケイは言う事にした。



「なあ、マヤ。言いたくないかもしれないが、聞かせてくれないか? サイスとの事。それに、あいつ、俺に聞けっても言ってたよな」


「…………うん」


「……昔、付き合ってたって?」


「…………うん。ほんの、一週間くらい。すぐに、あいつと親戚だって分かって、その上あいつ、半分はあたしを金儲けの為に目をつけてたのよ」


「あー、そう言う事か。なら、俺にもサイスから聞いた事がある」


「…………何?」


「サイスってさ、田舎の出身だって言っていただろう? あいつ、その村の発展の為に、金を儲けたいらしい。不正では無くって、ちゃんと認められて金儲けをする為に、ここに入学したんだってさ。それに半分って事はさ、もう半分はマヤの事、本当に気に入っていたからだと思うぜ。あいつ、損するタイプだよなぁ」


「…………そう、なんだ。でも、その開発する魔法陣は、あたしはやっぱり嫌い。だってあいつ、究極の魔法陣を作成して、それを軍事利用の為に売り出すんだって。あいつの魔法陣、そういう方面に特化してるけれど、やっぱりあたしは、そういうのは嫌い。それに、その魔法陣が強力なら、それでまた魔族の栄誉を取り戻す気でいるもの。それって、また種族間の争いの種になりかねないわ。……あたしは、今の平和なこの世界が好きだもん。それを危険に晒してまで、魔法陣を作成したくない」


「魔族の栄誉を取り戻す?」


「そうよ。今更魔族と他種族と対立して何になるって言うのよ」


「それが、マヤがあいつに怒っている、忘れられない言葉か?」


「いいえ。あいつが言った言葉、あたしにも『魔族の血を引くなら、名を売って魔族の為に貢献しろ』よ。その為に、あたしに魔導師になれとまで言ったわ」


「あー、なるほどなぁ。マヤは自分が魔族の血を引くのは、あんま知られたくないんだっけか。と言うか、そういう柵が嫌いだったなぁ」


「ええ。あたしは、平穏に暮らしたいもん」


「あいつは、自分が魔族と人間のハーフなのを、よく他に言っているっけな。元々、魔法だって魔族が創り出したって」


「そんな事、今は誰も気にしてないのに。魔法を今のように昇華させたのは、他の種族だし。それに、今時種族がどうこうなんて、時代遅れよ」



 ケイは、なるほど、と思った。

 サイスがマヤにアプローチしたのも、魔族の血を引くと言う理由もあったのかもしれない。

 だが、マヤはそう言う事は嫌い。

 と言う事は、二人は同じ魔族の一族の血を引きつつも、考え方が全く違った、という事だろう。

 たとえ、二人が同じ種族の血を引いていなくとも、合わなかったという事だ。

 サイスが別れて正解だったというのは、こういう考え方の違いが顕著だったという事を、彼もまた感じたからであろう。



「それにしても、じゃあ誰がケイの魔法陣を……」


「そうだった、そうだった。なぁ、それ、誰が噂してたんだ? そいつらに聞くのが早いんじゃ無いか?」


「それもそうね。噂をしてたのは、ジェティとエネスよ」


「……誰だっけ?」


「あら、ケイ覚えてないの? 魔導師学課と、魔法技術開発課へ行った二人。ほら、魔法基礎の時は一緒だったじゃない」


「うーむ。顔見れば思い出すかもしれない……」



 二人は言葉を交わしつつ、噂をしていた二人が居た宿舎の女性宿舎の建屋に移動する。

 この魔法学院の宿舎、一応区分けはしてあるが、あまりそういう男性宿舎と女性宿舎の壁は無い。

 そして、ジェティとエネスが話をしていた通路に行くが、二人は見当たらない。



「もう部屋に戻ったのかしら」


「開発のやつら、もう今日は終わってるのか? 普段より早いなぁ」


「確かにそうね。いつもなら、もっと遅くまでやっているのに。じゃあまずジェティに聞きに行きましょう。彼女の部屋、近いし」



 そして、マヤはジェティの部屋であろうドアをノックする。

 ケイがいつも聞きなれた、マヤのノックの仕方である。

 その音で、ケイはなんとなしにほっとする。

 そして、がちゃりとドアが少し開いて、ジェティが出て来た。



「マヤ、それにケイ。どうしたの? ケイ、久しぶりだね」


「ああ、ジェティ。ちょっと聞きたい事かあるんだけれど――――」



 そうして、マヤが黒い騎士の目撃情報をジェティに聞く。

 そして、ケイの魔法陣の事も少し話をした。

 ケイはジェティを見て、ああそうだ、確か優秀な成績のこんな女性が居たな、と思い出していた。



「――黒い騎士? そうそう。エネスが目撃したらしいわ。何でも、下町に買出しに行った時に見かけたんだって。偽者にしては、伝説で言われている様なしっかりとしたコスチュームで、しっかりと剣まで背中に背負ってたそうよ」


