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彼方へ  作者: 原 恵
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第6部

ー輝きの中にー


戦いで勝利を勝ち取った、女神の勲章。

とっても誇らしくて、きれいだ。


怜は私の身体から目を背ける事なく、そう言った。

あまりにもキザな言葉に笑ってしまった。


「やっと笑ってくれた。」


怜がベッドの上で、私を抱きしめる。


本当だ。声を出して笑ったことなんて、何カ月ぶりだろう。

長い間、微笑む事しかできなかったような気がする。


大丈夫、私は平気。

そう言って、周りの人達に心配かけないように、微笑んでいた。


「笑ってたら、病気が逃げるんだよ。」

「誰の言葉?」

「俺の。」


笑いながら、怜にキスをする。


「ありがとう。久しぶりに笑えた。」

「怜さんが笑ってないと、俺も笑えない。」

「笑って。」

「じゃ、怜さんの歌、聴かせて。」

「あっ、怜、覚えてるの?」

「もちろん。あんな楽しい歌、初めて聞いた。」

「ひどい、忘れてよ。」

「絶対、忘れない。」


怜のお腹をくすぐる。


「それ、反則。」

「怜が意地悪な事言うから。」

「わかった、わかったって。」

「もう言わない?」

「言わない。」


くすぐっていた手を止める。

怜が肩で息をしている。

笑いがとまらなくなった。


「楽しい。」

「玲さん、ひどいよ。」

「怜の弱点、見つけた。」

「玲さんの弱点は、歌、」

「また、くすぐるよ。」

「ごめん、もう言わないから。」


大きく息を吐いて怜が言う。


「ずっと一緒にいたい。」

「怜。」

「好きだ。」

「私も、好き。」

「もう離れたくない。」

「私も、離れたくない。」

「やっと、言ってくれた。」

「こんなこと、もう一生、言うつもりなんかなかったのに。」

「なんで?」

「人を好きにならないって決めてた。」

「病気だったから?」

「心まで傷つきたくなかった。身体を見てみんな離れて行くんじゃないかって、すごく怖かった。」

「こんなにきれいなのに。」

「怜だけだよ、そんなこと言ってくれるの。」

「それに、玲さんには責任取ってもらわないといけないんだよ。」

「責任?何の?」

「俺の初恋とファーストキスと童貞奪った責任。」

「怜がしてきたくせに。」

「それは玲さんが魅力的だったから、悪いのは玲さん。」

「変な理屈。」

「だから、ちゃんと責任とってよ。」

「どうとればいいの?」

「そばにいて。できる限りでいいから。」

「いいよ。だって、怜は私が1番辛い時にいつもそばにいてくれたから。今度は私がお返しする。」

「仕事はいつまで?」

「明日。」

「明日の夜、京都に来て。」

「京都でライブあるんでしょう?」

「京都が終わったら、休みに入るから一緒に東京に行こう。」

「ちょっと待って。すぐには返事できないから。」

「どうして?」

「今日、病院に検査結果を聞きに行くの。それを聞いてから。」

「何かあった?」

「ちょっとね。結果、心配だなぁ。」

「病院、何時?」

「10時の予約。」

「俺も行く。一緒に聞く。」

「だって、京都に。」

「夕方までに 入ればいいから。」

「だけど、もし何かあったら。」

「どんなことがあっても、玲さんを支えるから。」



病院の診察室に怜と一緒に入った。

怜が医師に、婚約者です、と前置きしている。


「MRIの結果ですが、異常は見当たりませんでした。」

「本当ですか?」

「痛みですが、何か運動されましたか?」

「いえ、してません。」

「腕を上に上げる状態を続けたり、重いもの持ったり、走ったりしませんでしたか?」

「しました。仕事で本の入った段ボール箱を運んでました。それに、少し走りました。」

「まだ乳房が安定していないことは理解できますか?」

「すみません。」

「退院前に説明があったと思いますが。」

「あの時は、まだショックで頭が真っ白で。」

「くれぐれも、気をつけてください。婚約者の方も、気をつけて見てあげてください。」

「はい。」

「ありがとうございました。」

「次の検診は3ヶ月後です。無理はしないように。」


診察室を出て行こうとした時、医師が声をかけてくれた。

「手術前には何も言われませんでしたが、出産のできる術式を選んで正解でしたね。」


診察室を出た途端、怜が笑い出した。


「玲さん、天然過ぎ。」

「だって、本当に聞いていなかったんだもん。」

「考えたらわかりそうだけど。」

「もう、そんなに笑わないでもいいじゃない。」

「でも、よかった。」

「うん。」

「子供も作れるって。」

「えっ?そこ?」

「今から作ろうか。」

「ばか。」



梅田まで戻り、少し早いランチを2人で食べることにする。

食事の途中で、女の子が2人でサインを求めてきた。

ノートに慣れた手つきでサインを書き、握手をする。

応援してます、の言葉にありがとう、と返す。

自分の席に戻って行く女の子達は、とってもうれしそうだった。


「もう簡単に出歩けないね。」

「そんなことない。」

「もう有名人だから。」

「気にしない。」

「でも、帽子と眼鏡してたじゃない。」

「あれは、事務所からの指示。」

「私と一緒だと、まずいよね。」

「平気だよ。」

「でも、こんな年上の私を彼女だとは誰も思わないか。」

「彼女じゃない、婚約者。」

「先生、信じてたね。」

「嘘じゃないから。玲さんは、俺のものだから。」



怜は京都に、私は会社に行くために、梅田で別れた。



「なんか今日は顔色がいいね。」

「いいことでもあった?」

「以前の玲ちゃんにやっと戻った。」

職場の周りの人が声をかけてくれた。


