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彼方へ  作者: 原 恵
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彼方へ22

ー生への信念ー


病院に着いて受付で症状を話すと、すぐにストレッチーで玲は運ばれて行った。


説明もないまま、数時間、待合スペースで待たされた。


看護師が、こちらへ、と声をかけてきたのは、もう昼前だった。


カンファレンスルームで、表情の硬い玲の担当医師と向かい合った。


「玲は、妻は大丈夫なんですか?」

「検査の結果から話しましょう。残念ですが、がんが再発しています。」

「再発、ですか?」

「リンパと骨への転移が見つかりました。」

「でも、前の検診では何もなかったと。」

「乳がん、二度目の乳がんはとても進行の早いタイプでした。そのがんの再発ですから、同じように早く進行してしまいます。」

「そんなに早く骨なんかに転移するんですか?」

「検査が1ヶ月伸びたのが、多少は影響してるかもしれません。」

「待ってください。検診、伸びたんですか?」

「そうです。予定の6ヶ月の検診日に来られなくて、今日が7ヶ月目の検診日になっていました。」

「そんな、どうしてー。」


1ヶ月前。

そうだ、俺がケガしたから玲は検診に来れなかったんだ。

なんでだよ。玲、何してんだよ。

俺なんかほっといて、なんで自分の検診を受けないんだよ。

もっと自分を大切にしろよ。


わかってる。わかってるよ。玲が自分より俺を優先することくらい。

ばかだよ、玲。

でも、原因は俺だ。

俺がちゃんと玲のことを知ってあげてなかったからだ。


玲、俺のために。

俺なんかのために。


「治るんですよね、先生。」

「手術はできません。抗ガン剤でがんを抑えられれば、というところです。」

「抗ガン剤でがんはなくなるんですか?」

「最善を尽くしますが、そればかりは、わかりません。」

「がんがなくならなかったら、どうなるんですか?」

「治療は今からです。まずは、がんがなくなることを考えていきましょう。」

「お願いします、先生、どうか妻を助けてください。」



玲はそのまま入院となった。

病室は、前と同じような個室だった。

ベッドで玲は目を閉じていた。

玲のそばで看護師が点滴を調整していた。


「今、眠っています。解熱剤と痛み止めが効いてるので少しは楽になっていると思いますよ。」

「ありがとうございます。」


ベッドのそばに行き、玲の頬を掌で触れる。

熱は少し下がっているようだ。

いつ頃から我慢してたんだ?

どうして何も言わなかったんだ?