「じゃあ、ジェティはエネスから話を聞いただけなんだ」


「そう。巷じゃそう言う人も多いらしいけれど、このアスベリアスじゃ、そういうことする人珍しいから」


「ちなみにジェティは、その前は何してたの?」


(マヤ、まじか? それってジェティも容疑者の質問だぞ)


「私? 私は魔導師学課の課題でねぇ。ほら祭典がもうすぐじゃないの。私達は、魔法の実地をやるから、その魔法を組み立てしてたのよ。もちろん、魔導師学課の部屋でね。でも私もちょっと見てみたいわね。その黒い騎士のコスチュームの人」


「そっか。忙しいのにありがとうね、ジェティ」


「構わんよー。ケイ、私の事忘れてたでしょ?」


「ぬっ? い、いやすまん。でもちゃんと顔見て思い出したぞ」


「なら良いけどねぇ。それじゃあね、お二人さん」



 そして、ジェティはドアを閉めた。



「じゃあ、次はエネスね」


「な、なあマヤ、もしかしてその二人を疑ってるのか?」


「可能性の話よ。一応、聞くだけ聞いといて損は無いと思うけれど」



 いや、印象を損なうと言う、損があるように思える、とは言わないケイだった。


 そして、次に来るはエネスの部屋。

 またも、マヤが同じようにノックする。



「…………あら?」


 

 返事が無いので、もう一度ノックをする。



「…………居ない、みたいね」


「だなぁ」



 そうマヤとケイが話をしていると、通路からエネスがこちらに来ていた。



「あれ? マヤちゃん、ケイ君。どうしたの? あたしに何か御用?」


「ああ、エネス。良かったわ。ちょっと聞きたいんだけれど――――」



 そうして、マヤがまたも同じようにエネスに黒い騎士の事を聞く。



「――――そうそう、黒い騎士。あたし見ちゃったんだ。漆黒の服に、大きな二つの剣、それに腰には伝説の通りの鳥の文様が入った黒い腰巻の布」


「何処で見たの?」


「下町の、確か居酒屋街の所だったかな? あそこ駄目だよねぇ。あんな時間でもお酒飲んでる人が居るんだもんねぇ」



 エネスの事もまた、顔を見て思い出したケイ。

 確か噂話等が好きな学院生だった。

 だが、魔法知識においては右に出る者は居なかった。

 なるほど、彼女なら確かに開発に向いている、とケイは考える。



「なぁ。開発課って、今日はもう上がりなのか? 随分早いなぁ」


「そだよ。今日は昼で上がり。昨日と一昨日、徹夜してたからねぇ。他の皆は寝てるんじゃない?」



 それなのに、その状態で買出しに下町まで行くとは。

 エネスは見た目と違い、体力が半端無い、とケイは考える。



「祭典まで、もう時間無いからねぇ。みーんな、徹夜作業だよ」


「ねぇ、話を戻すけれど、その黒い騎士、腰に猫の鞄を着けてたの? それに大きな剣?」


「そうそう。黒い騎士って、剣と文様以外は全部真っ黒って話じゃない。それなのに、そこだけ色が違ったから、すぐに目に入っちゃったんだよねぇ。そしたら猫の形してるじゃない。あれは目立つよねぇ。黒い騎士の真似をするなら、あれはどうかと思うよねぇ」