昨日までの私って、どんなだったのだろうか。

いろんな人に心配をかけないようにしていたつもりが、反対に気を使わせていたのだ。


怜のおかげで、前の私に戻れたみたいだ。


今日は、実家に帰ろう。

お母さんとお父さんに、心配かけてごめんね、元気になれたよ、ありがとう、と伝えよう。

そして、お正月は帰れないから、と。



今年最後の仕事を終えて、京都に向かう。

ライブ開始には到底間に合いそうにない。

京都駅からタクシーでライブ会場に向かったけど、すぐに渋滞に巻き込まれてしまった。

会場まで15分程。取材で何度も行ったことがあるから、道は知っている。

この渋滞を抜けるまで待つなら、歩いてもそう時間は変わらないはずだ。


タクシーを降りて、歩き出す。

できるだけ疲れないよう、ゆっくりと歩いていたけど、怜が待ってくれていると思うと足がどうしても早くなる。


会場に着いたのは、もうライブが終わる頃だった。

入り口で社員証を提示して中に入る。


一瞬、ステージの上の怜がこっちを見たような気がした。

歌っている怜が、やっぱり1番輝いている。


「ラストは、好きな人の前で初めて歌った思い出の曲です。今夜はみんなの前で歌います。今日の思い出にしください。エリック クラプトンのwonderful tonight。」


ギターをアコースティックに変え、弾き語りのwonderful tonight。


『今夜の君は綺麗だったよ。

僕の愛しい人。

今夜の君は素敵だったよ。』



ライブが終わり外に出ると、怜から電話がかかってきた。


「今日も打ち上げがあるから、来て。」

「ごめん。今日はちょっと疲れたから、他で待っててもいい?」

「大丈夫?」

「うん、疲れただけだから。」

「インターナショナルホテル、わかる?」

「知ってる。」

「部屋とってるから、先に入って休んでて。505号室だから。」

「わかった。後でね。」



ホテルに着くと、キーとメッセージカードを渡された。


『食事を部屋に運んでもらうから。しっかり食べるんだよ。』



ルームサービスで運ばれてきた料理をゆっくり時間をかけて食べた。


シャワーをしようとして、思い出した。

スーツケースを京都駅のコインロッカーに入れたままだ。

仕方がない、部屋に置いてあるバスローブで我慢しよう。


シャワーを終え、ベッドに横になる。

携帯を見る。怜からの連絡はない。


携帯の音楽サイトから、お気に入りを選びBGMにする。

怜を待ってるつもりだったけど、いつも間にか眠ってしまった。



ベッドの振動で目が覚めた。

怜が横で寝ている。怜の寝返りの振動だ。

携帯から音楽が流れたままだった。

手を伸ばして携帯を取る。

朝の6時。

怜は何時に帰って来たのだろうか。


静かに、ベッドを出る。

喉が痛い。鼻水も出てくる。

怜と再会してから、体力的になかり無理をしていた。

それに、昨日は、底冷えのする中30分以上歩き、シャワーの後はバスローブで寝てしまった。


洗面所で念入りにうがいをする。

着替えを済ませ、備え付けられていたポットでお湯を沸かし、紅茶を入れた。

熱々の紅茶が、喉を通り身体を温めてくれる。


もう病気にはなりたくない。一日中ベッドで過ごすのはもう嫌だ。


朝が似合う透明感のある曲を流す。音量をかなり抑えたけど、サビになると怜がベッドの上で曲に合わせて歌い始めた。


「ごめん、起こした?」

「起きてた。」

「もっと寝れば?昨日、遅かったんでしょう?」

「いっぱい寝た。喉、大丈夫?」

「聞こえてた?うがいしたら痛くなくなったから。」

「こっち来て。」


ベッドまで行くと、場所を空けてここと指差す。

怜の腕枕で横になった。


「もっと自分を大切にして。」

「うん、そうする。」

「俺のために、笑っていて欲しい。」

「私も、笑って生きていきたい。」


怜が身体を起こし、キスをする。


「風邪、移しちゃう。」

「俺、丈夫だから。早く治そうね。」

「怜、」

「ん?」

「ありがとう。大好き。」


ベッドに横になって、お互いに知らなかった3年間の話をした。


「3年前に玲さんと会わなければ、今の俺はなかった。玲さんが声を褒めてくれたから、歌う意味を見つけることができたんだ。

ずっと会いたくて仕方がなかった。でも、もう会えないんじゃないかって。

最高のボーカリストになれる、って言ったの覚えてる?もしかしたら、最高のボーカリストになったら会えるかもしれないって。有名になったら、会いに来てくれる。そう考えて、歌い続けてきたんだ。

玲さんに会えたってことは、ちょっとはマシなボーカリストになれたのかな。」


「一回、それも数時間しか一緒にいなかったのに、なんでそこまで想ってられるのか、不思議だった。私にそんな魅力があるなんて考えてもなかったし。

でもあの公園で怜の歌を、声を聞いて心の底から感動した。本当になれるすごいボーカリストになるって直感した。

私の言葉が怜の歌の支えになっていたなんて、思ってもいなかった。

音楽の仕事をしてるから、いつかは怜のことを知ることになるだろうけど、多分私から会いに行くことはなかったと思う。

怜と過ごしたイブの夜は、きれいな思い出のまましまっておきたかったから。」


「玲さんは3年前と全然変わってない。俺が好きになった玲さんのままだ。

そばにいてくれるだけでいいんだ。そしたら、俺は真っ直ぐ前に進んで行けるから。」


これから怜が進んで行くのは、夢と希望の詰まった、光り輝く道だ。

私は、本当にこの道を怜と一緒に進んで行ってもいいのだろうか。

この輝きの中に、私の居場所は本当にあるのだろうか。



お昼前にホテルをチェックアウトして、新幹線で東京に向かった。




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