第25部
ー残された時間の中でー
1週間後、残された全ての仕事を終え、完全休暇に入った。
会社と話し合い、曲作りを続けるなら玲の最後まで、と承諾してもらった。
大阪へ引越す話はまだ進んでいない。
あまりにもリスクが高すぎるからだ。
もちろん、活動を続けることはできる。だけど、仕事の度に東京に来ることを考えるとどうしても月に半分は留守にすることになる。
それが果たして陽のためになるのか、それをまだ決めかねている。
お母さんにも自分の考えを伝えた。
でも、反対されてしまった。
「保育園でも仲の良い友達もたくさんできたのよ。母親がいなくなって、友達とまで別れてしまうなんて、陽には辛いと思うの。」
「でも、大阪にはお母さんもお父さんもいるし。」
「怜くんが家を空けないといけない時は、いつだって私が来るから。普段のことはシッターさんにも任せられるでしょう?」
「だけど、陽がそばにいた方が、お母さんたちの気持ちも。」
「私たちのことなんて心配しなくていいの。怜くんは陽と仕事のことだけ考えて。」
「わかりました。もうちょっと考えてみます。」
抗ガン剤治療をやめてから、玲は少し元気になった。
痛み止めが効いているのだろう。
でもこの元気の方向は確実に最後に向かっているのだ。
俺が休暇に入った同じ日に、玲は退院した。
どれだけ家で過ごせるかはわからない。
今度入院すれば、家にはもう戻れないかもしれない。
1日でも、1時間でも、1分でも、1秒でも長く、玲が家にいられるように願うしかないのだ。
「退院できてよかったね。」
「うん、今は身体の痛みがほとんどないの。このまま痛みがずっとなくなればいいのに。」
「玲が頑張ってるから、病気も逃げていってるんだよ、きっと。」
「本当に治るのかな。」
「治るよ、絶対。俺が保証する。」
「怜に保証されても、ね。でも、やっぱり、家が一番いい。それはそうと、仕事は大丈夫なの?」
「ライブも終わったし、アルバムも出るから、休暇をもらったんだ。」
「いつまで?」
「これからの予定がまだ決まってないからわかんないけど、当分の間は休めそう。」
「じゃ、一緒にいられるの?」
「そうだよ。ずっと家にいる。ただし、曲は作れって言われてるけどね。」
「また新しい歌が聴けるのね。」
「玲に素敵、って言ってもらえる歌、たくさん作るよ。」
「うれしいな。」
「玲、何がしたい?」
「えっ?いきなりだなぁ。」
「せっかく退院したんだから、やりたいことやろうよ。」
「そうだなぁ。あっ、流れ星が観たい。」
「流れ星か。俺も観たいな。」
「怜は何をお願いするの?」
「決まってるだろ、玲の病気が治るように、だよ。玲は?」
「内緒。」
「なんで?」
「叶ったら、教えてあげる。」
「ずるいなぁ。教えてよ。」
「秘密。」
「知りたい。」
「だから、叶ったらね。」
「わかった。星空の綺麗な場所、探しておくよ。」
「絶対、連れて行ってね。」
玲の体調は、日毎に落ち着いてきた。
お母さんと一緒にキッキンに立ち、料理ができるほどになった。
細くなってしまった足に筋肉を付けたい、と1日に一回は散歩に出る。
もちろん、今はまだほんの数分だけど、1時間歩くことを目標にして努力を続けている。
玲は治ると信じている。
その気持ちに、俺は誠心誠意力を尽くす。
奇跡。
そう、99.9%だめでも、残りの0.01%が奇跡を起こしてくれるかもしれない。
目の前に絶望の暗闇が広がっていても、探し出してみせる。
希望という光を。
新月の夜、陽と3人で流れ星のスポットと評判の山に向かった。
東京から2時間、何度か山を越え、目的地に着いた。
車の揺れが心地よかったのだろう、陽は車の中で熟睡してしまった。
「陽、起こす?」
「寝かしておいてあげよう。こんなに近いなら、またいつでも来れるし。」
「そうだね。また来ればいいよね。」
また。また今度。
玲の口から溢れた何気ない言葉が、胸に刺さった。
陽を抱き上げて、車の外に出た。
夜空を見上げ、言葉を失った。
なんだ?この空は。
横に立った玲を見る。
同じように上を見上げ、驚いたように目を見開いていた。
「怜、何、これ。」
「信じられない。」
「うそみたい。」
「こんなのってあり?」
「日本、だよね?」
「うん。」
「きれい。あっ。」
「ん?」
「流れ星。」
「本当?」
「あの辺に。観えなかった?」
「観てない。願い事、した?」
「ううん。早すぎて。でも、次は絶対言う。」
満天の星空としか言いようのない夜空だった。
無数の星が夜空いっぱいに輝いている。
星がこんなにたくさんあったことに驚いた。
まるで宇宙に放り出されたような不思議な感覚。
無重力の世界にいるみたいに身体が軽くなるような錯覚。
このまま玲と銀河系まで行ければいいのに。
そこには病気なんて存在しないだろう。
きっと死を恐れることもないだろう。
ふわふわと星たちの間を漂いながら、ずっと寄り添い合いながら生きていけたら。
夢物語だとわかっていても、願わずにいられなかった。
「ほら、またあそこ。」
「観た。あっちにも。」
「あっと言う間に消えちゃうね。」
「さっきから、玲の病気、までしか言えてないや。」
「それじゃだめじゃない。またわたしが病気になっちゃいそう。」
「ごめん、ごめん。今度こそちゃんと最後まで言うから。玲は言えた?」
「私も半分だけ。」
「だろ?」
「でも、心の中のでちゃんとお願いしてるから、きっと叶えてくれるって信じてる。」
「叶ったら、教えて。」
「うん。叶ったらね。」
次の週には、玲の潮風と夕陽というリクエストに応えるために、海に行った。
次の次の週には、神社や寺院巡りをした。
急な体調の変化を考えると、そんなに遠くまでは行けないけど、玲はどこに行っても、何を見ても、楽しそうに笑ってくれた。
だけど、玲が笑顔を重ねるたびに、俺の心の隙間が大きくなる。
その隙間から、涙が溢れ出していく。
俺が決めたことなのに。
それなのに、全てを否定する卑怯な自分がいる。現実を受け入れられない弱い自分がいる。
「怜、もう無理しなくていいよ。」
散歩に出かけた時に、玲が言った。
「私は、怜がそばにいてくれるだけで、それだけでいいの。」
「無理なんかしてないよ。」
「いろんな所に連れて行ってくれて、うれしかった。」
「まだまだ行きたいとこあるだろ?」
「もう十分連れて行ってもらった。」
「俺も休みなんだし、もっともっと行きたいとこに行こうよ。」
「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、私は幸せだから。」
伝わってしまっていた。
この不安な気持ちが。
「本当は、私も怖いの。」
「玲。」
「病気に勝てないんじゃないかな、って。」
「そんなこと、絶対ない。」
「そう信じてる。でも、もしこのまま死んでも私は後悔しない。」
「死ぬなんて。」
「もしもの話。だけど、怜がこんなに愛してくれるんだもの。これ以上の望みなんてないの。」
「でも。」
「誰だって明日死ぬかもしれないのよ。だから今を大切に生きないと。私は怜のそばにいる今が一番大切で一番幸せな時間なの。」
「玲。」
「だから。」
「わかったよ。玲の幸せな時間が続くように、俺は毎日、精一杯、玲を愛していくよ。」