「そっか。ありがとう、エネス。エネスも、もう寝たほうが良いんじゃないの?」


「あたしは、四日までなら徹夜いけるもん。まだ平気だよぉ」


「超人かよ……」


「あはは。そこらへん、あたし開発向きかもねぇ。それじゃ、まったねぇー」


「ええ、お休み、エネス。」


「寝ろよ。サンキュー」



 そして、エネスも部屋に入っていった。



「…………エネスは、外せないわね」


「何が?」


「エネスにはアリバイが無いわ」


「ちょっ、まっ。マヤっ、まさかエネスを疑ってるのか?」


「可能性の話よ。エネスには、それが出来る時間があった」


「いやいや、俺は誰が盗ってようが、魔法陣が戻ってくれさえすれば良いんだが……」


「でも、魔法陣の盗みは本来は大罪なのよ? それを見過ごす事は出来ないわよ」


「いや、そんな大事にする気は無いんだが……で、どうする? 他に誰かに聞くか? 俺としちゃ、変わりの魔法陣を作成する気でもいるんだが……」


「うーん、聞く宛が無い事も無いけれど。ケイ、これから下町に行きましょう。犯人の尻尾を掴めるかも」


「いや、掴まんでいいから。魔法陣が戻ればそれで良いんだが……」



 そんなケイの言葉を無視し、マヤは下町に向かうようケイに言う。

 ケイも魔法陣を探す為に、ついでにその黒い騎士のコスチュームの輩を見る為に、下町へ向かう事にした。



 ――――十五分後。


 二人は下町に来ていた。

 そして、その光景に驚いた。



「えっ! あっちも、こっちもっ!?」


「ありゃー、一人どころじゃ無いじゃないか」



 沢山居た。

 黒い騎士のコスチュームの人々。

 皆、漏れなく猫の鞄を腰に着けている。



「あー、やっぱなぁ。ありゃ、途中だもんなぁ」


「確かに。剣は本当なら、もっと細長いはずだし、腰に猫の鞄なんて着けてないものね。それに本当の伝説通りならば、文様が入っているあの腰巻、黄金の布らしいもの。なのに――」



