第26部
ー残してくれたものー
久しぶりに高井さんに連絡を取った。
玲が一番喜んでくれる、幸せな時間をプレゼントするために。
大阪に引越すことは、断念した。
お母さんが首を最後まで縦に振ってくれなかった。
「怜くんは私たちの息子なのよ。息子が困っている時には親は何をおいても駆けつけるものよ。大変だと思うけど、玲と陽のためにこれからもいい歌を作って、歌っていって欲しいの。それには、ここを離れるべきじゃないこと、怜くんが一番よく知っているでしょう。」
お母さんの考えに、甘えることにした。
俺の新しい家族は、とても暖かくて大きな人たちだ。
それを誇りに思い、自慢できる息子になることが、 玲への恩返しのような気がした。
毎日の散歩以外は、ほとんど家で過ごした。
朝は、玲の横で曲を作った。
午後は、寄り添いながらタブレットで映画を観た。
夕方からは陽と3人でおもちゃやゲームで遊んだ。
夜はベッドの中で玲を抱きしめていろんな話をした。
特別なことなど何ひとついらなかった。
そばにいるだけでときめいた。
手を繋ぐだけでドキドキした。
何も起こらなくても、玲をどんどん好きになった。
玲に話すと、中学2年生の男の子みたい、と笑った。
高校2年生になるにはどうしたらいい?と聞くと、優しくキスをしてくれた。
高校3年生のキスなら知ってるよ、と長いキスを返す。
「怜のファーストキスね。」
「そう。初恋の人への初めてのキス。」
「懐かしいな。」
「そうだね。それからいろんなことがあったけど、今は玲がそばにいる。」
「怜が諦めてたら、今はなかったのよね。」
「運命の人だったんだ。だから諦めるなんて考えもしなかった。」
「私なんかのどこが良かったのか、今でも不思議。」
「直感かな。運命の人ってそういうもんだろ?」
「だから再会できたのね。大阪と東京なのに。」
「赤い糸は切れないからね。」
「赤い糸か。本当にあるんだね。」
「信じてなかった?」
「ごめん。」
「ひどいなぁ。でも、いいや。今はこうしてキスできるんだから。」
2か月経った。玲は元気だった。
そして、今日は俺が玲にプレゼントを渡す日だ。
玲と陽とお母さんを車に乗せて出発する。
どこに行くの?と何回も聞かれたけど、曖昧にごまかした。
言えば、サプライズじゃなくなってしまうから。
車をパーキングに停めて少し歩く。
細い階段を下り、扉の前で別れた。
先に中に入ってて、とだけ伝える。
暗闇の中、俺はステージの真ん中に立つ。
OKサインを出すと、ライトがステージを照らした。
ここは俺がインディーズの頃に歌っていた、小さなライブハウスだった。
家族のために、ここでライブがしたいと高井さんに相談した。
快く引き受けてくれた高井さんが、全てをセッティングしてくれたのだ。
アメリカの家族にも来てもらった。
もちろん、お父さんも大阪から駆けつけてくれた。
観客は7人だけ。
俺のかけがえのない家族のためだけのライブ、それが、玲へのプレゼントだった。
ギターの弾き語りから始めた。
歌い出すと、みんなの笑顔が広がった。
玲以外は俺のライブを聴くのは初めてだ。
もしかしたら、ライブハウスに来ることも初めてかもしれない。
みんなが緊張しないか心配だったけど、俺の歌があれば大丈夫だった。
まるで日差しの中にいるようだった。
心がポカポカと暖かい。
カッコつけることも、気取ることも、背伸びすることもいらない。
家族に囲まれることが、こんなにも幸せだったことに、今初めて気がついた。
曲の途中、一人ひとりにメッセージを伝えた。
親父の顔を見る。
「日本語と礼儀を教えてくれてありがとう。15歳の俺のわがままを許してくれてありがとう。
親父がいたから、こうして日本で暮らしてこれた。玲と出会えたんだ。
なかなか会えないけど、俺は元気でやってるよ。
今度は陽も連れてシカゴに行くよ。またゆっくり話をしよう。」
親父の横にはジェシーがいる。
「玲への手紙やプレゼント、ありがとう。
玲はもらった手紙に何度も元気付けてもらったんだよ。
ママとは呼んだことはないけど、ジェシーは俺の大事なママなんだよ。
親父の面倒を見てくれて、感謝してる。
これからもシカゴの家族をよろしくお願いします。」
ジェシーの横はユウだ。
「びっくりするほどお兄ちゃんになったな。ガールフレンドできたか?勉強はちゃんとやってるか?