目が覚めたら、医師は玲にも話をすると言うっていた。

俺のせいでこんなことになったことを玲はどう思うだろう。

責めてくれた方がいい。俺がケガなんかしたからだと。そうしないと玲はまた自分を責めるだろう。病気になってしまった自分を。

俺の腕なんてどうなってもよかったのに。

玲のためなら腕でも足でもなんでも差し出すのに。


ごめん。ごめん、玲。

俺、自分のことしか考えてなかったよ。

玲に甘えてばかりだったよ。

わかってあげられなくて、ごめん。


今度こそ、一緒に病気と戦っていこう。

玲を守り続けられるように、強くなるよ。



電話をするために、病室を出た。

まずは、高井さんに連絡する。

状況を説明し、これからの仕事をできるだけセーブしてもらう。

ただ、ケガで延期しているライブと現時点で決まっているスケジュールだけはきちんと消化していかなければならない。

東京以外のライブやラジオ、取材などもある。

陽を連れて行ったとしても、ずっと面倒を見ることはできない。


やっぱり、大阪のお母さんにまた来てもらわなければいけない。


お母さんに電話をするのは辛かった。

娘の病気を知ることは、親にとって耐えきれない思いだろう。

これまで何度も涙を流してきたのだ。


だけど、陽の世話をしてもらえるのはお母さんしかいない。

自分の息子なのに、情けない話だ。

だけど、俺ひとりではどうすることもできない現実が目の前に横たわっている。


覚悟を決めて、電話する。


「もしもし。」

「お母さん、怜です。」

「玲から聞いたわ、腕は大丈夫なの?」

「俺は平気です。あの、話があって。」

「どうしたの?改まって。」

「玲が、玲の病気が再発したんです。」

「玲が再発?本当なの?」

「はい。」

「いつ、わかったの?」

「今朝から熱が出て、すぐに病院で検査してもらって。」

「そう、そうなの。」

「今、病院で、今日から入院することになったんです。」

「がんは治るの?」

「手術はできないので、抗ガン剤で治療するらしいです。」

「怜くん、ごめんなさい。」

「お母さん、謝るなんて。」

「だけど、玲が病気ばかりして。」

「俺が付いていながら、玲を守れなかったんです。謝るのは俺の方です。」

「怜くんが謝るのは変だわ。でも、なんで玲ばかり、こんな辛い思いを。」

「お母さん。」

「そう、陽よね。落ち込んでいられないわね、すぐに行くわ。」

「すみません。」

「何言ってるのよ。かわいい孫にまた会えるのよ。」

「だけど、お父さんがまたひとりに。」

「こっちのことは心配いらないから。怜くんは仕事のことと玲のことだけを考えて。」

「ありがとうございます。」

「夜には着くようにするから。」

「じゃ、陽と病院にいます。」


病室に戻る。

玲は目を開けて、ぼんやりと天井を見ていた。


「目が覚めた?」

「うん。病院だよね、ここ。」

「玲が辛そうだったから。」

「また入院するの?」

「みたいだ。また先生が説明に来るって言ってた。」

「説明がいるくらい悪いんだ。」

「大丈夫だよ。玲はきっと元気になるから。」

「病気、治るの?」

「治るさ。」

「治ればいいな。」

「玲がそんなに弱気になっちゃだめだろ。」

「そうね。笑ってればいいんだっけ?」


ノックの音がして、医師が病室に入って来た。

脈拍を取り少しの問診の後、玲に状況を話し出した。


玲は目をしっかり開けて、医師の話を黙って聞いていた。


抗ガン剤治療は、体調が回復次第始める。

退院は、抗ガン剤治療の効果によって決定する。したがって、今回の入院は長期を覚悟すること。また辛い治療になるが、一緒に乗り切って行きましょう。


一通り医師の説明が終わり、部屋を出て行こうとした時、玲が口を開いた。


「先生、抗ガン剤治療で治らなかったら、私、死ぬんですよね。」

「玲。」

「人間、そんなに簡単には死にません。抗ガン剤だって一種類ではありません。症状によって色々と薬を組み合わせてベストな治療法を考えていきます。治らない確率ではなく、治る確率を頑張って上げていきましょう。」

「わかりました。先生、お願いします。」


ベッドの上で、玲が大きなため息をついた。

目を閉じ、唇を噛み締める。

泣くのを我慢しているように見えた。


話しかけたい思いを押し込め、玲が話し出すのを待った。


しばらくして、玲が口を開いた。


「私、死なないから。」

「玲。」

「怜と陽を置いて、親より先に死ねないから。」

「うん。」

「生きるから。怜、見てて。私、負けないから。」

「俺も一緒に戦う。何があっても、命懸けで玲を支えるよ。」

「くじけそうになったら、背中押してくれる?」

「もちろん。」

「弱気になったら、叱ってくれる?」

「玲がもういやって言うくらい叱るよ。」

「泣きそうになったら、抱きしめてくれる?」

「離してって言っても離さない。」

「あのね、今、泣きそうなの。」


ベッドに横になっている玲を静かに抱きしめる。

背中に回った玲の手に力が入った。


「死にたくない。」


俺の耳元で玲が呟いた。


「死なせるもんか。」

「生きたい。」

「生きていけるよ。」

「本当?」

「本当さ。」

「離さないで。」

「離さない。」

「怖いの。」

「守ってやるから。」

「きっとよ。」

「約束するよ。」


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