 皆、そこの布も黒。

 それは単純にケイが作った際に、黄金の布など無かったからであり、勝手にケイが黒い布で代用したからであった。



「それに本当なら、剣は黒い剣と白い剣。それなのに、皆両方とも黒い剣」



 それは、マヤとケイが調べて分かった事であった。


 黒い騎士とは言うが、剣までも黒いかと言うと、確かに黒い剣を携えていた。片方は。

 伝説の黒い騎士は、二刀流、さらには魔法も使いこなす。

 そして、腰には天使より与えられたと言われる、黄金の腰巻。

 服は鎧ではなく、一見は黒い服らしい。

 それは黒き龍の髭を一本一本編みこんだ、魔族特製の鎧よりも頑強な黒い服だと言う。

 そこに、エルフ族特製の、銀のアクセサリーが幾つかついている。

 更には、サラマンダーより与えられし、赤い宝石を所々に身に着けているらしい。

 だから厳密には、その黒い騎士は、真っ黒と言う訳では無い。


 だがそんな複雑なコスチュームは、小さく再現するにはとても難しい。


 ケイの作成した黒い騎士のコスチュームは、実はケイの独自の解釈と、素材の値段の関係から、幾つか変更していた点があった。


 そして、ケイが必ずどこかにさりげなくつける、猫の物。

 実物大になると目立つ物である。



「やっぱ猫の鞄も、別のやつのじゃなくて、ちゃんとそれ用に黒色で作れば良かったなぁ。ってあの欠陥部分もそのまんまじゃないか」


「た、確かに。あの穴。そう言えば、何であそこだけ穴があいてるのよ」


「いや、布が足りんかった……」



 一部、コスチュームに穴があいている。

 それは単純に、布が足りなかった為であった。

 その箇所は、なんとお尻部分。女性では着るのを躊躇われる。

 だが本来は人形サイズの衣服なのだ。実寸にしないと気付きにくい。

 マヤがその魔法陣を試した時は、ケイの部屋であった為、ケイにしか視られていなかった。



「って、ケイ。そんな悠長な事言っている場合じゃないわ。これ、効果時間的に考えても、今、正に使われている証拠よ。誰かが、何処かでこれで小金を稼いでいるっ!」


「にしても、なんかおっさんばっかりだなぁ。……ん? なんかあの人達って――」


「……ええ。酔っているわね」



 ケイ達学院生も、酒を飲む事はある。

 この国では、十六歳以上は酒を嗜む事が許される。

 マヤもケイも十八歳。

 サイスもジェティ達も、それ以上の年齢である。

 マヤとケイも、たまに酒場で一緒に飲む事があったのだった。



「これ、どこかの酒場で、魔法陣を使っている可能性が高いわ」


「なら、あの黒い騎士のおっさん達に聞けば一発じゃないか」


「そうね……」



 そして、今回は流石にマヤではなく、ケイがそのコスチュームの人の一人に話を聞く。



「あのー、おじさんさぁ。それ、何処でそのコスチュームにしてもらったんだ?」


「ああん? おらぁ~、黒い騎士らぞ~。ほりゃ~、そりゃ~。ん~? 剣が取れん~。ぬぁはっはっは~。ボウズも一緒に飲み来るかぁ? 次、三件目らぁ~~」


「いや、いいっす……」


「あんらぁ~? 俺の酒が飲めんのかぁ~?」


「いや、酒は今はいいっす。ああ、ほら、あそこの酒場にゃ、良い酒が置いてあるらしいっすよ」


「ほう~、そりゃあ飲んでみんとなぁ~。いくろ~」



 ケイはそっとその男性の場所を離れてマヤに告げる。



「駄目だ。完全に出来上がってやがる」


「これ、まともに話し聞けそうな人、居る?」



 今は、飲みにうってつけの時間帯。

 この居酒屋街で、最も賑わう時間。

 既に、酔いが良い感じに体に回っている人々。



「無理そうだなぁ。マヤ、ついでだし俺たちも飲むか」


「ちょっと。先に魔法陣探してからよ。その犯人を、学院長に突き出してからよ」



 マヤは、意外にも酒好き。

 しかもザルである。

 ケイも酒は強いが、マヤほどは強くない。


 しかし、二人で飲みに出かける事も少なくは無い。



「なぁ、マヤ。あのおっさん達の来た方に向かえば、魔法陣の所に行き着くかもしれんぞ」


「うん。あたしもそう考えてたとこ。行きましょ」



 そして二人は、その黒い騎士のコスチュームをした人々の来る先へ向かった。

 向かった先には、一つの居酒屋。

 マヤとケイもたまに来る、居酒屋の一つであった。



「あっ! あそこから出て来た」


「おー、確かに。酔っ払ってんなぁ」



 その居酒屋、酒は安く、料理も安い。

 しかし、値段の割りに料理は美味しく、酒も種類が豊富だった。

 店構えが少し古いが、その分知った人がここによく来る。



「この中に、犯人がっ。しかも未だ使い続けているっ」


「やっぱ、出来がイマイチだなぁ。もう少し、コスチュームを作り上げたい。それに剣が持てない。ただそう見せかけているだけだからなぁ。剣もちゃんと持てるよう、魔法陣を工夫しないとなぁ」


「ケイっ。今は、まずはこの魔法陣を不正に使っている輩を突き止めてからっ」


「じゃあ、ここに入るのか?」


「入るっ。ついでにここのカルパッチョと、ラガーを頂いて……」


「マヤ、やっぱ飲みたいんじゃないか……」


「ここのラガー、絶品だもの。それに、柚子油をかけた豚と野菜の焼き物。あれはお酒が進むわっ」


「……とりあえず、入るか」


「ええっ。あたしがお酒に目移りしたら、犯人突き止めるまであたしを止めてねっ」



 既に、ここの店を前にして、マヤはお酒飲みモードに入りかけていた。

 そして、二人が入った店の中には、黒い騎士のコスチュームの人、人、人。



「こ、こんなに沢山っ」


「いらっしゃいませー。お二人ですかぁ?」


「ああ、そう。俺とこいつ」


「今、お客様が一杯なので、カウンターでよろしいですか?」


「うん、それでいい」


「ケイっ。先にこっち」



 普通に客として、店の店員のお姉さんに声をかけられる二人。

 ケイは、普通に、いつものように対応していた。

 だがマヤは、この黒い騎士だらけの光景に目が移っていた。



「お客様、運がよろしいですねぇ。今、魔法学院の方が、新しい魔法陣をお披露目されてるんですよぉ。なんでも黒い騎士に一時の間なれる魔法陣だとか。だから、今その格好の人ばっかりなんですけれどぉ」


「ああ。知ってるよ。俺たちもアスベリアス魔法学院の学院生だしさ。それに……」


「ケイ…………あたし…………あんまり見たくない…………」


 

 既にそれを見て犯人を見止めた二人。


 今回の騒動の、元凶がそこに居た。

 彼は、いつから飲んでいたのだろうか。


 既にべろんべろんである。



「ほりゃぁ~~。ウチの学院生が作り出した、未発表の魔法陣らぁ~~。今ならタダで体験させちゃるよぉ~~。おろ~~。新しい客から~~? 兄ちゃん、姉ちゃん、体験してくから~~?」



 魔法陣を、タダで体験させていた。

 酒でべろんべろんに酔った、我ら魔法学院の指導員、ジャス。



「ふりゃ~~? おお~~、ケイ、マヤじゃないか~~。ほれ~~、あのケイが作り出した魔法陣ら~~」


「…………ジャス指導員…………」


「ジャスさんが元凶かよ……。確かに今日は、昼で終わったけどなぁ……」



 そして、マヤはつかつかとジャスの元へ行き、ケイの作成したこの魔法陣を取り上げた。



「ジャスさんっ! 何やってるんですかっ! 仮にも指導員の貴方がっ! 学院生の作り出した魔法陣を勝手に使ってっ! お金こそ貰ってないようですけれどっ!」


「んりゃ~~? なぁに怒ってんら~~? マヤ~~、お前のカレシ、良いもん作るらろうが~~。皆受けまくってるろ~~。おやっさ~~ん。ラガーもう一杯ら~~。いや、三杯ら~~。こいつらの分は俺が払うらぁ~~」