兄貴らしいこと何もできなくてごめんな。だけど、離れていても、ユウは俺のたったひとりの大切な兄弟だ。そして、陽のおじさんなんだ。
これからも仲良くやろうな。
大好きだよ、ユウ。」
そしてユウの横には陽。
立ち上がろうとする陽をユウがなだめ、面倒見てくれている。
「これから大きくなる陽はいろんな出来事を体験するだろう。
だけど、辛い時は泣いてもいいんだよ。男の子だからって、泣くのを我慢する必要なんかないんだよ。泣いて、泣いて、気がすむまで泣いて、その涙の上を乗り越えて、その先に行けばいい。
どんなに時間がかかってもいいんだよ。怖かったら振り返ってもかまわない。俺はずっと陽のそばにいるから。玲と2人で見守っているから。」
お母さんは陽と手を繋いでいた。
「お母さんにはどれだけ感謝しても足りないくらい、俺たち家族を助けてもらいました。
玲の優しさ、暖かさ、明るさ、強さ、そして大きさはお母さんから受け継いだものです。
これからそれを陽に受け継いでもらうために、俺たちは全力で陽を育てていきます。
これからもよろしくお願いします。」
お母さんの横にはお父さんだ。
「長い間、お父さんをひとりにしてしまいました。
寂しい思いをさせてしまったのに、反対に俺を励ましてくれたことを一生忘れません。
玲との結婚を許してくれて、ありがとうございます。
こんな俺を息子と認めてくれてうれしかったです。
玲を育ててくれたこと、心から感謝しています。」
20曲を歌い終えた。
最後は、玲への想いを込めたラブソングだ。
多分、この歌を歌うのは今日が最初で最後だろう。
この歌は玲の前でだけ輝く。
玲がいない世界では輝かない。
玲にだけに捧げる最後の曲。
「玲、聴いてくれ。」
玲がうれしそうに、うなづいた。
ライブの翌日、玲は熱を出した。
俺は迷っていた。
すぐにでも玲を病院に連れて行かなければいけない。
だけど、入院してしまったらもう家に帰れないかもしれない。
もっと玲と一緒にいたい。
もっと玲に生きていて欲しい。
病院へ玲を連れて行った。
玲は日に日に元気を失くしていった。
入院して7日目、もう玲は手を上げることすらできなかった。
玲の手を取り、両手で握りしめる。
「怜。」
ずっと目を閉じていた玲が、目を開き、ささやくような小さな声で俺を呼んだ。
「何?」
「流れ星、叶った。」
「玲の願い事?」
「そう。叶ったら、教える、って。」
玲は話すことも辛そうだった。
途切れ途切れに言葉を漏らすようにしか話せなかった。
「話さなくていいよ。辛いだろ?」
「約束、したから。」
「今度でいいから。」
「今じゃ、ないと。」
「わかった。じゃ、教えて。」
「怜のそばで、手を繋いで。最期は。」
「玲。」
「ありがとう。」
「そんなこと言うな。」
「ごめんね。先に。」
「だめだ。玲、だめだよ。」
「陽を。」
「わかってる。」
「ありがとう。」
「玲、玲。」
玲はまた静かに目を閉じた。
そして、玲はもう目を開けることはなかった。
玲を送った後、家に置いてあったタブレットに小さな赤いリボンが付いていることに気付いた。
玲と寄り添い映画を観たタブレットだ。
タブレットを開いた。
今まで見たことがないアイコンがあった。
アイコンを開くと、そこに名前が並んでいた。
陽、お母さん、お父さん、シカゴのお父さん、ジェシー、ユウ、そして俺の名前が。
これは、玲からの最後の手紙だ。
玲がいないことを改めて実感した。
涙が溢れた。
悲しいよ。
寂しいよ。
玲、会いたいよ。
涙を拭い、自分の名前をクリックした。