「駄目だ、マヤ。完全に出来上がってる。こうなったら、ジャスさんは記憶すら残らないぞ……」


「くっ! と、とりあえず、魔法陣と、あと黒い騎士のコスチュームは取り返したわ。……うん、何も変わりは無いわね。勝手に使われた事意外は……」


「ジャスさん、なんであんたがこれ持ってるんだ?」


「おい~~、ケイ。部屋の鍵は閉めろけ~~。開いてたろぉ~~? ふりゃ~~。ドアが開いてたろぉ~~。そこから~~、かれでとびらしたのか~~、つうろにおりれたろ~~? おれがひろっらからよらったらもろの~~。おやっさん~~、ラガーまだかぁ~~?」


「…………何言ってるのかわかんないわ…………」


「あー、成程なぁ。ドアが開いてたのか。んで、窓も少し換気の為に開けてたからなぁ。風で飛ばされたんだな。んで、通路に落ちてた俺の魔法陣を、ジャスさんが拾ったって事か」


「よく分かるわね。この状態のジャス指導員の言葉を…………」


「まぁ、ジャスさんとは何回か飲んでるからなぁ。この人、すぐ酔うくせに、そこからが長いんだよなぁ」



 そんな事を言う二人と、ジャスの前に、ラガーが運ばれてきた。



「はぁ。とりあえず、この酔っ払い相手じゃ話にならないわね。魔法陣も戻って来たし、飲みましょ、ケイ」


「そうだなぁ。ジャスさんとは離れるか。この状態のジャスさん相手にするの、大変だぞ」


「この人の、財布に穴が開くくらい飲んでやるわ」


「マヤ、それってさっきジャスさんが言った…………」


「ええ、自分で言ったじゃない。あたし達の分もジャスさんが払うって。だから、今日振り回された分、好きなだけ食べて、好きなだけ飲んでやるわ」



 そうして、マヤは本当に好きなだけ料理を頼み、好きなだけ酒を飲みつくした。

 ケイも、折角だと思い、好きなだけマヤに付き合った。


 ジャスはすっかり出来上がっており、延々と飲み続けていた。



 ――――後日。


 明らかになったのは、ケイの魔法陣は誰かが盗み出した訳では無い事。

 ケイがドアの鍵を閉めていなかった上、窓を開けていたので、その風でドアが開き、そこから風で、修正中だったあの黒い騎士の魔法陣が通路に飛ばされたようであった。

 それを見つけたのは、下町へ飲みに行こうとしていたジャスであった事。

 その魔法陣の紙を拾い、ジャスは後日ケイに返そうと思いつつ、そのまま居酒屋へ赴いた事。

 そして、酒の力も相まって、ついついケイの素晴らしい魔法陣を披露したくなり、居酒屋の客にそれを披露してしまった事が明らかになった。


 ケイの戸締りの悪さと、ジャスの酒癖の悪さ、そして、ジャスがケイの今回の魔法陣に、大いなる感嘆の念を抱いた事等、色々なタイミングや思いが折り重なり、今回の事がおきたのであった。


 後日、ジャスは学院長に口頭で怒られはしたものの、金を受け取っていた訳では無い事や、ケイがそれほど気にしていなかった事もあり、警告で済んだ。


 そんなジャスには、あの居酒屋で、マヤとケイが、好きなだけ高い料理や酒を頂いた請求書も届いたのであった。


 それがジャスにとっても一番の罰になった訳であるが、一応なんとか支払えた。

 だがそのおかげで、ジャスはしばらくは、また金を貯める為にこの学院の指導員を続ける事になったのだった。



 ――――アスベリアス魔法際当日。


 ケイの魔法陣は、沢山の国の、衣服関係者達の注目を集めた。


 これならば、実際に衣服を原寸で作成する前に、試しで作り検討できる。

 これならば、実際に衣服を買う前に、商品では無い物で試着をさせられる。

 これならば――――


 しかし、今はまだ、未完成。

 それごとに合わせ、魔法陣を作成せねば、売り物にならない。


 簡略化してしまえば、量産も可能なのに、ケイはそれを良しとしない。



 ケイが目指す物。

 それは、世界一美しい魔法陣。

 黄金に輝く、かつてあの時一瞬だけ目にした魔法陣。



 ケイとマヤの、魔法学院魔法陣製作課の日々は、まだ、続いていく。



 ――――それは、また別の物語。



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